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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第11話 卒業

 
前書き
いつも閲覧ありがとうございます。

明日は仕事上UPできる保証がないと判断し、本日中に2話上げることにしました。

ついにJrが士官学校を卒業することになります。 

 
 宇宙暦七八四年から七八五年 テルヌーゼン


 ついこの前、“ウィレム坊や”の卒業式を見送ったと思ったら、いつの間にか自分の卒業式が目の前にちらつく時期になっていた。

 正直何を言っているか分からなかったが、催眠術とか超スピードとかそんなチャチなものでもなんでもなく、士官学校五年生は、遠方航海・戦闘実習・野外(地上)演習・空間(宇宙空間)作業演習・操艦操縦実技演習などなど、嵐のように実技実践演習が組み込まれている。士官学校での座学講義などはほとんどないと言っていい。今頃、俺達の下の学年が四年生として威張り散らしていることだろう。

 そしてこの実習は、正直言ってキツイものだ。

 座学やシミュレーションで学び蓄えた知識やテクニックを、旧式とはいえ実際の艦艇や戦闘艇、戦闘装甲車を利用して発揮しなければならない。特に宇宙空間での各種実習・演習においては、ハイネセンの訓練宙域ではなく、候補生を大きく四つの集団に分割し、そのうち二組が別々の練習艦隊に乗り込んで約三ヶ月半かけて、同盟の各星系にある訓練宙域を巡っての実施となっている。

 これはハイネセンの訓練宙域での砲撃演習の困難さや、戦闘艇の大規模発艦による民間航路への悪影響(早い話迷子になって迷い込んで衝突とか)、遠征や迎撃任務における艦隊内での長期間集団生活への適合審査、同盟重要星系での実地学習などの問題からこのような形式に落ち着いている。

 練習艦隊は練習用に改造された戦艦と宇宙母艦と巡航艦、それに輸送艦・工作艦・病院船合わせて一〇〇隻の小集団である。それぞれの練習艦隊は、スケジュールに従って運行されるが、艦隊上層部以外は別の練習艦隊が何処にいるのか把握していない。そして、練習艦隊同士が遭遇(勿論上層部が端から計画したものではあるが)した場合は、即疑似交戦となる。それが標準時で朝だろうと夜中だろうと訓練中だろうと関係ない。

 俺とウィッティの乗船した第二練習艦隊所属の練習戦艦“旧ベロボーグ”には、俺達を含めて士官候補生五〇人程、専科学校の艦船運用科員や機関運用科員がそれぞれ三〇人程ずつ乗り合わせている。もちろん正規の乗組員も規定数同乗している。みなそれぞれ現役の士官・下士官・兵ばかりだ。

 士官候補生は当然彼ら現役乗組員から評価されるが、同時に専科学校の修了候補生からも評価される。その重圧に耐えることも、当然評価のうちに入る。卒業後、即実戦部隊に配備される者もいるのだから、それまでにリーダーシップも実技も、多数の下士官・兵の上に立つだけの実力を見せなければならない。見せられなければ、後方勤務に優先して回され、数年のうちに閑職から退役という厳しい道が待っている。戦死しないから勝ち組とするか、負け犬と思うかは人それぞれだが、少なくとも出世とは無縁のキャリアだ。

 その中でも例外はある。戦略研究科は体質的な問題(ワープ酔いが激しいなど)か精神的な問題(強度のホームシックなど)がない限りは、基本的に閑職ロードはない。だから現役兵・専科修了生以外に、他の科の士官候補生からも厳しい視線が向けられる。「甘えを見せるようなら(精神的に)追い込むぞ」というような。

 針の筵のような環境下、成績を落とす戦略研究科の候補生が多い中で、俺とウィッティはどうにか乗船前の成績を維持できていた。陸戦実習や後方勤務実習などを終えて、ハイネセンの士官学校寮に帰還したのは雪がちらつき始める一一月下旬。卒業まで後数ヶ月残すのみ。学年最終考査を残して、俺は二年生となっているヤンから相談を受ける羽目になる。

「本年度末を持って、戦史研究科が廃止される、という決定がなされました」
 ヤンの顔にはいつものような余裕がなく、言葉の節々に意志の強さが籠もっている。
 そうか、そのイベントがあったかと、俺は心の中で舌打ちしつつ、紙コップの中の烏龍茶を一気に飲み干した。
「……それで同期の戦史研究科の連中がザワザワしていたのか」
 あえて直接応えることなく、俺は言葉の回り道をしたが、原作では教官にすらこの件では噛みついたヤンに、この程度のごまかしは通用しない。
「私は戦史を研究したくて士官学校に入学したのです。学生を募集しておいて、卒業前に学部を廃止するのはおかしいと思いませんか?」
「……確かにお前さんの言うとおりだな。もちろんお前さんの研究したいのは“戦史”ではなくて“歴史”なんだろうが」
「戦史研究科の廃止に、ボロディン先輩は反対だと考えてよろしいですね?」
「個人的には、な。だが士官候補生、あるいは軍人として言うなら反対も賛成もしない」
「そのお答えは少しばかりズルくはありませんか?」
 ヤンの珍しい挑発的な言葉遣いに一瞬頭に血が上ったが、俺は一旦目を閉じ、腹から小さく息を吐いて心を静め、心拍が落ち着いた段階で、若干興奮気味のヤンを見つめ直して口を開いた。

「ヤン=ウェンリー候補生。君の言いたいことは、自分も正しいと思う。結果として軍全体が歴史研究を軽視すると判断されかねない決定は、軍人としての自分も了承しかねるところはある」
「……」
「だがな。我々は軍人だ。軍人とは軍隊の組織要素であり、軍という組織は運用上、上意下達は絶対だ。それが守られなければ軍隊は組織として形を失い、ただの夜盗と変わらぬ暴力集団になりかねない」
「上層部が下した判断が、どんなにおかしなものでも、ですか?」
「おかしな判断を下した人間は、いずれにせよ処罰される。フェアとかフェアじゃないとかはこの際関係ない。“軍人は命令に従う”まずこれが大前提だ」
 そこまで俺が言うと、ヤンはいまだに納得しがたいといった表情で、鼻息を漏らす。

「軍上層部が戦史研究科の廃止を決定したのなら、軍人である君はそれに従わなければならない。感情を抜きにしてそれは分かるな?」
「……はい」
「ここは戦場ではなく、士官学校であり教育機関だ。生死を一刻一秒で争う場ではなく、候補生に教養と能力を与える場所に他ならない。その教育機関が特定の科目を軽視するような判断を決定するのは問題ではないか、と『上申』するのは、軍組織上における命令違反には値しないと思う」

「……なるほど」
 しばらくの沈黙の後、ヤンは苦笑していた。
「『上申』するのは問題ではない。ということですね?」
「時と場所と事案によるが、な。一度下された決定には従え。その上で来年・再来年と上申することは、間違いではないし、軍法上も問題ないだろう」
「よく分かりました。では反対の署名は……頂けませんね」
「挑発する相手を間違えるからそうなる。普段から言葉遣いには気をつけろよ」
 俺が組んだ手の上に顎を載せ、目を細めて応えたのを見て、ヤンは済みませんでしたと素直に頭を下げた。

「ちなみに、どの科に転属することになった?」
「戦略研究科です。教官から秀才揃いの学科に転属出来るのは滅多にないことだと言われましたよ」
 ここも原作通りか。俺は溜息をもらすと組んだ手を解き、背を椅子に深く押し込んだ。
「俺の後輩になるんだったら少しくらいは喜べよ」
「大変不本意です。もうすこし心優しい先輩を持ちたいと思いましたが」

 俺は無言で空になった紙コップを握りつぶすと、ヤンに向かって放り投げた。空気抵抗が大きかったのかそれほどの速さは出なかったが、ヤンの運動神経の鈍さのお陰で綺麗に額に命中する。その仕打ちにヤンは抗議することなく苦笑しつつ、潰された紙コップをポッケにしまい込んで敬礼すると、俺の前から立ち去った。

 ヤンの姿が完全にカフェから見えなくなると、俺はもう一度深く溜息をつかざるを得なかった。

 おそらくシトレはヤンやラップの抗議行動に関して、表面的な罰を与えるだけに止めるだろう。原作を思い出すまでもなく、シトレはそういう行動を高く評価する教育者の面がある。ヤンの素質もワイドボーンの一件以来、シトレの注視するところだろう。ワイドボーンも含めて、ここまでは原作の流れを大きく破壊してはいないはずだ。

 ヤンがエル・ファシルで英雄的な行動をして以後順当に昇進し、第七次イゼルローン攻防戦で要塞を奪取してくれるところまで進んでくれればひとまずは重畳。ヤンの総合席次が原作よりも三〇〇ほど上昇しているが、統合作戦本部に囲い込まれるような超エリートになるにはかなり不足だし、おそらく卒業時に提出する希望配属先に戦史編纂室とか平然と書いてしまうだろうから、その希望は間違いなく通るだろう。

そしてイゼルローン要塞陥落前に、戦線でウロチョロしている金髪の孺子を殺すことが出来れば、ひとまず平和の前提条件は成立する。

 あとは帝国領侵攻のようなアホな作戦案を握りつぶし、出来ればフェザーン回廊の出口にもイゼルローン規模の要塞を建築し、両回廊を結ぶ辺境航路を開拓することで、固定・機動両戦略防御が構築できれば、自由惑星同盟の「軍事的引きこもりの平和」が成立する。

 そうなればグレゴリー叔父も戦死することはないし、帝国との休戦なり和平なりが成立して軍縮へと話が進めば、可愛い義妹達が戦場に出ることもない。俺はきっと黒髪の美女といい仲になって、世界中の農場からアーモンドを消滅させる運動に従事できるだろう。

 そうなるためにも俺は軍人としてそれなりに出世の努力をしなくてはならない。そういうわけで最終考査まで俺はウィッティとかなり突き詰めて勉強したと思う。去年の“ウィレム坊や”のような突出した成績優良者は同期にはいないので、少しくらいは総合席次が上がっていると思いたい。

 だが最終考査終了後の休日後、最終席次発表(つまり卒業式)の前日夜、シトレ校長より直々の映像通信を受けた時は、『また余計な事言うんじゃないのか、この親父は……』位にしか思っていなかったのだが……

「君はいい意味でも、悪い意味でも、私の期待に応えてくれない困った人物であることは、アントンの子供として産まれたときから承知している」

 俺の部屋に設置されている通信画面の向こうで、シトレは歓喜の表情と言っていい顔つきで、変な言葉を続ける。同室戦友はシトレの顔を見た瞬間に、早々に二段ベッドの上に隠れ、こっそりとこちらを伺っている。

「性格がます軍人向きではないし、頑固という点では折り紙付きのボロディン家で育っている。いずれ聞き分けのない上官と衝突し、敵に対して余計な同情心を見せ、失った部下の為に心を消耗し、最終的には空想上の女性といい仲になって、病院の中で一生を終えるような気がしてならない」
 
 黙って聞いていても、随分な言われようだと思うが、既に校長と一学生という立場であると宣告されたはずだ。
 それなのに、この黒人の親父は親しげに長々と俺の悪口を言い続けている。

「つまり君が今日という日まで退学届を出さなかったというのは、私としても大いに不満であるし、同盟政府にとって大変な損失であると私は考えている。こうなってしまった以上、私としては貴官が、早期に退役して政界に転じて貰うことを節に祈るしかない」
「あまりにもひどい言いようじゃないですか、校長閣下」
「そうかね?」
「それと約束です。士官学校にいる間も、軍人である間も、校長と一学生の節度は守ると」
「今は友人達の息子にお祝いを述べているだけに過ぎないが」
「校長として卒業式での祝辞を述べられるだけで充分です。通信切りますよ」
「あぁ、切る前に言い忘れた事がある。明日、卒業生の答辞をよろしく頼む。ではまた明日、会場で」

 通信はシトレの方から切られた。

 だがあの黒人親父、最後になんと言った? 答辞? 

「やったな、ヴィク!! 七八〇年生、首席卒業だ!! おめでとう!!」
 いつの間にか二段ベッドから降りてきたウィッティが笑顔で俺に向かって拳を差し出している。それが俺に対する祝いの表現である事は間違いない。俺もうれしくないわけではない。間違いないのだが……

「答辞の原稿なんて作ってないぞ……あのクソ校長(おやじ)め!!」

 
 

 
後書き
2014.10.01 更新
2014.10.02 若干文面更新 
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