Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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11話 世代の流転
声が無かった。
首から肩にかけての上の方には淡い黄、そして徐々に下に行くにつれ白へと回帰しそして徐々に桜、桃色と色づいていく、まるで頬を染めるかのような穏やかかでありながら品のある色彩。
そして、ふっくらとした椿の花に愛らしい蝶をあしらい、華柳を添えた意匠。
どこか儚げながらも優しい意匠の着物に身を包んだ唯依、真珠のアクセサリーの不可思議な淡い白光が着物と矛盾なく融合し彼女を美しく彩っている。
そのあまりの美しさに言葉を無くす。幻想的ですらある。
何だろうこの感じは、胸の中に云いようもない感動にも似た揺れがある。―――不意にどこか懐かしい感慨が沸き起こってくる。
「……」
強烈な既知感、そして言いようのない熱い衝動。―――この感覚は決して嫌いじゃない。
「どうか為さいましたか斑鳩卿?」
「――ああ、済まない。彼女に見惚れてしまっていた―――。彼女は篁 唯依中尉、お察しだとは思うが篁公の一人娘さ。篁、こちらは河崎重工の千堂専務だ。」
千堂専務の声がけに現世へと意識が呼び戻され、かなりの割合で本気の言葉に困惑の顔色の唯依の顔にすっと朱が指した。
続く双方の紹介、ともに宜しくと握手を交わす。
「彼女が篁公の愛娘ですか……確かに面影がある。」
「父をご存じなのですか?」
「これは御冗談を、我々の業界で多くの国産兵器、中でも初の国産戦術機である瑞鶴を手掛けた篁中佐を知らぬ者は居ませんよ。
それに、各種戦術機用の兵装はもちろん、武御雷開発に際し弊社もご協力させて頂きましたしね。」
敬愛する父の名が出たことに唯依が興味を持ち、千堂専務に問うたがそれはさも当然と返される。
武御雷の生産と整備は主に冨獄重工の仕事だ。
光菱・河崎の二社は不知火の生産と整備にリソースを割かれているため手が回らず、また武御雷は跳躍ユニットを含めヴァリエーションが多いため、跳躍ユニットの製造を主で行う冨獄が担当するのは当然の帰結でもあった。
しかし、開発に際しては不知火・吹雪の原型であったTSF-Xの一機を元に可能な限り内部構造・部品を流用し、不知火の上位互換機として完成したため、二社もかなり関わっているのだ。
「それに武御雷開発に際し、ジェネレーターやフレームの改良などの新型パーツのテストベッドとして作られたのが不知火壱型丙というのも関係ありますがね。」
「浅学恥じ入るばかりです。」
「いえいえ、寧ろ貴方の様な年端も往かぬ娘を戦場に送り出さねばならぬとは……我々の業の深さこそ恥じ入るものですよ。」
眼鏡の位置を直しながら思深げに千堂専務は言うのだった。
「では、千堂専務。話の続きを。」
「宜しいのですか?」
応接机を挟んで座した千堂専務に本題への移行を告げるが、彼は己の隣で黙して座す唯依へとちらりと視線を投げ、その内容を聞かせていいのかと問う。
「わざわざこうした場を設けたんだ、特に問題は無い。」
「分かりました……では、基本的な分担生産ですが、新型近接兵装は二種とも冨獄重工にてパーツ生産を行い、弊社で最終組み立てと仕上げ加工を行い納品という手筈になっております。」
戦術機開発の御三家、光菱・河崎・冨獄。この三社は重工業と一言に言ってもそれぞれに特色がある。
冨獄は複合素材形成に特に秀でて、河崎は船舶やプラントの建造が主であるため、その仕上げ加工に実績がある。それらの各社の特性のためこのような生産分担となったのだ。
事、冨獄の素材技術は最大規模である光菱重工どころか、ボーイング社ですら凌駕する。
「次に、新型跳躍ユニットエンジンの開発ですが、冨獄・光菱と弊社それに石河島梁重工を加えた4社と東北大学を初めとしたプラズマ技術研究機関の協力の元、VASIMRエンジンの実用化のための研究開発を行うよう段取りを取る心算です。
―――しかし恐らく、主開発企業は石河島梁重工となるでしょうね、我々は不知火の量産整備、冨獄は日本戦術機の全機種の跳躍ユニットに武御雷の量産・整備により全くの新規開発・工場開設のリソースがありません。
それに不知火弐型の開発に伴い、その保守整備を行わなくてはならなく成るであろう冨獄は更にリソースを削られる―――ライセンス生産ともなれば更に人員も設備も割かれる。」
「そうか、冨獄は成功するかも分からない電気推進への冒険を嫌った。そういう風にも見えるがな?―――まぁ、跳躍ユニットなんて損耗パーツのアフターケアが大変なのは理解できるがな。」
「ええ、あの会社は銀行が大株主ですから仕方ないでしょう。ああいった“数字計算だけ”が取り柄の連中は先進開発の意味を理解していることは殆どありません。
私も不知火の開発に際し、随分と苦労をしました―――外国機導入で問題ないやら、冒険する価値があるのかやら、かなりの嫌味を言われましたよ。」
「苦労を掛けるな。」
「いえ、この状況で何もしないというのでは我々が存在する意義そのものがありません。苦労の一つや二つは喜んで背負いますよ―――それに、息子や娘が前線へと送られる社員も決して少なくは無いですからね……私も一人の親として彼らの気持ちは理解できます。」
その声色と口調から複雑な感情が彼の内に渦巻いているのだろうっと察しが付く。
篁中佐は一体、どういう気持ちだったのだろうか―――大陸での敗北、現実の問題となったBETAの日本上陸と徴兵……やがて自分の娘が戦場に立つのを予期した彼は、愛娘が生き残れるように、最高の戦術機を生み出したかったのかも知れない。
それでも―――自分には戦場を経験していない温室育ちの言葉にしか聞こえなかった。
彼は戦士である前に技術者だったのだ……自分は一部の固定兵装を除き、武御雷に格闘兵装は不要と言った。
何故ならば、武御雷はその高性能化に伴い内部構造は複雑でその素材と相成って、工業製品というよりは工芸品としての面が大きい。
それは整備性と生産性の悪化を招き、機体の稼働率を大きく落とすことになる。運用を国内に限定し、それ故に幾らかの不利には目を瞑るという設計思想では極限状態が常となる対BETA戦を戦い抜くのは難しい。
また、熟練の衛士を多数擁していた為、操縦性にも妥協が成され専用OSの開発が後回しにされたため、その操作性は劣悪で熟練の衛士以外は満足に動かせない出来だ――極限状態での咄嗟の反応が求められる密集格闘戦ではその操縦の難しさや構造の複雑さは命取りになる。
オートマッチックの拳銃がその信頼を得るまでに一体どれ程の年月を要したか、その信頼性を確保できるまでの余裕があるうちなら未だいい、しかしBETAは目前と迫っていたのだ。
―――この状況を打開するには、武御雷の様な機体ではなく、極度の消耗戦に耐え抜き尚且つ極限状態に於いて寧ろ衛士を補強する事の出来る……戦い続ける事の出来る機体だ。
断じて決戦用の局地戦兵器ではない。
「では専務、引き続き各企業や研究機関との調整を頼む。」
「ええ、分かりました。幸い、篁中尉が参加なさる例の計画のおかげと言いますか、技術者たちはやる気ですので後はどうやって上の連中を説得するかです。
金と人脈だけで役所についた人間には説明するだけで一苦労ですがね。」
肩を竦めるように云う千堂専務、戦術機開発の混迷期を経験した彼にとってもズブの算盤勘定だけが得意なお坊ちゃんどもの相手は慣れてはいても遣りたくはない仕事のなのだろう。
民主主義の構造的欠陥の一つ、それは数多の要素を複合的に判断せねばならない政治家がズブの素人であり、国政を機能させる官僚は自らが所属している省庁という閉じた環境内で如何にのし上がるかだけを考えそのためには平然と嘘をつくという事だ。
官僚は数字でしか物事を判断せず、詭弁を多用する為机上の空論が跋扈し、それが現実的か否かを判断し成否を決定する政治家はその知識不足から正否を判断つかず、結果として数字以外何も見えない官僚の仲良しごっこクラブの独裁政治となった結果、国が機能不全に陥り、利益関係の対立からその状態から抜け出せなくなり、やがて何らかの大問題へと至るのだ。
元々の知識もない上に、理解能力そのものが欠如している連中に専門分野を説明しても要領を得ず、的外れな判断をすることは非常に多い。
その癖、専門家の言葉は疑い金に汚いのだから必要不可欠な国家事業の予算とて獲得するのは非常に難しい。
なのに、自分たちの懐に入れるための無駄な公共事業などには経済刺激だの何だの理由を取ってつけて国費を無駄遣いするのだから……時々、この国があんな下らない連中に滅ぼされる位なら自分の手で滅ぼしてやろうか―――そんな愚にも付かない憤りが過るのは仕方のないことだろう。
民主主義は、国民全員が聖人君子であるという性善説よりも尚小奇麗な妄想の域の理想状態を前提としているため、前提が間違ったシステムが機能不全を起こすのは当然である。
「さて、それとですが篁中尉には後程通達が行くと思いますが……74式長刀はしばらくは保守生産が続けられますが、恐らく10年内にその生産は打ち切られるでしょう。」
「え……」
専務の突然の言葉に唯依が現実を飲み込めていない声を発した。
「もともと、74式長刀はF-4Jの運用に際し開発されたものです。当然、その使用前提はF-4となる。
第一世代機と第三世代機の機体特性が根底から異になり、第三世代機用の迫撃戦闘兵装が開発された以上、之から退役する機体に合わせて設計された兵装を運用し続ける意味は薄いでしょう。」
「そんな……」
絶望に染まった唯依の表情、74式長刀は篁中佐が遺したものだ。
それが運用されなくなるという事は彼女にとって遺品を処分されるに等しいのだろう――この表情、見ていて心が痛む。
「――寂しい気もしますが、之も時代の流れでしょう。どうかご理解をお願いします。」
「……はい」
うつむき、下唇を噛み締めているのだろう―――どうにか絞り出した声で頷いた唯依。
そんな彼女に何と声を掛けて良いのかよくわからないが……黙っている事だけはしてはいけないと思った。
「篁、時が移ろう中で様々な物が形を変えていく―――思想、風習、形態、様々な物がだ。」
「それは……解かっています…でも―――」
「だけど――俺は、その中でも変えてはいけない物もあると思う。本当に変えてはいけない物を守る為に、変えなければ成らないモノ……それが今回は長刀だった、という事だと思う。」
「守らなければならないモノ……?」
「受け継がれる意志だ。今回の新型近接刀だって篁中佐が74式長刀を開発したという実績が有ればこその実現だ。
―――俺たちは、彼が何のために戦術機に刀を持たせようとしたかを理解し、それを守る為に形を変えればいい。……芯を間違えない限り、それはきっと次を託された世代が担うべき義務なんだと思う。」
「―――そうですね。」
己の言葉を自分なりに咀嚼し吟味し飲み込んだ唯依が静かに頷いた。
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