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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
  プネウマの花

「うわあ………!」

思わず歓声を上げる。

四十七層主街区ゲート広場は、無数の花々で溢れかえっていた。

円形の広場を細い通路が十字に貫き、それ以外の場所は煉瓦で囲まれた花壇となっていて、名も知れぬ草花が今が盛りと咲き誇っている。

「すごい………」

「この層は通称《フラワーガーデン》って呼ばれてて、街だけじゃなくてフロア全体が花だらけなんだよー。時間があったら、北の端にある《巨大花の森》にも行けたんだけどねー」

「それはまたのお楽しみにしておくよ」

まったりと説明するレンに笑いかけ、シリカは花壇の前にしゃがみこんだ。

薄青い、矢車草に似た花に顔を近づけ、そっと香りを吸い込む。花は、細かい筋の走った五枚の花弁から、白いおしべ、薄緑の茎に至るまで、驚くほどの精密さで造り込まれていた。

もちろん、この花壇に咲く全ての花を含む、全アインクラッドの植物や建築物が常時これだけの精緻なオブジェクトとして存在しているわけではない。

そんなことをすれば、いくらSAOのメインフレームが高性能であろうともたちまちシステムリソースを使い果たしてしまう。

それを回避しつつプレイヤーに現実世界並みのリアルな環境を提供するために、SAOでは《ディティール・フォーカシング・システム》という仕組みが採用されている。

プレイヤーがあるオブジェクトに興味を示し、視線を凝らした瞬間、その対象にのみリアルなディティールを与えるのだ。

そのシステムの話を聞いて以来、シリカは次々と色々なものに興味を向ける行為はシステムに無用な負荷をかけているような強迫観念にとらわれて気が引けていたのだが、今だけは気持ちを抑えることができず、次々と花壇を移動しては花を愛で続けた。

心行くまで香りを楽しみ、ようやく立ち上がると、シリカは改めて周囲を見回した。

花の間の小道を歩く人影は、見ればほとんどが男女の二人連れだ。

皆しっかりと手を繋ぎ、あるいは腕を組んで楽しげに談笑しながら歩いている。どうやら、この場所はそういうスポットになってるらしい。

シリカは傍らに立つレンをそっと見た。

レンはぽけーと空を見て、どこから出したのか、紫色をした煙管のようなものを吸って、器用なことに吐き出す煙で綺麗な輪っかを作っている。

その姿は、なぜか似合ってないようで似合っている。

──あたしたちも、そう見えてるのかな………?

などと考えてしまった瞬間襲ってきた顔の火照りを誤魔化すように、元気よく言う。

「さ……さあ、フィールドに行こう!」

「う、うん」

レンは一度ぱちくりと瞬きしたが、すぐ頷いてシリカの横を歩き始めた。










「ぎゃ、ぎゃあああああ!?なにこれー!?き、気持ちワルー!!」

四十七層のフィールドを南に向かって歩き出して数分後。

早速最初のモンスターとエンカウントしたのだが──

「や、やあああ!!来ないでー」

背の高い草むらを掻き分けて出現したソレは、シリカの思いもよらぬ姿をしていた。

一言で表現すれば《歩く花》だ。

濃い緑色の茎は人間の腕ほども太く、根本で複数に枝分かれしてしっかりと地面を踏みしめている。

茎もしくは胴のてっぺんにはヒマワリに似た黄色い巨大花が乗っており、その中央には牙を生やした口がぱっくりと開いて内部の毒々しい赤をさらけ出している。

茎の中ほどからは二本の肉質のツタがにょろりと伸び、どうやらその腕と口が攻撃部位となっているらしい。

人食い花は大きなニタニタ笑いを浮かべ、腕あるいは触手を振り回してシリカに飛びかかってきた。

なまじ花が好きなため、醜悪にカリチュアライズされたそのモンスターの姿はシリカに激しい生理的嫌悪を催された。

「やだってばー」

思わず、傍らに立つ小さなパーティーメンバーにヘルプの視線を送るが、それを受け止めてくれるはずの少年は腹を抱えて爆笑中だった。

「れ、レンくん~~!!」

怒りの視線を向けて、少しだけ笑いを引っ込めたレンが言った。まだ笑っているが。

「だ、だいじょうぶだって。そいつ、すごく弱いから。花のすぐ下の、ちょっと白っぽくなってるとこを狙ったら簡単に………」

「だ、だって、気持ち悪いんだよぉおお!!」

「そいつで気持ち悪がってたら、この先大変だよー。花が幾つもついてるヤツや、食虫植物みたいなのや、ぬるぬるの触手が山ほど生えたヤツもいるし───」

「キエー!!」

レンの言葉に鳥肌が立って、悲鳴を上げつつ無茶苦茶に繰り出したソードスキルは、当然ながら見事に空を切った。

技後硬直時間にするりと滑り込んできた二本のツタが、シリカの両脚をぐるぐると捉え、思いがけない怪力でひょいと持ち上げた。

「わ!?」

ぐるん、と視界が反転し、頭を下にして宙吊りになったシリカのスカートが、仮想の重力に馬鹿正直に従ってずりりっと下がる。

「わわわ!?」

慌てて左手でその裾をばしっと押さえ、右手でツタを切ろうとするものの、無理な体勢のせいかうまくいかない。

顔を真っ赤にしながら、シリカは必死に叫んだ。

「れ、レンくん!助けて!!見ないで助けて!!!」

「それはちょっと無理があるかな~」

相変わらずののんびりとした笑みを浮かべるレンに軽く殺意を覚える。

ちなみに目だけはちゃんと右手で覆っている。

巨大花は何が楽しいのか吊り下げたシリカを左右にぶらぶら振り回す。

「こ、この………いい加減に、しろっ!」

シリカはやむなくスカートから左手を離し、ツタの片方を掴むと短剣で切断した。

がくんと体が下がり、花の首根っこが射程に入ったところで、再度ソードスキルを繰り出す。今度は見事に命中し、巨大花の頭がコロリと落ちると同時に全体もがしゃーんと爆散。

ポリゴンの欠片を浴びながらすたんと着地したシリカは、振り向くやレンに訊ねた。

「…………見た?」

レンは何故か、どこか遠いところを見つつ、答えた。

「……人間だもの」

次の瞬間、レンの顔面に拳がめり込んだの音が響いた。










その後、五回ほども戦闘をこなしたところでようやくモンスターの姿にも慣れ、二人は快調に行程を消化していった。

一度、イソギンチャクに似たモンスターの、粘液まみれの触手に全身ぐるぐる巻きにされた時は気絶するかと思ったが。

レンは基本的に戦闘には手を出さず、シリカが危なくなると袖口から出した針でモンスターの憎悪値(ヘイト)を稼ぐというアシスト役に徹した。

パーティープレイでは、モンスターにダメージを与えた量に比例して経験値が分配される。

高レベルモンスターを次々に倒すことで、普段の何倍ものスピードで数字が増加していき、たちまちレベルが一つ上がってしまった。

赤レンガの街道をひたすら進むと小川にかかった小さな橋があり、その向こうに一際小高い丘が見えてきた。道はその丘を巻いて頂上まで続いているようだ。

「あれが【思い出の丘】だよー」

「見たとこ、別れ道はないみたいだね」

「うん。道に迷うことはないけど、モンスターの量は相当だよ。気を引き締めていかないとね」

「うん!」

もうすぐ、もうすぐピナを生き返らせられる。

そう思うと自然と歩みが速くなる。

色とりどりの花が咲き乱れる登り道に踏み込むと、レンの言う通り急にエンカウントが激しくなった。

植物モンスターの図体も増すが、シリカの持つ長い短刀の威力は思った以上に高く、連続技のワンセットで大概の敵は落とすことができる。

想像以上と言えば、レンの実力も底の知れないものがあった。

ドランクエイプ二匹を一撃でほふるのを見た時から、かなりのハイレベルプレイヤーだろうとは予想していたが、あそこから十二層も上に来ているのに、メイン武器を出さずに余裕を失う様子もない。

しかし、そうであればあるほど、そんなハイレベルのプレイヤーが三十五層あたりで何をしていたのかという疑問が頭をもたげてくる。

何か目的があって迷いの森にいたような口ぶりだったが、あそこには特にレアアイテムやレアモンスターが出現するというような話はない。

この冒険が終わったら聞いてみよう、そう思いながらシリカが短刀を振るう間にも、弧を描く小道のループはどんどん急角度になっていった。

激しさを増すモンスターの襲撃を退け、高く繁った木立の連なりをくぐると──そこが丘の頂上だった。

「うわあ………!」

シリカは思わず数歩駆け寄り、歓声を上げた。

空中の花畑、そんな形容が相応しい場所だった。

周囲をぐるりと木立に取り囲まれ、ぽっかりと開けた空間一面に美しい花々が咲き誇っている。

「とうとう着いたね」

背後から歩み寄ってきたレンが、煙管を吹かしながら言った。

「ここに……その花が…………?」

「うん。真ん中辺りに岩があって、そのてっぺんに……」

レンの言葉が終わらないうちに、シリカは走り出していた。確かに花畑の中央に白く輝く大きな岩が見える。

息を切らせながら、胸ほどまでもある岩に駆け寄り、おそるおそるその上を覗き込む。

「え………」

しかし、そこには何もなかった。

くぼんだ岩の上には糸のような短い草が生え揃っているだけで、花らしきものはまるで見あたらない。

「ない……ないよ、レンくん!」

シリカはのんびりと追い付いてきたレンを振り返り、叫んだ。

抑えようもなく涙が滲んでくる。

「シリカねーちゃんはせっかちだなー。ほら」

苦笑したレンの視線に促されて、シリカは再び岩の上に視線を落とした。

そこには──

「あ………」

柔らかそうな草の間に、今まさに一本の芽が伸びようとしているところだった。視線を合わせるとフォーカスシステムが働き、若芽はくっきりと鮮やかな姿へと変わる。

二枚の白い葉が貝のように開き、その中央から細く尖った茎がするすると伸びていく。

昔理科の時間に見た早回しのフィルムのように、その芽はたちまち高く、太く成長していき、やがて先端に大きなつぼみを結んだ。

純白に輝くその涙滴型のふくらみは、錯覚ではなく内部から真珠色の光を放っている。

シリカとレンが見守る中、徐々にその先端がほころんで──

しゃらん、と鈴の音を鳴らしてつぼみが開いた。

光の粒が宙を舞った。

七枚の細い花弁が星の光のように伸び、その中央からふわり、ふわりと光がこぼれては宙に溶けていく。

とてもこれに手を触れることなどできないような気がして、シリカはそっとレンを見上げた。

レンは優しい笑顔を浮かべながら頷いた。

だが、その笑顔がどこか自嘲めいたものだったことにシリカは気が付かなかった。

シリカの伸ばした手に残った花の上にウィンドウが音もなく出現した。

そこには、ささやかな重量とそっけない字でこう書いてあった。

《プネウマの花》と。 
 

 
後書き
なべさん「さぁー始まっちまいましたよー!!そーどあーとがき☆おんらいん!!!」
レン「なんでこんなに遅れたのカナ?」
なべさん「うぉい!直球だナ。まずはその手に持ってる金属バットを下ろそうぜ、ボーイ」
レン「………ムカつく」
なべさん「そんなことしてると、男にモテないぜ☆」
レン「モテたくないわ!」
なべさん「ま、待て。落ち着け。その手に持ってる重機関砲を降ろせ!」
レン「…………チッ!」
なべさん「露骨に舌打ちをするなよ」
レン「んで、なんで?」
なべさん「おお、そーだったそーだった。それがさ、急にこのサイトがフィルタリングに引っかかるようになってさー」
レン「あれま」
なべさん「必死こいて、よーやく回避したんだよね」
レン「大変だったねー」
なべさん「まーね、だけどまた書き始められてよかったよ♪」
レン「(無視)はい、自作キャラ、感想をどしどし送ってきてねー」
──To be continued── 
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