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胸よ大きく

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第一章


第一章

                    胸よ大きく
 宇野素子はとにかく必死だった。このうえなく必死だった。
 何故こんなに必死かというとそれには理由があった。彼女にとっては充分な理由だった。
「やっぱり胸なの」
「そうらしいわね」
 クラスメイトの影満佐代からある話を紹介されていた。フランスの王様の言葉をだ。
「女はまずそれなんだって」
「胸なの?」
「そう、胸」
 彼女は自分の胸と素子の胸を交互に見ながら述べるのであった。
「そこらしいわ、女の全ては」
「そんなこと言われたら」
 素子は困った顔になってしまった。見れば白い肌で全身を覆われ黒髪を首のところで切り揃えている。目は垂れ目で小柄な身体と合わさって童顔である。高校生というにはやや幼い感じだがそれでも中々可愛い感じである。容姿的にはそれ程悪くはない。
「私困るわよ」
「困るんだ」
「だって。胸ないのよ」
 顔を顰めさせて腕を組んでの言葉であった。
「気にしてるのね」
「素子ってそんなに胸ないかしら」
「ないのよ」
 首を傾げる佐代にすぐに言い返す素子だった。
「見てわからないの?」
「全然。自分の以外にはあんまり興味ないわよ」
「グラビアアイドルとか見ていつもへこむのよ」
 素子も素子でまた極端な例を持って来た。
「胸ないし。自分もあんなに胸があったらなあって」
「胸欲しいのね」
「勿論よ」
 これはもう決まっていた。素子にとっては言うまでもないことであった。
「何があってもね」
「それじゃあ努力してみたら?」
 佐代はそれを聞いて何も思っていないような感じでこう言ってきた。
「そんなに大きくしたいんだから」
「そうねえ。努力すれば大きくなるわよね」
 素子もそれを聞いてうんうん、と頷くのであった。
「じゃあまずは胸を矯正するブラよね」
「いきなり詳しいわね」
 思わず素子に突っ込みを入れた。
「それを出して来るなんて」
「それと牛乳?」
「背が伸びるかもね、ついでに」
「別に背はいいのよ」
 素子はそれに関しては特に気にはしなかった。
「それはね」
「私はそっちの方が大事だけれど」
「佐代別に小さくないじゃない」
 小さい素子が言うとかなり説得力があった。
「それでなの?」
「もっと欲しいのよ」
 佐代は佐代でそうした願望があるのであった。
「もっとね。モデルさんみたいに」
「そこまで高くなってどうするのよ」
「昔から大きくなりたかったのよ」
 意外にもそれが彼女の望みであるのだった。
「スラリとしてね。奇麗に」
「何か私と全然違うわね」
 素子はそれを聞いてあらためて思うのだった。
「私はやっぱり」
「胸なのね」
「そうよ、高志君だって絶対にそっちの方が好きだし」
 素子の彼氏であり小笠原高志である。今時の茶髪の少年である。高校の同級生であり一年の頃からの付き合いなのである。
「だからよ。背はどうでもよくて」
「そんなに言うんだったらブラだけで満足しないことね」
 佐代はまた言ってきた。
「いい?肝心なのは」
「肝心なのは」
 素子は殆ど無意識のうちに身を乗り出していた。そうして同じく身を乗り出していた佐代の言葉を聞くのだった。
「食べ物よ」
「食べ物なの」
「そう、まずはね」
「ええ」
 真剣な顔になっていた。その顔で佐代の話を聞く。
「牛乳を考えるでしょ」
「やっぱりそれじゃないの?」
 さっきの話にも出たが胸を大きくするのはやはりそれが一番だというのは定説であった。本当に効果があるかどうかはまた別の問題であるにしろ。
「それだけじゃ駄目よ」
 しかし佐代はさらに付け加えるのだった。
「まだね」
「じゃあ他には何が必要なの?」
「キャベツがいいらしいわ」
「キャベツが!?」
 素子はそれを聞いて少し素っ頓狂な顔になった。これは意外だった。
「何でも頑張って食べると胸が大きくなるらしいわ」
「へえ」
 意外だったがいいことを聞いたと思った。聞けばそれをやってみようと思うのもまた人情である。今の素子も丁度それであった。
 
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