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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第13話 査閲部 着任

 
前書き
いつも多くのPVありがとうございます。
半日遅れ(土曜日の仕事が深夜まで)の更新になります。

Jrはいよいよキャリアをスタート。そこである伝説と出会うとは思わずに。 

 
 七八四年九月 ハイネセン 統合作戦本部

 士官学校を卒業してからの一ヶ月が過ぎた。実を言えばこの一ヶ月は、士官学校卒業生のうち辺境に赴任する者達の移動時間を考慮したものではあったが、元から有人居住惑星のない場所に士官候補生を送り込む事などないわけで、移動に必要な時間以外は『卒業休暇』となる。

 ちなみに俺の任地はハイネセンポリス中心部より一〇〇キロ離れた統合作戦本部査閲部。事実上、任地へ赴く距離は〇。よって、一ヶ月まるまる休暇として使えるはずだったが、結果として義妹達の世話や、引っ越しの手伝いで何かと忙しく、骨の髄から休みを取れたのはせいぜい二日ぐらいだった。

 そう、ボロディン家は八月、オークリッジの慣れ親しんだ官舎から引っ越すことになったのだ。引っ越すと言っても直線距離でせいぜい二〇キロ先にある『ゴールデンブリッジ』街一二番地。その街の名が示す意味はグレゴリー叔父の少将への昇進だった。職務も統合作戦本部施設部次長から、宇宙艦隊司令部第一艦隊副司令官へ変わった。

 同盟軍第一艦隊といえば首都警備・国内治安・そして伝統ある海賊討伐と星系間航路治安維持を主任務とする部隊だ。栄光あるナンバーフリートではあるが、実情は一〇〇〇隻程度の機動集団と一〇〇隻前後の戦隊の大混成部隊である。それも当然で、主戦闘任務が海賊討伐である以上、一万隻以上の戦力はいささか過剰なのだ。

 よって第一艦隊が全軍で出動するということは滅多にない。ゆえに艦隊の次席指揮官というのは全く意味のない閑職のように見えるが、それもまた違う。定番の作戦では機動集団一つに複数の戦隊が同行するので、上層となる指揮・参謀集団が別個に必要となるのだ。さらに各星系方面司令部との調整もあり、宇宙艦隊の面子という面でも少将クラスの人間が必要不可欠になる。しかも用兵と指揮と人格に一定以上の評価がある人物が。温厚な紳士であり、軍政・軍令に忠実で、能力も充分(むしろ過剰気味だが)、人望もあって調整能力も高いグレゴリー叔父は充分に資格があった。

 グレゴリー叔父の昇進が決まって役職も決まると、引っ越したばかりの官舎には来客が有象無象に押しかけてきた。クソ親父(=シトレ中将)はどうでもいいとして、かつての部下でハイネセン近郊に在住している人はみんな来たんじゃないかと思えるくらいだ。特にジェフ=コナリー大佐は、例の細い顔に黒いカストロ髭の容姿で、「ジュニアも首席卒業で査閲部に赴任が決まられたとか。おめでとうございます」と宣い、何処で聞きつけたのか俺の好物のチキンフライを山ほど持ってきてくれた。もっとも大半をアントニナとラリサに食べられてしまったが。

 そういうわけで叔父昇進祝いのミニパーティーがぶっ続けで開かれ、初めて統合作戦本部の査閲部に登庁した時は緊張感からではなく、単純な食べ過ぎが原因の胃もたれを感じていた。

 胃をさすりつつ、俺はハイネセンポリスからの軍中枢区画行き直通リニアに乗り、地上五五階の巨大な外観ではなく、中枢とも言える地下四〇階のホームで降りる。扉が開き、例の濃緑色のジャケットが一斉にホームへと降りる様は壮観だったが、その中でもポツポツと何処へ行ったらいいか分からない、といったおのぼりさんが見受けられる。……そのほとんどが新着任の同期生だった。“事前に調べてこいよ”とも思うが、二〇両編成に詰め込まれた四〇〇〇人近い降車客を前に圧倒されたのだろう。

 その人混みをかき分けるように、俺は地下六五階にある査閲部統計課へと向かう。いざとなったら立て籠もれるよう複雑に入り組んだ通路を抜け、幾つかのセキュリティーゲートをくぐり抜けると、その場所はあった。鬼査閲官のたむろす地獄のようなドンヨリとした空間かと思いきや、地下なのに天井は高く、床は中彩色の鼠色で壁と天井は押さえられた温白色で、非常に落ち着いたオフィスだった。受付のようなものはなく、映像の出ない前世では使い慣れたオフィス電話が一台、入口付近の小さなテーブルに置かれている。思い出すかのように外来受付番号をプッシュする。

「査閲部統計課です」
 電話に出てきた女性の声は、必要以上の言葉は喋りません、と自己主張していた。
「ご用件を」
「本日、貴課に着任いたしましたヴィクトール=ボロディン少尉であります」
「承知しました。その場でお待ちを」
 そう言っただけで女性は電話を切る。少なくとも電話口の女性がコールセンターの指導を受けたことがないのは確かだろう。俺は今後の職場環境のクールさを想像し小さく溜息をついていると、オフィスの向こう側から俺に向かってゆっくり近づいてくる、白みがかったグレーの髪と同じ色の小さな髭の、やや痩せた長身の中年男性が見える。

 俺は今、生きている伝説を見ているのか……呆然として立ちつくし、緊張から唾が音を立てて喉奥を落ちていく。

 『生きた航路図』『ヤンの片足』『艦隊運用の名人』……彼、エドウィン=フィッシャーがいなければヤン艦隊は迷子になるし、ヤンの奇策を実行することは出来なかっただろう。彼がいたからこそヤン艦隊は不敗神話を保ち続けられたのだ。だが何故、その彼が統合作戦本部の、しかも嫌われ者の査閲部にいるのだろうか。

「お待たせしましたかな」
 まさに紳士そのもの。グレゴリー叔父の上を行くフィッシャー『中佐』の穏やかな問いかけに、俺はイイエとしか応えられない。俺の緊張を新任ゆえと理解したフィッシャーは「そうでしょう」と小さく囁いてから頷く。
「査閲部長のクレブス中将閣下と、統計課のハンシェル准将が、君の到着を待っているよ」
「それは……申し訳ありませんでした」
 俺は鳴らすくらい強く踵を合わせ、背筋を伸ばしてフィッシャーに敬礼した。上司より遅い登庁など、軍隊組織に限らず本来許されることではない。それくらいは分かっているつもりで定時の二時間前に登庁したわけだが、それを上司達は上回るのだ。

「気にしないことだよ。そして失敗しても、決して顔には出さないように」
 答礼の際もフィッシャーの顔は穏やかで落ち着いている。それが逆に俺は恐ろしい。ユリアンが「地味が軍服を着て物陰に黙って立っているような」人物だと評価していたが、それはただの外面だけだ。彼の実力と強さはその皮膚と脳みその裏側に隠されている。

 査閲部長室をフィッシャーがノックし、扉が開かれた後も、俺はただただ無言でついて行くしかない。
 それほど広くない査閲部長のオフィスには、やはり二人の中年男性将官が立っていた。席に座っている太った中将がクレブス中将で、立って腕を組んでいるのがハンシェル准将だろう。二人とも俺を静かな目で見つめている。俺が礼法授業を一つ一つ思い出しながら、気合いを入れて敬礼すると、二人の将官も答礼を返してくる。二人とも完璧な敬礼でありながら、ちっとも身体が強ばって見えない。

「〇六一二時に登庁ならまず合格だ」
 俺に対するクレブス中将の最初の言葉がそれで、
「あと三〇分は早く来てもらわんとな」
 と応えたのがハンシェル准将だった。二人とも原作には登場しない。クレブス中将は定年間近から見て専科学校出身の士官だし、ハンシェル准将は兵卒からの叩き上げだろう。言葉に遠慮がない。
「査閲官は常に他者から監視されていると言っても過言ではない職務だ。必要以上に厳しくする必要はないが、つけいる隙を与える必要はない」
「は!! よろしくご指導願います」
「うむ」
 クレブス中将は小さく頷くと、手を組んで俺を見上げた。

「正直言うとな、少尉。この査察部に士官学校を卒業したばかりの少尉が着任したことに我々も戸惑っている」
「はっ……」
「人事部にも一度確認したが、間違いはないとのことだ。だが実戦経験のない貴官に、訓練評価やその統計が出来るはずもないし、我々としても期待していない。しばらくはフィッシャー中佐に同行してもらう。いいな」
「承知しました」
「……なるほど、素直であるのはよい素質だ。査閲官としての適性はともかく、な」

 そう言うと中将は立ち上がり、ハンシェル准将から受け取った辞令と階級章を俺に手渡した。
「士官学校首席卒の貴官のキャリアが、この場から始まったと誇れるよう、職務に精励することを望む」
「はっ」
 俺の手に少し厚みを感じる辞令と、クリップ付けされた少尉の襟章が渡され、フィッシャー中佐が襟章を取ると、俺のジャケットの右襟に取り付けた。これで儀式は終わりだ。俺は二人の将官に敬礼し、フィッシャー中佐と共に執務室を出る。

「クレブス中将閣下の言葉を繰り返すようだが、少尉にいきなり仕事をせよと言われても無理だと思う」
『まぁ、かけたまえ』とフィッシャー中佐はオフィス内で俺を座らせると、小さく溜息をついて言った。周囲にいるのはほとんどが年配者ばかりで、女性は異様なほど少ない。フィッシャー中佐と俺が話していても、全く気に留めることなく、自分達の仕事に集中している。
「よってまずは私が査閲した結果の入力と、過去入力分の解説と学習、査閲に同行しての実践を進めていきたいと思う。いいかな?」
「よろしくお願いいたします」
「首席卒ということで、肩身の狭い気分を味わうかもしれない。そういう時は相手の仕事の様子を見て、自分の意見を、直接ぶつけて見てもいい。下積みで苦労の多かった者もいるし、査閲官としての実績もある。君にあたりちらしたり、君を殴ったりするような愚かな者はいないはずだ。少なくとも君の軍歴より少ない者は、この場所にはいないからね」

 もしかして最後の下りはジョークだったのだろうか。俺はフィッシャー中佐の穏やかな顔を伺ってみたが、そこから察することは出来なかった。


 
 

 
後書き
2014.10.05 更新
2014.10.05 台詞一部修正 
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