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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第29話 フェザーン到着

 
前書き
いつも閲覧ありがとうございます。

いよいよJrはフェザーンに到着します。まずはジャブでお出迎えです。 

 
 宇宙歴七八六年九月 バーラト星系よりフェザーン


 結果としてキャゼルヌ宅に一泊する事になった俺とイロナは、キャゼルヌの出勤にあわせて家を出て直接空港へと向かうことになった。
 イロナはその気持ちを存分にオルタンスさんに話し尽くし、オルタンスさんもずっと聞き役で接していたらしい。ただ最後に、「人生は一度きりなのだから、苦しんだまま生きるよりは思いのまま生きる方が、ずっと幸せになれるわよ」とだけ言ったそうだ。二度目の人生を送っている俺としては何とも複雑な気分だが、イロナがそれで納得して、昨日よりはずっと晴れ晴れとした表情を見せているのだから、オルタンスさんには感謝の気持ちしか言えない。

 どうにか陽気の一部を取り戻したイロナを連れてハイネセンに戻ると、アントニナとラリサが手ぐすね引いて待っていた。今度は二人前のアイスクリームとチョコケーキを奢らされ、今年の冬物をそれぞれ二着も買わされるという去年の倍額以上の散財をする羽目となった。しばらくハイネセンには戻らない方がいいんじゃないかと思わせるほどに。

 それでもきゃあきゃあと笑顔を浮かべる家族の姿を見れば、散財も悪くないと思う。イロナも距離感に戸惑いながらその輪に加わり、ようやく家族の団欒が戻ってきたように俺には思えた。だがその団欒に長く浸かることは俺には許されない。

 三日後、統合作戦本部人事部にアポイントを取った時間は午前一一時。人事部長エルサルド中将に面会できたのは午前一一時四九分。そして執務室を出たのは午前一一時五三分だった。ユリアンのように俺がヤン閥で、人事部長が七割トリューニヒト閥のリバモア中将というわけでもない。というよりエルサルド中将とは、俺は今日まで面識はなかったはずだ。

「君がシトレ閥だからさ」
 俺の疑問に苦笑してそう教えてくれたのは、エルサルド中将の執務室の前で一緒になり、執務室でも一緒で、ここ情報部九課課長室でも一緒のブロンズ准将だった。
「エルサルデ中将はシトレ中将の七歳年上だが、中将昇進ではシトレ中将の方が先任だ。それに君の最初の任地である査閲部への推挙の件もあって、二人の仲はあまり良くない。たいした稚気じゃないから、まぁ許してやってくれ」
「はぁ……」
 やはり俺は『シトレ閥』と思われているんだろうか。確かにシトレのクソ親父には迷惑も被ったが、恩義もある。俺を自分の副官にしようと工作したことで、エルサルド中将も確信したのだろう。だが『シトレ閥』とか他人に言われると、どうにも腹の虫が治まらない感じだ。

「私が君を情報部に連れてきたのは、フェザーン駐在武官の任務についての簡単な説明をする為だ。フェザーン星域の位置を君は知っているかね?」
「……えぇ、まぁ」
「結構。この程度のおちょくりで腹を立てるような士官では、駐在武官などとても勤まらないからな」
 二度ばかり拍手するとブロンズ准将はウンウンと頷く。これもテストだったのかと思うと、小心者の俺の胃が小さく悲鳴を上げる。

 軍民関係なくあらゆる情報を集め、分析し、場合によっては工作し、戦争遂行の一翼を担う情報部は真に魔窟というべき場所だ。統合作戦本部ビル地下七七階という異様な位置もそれを際だたせる。艦隊も有効な情報がなければその威力を発揮できない。だが時に政府の意向を重視し、機関を運用して世論を掻き惑わしたり、野党の指導者などへの妨害工作を行ったり……と好ましくない任務もあるらしい。あくまでも『噂』であるが。

「フェザーンは建前でも『帝国の一自治領』にすぎない。だから同盟は『弁務官』を置く。『大使』では国交関係があると帝国に誤解されるからな。帝国がその暴虐ぶりを発揮すれば、フェザーンなど卵の殻を踏みつぶすより簡単に崩壊する……と思うだろう」
 ブロンズ准将の言うとおり、一〇数年後には金髪の孺子がボルテックと結託(あるいは利用)し、帝国軍を大挙としてフェザーン回廊へ投入。自治領を軍事占領している。その危険性をこの時代でも情報部は理解しているにもかかわらず、何故神々の黄昏の時に同盟政府の動きが鈍かったのだろうか。疑問は尽きないが、ブロンズ准将は話を続ける。
「フェザーン自治領に帝国が軍事侵攻しない理由は幾つかあるが、一番の理由は帝国貴族内部の対立だな。貴族は多かれ少なかれフェザーンと金銭面で結びついている。帝国政府も国債を買ってもらっている。フェザーンに不利益な行動を起こそうとすれば、それに対抗する貴族を示唆して妨害させる。弱者の戦術、というべきだな」

 もちろん同盟軍もフェザーン侵攻作戦を企図したことは何度もある。だが国防委員会の予算承認が通過したことは一度もない。政治家の内情すら時に捜査する情報部だが、この件に関してだけは時の統合作戦本部から指示があっても、適当にお茶を濁している。なぜか?

「外交というのを帝国も同盟も忘れて久しい。特に砲火のない戦争を戦争と呼ばない節が両国には見られる。フェザーンはそれをよく知っている。表も裏も。だから情報部としてはフェザーンの存在を棄損するのは認められない。帝国の情報を安易に得られるチャンネルの損失は同盟にとって死活問題に近い」
「フェザーンが帝国・同盟双方に情報と経済力を駆使し、歴史を動かしている、と考えてよろしいのでしょうか?」
 原作でもフェザーンの為政当局の苦心については詳しく書かれている。俺はジャブのつもりでそう言ってみたが、ブロンズ准将の驚きようといったらなかった。
「歴史、という言葉は私には思いつかなかったが、彼らの生存戦略は君の言うとおりだ。そして我が同盟は帝国よりも国力が劣るが故に、その戦略に乗らざるを得ないのが実情なんだ」

 だから帝国の情報を現地で収集・分析する駐在武官という任務は重大なものになる。帝国軍の侵攻を事前に察知することで効果的に戦力を運用し、迎撃することが出来る。もし誤った情報が流れれば……原作通り同盟は滅びる。

「そういうわけで大尉には、フェザーン側のチャンネルを閉ざすような短慮だけはしてもらいたくない。腹も立つことはいっぱいあるだろう。だがそこも戦場だと理解して慎重に行動して欲しい。パーティーだのゴルフだの誘惑はいっぱいある。役得だと思ってくれて構わないが、料理にも酒にも女性にも毒が含まれていることだけは忘れないでほしい」
「承知しました」
「特に君は将来を嘱望されている士官だ。それほど長い派遣にはならないだろうが、充分に気をつけて行ってきてくれ。余計な心配だとは思うがね」
 そういうとブロンズ准将は敬礼せず、俺に情報将校とは思えないゴツイ右手を差し出した。俺もその手をガッチリと握りしめた……


 それが三七日前の出来事。フェザーン船籍の旅客船に乗って、俺は今、フェザーンに到着した。

 宇宙港に到着し到着手続きロビーに向かうとすぐに宇宙港の警備員が俺の元に駆け寄ってくる。軍服を着ているから余計目立っているのは分かるが、あまりにも一直線に向かってくるので驚いた。が、特別者専用の軌道エレベーターに案内され、その場に待っているフェザーン側当局者と顔を合わせ、名前を聞いてさらに驚いた。

「ニコラス=ボルテックと申します。フェザーン自治政府対外交渉部に勤めております」
「ヴィクトール=ボロディン大尉です。在フェザーン同盟弁務官事務所つき駐在武官を拝命しました」
 今後ともよろしくお願いします、という儀礼的なお辞儀と敬礼の会話を終えると、個室内に入ってきた女性のアテンダントによって机の上に烏龍茶とチキンフライとポテトが次々と並べられていく。しかも香辛料の違いによって四種類も。

「……」
 これがフェザーンの流儀か、と俺はにこやかなボルテックと暖かいチキンを見比べた。その視線に気がついたのか、ボルテックは先にチキンの一つを手に取ると、俺に断ることなくかぶりついた。なんというか人のいい小役人が、時間に余裕が出来たので遅い昼食をとろうかといった風情だ。もっとも言いたいことは『毒は入ってませんよ』であろうけども。

「なかなか美味しいですよ、これ。いや、役得でした」
「そうですか?」
「これは帝国でもそれと知れた軍鶏でして。私の薄給ではとても口には出来ないんですよ。さ、どうぞ。遠慮なさらず」
 烏龍茶を飲みながら勧めるボルテックを見て、俺も一つ手にとって口に運ぶ。確かに旨い。脂も皮も香辛料も、同盟のスタンドで売っている物とは桁違いに……値段も桁違いだろうが。俺が別の香辛料のチキンを食べ終えると、再びアテンダントが現われ、俺とボルテックの前に冷たいおしぼりと、レモンスカッシュを置いていく。

「ボロディン大尉はお若いながらも中々慎重でいらっしゃる。ケリムでも随分とご苦労をされたようで」
「いや、それほどでも……」
 ズゾーッと音を立ててレモンスカッシュを飲む、三〇代半ばのボルテックはどう見ても小役人だ。だがその口から出てくる言葉は、俺の胃を刺激するのに充分な物ばかり。気分が悪いので俺もレモンスカッシュを飲み、また別の種類のチキンフライに手を伸ばすと、ボルテックもポテトを手にとって口に運ぶ。

「あ~満腹でした」
 机の上の料理と飲み物が全て空になり、アテンダントがそれらを全て片付けると、ボルテックは腹をさすりながら言った。
「あ、お代は結構ですよ。これはあくまでも自治政府から大尉に対するお礼ですから」
「お礼、ですか?」
 別に軍人になる前もなった後もフェザーンに対してなんら便宜を図った事はないし、これからも払うつもりはない。確かにこのチキンフライは値が張るだろうが、これで買収できると思ったら大間違いだ。しかしフェザーンの意図はそんなことではないだろう。
 俺が改めてボルテックに問いただすと、ボルテックはウンウンと小さく頷いて応えた。

「ケリム星域で大尉は『ブラックバート』団をほぼ壊滅に追いやっていただけました。ネプティスの近くにある彼らの基地を撃滅してくれたことで、我らフェザーンの貿易船には充分な安全がもたらされたのです。この程度のお礼ではむしろ申し訳ないと思うくらいですよ」
「あれはリンチ准将の指揮で行われた作戦です。しかもケリム星域の掃討作戦は第一艦隊が主力で、私は何も手伝っていない。供応を受ける資格はないかと思いますが?」
「ご謙遜を。大尉は『埋伏の毒』を見つけ出して拘束したではないですか」
 エジリ大佐のことか、と俺は心の奥底で呟いた。拘束したのは俺ではない……俺の視線に気がついたのかは分からないが、ボルテックは鶏の脂で口が滑らかになったのか話を続ける。

「海賊にもいろいろ種類がありますが、『ブラックバート』団のような組織だった準軍事規模となるとそう多くはありません。大抵は港に密偵を潜らせておくのが精一杯の小さな組織ばかりです。同盟国内で我々フェザーンは武力を振るわけにはいきません。しかも『ブラックバート』団は規模も大きく巧妙で狡猾です。それを撃破してくださった。今後、同盟国内の他の海賊も恐れをなしてその活動を収縮させるでしょう。フェザーンとしては願ったり叶ったりなのです」
「なるほど」
 最近、ほんとうにパトリチェフみたいになっているなと思いつつ、そう応えるしかない。
「……ですが、首領は」
「分かっています。ロバート=バーソンズを取り逃がした、ことですな。ですがご安心いただきたい」
 ボルテックの目はそれまでより僅かだが細くなる。
「彼の動きの一部ではありますが、フェザーンは幾つかの情報を掴んでいます。この情報については今後私から大尉に直接お渡しするつもりです」
「それはありがとうございます。フェザーン自治政府のご協力に感謝いたします」

 あんたから直接情報を受け取るわけではなく、あくまでも同盟政府とフェザーン自治政府の連絡業務としてしか受け取らないよ、という俺の言外の言葉に、頷き掛けたボルテックの首は一瞬だけ止まったが、結局ふたたびベコ人形のようになった。

「いやぁ大変有意義な昼食でした」
 地上に降りついた軌道エレベーターの扉が開くと、ボルテックは最初に見せたにこやかな笑顔に戻っていた。
「出来れば大尉とは長くお付き合いしたいものですが、そうもいきますまい。本国には大尉を待っていらっしゃる方が大勢いらっしゃいますでしょうしねぇ。大尉でしたら『行ってくれるな』と泣いてくれた女性もおおぜいいらっしゃるんでしょう?」
「義妹はたしかに女性ですけど、少し若すぎますね」
 宇宙港の搭乗口で見送るアントニナとイロナとラリサの手を振る姿を思い出し、俺はそう正直に応えてやったが、ボルテックは冗談だと思ったようだ。小さく首をかしげて腕を組むと、ボルテックは羨ましそうな視線を俺に向けてくる。
「義理の妹さん、ですか。なるほど。ですが大尉、フェザーンの女性もなかなかのものですぞ。大尉くらい将来有望な方ならよりどりみどりでしょう。若いというのは本当に羨ましい限りですよ」
「は、ははははは」 

 前世で二・三人との付き合いがあったとはいえ、こちらの世界では良いところまで行くにもかかわらず、誰一人落とすことが出来なかった俺としては、ボルテックの言葉には乾いた笑いでしか応えることができなかった。
 

 
 

 
後書き
2014.10.26 更新 
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