ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第24話 初陣 その4
前書き
いつも閲覧ありがとうございます。
なかなか捜査が終りません。孤立無援なJrは今日もカーソルを叩き続けます。
宇宙暦七八六年一月 ケリム星域イジェクオン星系 第七一警備艦隊係留地
新年を迎えたところで、俺の気分が晴れるわけでもなんでもない。
結局D星区では粉々になった根拠地以外の海賊拠点は発見できず、第七一警備艦隊はすごすごと係留地のイジェクオン星系へと帰還する事になった。もっとも司令部以外は、あの『ブラックバート』の根拠地を撃破した事を純粋に喜んでいたし、幸いにも味方に一隻も被害がなかったことから(意図せずして)リンチへの部下の信頼はかなり高くなっていた。
ゆえに一部を除く第七一警備艦隊の将兵は、半舷休暇を使って惑星イジェクオンへと降り立ち、思い思いに新年を楽しんでいる。たった一人、戦艦ババディガンの個室で書類と複数の端末を弄り、『ブラックバート』関連の資料を集めている俺は別に僻んでいない。断じて僻んでいない。
望んでもいない事態に憂慮と怒気を漲らせていたリンチも、部下達から『さすがは名指揮官』と呼ばれれば少しばかり気が晴れたようで、星区司令部への報告の際も落ち着いていた。俗物め、と横で見ていた俺は心の中で舌を出していた。が、奥さんや娘さんと再会した時の顔が普通によき父親だったので、俺も俗物らしく微笑ましく見つめていたのだが。
俺が許せないのは二つ。一つはカーチェントが地上に戻って、以来まったく俺の手伝いをしようとしないことだ。正月早々仕事しろとは言わないが、アンタ機密漏洩罪の容疑者の自覚あるのと言ってやりたい。
もう一つは後方参謀のオブラック。エジリ大佐から右裏拳を受けて顔を腫らしての情けない帰還だったのに、地上について搭乗口を出た途端、きゃあきゃあと女の子達が寄ってきたのだ。そして女の子達に顔の腫れを心配され、その原因をエジリ大佐ではなく俺になすりつけやがった。リンチに同道して地上に降り立った俺は、早速悪役野郎に祭り上げられてしまったのだ。そこまではいい。
「ボロディン中尉は童貞な紳士だと思っていましたが、かくも暴力的な方とは思いませんでした」
そう言って、ドールトン准尉まで遠回しに俺への協力を拒否してきやがった。何かを頼もうとしても、やれ休暇だ、やれ任務だと言い訳に走っている。ドールトンの協力なくして海賊の事実を掴むことは出来なかったことには感謝しているが、ここまで変貌してしまっては、もはや協力は得られないと判断せざるをえない。というより、いま彼女の説得に時間をかけている余裕はない。
今ではただ一人、エジリ大佐だけが協力的だ。一次的な資料の収集や分析は俺でも出来るが、この星区内部の人間関係などの資料には記載されていない情報に関しては、大佐の経験と知識が頼りになる。A代議士は海賊と繋がりがあると噂されている商社から多額の献金を受けている等々……単なるうわさ話から、どこからそんな情報を手に入れてくるのかというような機密まで持ってくる。その顔も、遠征前のやる気のないものとは正反対で、一〇歳は若返ったと思えるほど生き生きしている。
エジリ大佐の覚醒はとにかく、分析だけは俺が一人でやらざるを得ない。俺自身の新年のお祝いは、叔父の家に直接メールカードを送るだけだ。グレゴリー叔父に一枚だけ。それで叔父なら分かってくれるだろう。だが情報を得てから戦力規模を算出し、出動態勢を整え、憲兵・査閲各部との調整を終えて出動するのは、基礎情報を手に入れてから大体二週間は必要だろう。その前に作戦立案と統合作戦本部および国防委員会の出動許可を得る必要があるから、まず四週間というところか。
四週間。おおよそ一ヶ月で『ブラックバート』の概要とその背後関係を洗わなければならない。しかも誰の手も借りずに、副官業務をこなしつつだ。これはなかなかハードな仕事になる。
「君はなぜ、そこまで熱心に追求できるのかね?」
一〇年来のD星区近辺における民間開発プロジェクトについての情報を持ってきた、エジリ大佐の質問に俺はやや困惑した。
「なぜ、と仰られましても……宇宙海賊は正統な経済活動を、武力を持って侵犯する犯罪集団であり、その追及・撃滅は同盟軍人としての主任務の一つであると考えますが?」
「いや、そういう根拠を聞いているんじゃない。なぜ君はこの事案をそれほどまでに追求したがるのか、という君の正直な気持ちに私は興味がある」
「そうですねぇ……」
別段この任務が俺の勤労意欲を刺激しているわけではない。元々軍人になった目的が「引きこもり平和主義」を達成するための実力と権力を持つための手段であって、人(金髪の孺子は除く)を殺したり、傷つけたりしたいが為に軍人になったわけではない。結果としてそうなるとは分かっていても。
だがいずれにしろ、どのような地位・職場であっても、職責にあっては出来る限りの努力を惜しまないというのが、士官学校以来の自分に課した目標であり義務でもある。天才でも秀才でもない、原作知識を持っているだけの普通の人間である俺ができる、それが唯一の出世できる道だ。
「努力出来るときにしないで後悔するのはちょっと性にあいませんし、早く出世したいですからね」
「ほう……出世か。なるほど」
俺の少し省いた答えに、エジリ大佐は少し溜息混じりで、なるほどなるほどと小さく頷いている。その動きはベコ人形にも似ているが、宇宙歴七八六年のこの世界にはベコ人形は残念ながらない。
「仮に君は出世してそれなりの地位を得たとして、君は一体何を望んでいるのかね?」
「『平和』です。それも期限付きの」
「『平和』、か……ふふっ若いなぁ……羨ましいくらい魂が若い」
エジリの喉奥で押しつぶしたような笑いに、俺はカーソルを叩く手を止めて、椅子ごとエジリに向き直った。それを見てエジリも少し離れた位置に丸椅子を持ってきて腰を下ろす。
「軍人として君が出世して、世界が平和になると思っているのかね」
いわゆる老軍人が若い士官を相手に世間の厳しさを教えてやろう……とでも考えているのだろうか。俺はその質問に口を開かず、視線だけでエジリを促す。それに気がついたエジリは「ふぅむ」と喉を鳴らすと、残り少ないグレーの髪を掻きながら、まぶたを細めて俺を見る。
「軍人として出世したところで、やることは“効率よく敵を殺す”仕事に従事するだけだ。例え正規艦隊司令官になろうと、統合作戦本部長になろうと。後方勤務本部長だって、人殺しの手伝いをしていることにかわりはないのだがね」
「仰るとおり軍人の仕事とは人間の罪悪である人間を殺すことです。ですから軍人の仕事がなくなるよう、あるいはごく少なくなるよう社会を作り上げる必要があります。つまり『戦争を止める』んです」
「戦争を止める? そんなことが出来るとでも?」
「出来ると思いますし、その為にどんな小さな事からでも努力していきたいのです」
この老軍人と俺との間に横たわるのは、戦略論と戦術論のすれ違いと殆ど同じだろう。老人が産まれる前から同盟と帝国は戦争してきた。その戦争状態が『経験上』今後も続くと考えている。一〇数年後に帝国の、一人の野心家によって宇宙が統一されるなど考えられるわけがないし、口に出せば夢想以外のなにものでもない。たまたま原作の知識として俺はそれを知っているだけだし、それ以外に平和で豊か(貧乏だったけど)な世界で暮らしていた記憶もある。前世の地球では多種多様な国家があり、なにより世界中で戦争しつつも、それなりに平和だったという『経験』がある。
「君が同盟軍を率いれば、帝国との戦争に勝てる自信があるのかね?」
「いいえ、ありません」
「正直だな……なのに戦争を止めることが出来ると?」
「出来ると思います。あの要塞を落とすことが出来れば」
「あの要塞……イゼルローン要塞を、落とすというのかね?」
「ええ」
俺の返答に、エジリは苦笑し……膝を叩き……その笑い声は次第に大きなものになっていく。俺はエジリの態度をあざ笑うことも怒ることも出来ない。原作でイゼルローンは七回目にしてようやくその所有者を替えることが出来た。それまでに六回。『イゼルローン回廊は屍を持って舗装されたり』と言われるくらいの犠牲者を出してきたのだ。今、何次かまではわからないがエジリの態度を見る限り、これまでにも要塞攻略は不可能だと思わせるだけの犠牲を払ってきたのだろう。
「なるほど。君は本当に愉快だな。まるで軍上層部の楽天主義そのものだ。正直エリートとはその位ではないと勤まらないということかもしれん」
「大佐殿はそうはお考えにならないのですか?」
「残念ながら私はそこまで楽天的にはなれんよ。なにしろイゼルローン回廊には二回。戦艦の砲手として、また駆逐艦の艦長として、あの要塞に接近したからな」
腕を組み笑顔を浮かべて、エジリは再びベコ人形になる。
「君は雷神の槌(トールハンマー)を知っているかね? あの恐るべき要塞砲。いや知識としては君もご存じだろうが、実際にその目でその威力を見なければ分からんよ。一瞬にして僚艦一〇〇〇隻以上が消滅する恐怖。こちらの砲撃が全く効果を挙げない要塞表面の流体金属……とても落とせるとは思えんな」
「……」
「あの要塞は難攻不落だ。近づかないに超したことはない。つまり我々には戦略的選択権がないのだよ、帝国軍は攻めてくる。我々はそれを迎え撃つ。帝国軍が止めない限り、戦争を止めることなど出来はしない。無用な犠牲を増やしたくなければ、その位は理解して欲しい処なんだがな」
そう言ってエジリは席を立つと、俺の肩を二度ばかり軽く叩いた。
「夢を見るのは悪い事じゃないが、現実を無視するのは良くないことだ。君がそれなりに真面目で、有能な人材であることは僅かな期間だけ見てきただけでも分かる。だからせめて無用な犠牲を出すような軍事指揮官にはなって貰いたくないね。そして早いうちに夢から覚めて貰いたいものだ。年老いてから夢破れた哀れな例を幾つも見てきた私の、たいしたことのない助言だがね」
部屋を出て行くエジリの姿が、扉の向こうに消えた後、俺は再び端末画面に向き直った。
現在の軍指導者も、将来の指導者も、おそらくエジリの言うようにある意味では楽天的な人間であるかもしれない。自らも戦列に加わるとはいえ、トールハンマーの前に六度も兵力を展開したのだから。だが同時にエジリが言ったとおり、イゼルローン要塞が難攻不落であることを同盟側に理解させた上で、帝国は攻撃選択権を行使している。故に彼は戦争は終わらないと考えてしまう。
あの要塞を落とすことが平和への道であるとは限らない。それはヤン=ウェンリーのいうとおりでもある。イゼルローン要塞を攻略せず帝国の侵略を防ぐ方法なら、イゼルローン回廊出口付近に要塞と機雷による封鎖網を築けばいいだけのことだ。ただし、建築中にイゼルローンから出てくる帝国艦隊の妨害がなければという前提で。だがそれすらもガイエスブルクのような移動要塞という戦術でクリアできるだろう。
問題は同盟にそれだけの技術がないことだ。防衛衛星クラスの自動要塞は作れても、ダゴン星域会戦以来の機動縦深防御戦略思想が、その分野での技術進展を遅らせている。そうダゴン星域会戦。一四〇年前のあまりに絢爛たる勝利が、同盟の軍事技術と軍事戦略を一つの方向に固定してしまったのだろう。
だが、今更それを悔やんでいるわけにはいかない。技術は時間を重ねる毎に進歩する。ガイエスブルクが移動要塞になるのも一一年以上先の話だ。いま俺がしなければならないのは将来の戦略構築ではなく、目の前の海賊集団とその後背にいるであろう密告者の捜索だ。
そういえば、エジリはヒントになるようなことを言っていたような気がする。年老いて夢破れた『哀れな』例……元軍事指揮官を思わせる戦闘・襲撃指揮、戦艦すら使い捨てできる海賊らしくない発想、根拠地に爆弾を仕掛けて鎮圧艦隊を罠にかけるような抜け目のなさ……
調べなくてはいけないことがまたまた増えたようで、俺は正直嫌になるが少なくとも見えなかった灯が見えてきたような気がする。そして再び俺はカーソルをカチカチと叩き始めるのだった。
後書き
2014.10.21 更新
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