Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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08話 焦燥
「威力は素晴らしい……だが運用に難があるな。」
執務机の席に座し、先ほどの白き牙中隊のハイヴ攻略シミュレートの様子をもう一度見直す……このシミュレートデータはかつて欧州全軍の陽動の元、ソビエト陸軍第43戦術機甲師団ヴォールク連隊、H5ミンスクハイヴに突入し持ち替えったハイヴ内データ、通称ヴォール・クデータを元にしたものだ。
このデータを元に幾度となく攻略戦のシミュレートが繰り返されてきたが、20年以上経った現在でさえその成功例は無い。
―――今回のシミュレートは技術廠が開発した試製99式電磁投射砲のハイヴ攻略における有効性の確認と欠点洗い出しのための物だ。
近年、シミュレーターの発達により実射や実働に及ばずとも兵器の運用検証が可能となり、人的・物質的資源の大幅な省略が可能となり兵器開発の効率は劇的に上がっている。
―――だが、それでも新兵器の開発と実用化には数年かかってしまう。
恐らく、“この型”の電磁投射砲が諸問題を解決するのは最低、3年から4年は必要だろう。
「……首都の眼前、それに加え国の両脇にハイヴ―――間に合えば奇跡だな。」
日本帝国は今、三つのハイヴに囲まれている。
一つは、日本の首都東京の目前、新潟県佐渡島に建造されたハイヴ―――建造から3年、フェイズ4に成長している。
そして、残りは朝鮮半島の鉄源ハイヴにソ連領のエヴァンスクハイヴ。
島国というメリットがなければ早々にこの国は無かっただろう―――だが、それでも現状を打破出来ない。
各種兵器の新規開発と実戦配備を完了させるには時間が足りなさすぎるのだ。製造工場の建設と量産、そして部隊への配備とその完熟……年単位の期間が掛かるがそれまで、日本が持たない。
「しかし―――何故だ。やつ等は何故、佐渡賀を選んだ?」
脳裏に引っ掛かる違和感――通例として、BETAは水を忌避する。
巨大な河川、或いは海峡など進行速度が落ちるためか、水を避けて侵攻するのが統計的に明らかになっている。
―――ならば何故、BETAは四方を海に囲まれた島である佐渡賀にハイヴを建設したのか。そして等間隔という法則を破り新たに横浜ハイヴを建設したのか。
「まさかな……」
当時の状況を思い出し、情報という断片を脳内で紡ぎ合わせる……横浜・佐渡賀の共通点を見出す……そして、一つの答えに直感的に辿り着く。
しかし、確証は無い―――せめて、そう断定できる物があれば変わるのだが。
「――俺の勘が正しければ急がなくては成らないな……しかし、それ以上に内憂の患を憂う必要があるとは……ままならんものだ。
確かロバート・ダールだったか、民主主義には自浄・学習作用が無いというがこんな状況下にあって、意思統一すら出来んとは……ほとほと嫌気がさす、大戦の過ちをまた繰り返すか。」
執務机から立つ、そして窓の外を見やる。
――日本帝国は今や、存亡の危機に瀕している。数千万の死者を出し明日をも知れぬ消耗戦の最中―――それだけの被害を出しても日本は変わらなかった。
空前絶後のパラダイムシフトを経験したはずだというのに……未だに身内同士で足の引っ張り合い。
そして、当事者だというのに被害者気取りの大衆と、ぎゃあぎゃあと非人道的だの何だのと其れを煽り立てる糞マスコミ共。
何が人道か、何が平和主義か―――そんなものは間接的な虐殺でしかない。
(―――まったく、今のままでは民主主義の特性通り、最悪を回避し続けたまま国家が緩慢に自殺してゆくだけだ……責任を取りたくない政治家何ぞ癌細胞とそう大差ない。)
今のままでは、国家と民族の緩やかな死が待っている。
如何に軍人としての本分を全うしていても、政治という脳を民主主義やら人道やらの癌に犯されたままではその戦い、これまでに流れた流血すべてが水泡となりこれから生まれてくる命の未来が無い。
―――日本をアメリカの一州とするのなら生存の道はあるだろうが、それは日本を殺した上でだ……形振り構わない、生命が生き残るだけならそれも選択肢だろう。
だが、それは日本人としての誇りも何もかもを捨てることと同義だ―――命だけ生き残ってもそれでは何の意味もない。
国家とは今を生きる者だけに非ず、既に逝った者、そして之から生まれてくる者たち、そのすべての組合だ。
先祖たちが積み上げてきた、日本という国を捨てることは……例え大衆が望んでも、“俺が”決して許さない。
(さて、我が義兄上殿はいったいどういう御心算か……黙って見ているような人間じゃあない。寧ろ、状況を逆手に取る人間だ――――揚げ足取りが生き甲斐のような人だからな)
軽く嘆息する、これだけ聞けば碌でもない人間だ。
けれども、実際の人間像としては、弱者を切り捨てる冷徹さを得るに至るほどの高潔な覚悟を持つ―――冷淡に見えて、内心には若さと言い換えてもいい熱い物を持っている男だ。
しかし、彼が如何なる暗躍をしていようが、腹の探り合いに疎い自分が何かをできる訳ではない。
剣での斬り合いも、政治も大して違いは無いのだが、如何せんまどろっこしくて面倒だ。
そして―――頭を悩める理由がもう一つあることを思い出したその時だった。
“コンコンコン”
「入れ」
恐らく悩みの種であろう存在が到着した合図、短く入室を告げると扉が開かれた。
「失礼します。」
振り向いた視界に入る黒と黄。
宮司の意匠を残す斯衛軍服に、夜川を切り取ったような漆黒の髪を流す少女―――篁唯依が其処にいた。
「済まないな、電磁投射砲だけでも大変だというのに新OSのテストまで割り込ませて。」
執務室の応接机に唯依が二人分の熱い湯気を立てるお茶を湯呑に入れおいてくれる―――隻腕の自分ではどうにもお茶を上手く入れることが出来ないため、たまにこうして彼女がお茶を入れてくれるのが密かな楽しみとなっていた。
「いえ、私も大尉が追加したあの機能のお蔭で助かった場面があります……あのOSが実戦配備されれば衛士の死者、特に初陣衛士の死の八分を大きく変えることができるかもしれません。」
若干の興奮を滲ませて唯依が熱弁する。
今回のホワイトファングスが行う電磁投射砲の運用試験に際し、不知火乙壱型用に試作した新OS試験を割り込ませた。
「しかし所詮は試作だ。動作確率は衛士の戦闘経験に左右され、しかも誤作動の可能性もあることが分かった―――まだまだ改良の余地は大きい。」
OSに組み込まれた新機能、ヴァリアブル・アクティブ防護システム。
略称、VAPS
歴戦の衛士の個人データの膨大な蓄積データを元に間接思考制御を更に推し進めた新OSだった。
敵に不意を突かれた時の全身の緊張を感知し、視線と各種複合センサーの情報を統合し機体が自動的に回避・防御行動を行うというシステムを今回は試験的に搭載した。
これは歴戦の衛士が反射的にどういう回避行動をとったのか、という操縦ログと視線・筋反応を基本データとして応用したものだ。
つまり、衛士の“危ない”という咄嗟の反応を汲み取る機能といえる。
しかし、この機能は衛士の意思と機体の意思が上手く噛み合わなくては単なる足枷にしかならない―――つまり、衛士が反応が間に合わなかった瀬戸際と認識・機体センサーの感知齟齬のデータをもっと篩いにかけて洗練させる必要があるのだ。
衛士の意思を汲む機体の開発、正に人馬一体の極致を体現する機体システムの開発―――それが今忠亮が進めているZINKIプロジェクトである。
不知火乙壱型によりOSの占める割合が大きいと判断された結果、帝国・斯衛両軍共同で行われている新OS或いはマンマシーンインターフェース開発計画だ。
その第一号が今回のVAPSだ。
尤も、既存のOSに乱暴に未成熟な機能をぶち込んだだけなので、動作すれば御の字レベルだったが、唯依の感想を聞くに存外好評だ。
「―――」
ずずずっと、唯依の入れてくれた茶を啜る。静岡県産の天然緑茶だ。
しかも、唯依が入れてくれた茶は渋みと甘味のバランスが丁度よく上手い―――湯の温度に加え、お湯の注ぐ速度や注ぎ方が非常に丁寧に適切なやり方で行われているのだ。
繊細な彼女の気質がよく表れている。
「美味いな、いい嫁に成れるぞ。」
「あ、ありがとうございます!!」
「?」
「いえ!なんでもありません!!」
素直な感想を口にしたところ唯依の顔が朱に染まった―――単純な照れかと思ったが、それにしては些か反応が過敏だ。
それに首をかしげると慌てて何でもない告げる唯依。まぁ、本人が何でもないと言っている以上、敢えて踏み込む理由はない。
「――君には大恩がある。何かあれば気負いせず言うといい、微力ながら俺は君の力になろう。」
「はっ、ありがとうございます!」
目と言葉に力を入れて謝礼を述べる唯依。
リップサービスと思われているのだろうか、だとすれば心外だった。―――残った左目と擬似生体の眼球とでは視力差が問題となるため、両目とも同時に疑似生体を移植した。
その新たな眼球がちゃんとくっ付くまでの半年近い期間、自分は光を失っていたがその時、身の回りの面倒をよく見てくれたのが彼女だった。
またこの右半身に爪深く残る傷を負ったあの時、高熱で魘される自分が無意識に掴んだ手を引き剥がさずにずっと握ってくれていたと聞く―――恐らく、戻ってこれたのは彼女の存在が大きかったのだと今更ながらに思う。
彼女には返しても返しきれない恩と、自分たちの無力が彼女のような少女を死地に追いやったという負い目がある。
だが、新OSは兎も角、自分の考案した新型戦術刀は彼女の父が設計した74式長刀を駆逐する可能性がある……恩を仇で返す事になるかもしれないと思うと気が滅入った。
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