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戦国御伽草子

作者:50まい
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参ノ巻
死んでたまるかぁ!
  6

「あ、尼君様!捜し物はどうでした?無事見つかりましたか?尼君…尼君様?お顔の色が優れませんが…」



 あたしはどくどくと不吉に高鳴る胸を押さえて、(まつ)の横に腰を下ろした。



 いや、大丈夫、大丈夫よ。バレっこない。だって顔を見せずに一目散に逃げてきたもの。あたしのこと、高彬(たかあきら)は気づいていないはずよ。絶対に、大丈夫。



 それにしても、石山寺の前の道で高彬に会うなんて…偶然だって信じられない。でももう寺の中まで入ってしまえばこっちのもの。絶対にバレていない自信があるから、追いかけてくるって事も万に一つも無い。もうここから高彬は立ち去っているだろう。



 はぁ。段々動揺が落ち着いてくると、久しぶりの再会だったし、気づかれないのならもう少しあの場にいても良かったかもと思ってしまうのは都合が良すぎかしら?



「ピィ!」



「ホワッ!?…って惟伎高(いきたか)!」



 悶々と考えていたら、いつの間にかきっちり袈裟を着込んで髪も綺麗に纏めている惟伎高があたしを覗き込んでいた。横で抹も心配そうにこちらを見ている。



「なに呆けてンだ」



(おど)かさないでよ、なに!?」



「頼みがあってェな。悪ィが部屋をひとつ、整えてきて欲しい」



「部屋?誰か来るの?ていうか泊まるの?」



「あァ、多分な」



「はーん、それでそんなちゃんとした格好してんのね。偉い人?お茶でも出す?」



「いや、俺の義弟なんだァが、一応な。茶はもう抹に頼んだ」



「はいはい、接待は綺麗どころに任せてあたしはしっかりお部屋をお掃除させて頂きますよっと。それにしても、へぇ~弟さんね。兄弟なんて滅多に来ないって言ってなかった?この時期に来るのを見ると、桜でも見に来たか、舟遊びってとこかしら?あんたに似てる?佐々家って子沢山だから、…。…え、佐々家…」



 ぺらぺらと喋っていたあたしは嫌な予感に口を噤む。そうしてそういう悪い予感ほど、往々にして当たってしまうものなのである。



「いや、似てはいねェな、少なからず外見は。佐々高彬、知ってるか」



 んぎゃあ~やっぱり高彬!



 横で抹がのんびりと「庵儒(あんじゅ)様は佐々のお方だったのですね」と言い、惟伎高が「おう。まァもう俗世は捨てた身だがァな」と返しているが、正直あたしはそれどころではない!



 あわわわわわわ、なんで、なんで高彬はこんな辺鄙(へんぴ)なトコロに…。いえ、さっきのことを冷静に考えれば、高彬が通りかかったって思うよりも、ここを目指して来てたって考えた方が筋は通るんだけども。そうか、そうでしたか、目的地はここでしたか、ウホッ納得ゥ。…なんて冷静に言ってる場合じゃなーい!ど、どっ、ど、どうしよう!?



 あたしの心の中は阿鼻叫喚(あびきょうかん)渦巻く修羅場だった。



「いけねぇ、これ以上待たせられねェ。そンじゃ抹、ピィ、宜しくな」



「はい」



 頭をピヨピヨさせていたあたしは惟伎高が部屋を出て行くのを見てはっと我に返った。咄嗟に、後を追う。惟伎高はあたしに気づいているのかいないのか、振り返りもしない。そして、客間に入っていった。パタンと障子が閉まってから、あたしはすさささとそこに近づいた。今はもう日も落ちた。石山寺では普段、濡れ縁添いにぽつぽつと提げてある釣灯籠(つりどうろう)に火は入れていない。雲が出ていないときは月明かりだけで充分明るいし、この広い寺の中、だーれも通らないのにその全てをいちいちつけてまわるなんて考えるだけで面倒くさい。客人があればちゃんとつける…筈なんだけど、どうやら高彬の来訪が急だったからか、それは夜闇の中沈黙を保っている。そのことは、これからこっそり客室の中を窺おうとするあたしには渡りに舟だ。偶然か、はたまた惟伎高がとりつけたのか、この部屋横の釣灯籠が唸るぐらい良い位置についているのよ。もしこれに火が入っていたのなら、今あたしがいるような明障子ぎりぎりのところには間違いなくいられない。絶対に障子に影が映り、不審者はここですよー盗み聞きされていますよーと中の人にすぐわかるようになっている。前田家が新しくなった暁にはぜひ参考にさせて貰おう。うん。



 部屋の明障子に、自分の影が映らないようにだけ気をつけながら、あたしは静かに聞き耳を立てた。



 衣擦れの音がして、定形の挨拶が交わされる。



 高彬。



 やっぱり、高彬の声だ。



 疑ってた訳じゃないけれど、あたしは久々に紛う事なき高彬の声を聞いて、ちょっとしんみりした。



「いや、驚きました。先にお知らせ頂ければ、もう少し歓迎のご用意も整えられたのですが。諸々行き届かず申し訳ありません。何かあれば、遠慮無く申しつけて頂ければと思います」



「有り難いお心遣い痛み入ります。けれど、どうぞわたしのことはお気遣いなく。急に来て礼を失しているのはこちらですし、普段通りにして頂ければと思います。先触れの文は出したのですが、その気は無くとも急いていたようで…わたしの方が先に着いてしまいました。庵儒殿は出かけておられたのですか?」



「ええ、桜を。すこし」



「桜…ですか。それはまた…」



 部屋の中がすっと静かになる。



 風流にも、室内から影となって落ちる桜の花を見ているのだろうか。



 あたしも束の間、止め処なく散る桜に思いを馳せる。



 墨を溶かしたようなとろりとした夜闇の中、月の頬をすべるようにはらりはらりと落ちる桜…。



 あたしは、そう、いつだったか、こんな桜を見ながら、胸が潰れるような心持ちで、誰かが来るのを待っていた気がする。



 そうしてまたいつか、こうしてただ桜を眺めながら、誰かを待つ気がする…。



 なんだかそんな気がして、あたしは暗闇に目を凝らしたけれど、桜の向こうには何も見えなかった。



「…本当にお久しぶりです。義兄上は(つつが)ないようで…安心致しました」



 室内の会話が再開されたと思ったら、不意に高彬の声に親しみが滲んだ。



「ええ、おかげさまで。貴殿は…(やつ)れましたか」



 惟伎高が言ったその言葉にあたしはどきりとする。



 憔れた…そうか、高彬憔れたのか…。



「はは、わかりますか?お恥ずかしい」



「話は、聞こえておりますよ。親しくしていた前田の姫が亡くなられたと…。先ほどこの寺に急いだとおっしゃっていましたが、そのせいなのでしょうか」



「流石道に入られた方は違うようです。隠していても仕方が無いですね。そうです。前田の姫は、わたしが共に生きると誓った人でした…。正直なところ、わたしはまだあの姫が鬼籍に入ったなど、信じられていないのです。桜が好きな人だった。こうして桜を眺めれば、その姿は今も鮮やかに息づいて、遠くからこちらに駆けてくるのが見えるようで…。わたしは、今も待ってしまうのです。わたしの名を呼びながら、あの人が現れてくれるのを。いつ来るのだろう、今日か、それとも明日か。そうして時間だけが過ぎてゆく。ぼんやり過ごせば、悲しみに押しつぶされそうで。何かしていないと、どうにかなりそうで…気だけが急いでしまって。急いでどうかなることでもないとはわかっておりますが、頭でわかっているはずなのに、どうやら身体は納得してくれない」



 部屋の中に密やかな笑い声が満ちる。寂しさをころせない声。()しもの惟伎高もなんと声をかけようか言い(あぐ)ねているようで、返る声はない。



 こんなに、こんなに…高彬を悲しませているだなんて思っても見なかった。



 胸を()かれてあたしは思わず、そのまま高彬の前に飛び出しそうになった。



 あたしは生きているわ、死んでなんかいないわ!悲しませてごめんなさい。一緒に帰りましょう…。



 けれど、その衝動をぐっと我慢する。



 高彬に生きていることが知られれば、高彬を殺す-…女童(めのわらわ)の言葉は、呪いのように耳に残っている。



 こんなに近くにいるのに。高彬が苦しんでいて、あたしはそれを解決する術を知っているのに、何も出来ないのだ。何もしないことが、巡り廻って高彬を救うことになる。そうわかっていても、今高彬の悲しみを癒やせないのが、辛い。



 高彬…。



「実はこちらの近辺で、不審な女を見たという話を聞きまして、急ぎ参った次第で御座います。庵儒殿、何か、何でも良いのです、心当たりはありませんか?」



 あたしはどきりとした。



 そ、そ、それってあたしのことかしら?人の口の端に上るほど不審な事した覚えはないけれど!



「不審な女、とは?」



「雪という名の侍女と偽り、前田の姫の元へ毒湯を持ってきた女を探しているのです。その女を、この身に代えても、探し出したい」



 あたしはあっと声を上げそうになった。



 そういえば、あたしたちのところに毒湯を持ってきた侍女はそんな名を名乗っていた気がする。高彬は、その侍女を探しているの?



「高彬殿…残念ですが、貴殿の(おっしゃ)る不審な女に心当たりはありません」



 惟伎高は迷わずそう言った。



 惟伎高何を…ここにいるじゃないのよ、不審な女が雁首(がんくび)揃えて二人も。抹はいいとしても、あたしは自分がまぁまぁ怪しい自覚はある。夜の川で青く燐光しながら流されてるような女よ?どう考えてもアヤシイ。



 まぁ…信用してくれてるって事よね。



「そう…ですか。いえ、ここは喜ぶところなのでしょうね。庵儒殿のお近くに不審な者なしとわかったのですから」



「気を落とさないで下さい。わたしもそのような噂話に注意を払いましょう」



「ありがとうございます。望む情報は得られませんでしたが、こうして義兄上のお元気そうなお顔を拝見出来ただけで、来た甲斐がありました」



「そう言って頂けると助かります。遠路遙々お疲れでしょう。ごゆるりと休まれて下さい。わたしは、夕餉の準備をして参ります」



「それはありがたいですが、義兄上、その前にひとつだけ…この寺に、尼君様はおられますか?」



 惟伎高が出てきそうだしこれ以上ここにいるのもまずいかなとあたしが腰を上げかけた時だった。不意に高彬が、そんなことを言ったのだ。あたしは動きをぴたりと止める。



「尼?どうしました高彬殿。なにか粗相をしたものがおりましたか?」



「粗相…いえ、粗相というほどのものではないのですが…寺の前の道で一人の尼君様とお会いしたのですが、わたしが驚かせてしまったようで…一目散に逃げられてしまいました。その様子が…ふふ、懐かしい人と重なりまして。一度お話してみたいのですが、何せ顔も見ていない声も聞いていない上にかの方は特徴もない尼の衣を羽織っておられたので、どの尼君様、とは言えないのです。曖昧で申し訳ないのですが、きっと尼君様の中でも一番元気な尼君様だろうと思うのです。お引き合わせ願えませんか?」



 予期しない展開に、あたしは盛大に狼狽(うろた)えた。



 なっ、なっ、なにを言っているのよ高彬は!



 断って!断って~惟伎高!お願い!



「高彬殿。おわかりだとは思っておりますが、尼は仏につかえる身ですよ」



「ああ、申し訳ありません。わたしの言い方が悪かったようですね。やましい気持ちはありません。庵儒殿が懸念されるようなことでは全くないのです。実はその尼君様が、かの前田の姫に似ていまして」



「前田の…」



 あーあーそりゃあ似てるでしょうとも!なんてったって本人だからね!



 あたしは頭を抱えた。



 あ、侮れないわ高彬…!伊達に隣家でずっと一緒に育ってきたわけじゃない。確信していないとは言え、動作だけであたしだとわかるなんて!



 ああ、逃げなきゃ良かった…!そうよーよく考えたら普通の大人しい尼が躊躇無く小柴垣に飛び込んで脱兎の如く逃げるもんですか…!普通の人なら、驚いたにしても、せいぜいが声も出せず(うずくま)るくらいだ。逃げず騒がず、おしとやかに震えているのがあの場では正解だったのだ。あああ、やってしまった…。



 しかし済んだことを嘆いてももう手遅れ。こうなったら最後の砦、惟伎高に全てを託すしかない。



 断れ~突っぱねるのよ~惟伎高~!じゃないとあんたの晩ご飯は天井裏を走りまわってるネズミの丸焼きにしてやるからね~!



 あたしは壁越しに惟伎高に念を送る。届け、この思い!



「前田の姫にと言われれば、断ることは出来ますまい。本人には、聞いてみるだけ、聞いてみましょう」



 しかし無情にも応とこたえる惟伎高の声が聞こえた…。



 ぎゃー惟伎高の馬鹿ー!



 あたしの(怨)念は呆気ないほど通じなかった…。あたしはがっくりと肩を落とした。



「そうおっしゃると言うことは、尼君のお心当たりが?何と言う御名なのです、その尼君様は」



 ネズミをどう捕らえてやろうかと頭を巡らせていたら、高彬がまた爆弾発言をした。



 あたしは青くなった。



 あたしは、一度だけ、惟伎高に真名(まな)を伝えたことがある。本当にたったの一度きり。でもきっと、惟伎高は覚えている…。



 ルライ、だなんて惟伎高が馬鹿正直に言ってしまえばそれで終わり、だ。



 万事休す、だわ。あたしは思わず両手で顔を覆った。



 しかし次に聞こえた惟伎高の声は意外なものだった。



「かの者、(ヒナ)、と」



「雛?」



 あたしは音を立てず盛大にずっこけた。



 あ、あたしそんな名前名乗りましたっけ~?



 ひ、ひ、ヒナ、ね…。ピィで、ヒナ。安直というか、何と言うか…。いや、真名を言われなかったのは良いことなんだけどさ。けどさ…ねぇ。なんか、もっとこう…。ねぇ?



 いや、惟伎高があたしのことどう思ってるかが実によくわかる仮名(かりな)だわ。



 きっと奴の中では、あたしはまだ巣でピーチクパーチク(さえず)って、その手からエサを食べるよちよち歩きの雛なんでしょうよ。



 あたしはなんだかどっと疲れて、とりあえず見つかる前にと、よろよろしながらその場を離れたのだった。 
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