小出しにしていって
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第六章
「それに慌ててるっていうか怖がってるっていうか」
「狼狽してる?」
「そうそう、そうよね」
「そうした顔だけれど」
「出来たのよ」
小声でだ、智秋は言った。
「これがね」
「えっ、嘘」
「あんた出来たの」
「相手はやっぱり」
「そうよね」
「ええ、あの時にね」
優斗とはじめて一晩過ごした時にというのだ。
「どうやらね」
「そうなのね」
「計算外のことが起こったのね」
「しかも最大のイベントね」
「それが起こったのね」
「どうしようかしら」
その狼狽した顔と声でだ、智秋は周りに尋ねた。
「この場合は」
「それはもうちゃんと言うしかないわよ、課長さんにね」
「相手の人にね」
「そう、だからね」
「ここはね」
「そうね、それしかないわね。けれど」
ここでだ、智秋はこれまでとは違い極めて不安そうに言った。
「若しもね」
「若しも?」
「若しもっていうと?」
「正直に言って振られたり捨てられたりしたら」
こう言うのだった。
「よくあるじゃない、出来たら捨てるとかって」
「課長さんそんな人じゃないでしょ」
同僚達はすぐにだ、その智秋にこう言った。
「だからあんたも好きになったんでしょ」
「それはそうだけれど」
「だったら安心しなさい、課長さんならね」
「ちゃんと言えば受け入れてくれるわよ」
「こうした場合見捨てるとか絶対にしない人だから」
「責任取ってくれるから」
「だからね」
「それじゃあ」
智秋は皆の言葉に気を取り直した、そしてだった。
しっかりとした顔になってだ、その日のうちに優斗に言った。すると彼はすぐに微笑んでこう彼女に言った。
「そう、それじゃあね」
「それじゃあ?」
「結婚しよう、籍を入れよう」
こう智秋に言ったのである。
「出来たのならね、それに僕達は交際してるんだし」
この三ヶ月の間にそうなったのだ。
「それだったらね」
「いいんですか、本当に」
「構わないと、というかね」
むしろ、と言う優斗だった。
「産まれてくる子供の為にもね」
「結婚して、ですか」
「二人でいよう、そうしよう」
優斗は優しい笑顔で智秋に言った、その優しさを受けて感じてだった。
智秋はその場に崩れ込みぼろぼろと涙を流した、それで言うのだった。
「有り難うございます、本当に」
「有り難うって」
「私、本当に嬉しいです」
こう彼に言うのだった。
「まさか、こんなことになるなんて。課長さんがいい人でよかったです」
「いい人って当然じゃないかな」
これが優斗の返答だった。
「こうした場合こうすることが」
「それを当然って言える人でよかったです」
智秋の考えはこうだった。
「本当に有り難うございます」
「とにかくね、これからはね」
「はい、そうですね」
「三人でね、やっていこう」
産まれてくる子供と一緒に、というのだ。こうしてだった。
智秋は優斗と一緒になれた、彼女が思わぬ展開を経てだが。
しかしこうして智秋は願いを適えた、幸せを手に入れてそのうえで優斗そして二人の間に生まれた愛息子と共に幸せに暮らした。途中までは計算通り徐々に、しかし急なことで一気に決まってしまったことには苦笑いになりながら。
小出しにしていって 完
2014・4・30
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