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第一章


第一章

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「おい、宮坂!」
 野球部のエース早川浩二がソフト部のキャッチャー宮坂真里に声をかけていた。日に焼けた二つの顔が今向き合う。
「何よ」
 黒い髪をおかっぱにしたその少女が彼に顔を向けてきた。彼女がソフト部のキャッチャー宮坂真里である。ちなみに彼女は四番でもある。
「今日こそは御前を倒す!来い!」
「あんた、今お昼休みよ」
 彼女は呆れた声で彼にそう返した。
「それでもやるっていうの?」
「時間は関係ないだろ」
 見れば彼はもう学生服の上を脱いでいた。そして上には野球部のトレーナーを着ている。
「どんな時でも勝負はするんだ」
 彼は言う。
「思いついたらな」
「あんた馬鹿じゃないの!?」
 真里はそれを聞いてまた呆れた声で述べる。
「思いついたらって。何考えてるのよ」
「そういう御前だっていつもそうじゃないか」
 浩二はそんな真里に言い返す。
「思いついたら勝負してるじゃないか」
「まあそうだけれどね」
 流石に自分のことは誤魔化せなかった。応えることにした。
「じゃあいいわ。どうせ素振りするつもりだったし」
「よし、じゃあグラウンドに行くぞ」
「で、今度は何かけるの?」
 真里は聞いてきた。
「ラーメン?それともサンドイッチ?」
「ジャムパンでどうだ?」
 浩二はそう提案してきた。
「木村屋の。それでいいだろ」
「そうね。けれどあたしはチョコレートパンの方がいいわね」
「じゃあそれだ。値段は変わらないしな」
「あたしが勝ったらあんたがおごってくれるのよね」
「ああ」
 浩二は答えた。
「で、あんたが勝ったらあたしがあんたにおごると」
「いつも通りな」
「わかったわ。じゃあ行きましょ」
「準備はいいのか?」
「何時でもいいわよ」
 真里はそう返した。
「しかし御前その格好は」
 見れば彼女は制服姿のままであった。ミニスカートが健康的な生脚を見せていた。それがやけにチラチラするのは浩二の気のせいであろうか。
「大丈夫よ。じゃあ行きましょう」
「いいんだな、それで」
「いいのよ。ほら、早く勝負しましょう」
 何だかんだで彼女も乗り気であるようだ。
「それでチョコレートパンね」
「いや、ジャムパンだ」
「どっちでもいいから。ささっ」
 こうして上がトレーナーの浩二と制服姿のままの真里はグラウンドに出た。そして野球部のグラウンドでバットやグローブを手にそれぞれの位置についていた。
「じゃあ行くぞ」
 浩二はマウンドにいた。右手にはもうグローブをかけている。
「勝負は野球でいいな」
「ええ、いいわよ」
 真里は制服のままバッターボックスに入っていた。右のバッターボックスでバットを手にしている。
「どっちでもね」
「わかった、ヒットでも何でもな」
「それで私の勝ちね」
「そうだ。今日も抑えてやる」
「今日も打ってあげるわ」
 浩二も真里も不敵に笑い合う。それが終わってから浩二は大きく振り被った。真里も身体に力を込める。そして浩二は投げた。
 ストレートだった。それが内角高めに勢いよく入っていく。
「よし!」
 彼はそれを投げた瞬間に会心の笑みを浮かべた。
「これは打てないぞ!」
「読み通り!」
 だが真里はそのボールを見ても動じてはいなかった。
「だがこれが打てるか!」
「甘いわね!」
 真里は腕を畳む。そしてコンパクトに振り抜いた。
 スカートが舞いその中にあるものが見えた。しかし真里はそれに構わず思いきり振り抜いたのであった。
 見事であった。ボールはレフト前へと弾き返された。誰も守りには入っていないが誰が見てもわかる奇麗なヒット性の当たりであった。
「あれを打ったのか」
「どう?奇麗なヒットでしょ」
 真里は歯噛みする浩二に対して言った。
「得点圏にランナーがいたらタイムリーね」
「チッ、俺の負けか」
「そうね。けれどいいボールだったわ」
 この言葉は勝者の余裕がいささか聞いて取れた。
「速さも球威もあったしね。読んでいなかったらあたしでも打てなかったわよ」
「だが打たれたってのは事実だからな」
 浩二の顔は歯噛みから憮然としたものになった。
「俺の負けた。ジャムパンだな」
「だからチョコレートパンよ」
 真里はそう言い返す。
「さっき言ったじゃない、それ」
「そうだったか」
「そうよ。もう売店売り切れてるからコンビニでね」
「ああ。しかしな」
「何?」
「御前いつも制服の下それなのか?」
「そうよ。悪い?」
 スカートの下は半ズボンであった。体育の授業で使っているものである。よく見れば丈の短いスカートからもそれがチラチラと見えている。
「何かなあ」
「だってあたしいつも走ったり何かするじゃない」
「ああ」
「だからよ。いつも履いてるのよ」
「そうなのか」
「そうよ。それとも何?」
 何かと言いたげな浩二に対して問う。
「あたしのパンツでも見たいっていうの?」
「ば、馬鹿言え」
 何故かその返答の声はムキになっていた。
「何でそうなるんだ」
「だって不満そうだったし」
 真里はそんな浩二に対して言う。
「違うんならいいけれど」
「そんな筈ないだろ」
 だがその否定も何処かムキになっていた。
「どうしてそうなるんだ」
「言っておくけれどあたしの下着なんて期待しないでよ」
「誰がっ」
「今日は白だけれどね」 
 自分から言うのは何故であろうか。それは実は真里にもよくわかってはいなかった。
「期待しないでよね。あたしのだから」
「だから別に見るとか言ってないだろ」
「そうなの」
「何時言ったよ」
 浩二もムキになっていた。
「全く」
「ならいいけれどさ」
 真里もそれを受けて言う。
「じゃあとりあえず今日はチョコレートパンね」
「ああ、負けないからな、次は」
「それはこっちの台詞よ。またやるのね」
「ああ」
「じゃあ楽しみにしてるからね、パン」
「今度は俺が勝つからな」
 そんなやり取りをして教室に帰っていく。いつも二人はこうして勝負に明け暮れていた。そのことは学校の誰もが知っていることであった。

 
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