少年少女の戦極時代Ⅱ
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運命の決着編
第120話 運命の外へ
貴虎が目覚めて一番に見たのは、白い天井と、自分を覗き込む妹の顔だった。
「碧、沙?」
「目、さめた? よかったぁ」
碧沙の目尻から滴が落ち、貴虎の頬を伝った。
「すま、ない。心配、かけた」
のどが掠れて上手くしゃべれない。手を伸ばして碧沙の涙を拭ってやろうとしたが、体が思うように動かない。
「お水、飲む?」
「ああ。貰う」
碧沙はサイドテーブルの下の冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、ストローを差して貴虎に差し出した。貴虎はわずか身を起こし、そのストローから水を飲んだ。
「あれから、どうなった?」
「長い話になるよ?」
「それでも知りたい」
「わかった。あのね――」
碧沙は語る。まるで一つの物語のように。
舞とロシュオとの語らい。黄金の果実。ロシュオと彼の妻との絆。フェムシンムの滅び――
「そうか。死んだのか。彼は」
「かなしい?」
「悲しくはない。ただ――少し、空しくなっただけだ」
そう、と碧沙は短く相槌を打った。この妹も、ヘルヘイムの件があってからずいぶんと大人びた。
「光実は?」
「べつの個室にいるよ。光兄さんはひどかったって。過労と栄養失調がとくに。光兄さんのは、生命力を抜かれたエイキョーだから。今もドライバー着けて、ショウコウ状態だって、お医者さまが」
「医者がいるのか?」
「いたみたい。湊さんが、兄さんたちを市外の病院まで連れて来てくれたの。そのお医者さま、ダンススクールの講師のセンセーのお兄さんでね、個人病院のお医者さんなの。びっくりしちゃった。まさか市外でセンセーに会えた上に、センセーの家族にお医者さんがいたなんて。偶然ってすごいね」
かつてダンススクールを無駄な時間だと切り捨てた貴虎が、妹がダンススクールで培った人脈にこそ救われている。これはどんな皮肉か。目を覆いたくなるとはこのことだ。
碧沙はうれしそうに笑んで貴虎を見つめている。
貴虎は体を横にし、上体を起こした。
「ムチャしないでっ。まだ全快じゃないんだから」
「光実に会いたい。碧沙、病室は分かるか?」
全身に痛みはあるが、傷自体はあまり重くなさそうだと、元戦士として判断したから、貴虎は起き上がったのだ。
「わたしの兄さんはどっちもムチャばっかり」
「すまん」
「一人で立てる? 松葉杖使う?」
「あると有難い」
碧沙はベッドサイドに立てかけてあった松葉杖を取って、貴虎に差し出した。貴虎は松葉杖を使ってどうにか立ち上がった。
碧沙の案内で病室を出て、松葉杖を突いて廊下を歩いていく。
院内は古めかしい内装で、静かだ。きっと貴虎と光実以外に患者はいないのだろう。
碧沙が一つの部屋の前で止まり、そこのドアを開けた。貴虎はその病室に足を踏み入れた。
いた。光実だ。ベッドで(嫌な形容だが)死んだように眠っている。
「すまないが、碧沙、少し二人きりにしてくれないか」
「うん、わかった」
碧沙が病室を出てから、貴虎は松葉杖を突いて光実のベッドの横まで行き、置いてあったイスに腰を下ろした。
弟の寝顔は疲れ切っている。こうして話しかけるのは眠りの妨げになってよくないかもしれない。それでも今なら、今までになかった言葉を紡げる気がした。
「色々、あったな」
世界はまだ救われていない。ヘルヘイムの侵食は終わっていない。それでも貴虎は大きな荷を下ろした気分だった。こんなに自分がカラッポなのはいつ以来か。
「お前も、色々あって、大変だったろう」
貴虎は眠る光実の頭を撫でた。
「起きたら、話そう。聞きたいことがたくさんあるんだ。光実。教えてくれ。俺が知らないお前のことを」
光実は反応しない。身内が一声かけた程度で回復するなど、それこそドラマでもない限りありえない。
貴虎は自嘲し、再び松葉杖を持って病室を出ようとした。
「……に、いさ、ん?」
貴虎の背中に、確かにその呼びかけは届いた。
「光実!?」
貴虎は松葉杖を捨て、ふらつきながらも急いでベッド横に戻った。
「兄、さん」
「ここだ、光実。俺はここにいるぞ!」
光実がベッドから手を伸ばす。やせこけて骨と皮だけになったような腕だった。
貴虎はその腕を取り、強く光実の手を握った。
話さねばならないことがたくさんある。けれども今だけは、弟の手を握って、弟が生きていると実感したい。
「兄さ、ん」
「何だ?」
「ぼく、ちゃん、と、で、きた?」
もうだめだ、と思った。涙が。ずっと堪えてきたものが、溢れて止まらなかった。
「ああ、お前はよくやった。よくやり通した。俺の自慢の弟だ」
光実は、頬を引き攣らせるように、笑った。
貴虎は泣きながら、いつまでも光実の手を握っていた。
後書き
ちょっと長くなりましたが、この部分は切ってはいけないと思いまして、マイルールを破って一気に繋げて上げました。
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