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胸よ大きく

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第四章


第四章

「だから余計にね」
「ふうん、高志君も頑張ってくれたんだ」
「そうよ、それもかなり」
 ここでも満面の笑顔で述べる。
「頑張ってくれたから」
「高志君も大変ねえ」
 佐代の顔は苦笑いになっていた。
「素子のせいで」
「何でそこで高志君の肩持つのよ」
 素子は佐代が急に彼に肩を持ったので口を尖らせた。
「私じゃないのね」
「だって。素子が自分の胸大きくしたいからじゃない」
 彼女が言うのはそこであった。
「だからよ。高志君も人がいいわね」
「その高志君の為よ」
 だが素子の言い分はこうであった。
「だからよ。こうしてね」
「ふうん。高志君の為にね」
「そういうこと。全部高志君の為よ」
 少しムキになってそう主張する。
「胸が大きい方が高志君だって」
「そうよねえ。やっぱり胸が大きくないとね」
 これに関しては佐代も素子と同じ考えであった。否定することはなかった。
「意味がないわね」
「そういうこと。わかったわね」
 素子は念を押すようにして佐代に言ってきた。
「だからよ」
「まあそれで胸は大きくなったのね」
「ええ。それもかなりね」
 自信に満ちた言葉であった。
「これからもっと大きくするから。高志君の為に」
「頑張りなさい」
 ここまで聞いてはこう言うしかなかった。佐代も素子の一生懸命さに惚れたのであった。
「そういうことならね」
「ええ、もっとね」
 それをまた言う。
「大きくしてみせるわ。高志君の為に」
 素子は誓いを胸にこう言うのだった。
「このままね」
 笑顔に満ちた顔で語る素子。この話は二人だけの話だった。しかしこれは高志の耳にも入った。人の口に戸口は立てられなかった。
「そうだったんだ」
 彼はその話を部室で聞いていた。今は休憩時間でゆっくりとしていた。その時に同じ部員から聞いたのである。
「素子ちゃんが」
「御前彼女の胸随分触っていたんだな」
「そこまで知ってるの?」
「内緒だぞ」
 彼に話す同じ部員の山本純也はそれを言う。
「まあ俺も彼女がいるからわかるけれどな」
「いるから言えるんだね」
「そういうことさ」
 彼はそれを断る。
「けれど素子ちゃんはよ」
「わかってるよ」
 高志も彼が何を言いたいのかわかる。それで言葉少なく頷くのだった。
「それはね」
「御前も果報者だな」
 純也はそう言って彼に笑ってみせた。
「そこまでしてもらえるなんて。普通はないぞ」
「そうだね」
 しかし彼の顔は完全には喜んではいなかった。それは純也にもわかった。それで彼に声をかけるのだった。
「何だ?嬉しくないのか?」
「嬉しいよ」
 一応はそう答える。
「けれど」
「けれど?何だよ」
「実は僕はね」
 ここで少しその喜ばない顔を彼に見せながら述べる。
「胸は。大きいよりはね」
「小さい方がいいのかよ」
「うん。そうなんだ」
 そう純也に語る。
「実はね」
「だったら今はどうなんだよ」
「複雑なんだよ」
 彼はそう言って首を傾げさせた。
「胸が大きいのはそんなに好きじゃないから」
「じゃあどうするんだ?」
 純也はそこを高志に問う。
「別れるつもりはないんだろう?」
「それはないよ」
 これに関しては否定する。
「何でそんなことする必要があるんだよ」
「いや、それはやっぱりな」
 純也は高志に対して言う。
「胸が大きくなったから。それでな」
「絶対にないよ。だってその胸は」
 ここで高志は言うのであった。はっきりと。
「僕の為に大きくしたんじゃない」
「ああ」
 それは紛れもない事実だった。純也もそれははっきりとわかる。
「僕の為にそこまでしてくれた人と別れるなんて。絶対に嫌だよ」
「それだけ御前が想われてるってことだからな」
「それだけじゃないよ」
 彼はそこに言い加えた。
「それもあるけれどね」
「それだけじゃないのか」
 純也はそれを聞いて首を傾げさせた。それが何なのかは彼にはわかりかねたのだ。
「それって何だ?」
「努力してくれたじゃない、これも僕の為に」
 高志が言うのはそれであった。
「必死に。そこまでしてくれるなんて思わなかったから、僕も」
「そうだよな。普通はしないよな」
 純也はそれを聞いて腕を組んだ。そうしてうん、うんと頷くのであった。
 
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