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FOOLのアルカニスト

作者:刹那
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二心同体の愚者

 
前書き
『PERSONA4』のアニメ化が嬉しすぎて、書いてしまいました。
4の方は原作アンチということはないと思いますが、3の方では原作アンチというか、桐条家関連に対するアンチ要素満載なので、お気をつけ下さい。
また、作者のメガテン好きの関係で、悪魔やサマナーなどもでてきます。純粋なペルソナものではないので、そこもお気をつけ下さい。
また、ペルソナ『PERSONA2』では、暗黒・神聖ですが、呪殺・破魔に変更しています。同様に、精神・神経しか属性がないのですが、通常魔力属性とされるのも含んでいるので、精神・神経無効を精神・神経・魔力無効に変更しています。 

 
 さて、この物語の主役となるのは、
 前世の記憶ならぬ「並行世界の自分」の魂を宿して生まれた少年。
 そして、死を経験しながらも、もう一人の自分というべき存在の中で傍観するしかなかった男。
 
 両者が真の意味で出会う時、1つの生命が生まれ、真実『FOOL(愚者)』たる旅人が誕生する。
 その旅路は、さてはて悲劇か、恐怖劇となるか、あるいは喜劇となるか……。

 では、幕を上げるとしよう……生まれながらにして『死』を内包した『FOOL(愚者)』の物語を!



 少年は異常である。何が異常と聞かれれば、外見からは全く判別できない。日本人らしい黒髪に黒瞳、容姿も整ってはいるものの美少年という程でもないし、別段年齢以上に発育しているわけでもないからだ。
 しかし、少年『八神 透夜』は異常と称される。全国津々浦々から、『桐条』によって集められた孤児達の中でも、彼はとびぬけて異常であった。その知能の高さ、そして常人ならばとうに死んでいるであろう空間で未だに生き残っていることが何よりその証左であった……。

 (透夜!透夜!しっかりしろ!正面、来るぞ!)

 頑強に施錠された密室で、『シャドウ』と呼ばれる怪異が死の運命を伴って、5歳になって間もない少年に眼前から迫り来る。そんな中で、『彼』は必死に宿主に呼びかける。『ペルソナ使い』としての適性が全くない透夜にとって、いくら生命の危機という極限状態におけれても全くの無駄であった。当然、『ペルソナ』の発現はなく、迫り来るシャドウの魔の手から逃げ続けることが精一杯であった。その逃げることすら、『彼』の指示と励ましがあったからこそできたものであり、それも限界が近づいていた。

 「大丈夫、まだ走れるよ……ゲフッ」

 透夜は、『彼』の声に朦朧とした意識をどうにか覚醒させ応える。全身傷だらけで、咳をすれば血が混じる。満身創痍もいいところだが、それでも透夜は諦めるわけにはいかなかった。

 「一人は嫌だから!」

 透夜にとって、『彼』は唯一無二の友であり、かけがえのない師である。何よりも全てをなくしたあの日から常にそばに居て孤独を癒してくれたのだ。そんな『彼』を孤独になどできるはずがなかった。ましてや、己のまきぞえにするなど絶対にできない。震える手足に力を入れ、こちらに向かってくるシャドウの動きを見る

 「GYAAAA-----!」

 人ならざる雄叫びを上げるシャドウを前転することで、すれ違うようにしてどうにかわす。実に10回目の回避である。

 「それにしても、よく躱すのう。知能レベルが高いとは聞いていたが、大したものじゃ。美鶴より年下であるというのに、まだ目が死んでおらぬ。大したものよ、最低限の投薬すらしておらんのだろう?」

 その様子を貴賓室に設けられたモニターから見る者がいた。一人は大分年嵩の男で、翁といっていい老人であるが、この実験の元凶たる男であり、ここでの実験の全てはその狂気を具現化するためのものである。感心するような言葉とは裏腹に嗜虐の笑を浮かべている。

 「確かに大したものですが、あれは欠陥品です。先天的な能力者と比べるのもおこがましい適性ゼロですから、覚醒も望めません。あれには期待していたのですが、流石に適性ゼロでは…。覚醒を促す薬は貴重ですからね、無駄にはできません。残念です」

 冷酷に観察者として判断を下すのは、この施設の責任者であり、研究者の長である男だ。口では残念と言っているが、目と表情は失望に彩られており、露程も信じられない。

 酷薄な目で見られる中、透夜は必死で回避に専念していた。

 透夜のその異常には、当然秘密があった。とはいっても、それは彼にしか分からないことである。少年の中にはもう一人の自分とも言うべき存在『彼』がいて、様々なことを教授してくれたのだった。

 とは言っても、透夜が『彼』を認識したのは、両親が事故で死んで、遺産全てを掠め取った叔父から桐条に売り飛ばされた(もっともこの時は一時的に預けられたと透夜は思っていた)時である。優しく頼りがいのあると思っていた叔父が、実のところ遺産狙いの下種であったことを全てが終わってしまってから、透夜は『彼』から教えられた。

 『彼』が言うには、『彼』は名こそ違えど、並行世界の自分(『彼』はこの世界をゲームの物語として知っているそうだ)であり、生まれてからずっと透夜の中にいたらしい。今までも、何度も透夜に話しかけていたらしいが、今に至るまで言葉が届いたことはなかったという。幼い透夜には半分も理解できなかったが、自分が孤独ではないことが分かれば充分であった。唯一の縁者である叔父に裏切られ、『桐条』に売り飛ばされた透夜にとって、何より恐ろしいのは孤独であったからだ。『彼』が唯一の味方であり、話相手になってくれるのならば、それ以上望む事はなかった。

 『彼』は桐条の施設にひきとられてから、色々なことを教えてくれた。まだ、小学生にも満たない透夜に文字や九九をはじめとした四則演算を。それは折り紙やあやとり等の一人遊びにまで至った。透夜はそれらを学び、大いに活用した。同じ施設内の子供らに教えてやり、一緒に遊んだりもした。

 しかし、それは傍目から見れば異常でしかない。5歳に満たない少年が、誰に教えられたわけでもなく、漢字の練習をし、四則演算をこなし、複雑な折り紙を作ってみせる。実験体(モルモット)であり、死んでも構わない彼等に知識をましてや娯楽を教授するような物好きは、人体実験という倫理を踏み外した行いを是とする研究者達の中には存在しないのだから、当然といえば当然である。

 結果として、透夜は奇異の眼で見られることになるが、運命とは皮肉なもので、それが逆に彼を救った。そのありえない知能の高さと精神の発達具合から、少年は希少な実験体として扱われたからだ。
 『対シャドウ兵器』の前身たる『人工ペルソナ使い』を製造する為の実験体。それが透夜をはじめとして集められた孤児達の役割であった。先天的『ペルソナ使い』である桐条の令嬢からヒントを得て、同年代から3歳差までの範囲で買い集められた。

 『ペルソナ』は人間の精神を根源とする力であると考えた研究者達は、実験体の精神を極限状態に追い込むことで強制的に『ペルソナ』に目覚めさせようとした。極限状態、即ち生命の危機である。密室に捕獲したシャドウと薬物投与した実験体を閉じ込め、覚醒を促す。そんなことが実験体である孤児達の命を省みずに何度も行われた。

 その結果は悲惨の一言に尽きる。実験体の殆どは状況を把握することすらできず、わけも分からずにシャドウに殺された。極一部の者が覚醒し、見事にペルソナを発現させた者もいたが、薬物投与も用いた無理矢理の覚醒のせいか、シャドウを倒した後、自身の『ペルソナ』を制御できずに殺されるということが頻発した。そもそも『ペルソナ』という異能は誰もが発現するものではなく、むしろ希少な異能であるから当然といえば当然の結果であった。

 この時『ペルソナ使い』の適性を調べる手段はなく、それゆえに世間に露呈しにくく、かつ研究者達にとって死んでも構わない命である孤児達が実験体用いられたのだった。用意された実験体100名の孤児の内、実にすでに被験した90名の全てが死亡する結果となった。90名もの孤児の命を費やしてできたのは、暴走するペルソナを制御するための薬。その命の結晶たる薬ですら、使用すれば寿命を縮めるものであるのだから本当に救えない。

 幸いにして、透夜は希少な実験体として、残り10名の中に残ることはできた。しかし、彼にとって不幸だったのは、10名の中で唯一『ペルソナ使い』としての適性が全くないことであった。そして、この時には研究者達も、ある程度『ペルソナ使い』としての適性を調べる手段を確立しつつあったことだ。

 当然、もっとも適性のない透夜は、残った10名から弾かれ、唯一人処分されることになった。しかし、それに待ったをかけた人物がいた。たまたま、施設を視察に来ていた元凶たる老人であった。
 もっとも、老人に透夜を助けようという意図は全くない。老人は娯楽の一環として、少年の虐殺ショーを見たかっただけである。その証拠に、透夜は着の身着のままであり、通常実験体に与えられる防護服すら着ていないし、覚醒を促すための最低限の投薬処理(劇薬)すらされていないのだから。

 今までの実験体の中で、最低最悪の状態で実験に臨まされた透夜が今の今まで生きているということ自体、奇跡とも言うべきものであった。もっとも、その奇跡も終わりの時が近づいていた。

 「しかし、本当によくやるものじゃ。が、そろそろ、飽きてきたのう」

 最初の内は、透夜のあがきを喜んでいた老人だったが、流石に飽きが来ていた。それに、そもそも老人が期待していたのは、己の孫より幼い子供が無残に殺されるシーンである。はっきりいえば、物足りなかったのである。

 「ご安心下さい、もう限界でしょう。いくら知能が高くとも、あれは五歳児です。流石に体力が保ちません」

 残念ながら、その言葉はどこまでも正しかった。観察者たる二人が見つめるモニターの中で、20回目の回避を成功させた少年は起き上がってすぐに膝をついたからだ。もう、すでに透夜には立っているだけの体力も気力も残されていなかったのである。そもそも、体力など15回目あたりで枯渇していたし、後の5回は気力だけでなしたようなものである。そして、それすらもシャドウがこちらを嬲るようにしてきたからこそできたことであった。すなわち、正真正銘の限界である。最早、透夜にも『彼』にもどうすることもできない。

 「ごめん、もう立てないよ…ゴフッ」

 (ああ、お前はよく頑張ったさ。だから、謝る必要なんてない)

 「でも、僕が死んだら先生は……」

 (気にするな。元々俺は死んでるはずなんだ。それなのに、何を間違ったかこうして生き恥を晒している。まあ、お前に会えたんだから、悪くはないが)

 「先生だけでも生きて欲しいと思ったけど……ごめん。一人は嫌だ、最後まで一緒にいてくれる?」

 (ふん、そんなのは当然だ。俺は最後の最後までお前と一緒だ)

 「ありがとう、先生。不思議ともう怖くないや」

 ボロボロの体でぎこちなく笑う透夜に『彼』は忸怩たる想いを飲み込んで沈黙する。

 透夜が呼称する先生こと『彼』は、元々『八神透真』という男性であった。遅咲きながらも難関の国家試験に合格し、ようやく念願の道を歩みだそうとしたその矢先、不運にも交通事故で死んだ。生憎と即死でなかったので、その時のことはよく覚えている。信号を無視して突っ込んでくる大型トラック、全身を砕かれたかのような衝撃、地面に叩きつけられて転がり皮膚を削られる痛み。間違いなく死んだと言える致命傷と感じた。それにも関わらず、男は気づけば赤子の中にいたのだ。とはいっても、最初は赤子の中にいるなどとは思わなかった。運よく生き延びて、病院に運ばれたのだと思った。体が動かせないのも、声を出せないのも、それ程の重傷を負ったからだと思っていた。

 しかし、どうにもおかしなことがあった。透真がどうにか声を出そうと四苦八苦していたにも関わらず、勝手に自分の体が声を上げて泣き出したからだ。自分は泣くつもりもなく、また声を上げている感覚もないというのに。そして、次の瞬間誰かに抱きかかえられたところで、彼は心中で絶句することになる。透真を抱き上げたのは、他ならぬ彼の母親であったからだ。彼の記憶にあるよりかなり若いことに戸惑ったが、彼には不思議と母であるという確信があった。それは父親を見た瞬間も同様だ。生年月日も同じなら、後に連れて行かれた自宅の住所も同じで、自宅の外観も同じ。唯一の差異は、彼、いや、彼の『宿主』につけられた名前が微妙に異なるくらいであった。   

 そう『宿主(・・)』である。彼につけられた名前ではない。運命は残酷であった。透真は自分の意思で体を動かすことはできず、『宿主』である透夜の中で、見ているだけしかできなかったのである。これには、透真も悲嘆するほかなかった。せっかく、変な形とはいえ生き延びたというのになにもできないのだから。

 しかし、そういった感情も時間が経つに連れて薄れていく。透真は己の死をどうにかこうにか受け容れることができた。よく考えれば、致命傷であったから、己の死は避けられないものだったことを理解できたし、宿主は別世界の自分かもしれないが、それと同時に己とは別人であると悟ったからだ。それに絶対の死の運命を迎えたにも関わらず、(生きているといえるかは分からないが)こうして意識を保っていられるのだ。人生の余禄とでも思うべきだという結論に至ったのだった。

 それに何より、宿主たる少年の中は心地よかったし、その人生を客観視するのは思いのほか楽しかったからだ。結果、己と同様に両親に愛され、すくすく育っていく透夜に愛着がわいてしまい、歳の離れた弟のようにすら思っていた。まあその分助言したくても、声も届かないので、それでやきもきすることになったのだが……。

 透夜に声が届いたときは歓喜したが、素直には喜べなかった。それは透夜が全てを失った時であったからだ。他に何も頼れるものがなく、真実孤独となって、初めて声が届くとは何と言う皮肉であろうか。

 そして、今日このときまで、二人で一人、二心同体でやってきた。時に孤独を癒す友として、時に様々な知識を教授する師として。苦楽をともにしてきた。だが、それも終わりを迎えようとしている。少年の理不尽な死という形で……。

 (なんで透夜がこんなめにあわないといけないんだよ!何が崇高なる目的の為にだ!桐条の狂人が、老害はとっと死ね!
 しかし、実際にその立場になるとゲームの比じゃない胸糞悪さだな。ストレガが、ああなっちまうのも分かるわ……って、そんな場合じゃない。どうにかしないと、透夜が死ぬ!)

 透夜の中でどうにか生存の為の道を必死に思索するが、全く思いつかない。それも当然である。そも、この施設に連れてこられ、偶然耳にした『桐条』と『ペルソナ』の単語。そして、『ストレガ』メンバーであるチドリとジンらしき子供に遭遇し、この世界が『PERSONA3』の世界であることに気づいた時から、ずっと模索してきたのだ。この土壇場で思いつけるなら、苦労はしない。

 施設からの脱走等も考えたし、うろ覚えではあるが、『PERONA』『PERSONA2』でのペルソナ入手方法たる『ペルソナ様』も試させてみたりもした。もっとも、その全ては徒労であったのだが……。

 (この際、『フィレモン』でなくとも構わない。『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』だろうが、神でも悪魔でもなんでもいい。俺の全てをやる。透夜を助けてくれ!)

 『その言葉に偽りはないな』

 透真の声なき魂の絶叫に、幸か不幸か全時空に存在するといわれる旧支配者、無貌なる神が応え、透夜と透真の意識は途切れた。




 透真が気づいた時、そこは無数の時計に囲まれた空間であった。そこに見覚えのある少年と、黒い人影が見える。

 「気づいたようだな。まず、名を聞いておこうか?」

 透真の覚醒に気づいたようで黒い人影がこちらを向いて名を質してくる。だが、透真は絶句せざるをえない。なにせ、黒い人影、いや人型をしたものには、顔がなかったのだから……。

 「何を黙っている。よもや、貴様も名を言えぬのではないだろうな?」

 どうやって言葉を発しているのかは不明だが、その言葉尻に不穏な雰囲気を感じ取った透は慌てて言葉を紡ぐ。

 「透真、八神透真。あんたの顔がないことに驚いただけさ。無貌なる神『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』よ」

 「ほう、私のことを知っているのか。只者ではないとは思っていたが、おもしろい魂だ。そして、やはり適性があるのだな。奴なら祝福でもするだろうがな……クククッ」

 透真の言葉に愉快でたまらないというように笑う『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』。

 「しかし、この時空で傍観者に徹している私を知るものがいようとはな。しかも、その上で私に祈るときた。笑わずにはいられんよ。だが、どうにも、不可解だ。見せてもらうぞ」

 ひとしきり笑った後、『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』は腕を透真の頭に伸ばす。避ける暇もなく、一瞬強烈な眩暈を感じふらつくがどうにか踏みとどまる透真。

 「なるほど、なるほど興味深い。このようなことがあろうとはな。貴様は私ではない私が主体的に積極的に動いている世界と、傍観者に徹しているこの世界をゲームという形で知っているのだな?」

 「ああ」

 「クククッ、おもしろい。いいな、貴様はおもしろい。その在り様が、その足掻き様が、この上なく無様で滑稽で、実に人間らしい!」

 「なんとでもいえ。透夜が助かるなら、なんでもいいさ。さあ、透夜にペルソナを…」

 「悪いが、それはできんな。貴様ならともかくな」

 「な、何でだよ?!」

 「お前はおかしいと思わなかったのか。先ほどからこの小僧が一言も喋ってない事に」

 「なっ!」

 慌てて見慣れた少年を見る。それはありえないことだった。透真と二心同体である透夜であったからだ。なぜ、鏡も使わずに自分が外側から透夜を見れるのか。それは己が独立して存在するということ他ならないと今更ながらに透真は気づいた。

 「こ、これは?!」

 「そんなに驚くことでもあるまい。ここは人間が集合的無意識と呼ぶものが存在する場所。貴様が独立した精神である以上、ここでは独立した存在となる。当然のことだろう?もっとも、ここで自己を確立し保てない者、すなわち適性なき者は忘我しああいう状態となるわけだ」

 「と、透夜!しっかりしろ!」

 慌てて近寄り、棒立ちする透夜を揺する透真。そのかいあってか、透夜の目に意思の光が戻る。

 「せ、先生?先生なの?」

 「そうだ、透夜。俺だ、よかった!」

 歓喜のあまり透夜を抱きしめる透。

 「く、苦しいよ先生。それより本当に大人だったんだね」

 「あ、ああ。そういえばそうだな」

 指摘されて、改めて気づかされる透真。今の彼は、生前の夢を実現させようとしていた姿だ。

 「ほう、あそこから我を取り戻すとはな。貴様らの間には余程のつながりがあると見える。
では、改めて問おう。小僧、貴様の名は?」

 「ぼ、僕は透夜、八神透夜。あなたは誰?」

 無貌に恐怖と驚愕の念を抱きながら、透真の手を強く握りながら震える声で透夜は答えた。

 「私は『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』。詳しいことはそやつに聞くがいい。手助けありとはいえ、今度は言うことができたか。いいだろう、貴様も合格だ。
さて、貴様らには三つの道がある」

 「三つもあるのか?」

 「そうだ。
 一つは言うまでもないだろうが、諦めて潔く死ぬこと」

 「ありえないな。それなら、そもそもこんなとこきてねえよ」

 「だろうな。では貴様らが選ぶべき道は二つだ。
 一つは、貴様が『ペルソナ』を手に入れ、貴様が戻る道
 一つは、小僧が『ペルソナ』を手に入れ、小僧が戻る道」

 「え、二人一緒には戻れないの?」

 「当然だ、本来傍観者たる私を引っ張り出したのだからな。それにこの世界の『ペルソナ』は原則的に先天的なものだ(後天的に得る方法もないわけではないがな)。それを貴様らにくれてやる以上、当然報酬を貰う。まして、私がくれてやる『ペルソナ』能力は、この世界のものではないからな」

 要するに、『PERSONA3』のものではなく、『PERSONA』『PERSONA2』のものであるということだろうと透真は理解した。それはむしろありがたい話だ。『ワイルド』という超常の例外を除けば、この世界では単一のペルソナしか使えないからだ。さらに『PERSONA3』の外伝的なアニメのことを考えれば、大人になってその能力を失ってしまう可能性もある。そこをいくと、『PERSONA』『PERSONA2』の方が、レベルこそ上がらないが、複数のペルソナを使いこなせるし、大人になっても失う危険性はない。これは己を報酬とするのに十分すぎる対価だった。

 「分かった。それじゃあ俺を報酬に透「嫌だ!」夜……透夜?」

 透夜を戻してくれと言おうとした透真の言葉を、透夜が遮る。

 「嫌だ、一人は嫌だ。先生も僕をおいていくの?お父さんやお母さんみたいに…」

 「透夜、それは違う。離れていても俺達は一緒だ。どんなに離れても俺の心はお前とともにある」

 「話しかけたら、今までみたいに応えてくれるの?違うんでしょ?それじゃあ、いないのと一緒じゃないか!」

 「透夜……。俺はお前に生きていて欲しいんだ」

 「嫌だ、先生も一緒じゃなきゃ嫌だ!あんな怖いめにあう地獄みたいなところに一人で戻りたくない!一人は寂しいよ…」

 「……」

 泣き叫ぶ透夜に透真は言葉もなかった。透夜の生は辛いことが多すぎたからだ。透真にはなかった両親の早世、唯一の血縁たる叔父の裏切りと実験体として桐条に売り渡されこと。そして、極めつけは現状の危機である迫りくるシャドウによる死の運命。5歳になったばかりの幼子には過酷過ぎる人生であった。
 
 それでも、なお透夜が狂わず心を壊すこともなかったのは、透真という無二の存在があったからだ。孤独ではないと言うことが、どれだけ救いになったのか、それは透真にすら分からぬ、透夜だけにしか理解できなきないものであった。

 「言い争うのは勝手だが、早く決めろ。私も暇ではないのでな」

 「二人一緒に戻るっていうのは駄目なの?」

 「駄目だ。奴なら許したかもしれんが、私は許さん。『ペルソナ』をくれてやる以上、対価はもらう。どうしても嫌だと言うなら、『ペルソナ』なしで戻り、二人一緒に諦めて潔く死ね」

 「あんたならそうだろうな。な、分かったろ。『ペルソナ』を手に入れ、お前が戻るんだ。俺のことは気にしなくていい。俺はお前に生きていて欲しいんだ」

 「先生がそうであるように僕だってそうなんだよ!それに一人は絶対に嫌だ!
 そういえば、『ペルソナ』ってなんなの?」
 
 「ふむ。『ペルソナ』とは心の奥底から、『悪魔のような自分』『神のような自分』等の『もう一人の自分』を呼び出し具現化する異能だ。貴様らの命を奪おうとしていた程度の存在なら、容易に滅ぼせる地力だ」

 「もう一人の自分…先生は確か…」

 『ペルソナ』について聞き、考え込む透夜。とても5歳児とは思えない。透真の影響で知能は高くなっているが、それだけでなく本人の元々の才質もありそうである。まあ、環境がそうさせたともいえようが。

 「ねえ、先生。先生は、別世界の僕なんだよね?」

 「ん、ああ。名前こそ違うが、生年月日も両親も同じだからな。そうだろうな。だが、俺は俺。お前はお前だ。気にすることはない」

 「そっか、それじゃあ今度はあなたにききたいんだけど……えーと」

 「待て、貴様の説明は要領をえなさそうだからな、直接読む」
 
 『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』は透真にしたように透夜の考えを読む。読んで爆笑した。

 「フッハハハハハハハハッ、ハハハハハハハ。1つ聞く貴様、本気か?」

 『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』の短い問に眩暈でふらつく頭を抑えながら、透夜は頷く。

 「できる?これなら一緒でいいよね?」

 「ああ、できるとも。ああ、許してやろうともさ。誇れ小僧…いや、八神透夜よ。私をここまで愉快にさせたものはそうはいない。だが、分かっているな?」

 愉悦に体を震わせる『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』は最後の確認を取る。

 「うん、やっちゃって!」

 「よかろう」

 「待て、一体何をするつもりだ?!」

 透夜の意思を尊重して黙っていた透真だったが、不穏な気配を感じ思わず口を出すが、すでに時遅し……。

 「喜べ八神透真。貴様の相方は、貴様にも私にも思いつかなかった貴様と一緒にいるための第四の道を示したぞ。これだから、人間と言うのはおもしろいのだ。私の予想もつかないことをやってのける!」
 
 「透夜が?!」

 驚愕とともに透夜を見つめる透真を尻目に愉悦する『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』は、両腕を伸ばし、片方を透真に、片方を透夜の胸に置き、同時に貫いた。

 「なっ」「ゴフッ」

 貫かれた両者から短い叫びがもれる。

 「な、なんのつもりだ?」

 「早とちりするな、別に殺すつもりはない。その証拠に、痛みも出血もなかろう?」

 かなり強烈な衝撃を受け貫かれてはいるものの、確かに痛くはないし出血もない。それは透夜も同様だ。

 「じゃあ、一体何のために……」

 「なに、取引相手を変えただけだ。貴様より八神透夜の方が、おもしろい提案をしてくれたのでな。安心しろ、貴様に損はない」

 「待て、それじゃあ透…夜は…ど…う……」

 そこまでいいかけて、透真は意識が途切れた。



 「先生、起きて。先生」

 「とうや、透夜か?お前、あいつになにを言ったんだ?!というかここは?」

 目をやれば、先ほどまでいた時計の空間ではない。それは見慣れた彼の生前の居室だ。

 「俺の部屋…?ここは一体?」

 「へえ、ここが先生の部屋なんだ。広くていいところだね。ここは先生の『心象世界』なんだって。あの人に頼んでやってもらったんだ」

 「俺の心象世界…いや、そんなことより、お前、あいつになにを言ったんだ?」

 「先生と一緒にいる為の方法だよ。それ以上は教えてあげない」

 「なっ!ふざけてる場合じゃないんだ。教えろ!」

 激昂する透真だが、透夜も頑迷である。

 「嫌だ!教えたら先生は絶対とめるだろうし、自分を犠牲にしようとするから」

 「俺はすでに死んでいる人間なんだ。だから、お前を生かす為に犠牲なれるなら、これ以上嬉しいことはないんだ。分かってくれ」
 
 「駄目だよ。先生は最後まで僕と一緒って言ったじゃないか!
 それにしても、先生は本当に僕なんだね。誕生日もお父さんもお母さんも一緒だ」

 透真の心象世界から記憶を垣間見たらしく、そんなことを言ってくる透夜。

 「ああ、だから最初はお前に生まれかわったのかと思ったよ」

 「転生っていうんだよね?不思議と僕もここが懐かしいし、心地いい。やっぱり、先生は僕なんだ」

 「よく知っているな。そうか、そう言ってもらえるのは嬉しい。俺もお前の中は心地よかったぞ。もしかするとそれも俺がお前であると言うことの証左なのかもしれないな」

 「先生は僕?」
  
 「ああ、俺はお前だ。だからこそ、お前には幸せになって欲しい」

 「なら僕の幸せは先生の幸せ?」

 「そうだ、俺の幸せはお前の幸せだ」

 「そうだよね、ならやっぱり僕と先生は二人で一人なんだ」

 「そうだな。でも…」

 「でもはいらないよ、先生。先生と僕はずっと一緒だよ。もう言質はとったからね」

 「これは一本とられたな。それにしてもやけに賢くなってないか?」

 「先生の心象世界に入ってからは、先生の記憶や思いを吸収して話してるからね。僕は先生でもあるんだから当然でしょ」

 「そりゃあカンニングだろ。卑怯にも程がある」

 「ふふふ、ごめんね先生。でも、ありがとう。先生がどんな思いで僕を見てきたのか、先生がどれだけ僕を大切に思ってくれていたのか分かったよ。うん、だからは悔いは全くないや」

 「悔いだと?透夜、お前は一体何をしたんだ?」

 「ごめんね、先生。もう、全部終わっちゃったんだ。もう、なかったことにはできないし、後の祭りだよ。だから忘れないで。僕は先生と最後まで一緒だよ。先生は僕で、僕は先生だ。先生の幸せは僕の幸せだから」

 「待て、透夜」

 次の瞬間、止める声もむなしく、透真は己の心象世界から追い出された。

 「ごめん、ごめんなさい先生。僕はもうあんな現実を一人で生きていたくないんだ。先生がいなくなるんら死んだ方がましなんだ。押し付けてごめんなさい!」

 ただ一人泣きじゃくる幼子が残るばかりだった。




 「戻ったか。うまくいったようで何よりだ」

 透真の顔をしたものが、目をさました透真を迎えた。

 「『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』、貴様その顔なんのつもりだ?!貴様、俺達に何をした?」

 「これは失敬、お気に召さなかったかな?安心するがいい、貴様の代わりに八神透夜を報酬にいただくなどという無粋な真似はしておらん。むしろ、無料奉仕だ。いや、久方ぶりの心からの愉悦という対価は頂いたがね」

 「だから、一体何をした?!」

 「ふふ、とぼけるのはやめるのだな。もう、分かっているのだろう?己に『ペルソナ』能力が宿っていることを。『ワイルド』ではないが、この世界では本来ありえぬ力だ。大切に使うのだな」

 「この体、それはつまり……」

 薄々理解していた。自分の中に何か暖かいものが宿ったことを。そして、肉体が今までにない活力を帯びていることを。何より、視界が低くなっていることを……。

 「まあ、折角だ。説明してやろう。お前は並行世界の八神透夜だ。つまり、お前もある意味では、八神透夜のペルソナの1つといえるわけだ。そして、その逆も然り。ゆえに、八神透夜は己をペルソナ化し、お前の心象世界に宿ることで、お前を『ペルソナ使い』にしたわけだ。そうすれば、お前と一緒にいられるし、私に対価を払う必要はなくなるというわけだ。まあ、正しい判断だったと思うぞ。貴様の方が適性は高いからな。もし、逆だったら、暴走の危険があったからな」

 「き、貴様!」

 淡々と語る透真の姿をした『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』に殴りかかる。しかし、悲しいかな。今の八神透夜(・・・・・)の体では到底背が届かない。あっさりと止められる。

 「私は全てを嘲笑う者であり暗き者『這いよる混沌(ニャルラトホテプ)』だぞ。たかが、並行世界の知識を有するに過ぎない人間が、あらゆる時空に存在する私を思うように使えるとでも思ったか」

 透真の顔で嘲笑を浮かべて、無貌の神が言う。

 「俺は……」

 「作業に対する対価は貰ったが、私を呼び出した対価は貴様に払ってもらおう。貴様はこの世界に起きる2つの滅びに介入しろ。それが貴様の払うべき対価だ!貴様の生き様、精々嘲笑ってやろう」




 唐突に音と視界が戻ってくる。そして、今までになかった体の痛み、呼吸しているという感覚から実際に体を動かしている実感が分かる。顔を上げれば、正面から迫るシャドウの姿が目に映る。

 あれほどまでに感じた死の危険も、今や全く感じない。矮小で滑稽にしか映らない。多大な喪失感とそれ以上の充足感を得ながら、透夜の姿をした透真は立ち上がる。

 「来いペルソナ『トウヤ』!」

 蒼い光を伴って、言葉と共に黒衣を纏った若き賢者が、透真から具現化する。

 (先生は僕 僕は先生 僕は先生の心の海よりいでし者)
 (先生 一緒に行こう どこまでも!)

 「この馬鹿野郎が!ああ、行ってやる。遅れるなよ」

 己にしか聞こえない声に精一杯応え、透真は敵を見据える。

 「アギ!」

 賢者が火球を撃ちだし、一瞬でシャドウを燃やし尽くす。間髪いれずに設置されたカメラも同様に消し炭にする。そして、透真は迷いなく切り札を切った。

 翌日のニュースで、ある施設を中心とした地域で集団昏睡事件が発生。幸いにも昏睡状態に陥った者達は全員一日で目を覚まし、健康状態も良好であると報じられた。しかし、その施設が中心であること、施設でボヤ騒ぎがあったこと、施設の職員は未だに目を覚ましていないことは報じられなかった。そして、施設の名簿に名を連ねる孤児達が行方不明であることも…。
 
 こうして、生ける魂と死せる魂は融合し、死を内包した真実『FOOL(愚者)』たる旅人が生まれた。 
 

 
後書き
[スキル解説]
アギ:火球を放ち、敵を燃やし尽くす(敵単体に火炎属性小ダメージ)
 
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