食べないかどうか
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第三章
「あの、ビールですか」
「はい、ビールを」
男は微笑みを浮かべて田辺にこう言葉を返した。
「お願いします」
「ビールですか」
「大ジョッキで」
「そうですか、いいんですね」
「はい、ビール大好きです」
笑顔での言葉だった、これから食べ飲むことを楽しみにしているのがそこからわかった。
「ですからお願いします」
「わかりました」
唖然となりながらもだ、田辺は応えたのだった。
そしてだ、そのうえで。
串カツを焼きバイトの子にまずはビールとこれは欠かせないキャベツ、それにソースを出した。尚ソースの二度漬けは出来ない。
田辺はまただ、客達に声をかけた。串カツを待っている男を見ながら小声で。
「あの、嘘だよな」
「嘘みたいだよな」
「本当にな」
客達も言う、彼等も男を見ながら。
「豚にシーフードにな」
「ビール、酒か」
「あの人ひょっとしてイスラム教徒じゃないんじゃないのか?」
「だからか?」
そうしたものを食べられるのではないかというのだ。
「若しかしてな」
「それならな有り得るだろ」
「ムスリムじゃないとな」
「それなら」
「そうなのかね、まあとにかくな」
串カツは焼けた、彼が頼んだそれは。
後は出すだけだ、彼が誇りにしているそれを。
そのうえで自分から男に焼いた串カツ達を出した、そうしてだった。
男がどうするのかをだ、客達と共に見守った。それはもう凝視というレベルだった。
そしてだ、男はというと。
串カツとビールを前にしてだ、そのうえでこう言ったのだった。
「アッラー、お許し下さい」
「はあ!?」
まただ、思わず声を出した彼等だった。それでだった。
田辺は遂にだ、男に対して戻っていたカウンターの中から問うたのだった。
「あの、お客さん」
「何でしょうか」
「あんたイスラム教徒かい!?」
「はい、生まれはイランです」
実に礼儀正しくだ、男は彼に答えた。
「そうですが」
「じゃあどうして豚肉とかビールを」
「海のものもですね」
「それ全部イスラムじゃ駄目なんじゃ」
「はい、駄目です」
はっきりと答えた男だった。
「それは」
「それでどうして」
「食べては駄目ですが」
今彼が前にしているどのものもだ。
「しかしです」
「しかし!?」
「それは目標なので」
「目標なのか」
「はい、ですから」
だからだというのだ。
「どうしてもという時は食べてもいいのです」
「酒を飲んでもいいののか」
「はい、仕方ない時は」
男は笑ってだ、その串カツとビールを実に美味そうに飲み食いしつつ田辺と客達に話す。
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