ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第27話 雨宿り その1
前書き
いつも閲覧ありがとうございます。
一年ぶりにハイネセンに帰還して家庭問題に悩むJrです。
たぶん、タイトルは近いうちに変更するかも
宇宙歴七八六年8月 バーラト星系 ハイネセンポリス
士官学校を卒業して二度目の八月。俺は一年ぶりにハイネセンの地を踏んだ。
だが次の任地はフェザーンだ。まず統合作戦本部人事部に顔を出さなくてはならない。原作のユリアン同様、フェザーン駐在武官の任免は人事部長の直接管掌するところであるから、人事部長のアポイントを取らなくてはならない。中尉昇進の時のように小さな分室で課長(中佐)より辞令を渡されるのではなく、中将の執務室で直接手渡されるのだ。昇進業務が中心の課長ではなく、他に業務のある部長のアポイントは非常に取りにくい。なんで赴任側が命令側のアポとらなきゃいけないのか、いまいち分からないがそれが規則なら仕方ない。
ハイネセンからフェザーンまでの旅程は約五〇〇〇光年。旅客船で三六日、貨物船で四〇日、軍の高速巡航艦でも三〇日はかかる。当然の事ながら駐在武官の運送しかも大尉ごときに、高速巡航艦が用意されることはないので、必然と旅客船を使う羽目になる。必要経費で支払われるとはいえ、これまた旅費が高い。貨客船であればまだ若干安いんだが、これほど長距離になると大型貨物船の余剰船室でもそれなりに値が張るし不定期だ。
一番安く行く方法は軍の定期便(基地間定期連絡船)を乗り継いで行く方法だが、ジャムシード星域まではまだ何とかなっても、その先のランテマリオ・ポレヴィトといった星域への便となると非常に少ない。さらにポレヴィト-フェザーン間は特別な許可がない限り、軍用船舶の侵入は許されていない……誰が決めたか知らないが。
つまりフェザーン行きの旅客船のダイヤを見つつ、ある程度の余裕を見てハイネセンを旅立たなければならない。と、なると当然ハイネセンでの滞在時間は短くなるわけだ。
「アントニナ。お前、学校はどうしたんだ?」
荷物といえば将校用の鞄ひとつな俺が、ハイネセン第三宇宙港(軍民共用)に到着した時、到着ロビーの噴水前から、さも当然とばかりに手を振るアントニナの姿を見て、俺としては心配を隠せない。グレゴリー叔父もレーナ叔母さんも、学校をサボって向かえに来ることを許すとは思えないのだが……
「お母さんが迎えに行きなさいって。ジュニアスクールの試験も終わったし、選択授業は別にいつでも受けられるから学業は問題なし」
「……まぁ、それならいいが」
一年前に同じ宇宙港の搭乗ゲート越しに見た姿よりも五センチ以上は大きくなっているアントニナを見て俺は溜息をついた。既に一六〇センチはあるだろうか。相変わらずの薄着で、胸は身長ほど発育していないようだが、腕もホットパンツから伸びる腿にもうっすらと筋肉がついているから、一見した限りではもう一二歳には思えない。
「兄ちゃん、どこ見てるのかな? フレデリカみたいに叫んで蹴りを入れてもいいんだよ?」
悪戯っぽい表情にも少しだけ妖しいものが含まれているのは気のせいだろうか。気のせいだと思いたい。だからあえて俺は話題を転換した。
「そのフレデリカちゃんとはそれからどうなんだ? 仲良くしているか?」
「『フレデリカちゃん』? 兄ちゃん、フレデリカとそんなに仲良かったっけ?」
俺の鞄を肩に掛けたまま、その鞄越しにアントニナは俺を流し目で睨んでくる。怖い。かなり怖い。
「……いや、グリーンヒル閣下のこともあるから」
「前回の中間テストでフレデリカ、僕の一つ上の順位だった。だから今いちばん仲が悪い」
「で、アントニナ。お前の順位は?」
「二位なんだよ!! も~!!」
俺の鞄ごと両腕を上げて叫ぶ姿に、到着口のあらゆる方向からアントニナへと視線が集中する。どう見ても若い軍人が、年端もいかない(といってもティーンエイジャー)少女に荷物を持たせて怒らせている……空港に司法警察風紀班がいるとは思えないが、肩身が狭いどころではない。俺は鞄をアントニナから取り戻すと、あえて大嫌いな無人タクシーへと早々に乗り込んだ。
「そういえばお父さんが言ってたけど、ヴィク兄ちゃんケリムで功績を挙げたんだって?」
当然のように俺の隣に座ったアントニナは、顔を近づけると俺にそう問うた。肩口で切り揃えられていた金髪は一年で少し伸び、タクシー内の空調によって僅かに掛けられたコロンか何かの匂いが、俺の鼻孔を微妙に刺激する。いかん、いかん。
「あぁ……たいしたしたものじゃないけどな」
実際そうなので、俺がアントニナと反対側で頬杖をつくと、アントニナは腕を頭の後ろで組んで身体をシートに押しつけた。
「じゃあ……しばらくはハイネセンで勤務になるの?」
「いや、ちょっと遠くに行く。フェザーンだ」
「フェザーン!! ナンデ!!」
助手席シートから立ち上がって、盛大に無人タクシーの円い天井に頭をぶつけ、アントニナが直頭部を抱えてシートに蹲った。その動きに俺は苦笑を隠せない。本当にこれでフライングボールの選手なのか。
「任務なんだよ。帝国軍との戦場じゃないだけ、まだマシってもんだ」
そういうと、俺はいつものようにアントニナの頭の上に左手を置いて掻きむしってやる。
ハイネセンへの旅中、人事部公報として端末に届いた同窓名簿を見た。七八四年卒業(七八〇年生)四五三六名のうち、一四名の名前が赤字に変わっていた。病死した一名をのぞいて半数以上が辺境巡視艦隊に配備されて帝国軍との戦闘での名誉の戦死、残りの半数が地上戦による戦死と事故死で分けられている。中尉になってこれからという時に無慈悲な砲火で散華した同期達に、俺は船室で一人冥福を祈ることしかできなかった。それに比べて俺はなんと恵まれていることか。戦場とはいっても一方的な海賊との戦闘。それも一度きり。そして次の任地はフェザーン。戦いはある。敵もいる。だが砲火はない。
「せっかく帰ってきたのに、僕さびしいよ」
「そう言ってくれる家族がいる俺は恵まれているな。なにしろ我が家には美人が揃っている」
俺の言葉に、アントニナはプライスレスな笑顔で応えてくれたのだった。
家で待っていてくれたのは、やはりレーナ叔母さんとラリサだった。例によってイロナはグリーンヒル宅へ行ってまだもどってきていないらしい。これはもう完全に避けられていると考えていいだろう。六歳になったラリサは、今度は帝国公用語にも興味を持ち始めたらしく、俺が手を挙げると『Ja, willkommen!!』と敬礼して応えてくれた……今夜は帝国公用語の集中砲火を浴びることになると察して、俺の顔は引き攣った。
「せっかく帰ってきたというのに、グレゴリーが訓練で出動なんて……ついてないわ」
夕飯を終えて、台所で一緒に後片付けをしていると、レーナ叔母さんは溜息混じりに呟いた。
「ケリムではお手柄だったと、グレゴリーは言っていたわよ。でも次はフェザーンなんて……」
「仕方ありません。命令に従うのが軍人ですから」
ボルシチの入っていた椀を洗いつつ、俺はそう応えるしかない。ケリムでは完全にすれ違いだった。意識してグレゴリー叔父もイジェクオン星系に寄ろうとはしなかったようだ。わざわざ不便なネプティス星系に艦隊を停泊させていたのだから……
「大尉に昇進することになりました。お祝いはフェザーンから帰ってきてからでもいいですよ」
「そうね。フェザーンは戦場じゃないんだから、大丈夫よね」
レーナ叔母さんの顔は笑いと悲しみの中間といって良かった。心配してくれる家族の存在。俺には本当にもったいないのかもしれない。
「……イロナは大丈夫よ。別に貴方に含むところがあるワケじゃないの」
洗い物が一段落し、三姉妹が眠りの園へと撤退していった後、リビングで叔母さんはそう俺に言った。
「アントニナとラリサを強く意識しすぎているのよ。アントニナは貴方に遠慮なく近づくし、ラリサはこういうと親馬鹿かもしれないけれど本当に頭がいいの。わかるでしょ?」
目の前に並ぶウォッカの影響ではなく、俺もレーナ叔母さんの意見と全く同じだった。
「イロナは努力家で、何事にも真面目に取り組むわ。でも運動神経や積極性ではアントニナには敵わないし、頭の良さでは年下のラリサに追いつかれそうになっている。焦りがどうしても内に籠ってしまう。いい子だから口には出さないし、家ではいつも大人しくしているわ。貴方が来たときにだけそれを外にぶつけて、貴方に甘えているのよ」
「……イロナとはそのことは?」
「一度だけ話したわ。イロナも分かっているのよ。でも……」
そう言うとレーナ叔母さんは一度だけウォッカに口をつけた。いつも陽気で気さくで遠慮のない叔母さんも、伏し目がちに言いにくそうにしている。イロナが俺を直接標的にする理由がないことは俺も分かっているし、出来のいい姉と妹に挟まれると、何かと辛いというのも分からないわけでもない。
だがこのままイロナの事をレーナ叔母さんに任せていいという話でもない。アントニナやラリサと直接このことを話せるようになるまでには、相当時間がかかることは目に見えている。従兄とはいえ養子である俺にしか、当たることができないのだ。賢く真面目であっても、まだ九歳なのだから。
「……イロナを明日からしばらく連れ出しいいですか?」
俺の応えに、レーナ叔母さんは本当に済まなさそうに、小さく頷いたのだった。
翌日、朝から俺はイロナを連れて家を出た。アントニナは声を上げて、ラリサも六歳なりの不満顔で抗議したが俺は明後日には戻って来ることと、明明後日以降はちゃんと付き合ってやる事を条件に、二人を引き下がらせた。肝心のイロナも無表情だったが、特に抗議することなく黙々と旅装を整えると、俺と一緒に無人タクシーに乗り込む。その無人タクシーがハイネセン第二空港(大気圏内航空)に到着したことに、イロナは少しばかり驚いていたようだったが、何も言わずに俺の後をついてきた。数時間のフライトを終えて降り立ったのは、懐かしのテルヌーゼン市だ。
「イロナ、少しそこで待ってな」
自転の関係上、既に夕方に近いテルヌーゼンの空港ロビーから、俺はあるところに電話する。六コール後に出てきた事務員に上司を呼ぶよう依頼するとたっぷり一〇秒後、画面に六四分けのブラウンの髪を持った少佐殿が現われた。
「俺を呼び出すとは随分と偉くなったものだな。え、『悪魔王子』」
「四日後には大尉に昇進の予定ですので、そこはご寛恕願いたいと思います。キャゼルヌ少佐殿」
「で、テルヌーゼンまで来て、俺になんの用事だ。酒の催促か?」
「近いです。ご迷惑をおかけしますが、今夜私ともう一人、先輩のお宅でお世話になっていいですか?」
「……なんだ、お前。いつ俺がオルタンスと同居しているって……ヤンか? それともワイドボーンか?」
あいつらぁ……と額に手を当てながら苦虫を噛むキャゼルヌは、俺が肯定も否定もしなかったので、高く舌打ちする。
「まぁどちらでもいい。だがお前さんと一緒に来るのは誰だ? 暑苦しい男を二人も泊めるほど、俺の心は広くないぞ?」
「宿はちゃんと取りましたから、先輩の甘い生活の邪魔はしませんよ。私の妹です」
「未成年者略取で通報していいか?」
「家族ですから時間の無駄になると思いますが?」
「真面目に返すな。本当にお前はユーモアがない奴だな。いつまでたってもそれじゃ女に好かれないぞ?」
「……妹がいれば充分ですよ」
「いじけるな。まったく歯ごたえのない奴め。オルタンスには俺から言っておくから、お前は妹さんと一緒に士官学校に来い。俺の仕事が終わるまでそこで待ってろ」
そういうとキャゼルヌは通話を切った。真っ黒な画面に向けて俺が苦笑して受話器を置くと、不審な目つきでイロナが俺を見上げている。ウェーブのきつい黒髪が、傾き始めた日差しに照らされて、鮮やかに光沢を放っている。目つきさえ戻れば充分美少女なのだが……
「ま、とりあえず行くとしようかイロナ。我が青春の学舎へ」
俺の照れ隠しの言葉に首をかしげつつも、イロナはちゃんと俺の後についてくるのだった。
後書き
2014.10.25 更新
2014.10.25 誤字修正中
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