八条荘はヒロインが多くてカオス過ぎる
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第六話 ピアニストの入居その一
第六話 ピアニストの入居
千歳さんにだ、僕は夕食の時驚くべきことを聞いた。それで丁渡鴨をオリーブオイルで焼いて香辛料で味をつけたものを食べる手を止めた。
そうしてだ、次にこう千歳さんに問うた。
「確か今日入部したんだよね」
「はい、演劇部に」
「それでなんだ」
「主演クラス、ですよね」
「ウィンザーの陽気な女房達だよね」
「はい」
シェークスピアの喜劇だ、フォルスタッフという酒好きの女好きで図々しくて尚且つ厚顔無恥な一見どうしようもなくてそれでいて憎めない老騎士が主人公の作品だ。
その作品のだ、何と。
「その作品をオペラにした」
「ファルスタッフをさらに劇にしなおした」
「それのヒロインになったんだ」
「はい、メグに」
この作品の実質的なヒロインだ、ファルスタッフつまりフォルスタッフのイタリア語読みの老騎士が起こす騒動の裏で幸せを手に入れる少女だ。
この少女の役にだ、いきなりだというのだ。
「入部して一日目で」
「演じることになりました」
「また急だね」
「何でもその日のうちに一人でなく二人で演じることになったそうで」
それで、というのだ。千歳さんが入部したその日に。
「メグの役は一年生の女の子ですることにしたそうですが」
「丁渡一年で」
「はい、メグにぴったりだと先生も先輩達も仰って」
「決まったんだ」
「そうなんです」
「何か本当に急だね」
ここまで聞いてだ、あらためて言った僕だった。
「うちの学園って無茶振りも多いけれど」
「こうしたことは」
「幾ら何でもそうないと思うよ」
入部したその日にメインヒロインに抜擢とかは。
「凄い展開だね」
「あたしも入部してすぐにレギュラーだったよ」
美沙さんもここで言って来た。
「本当にいきなりね」
「いや、レギュラーも凄いけれど」
僕は野菜がたっぷり入ったシチューの中のズッキーニを食べている美沙さんにも答えた。
「主役だから」
「まだ演技も見ていないのにだね」
「こんなのそうないよ」
「言われてみればそうね」
美沙さんもここで納得してくれた。
「確かに」
「そうだよね、だからね」
「千歳ちゃん凄いわね」
「かなり不安です」
かなり自信なさげにだ、千歳さんは皆に言った。
「出来るかどうか」
「こうした時あたしだったらね」
美沙さんは食べるその手を止めて身を乗り出して千歳さんに言った。
「当たって砕けろよ」
「当たって、ですか」
「そう、練習時間はあるわよね」
「はい、昨日演じると決まったばかりで」
「それじゃあ練習はこれからだね」
「それならですね」
「そう、練習するだけしてね」
そうして、というのだ。
「もうやるだけよ」
「舞台を」
「バスケでもそうよ」
美沙さんがしているそれもまた然り、というのだ。
ページ上へ戻る