この世で一つだけのメリー=クリスマス
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第一章
第一章
この世で一つだけのメリー=クリスマス
「もうクリスマスかよ」
遊佐光男はカレンダーを見て思わず唸った。もう十二月も終わりに近くなっていた。少し伸びた黒い髪が野暮ったい以外はごく普通の若者だ。歳は二十四である。
「そういえばやたらとクリスマスソングを街で聞いていたな」
「ってあんたどういう生活してるのよ」
隣にいる彼女の若宮未来が呆れて言ってきた。肩の辺りで切り揃えた茶色がかった黒髪がはねている大きな目の女である。歳は光男と同じである。
「クリスマスだってもう十二月の最初からわかっていたじゃない」
「何せこんな仕事だから」
彼は今二人がいる自分の部屋を見回して述べた。見ればやたらとイラストや漫画があり側にはテレビゲームと攻略本が転がっている。二人が入っているコタツの上には食べかけの蜜柑とカップヌードルの汁だけ入ったもの、ついでに原稿用紙と漫画の道具がある。彼の職業は漫画家だったのだ。
「気付かなかったんだよ」
「あんた、クリスマスもの描いているでしょう?」
未来は呆れてまた言う。そう言いながら光男のどてらを見る。それは如何にも冬らしい格好であるが少なくともクリスマスのものではなかった。
「何でそれで」
「それ描いたの十一月だからな」
彼は言う。
「完全に忘れていたんだよ」
「そうだったの。じゃあ今描いてるのは何時の季節の?」
「バレンタインだよ」
そう未来に述べる。
「随分先だろ」
「そうね。そんなに先だとは思わなかったわ」
未来も思わずそう言葉を返した。言葉を返しながらコタツの上にある蜜柑を一個剥いて食べはじめた。
「いる?」
「いや、いいよ」
一切れ勧められたがそれは断る光男であった。
「もうすぐ終わるから。それまでは」
「そうなの。それにしてもあれよ」
未来はその蜜柑を食べながら彼に言う。
「クリスマスはもうすぐなのは事実だから」
「わかってるさ。そうか、クリスマスか」
「仕事それまでに終わりそう?」
未来は今度はそれを尋ねてきた。
「どうなの、そこは」
「一応今年の仕事はこれで終わりだけれどさ」
彼は今描いている原稿を描きながら答えた。
「それで。何だよ」
「クリスマスプレゼントのこと考えてる?」
未来が聞きたいのはそれであった。それを今尋ねてきたのだった。
「どうなの、そこは」
「ああ、そうだったな」
それも言われてやっと思い出した感じだった。
「クリスマスだから。そうだよな」
「そうよ。それで今年は何?」
未来はまた尋ねた。尋ねながらまた蜜柑の皮を剥いている。
「去年みたいにマフラーとか?私は別にそれでもいいけれど」
「いいんだ」
「別に何が欲しいってわけじゃないし」
そういうことには結構淡白な未来であった。あまり欲のないタイプなのだ。
「それでも真心は欲しいかしら」
「それって結構難しくないか?」
光男は真心と聞いて首を傾げながら述べた。
「かえってわからないんだけれど」
「とにかく心の篭ったものが欲しいのよ」
未来が言いたいのはそこであった。
「それでいいかしら」
「わかったよ。僕もそういうのが欲しいんだけれど」
「任せておいて」
ここでにんまりと笑う未来であった。蜜柑の袋を右手に楽しそうに笑う。
「もうとっておきのを用意してあるんだから」
「そうなんだ」
「後はあんたよ」
そのうえで彼に言う。
「わかったわね」
「わかったよ。じゃあ何か考えておくよ」
「期限はクリスマスまで」
これはもう規定事項であった。クリスマスプレゼントにそれより遅れては何にもならない。これについてはもう言うまでもないことであった。
「わかったわね」
「わかってるさ。フライングもなしだよね」
「勿論」
クリスマスプレゼントはここが難しい。クリスマスより前でも後でも渡す日は駄目なのだ。クリスマスでなければ駄目なのである。ここが重要なのだ。
「それじゃあいいわね」
「わかったよ。じゃあクリスマスにね」
「期待してるから。あんたも期待しておいて」
未来は蜜柑を食べ終えて言う。
「いいわね。とりあえずは」
「とりあえずは」
「これ。あげるわ」
蜜柑を一個剥いて。それを彼の側に置くのだった。
「仕事が終わったら食べて。それでいいわね」
「ああ、有り難う」
剥かれた蜜柑を前にして礼を述べる。
「じゃあ後で食べるよ」
「ええ、それじゃあね」
そこまで言うとコタツから出て立ち上がる。赤いセーターに黒いミニスカート、そのスカートの下に黒いズボンを履いている。そこに白いコートを羽織るのだった。中々さまになっていた。
「今日はこれでね」
「泊まっていかないの?」
「こっちもそれでやることがあるから」
クリスマスプレゼントのことらしい。それについて言う。
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