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熱い手

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第五章


第五章

「熱いよ」
「直樹君の手も」 
 握られている郁美も同じものを感じていたのであった。その熱さを。
「熱いわ、とても」
「何でこんなに熱いんだろう」
 お互い熱いものを感じながらこの言葉を出した。
「郁美ちゃんの手。どうしてなんだろう」
「それは」
「僕の手も熱いんだよね」
 今度も郁美に問うた。
「それもかなり」
「そうよ、とても熱いわ」
「お互いが熱いものを感じている」
「とてもね。こんなに熱い手なんてはじめてよ」
「一緒だね」
「そうね。一緒ね」
 本当に一緒なのだった。二人の手の熱さは。だがそれがどうしてなのか二人はわかりかねていた。手を握り合ったままお互いの顔を見詰め合ってそれを探し合っていた。
「どうしてなのかな」
「ええと」
 ここで郁美は。己の頭の中にあるものを必死に調べながら答えた。そして出て来た答えは。「あのドラマと同じだからね」
「あのドラマと同じ?」
「そうよ。同じなのよ」
 手を握り合ったまま直樹に言うのだった。
「あのドラマと。同じなのよ」
「けれどあのドラマは」
 だが直樹は。あのドラマを思い出して言う。あのドラマではヒロインは不治の病だ。それが念頭にある。しかし今はあえてそれを頭から離して考えて。それから答えたのだった。
「そうか。一緒だね」
「ええ、一緒よ」
 述べる郁美の顔は微笑んでいた。
「お互い。本当に好きだから」
「だから手が熱いんだ」
「顔も真っ赤でね」
 何故顔がここまで真っ赤なのかも今わかった。それは決して恥ずかしいからではなかったのだ。好きだから真っ赤になっていたのだ。
「だからだったのよ」
「何か。おかしいね」
 ふとした感じで直樹は述べた。
「それって。やっぱり」
「どうしておかしいの?」
「だって僕達まだ」
 彼は自分の立場に返ってこの言葉を出した。
「小学生なのに。こんなふうに想い合うなんて」
「小学生でも」
「そうだよ。おかしいんじゃないかな」
 また言う直樹だった。
「こんなのって。まだ子供なのに」
「確かにね」
 郁美もそれはまずは認めたのだった。
「おかしいわよね。私達まだ六年なのに」
「小学生なのに」
「お父さんやお母さん、先生に知られたら」
 まだそうした人達を気にする歳であった。
「物凄い怒られるわよね」
「勿論皆に知られたらそれこそ」
「何を言われるかわからないわ」
 これはもう最初からわかっていた。だから秘密にしているのだ。
「それでも。それでもね」
「うん」
「今のこの気持ち、嘘はつけないわ」
 郁美の答えであった。
「誰に何を言われても。何歳でも」
「何歳でもなんだ」
「同じでしょ?」
 そして直樹に意見を求めてきた。
「それは直樹君でも。どうなの?」
「正直に言っていいよね」
「ええ」
 むしろここでは何としても正直に言って欲しかった。それが今の郁美の本音だった。
「御願い。言って」
「同じだよ」
 微笑んで郁美に答えた。
「郁美ちゃんと同じだよ。同じ考えだよ」
「そう。それじゃあ」
「このまま歩こう」
 その微笑みのまま郁美に勧めてきた。
「このまま二人で。手をつないだまま」
「誰かに見つかるかも知れないのに?」
「見つからないよ」
 実は根拠はないが自信があった。絶対に見つからないという自信が。
「だから大丈夫だよ」
「信じていいのね」
「うん。信じて」
 その自信のままに郁美に言葉を返す。
「できたら。これからもずっとね」
「ずっとなの?」
「何時までも何時までも」
 話は遥か先のことにまで及んでいた。
「僕を信じて。僕も郁美ちゃんを信じるから」
「お互い信じ合って」
「手を握り合っていこう」
 この言葉と一緒に郁美の手を少し強く握った。その手はやっぱり熱かった。
「ずっとね」
「わかったわ。じゃあずっとね」
「うん、ずっと」
 二人で言葉を確かめ合う。そこにあるものも。
「一緒だよ。僕達は」
「ええ。それじゃあずっとね」
「手を握り合って」
「二人で並んで歩いて」
 真っ赤なままの顔を見合わせて顔と同じ色になってしまい熱くなっている手で握り合ったまま二人は歩き出した。前からは大きな赤い夕陽が見える。それが二人の影を長く見せていた。二人はその影を見ることなくただ前を見て並んで歩き出していた。長い道を二人で。


熱い手   完


                  2008・8・17
 
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