無欠の刃
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下忍編
弱者
「よし、これで終わり」
「…いつもすまない」
ぺこりとお辞儀をし、頭を下げた君麻呂にひらひらと手を振って返事をしたカトナは、そばにおかれた鉄の山を見る。
「お代、鉄、用意してる、から、お礼は、いい」
「…君には、僕の原因不明の病をなおしてもらってるからね。これくらいの謝礼は当然だ」
平行線を辿る会話に、なんだかなーと思いながらも、カトナは君麻呂のチャクラを見つめて頷く。
君麻呂と出会って一週間、カトナは君麻呂の治療をし、君麻呂はカトナが欲しい鉄をあげる…取引の関係にあった。
君麻呂は治療をしてもらいたいが、腕のいい医師にみてもらうだけの金と、彼の病気を治せるほどの医師が見つからず。
カトナは刀を補強するための鉄を採掘したいが、ここらへんの岩は硬く、つるはしだけでは掘り進めることが難しい。
そんな二人の需要と供給が一致したので、彼等はお互いに一時的とはいえ、対等な関係を結んでいた。
最もお互いがお互い、自分たちの敵対する組織を強くすることをしているのだが、カトナは知るよしもなく、君麻呂の経絡系を眺める。
君麻呂の経絡系は、一言で言えば、常人とは明らかに違うチャクラの通り道が多々ある
写輪眼のサスケや白眼のネジの経絡系をいじったことがあるカトナだからこそ分かるが、血継限界をもつ人間は、経絡系が普通とは違うことが多い。
といっても基本構造や点穴は一緒だ。ただ、通り道が二つに別れていたり、他人にはあるが、血継限界もちの人間にはないなど、チャクラの道がずれているのだ。
君麻呂の経絡系は、特にそれが激しく、そして細い。育ちきっていないうちに体を酷使し過ぎた…というよりは、8歳にも満たない頃から忍術を使いすぎたのかもしれない。
そこを詳しく問い詰める気はないが、そのせいで経絡系が傷ついてしまい、体にも影響が出てきたらしい。
色んな医者に診てもらったらしいが、これを治せる医者を見付けることは難しいだろう。見付けれたとしても、貴重な血継限界だ。その里に収集されて、忍者としての復帰は絶望的になるだろう。
彼とあったのが自分でよかったと思いながら、ほっと息を吐いたカトナは、言う。
「明日からなら、チャクラ、使ってもいい。でも、無理、禁止。完治するには、時間が、必須」
「分かった」
頷いた君麻呂に、よしよしと納得したように頭を撫でたカトナは、もう日が暮れていること気がつき、慌てて、君麻呂から貰った鉄を担ぎながら、川へと走っていった。
……
ぼろぼろ、ぐでぐで、どろどろ。
そんな言葉があうサクラをおんぶして帰ってきたカトナは、サクラを定位置の席に下ろし、とんとんと背を叩く。
「食べれる?」
「食べる、わよ」
ぜぇぜぇと息を切らしつつも、箸を震える手で握ったサクラは、ご飯をがつがつと食べる。
元気だなぁ、とのほほんとした様子でカトナは眺め、そして視界の端で、うーうーと唸る少年を見て首をかしげた。
そして次の瞬間、イナリが怒鳴る。
「なんで、そんなに必死になって頑張るんだよ! どうせ、死んじゃうくせに!!」
涙を流して、サクラにそう怒鳴りつけたイナリを見た周りの面々が、少しばかり視線を宙に迷わせる。
彼等はつい先日、イナリの祖父であるタズナから、イナリの義父であった『カイザ』の話を聞かされた。
町の英雄。自慢の父親。ガトーによる公開処刑。
涙を流して、そう怒鳴るイナリがカイザのことを思いだしていると知り、黙りこんだ一面を一刀両断するように、その声が放たれる。
「ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ、うっさい」
ぱくりと、口に食べ物を詰め込んだカトナは、無造作に、そう言った。
ぴたりと、その場にいた全員の動きが止まり、カトナの方に振り向くが、もぐもぐとご飯を咀嚼しているカトナにとっては、その視線はどうでもいいものだったらしく、独り言のように、静かな声で呟く。
「立ち上がれない勇気がない、かっこわるい奴が、努力してる、かっこいいやつを馬鹿にする権利なんて、ないんだよ」
カトナはそう言って、サクラを見る。
泥だらけになったサクラは、あまりきれいとは言えない。女の子らしい身だしなみを整えることさえ忘れて、ばてばてになったその姿は、何人かの人間から見れば、『かっこ悪い』だろう。
ただ一言、カトナの勝手な意見で言わせてもらうならば、その姿は『最高に格好いい姿』だ。
他人の意見なんか聞かず、自分の意見を押し通し、自分の目標に突き進む彼女は、最高にかっこいい。
そんな彼女を馬鹿にする権利は、彼にはない。
「貴方はただ、自分が弱いことを、『自分より強い人が負けたから、自分が勝てなくて問題ない』って言い訳してるだけ」
厳しい意見。酷評。
けれど、それが厳しくて痛いのは、カトナが言っていることが嘘がなく、誤魔化しやオブラートに包まれず、情や感傷などといった生ぬるいものに左右されずに容赦なく、自分達が気づいている弱点を指摘するからだ。
その証拠に反論できなくなったイナリが下を向き、言葉を詰まらせる。彼にだってわかっている、自分が前に進まなければいけないことぐらい、分かる。
けれど彼は
「貴方は、逃げてるだけだ」
恐れてしまって、一歩も踏み出せない。
言い切ったカトナに、イナリは怒鳴り付ける。
自分の弱さを認めきれず、かといって、自分が強いと騙ることもできない。
…弱い彼。
「うっさい!! この国の事、なんにもしらないくせに!!」
「それは貴方のおじいさんに言って。私たちは確かに何も知らないけれど、君が言う『首を突っ込んでる』のは依頼だから。好き好んで、私たちが『あなた達のこと』に、首を突っ込んだ覚えはない」
正論でまた言葉を切る。相手が子供だからといって手加減をしない。
カトナはそのまま、きっちりと言い切る。
「というか、貴方こそ、こっちのことを知らないのに、首を突っ込んで来ないで。サクラの努力は、貴方がいう『貴方に関係無いところ』のはず。首を突っ込んで欲しくないなら、貴方のほうこそ、突っ込んでこないで」
「ちょっと、カトナ、いいすっ」
「先生。肋骨の骨って一本欠けても、生きるのには支障ないって知ってた?」
暗に、口出してきたら肋骨を折るぞ? と脅してきているカトナの行動力が並外れており、実行しかないことを知っているカカシは、涙ぐみながらも必死に考える。
カトナには子供だから手加減するという考え方がない。自分が子供だったときから命を狙われ続けていた彼女にとって、大人は手加減するものじゃないし、子供は手加減されないものだ。
だからこそ、この会話で彼女はイナリを責めないという考え方がなく、容赦ない。
そして、イナリは、苦し紛れに言葉を吐く。
「いくら努力したって、かっこいいこといったって!!」
「本当に強い奴に弱い奴は勝てないんだよ!!」
それは彼女の逆鱗に触れた。
ぴくりと、カトナが反応したと思うと、次の瞬間、彼女は後ろに背負っていた大太刀を、タズナの喉元に突き付ける。
カカシ、サスケ、サクラが反応し、ツナミが父親を突き飛ばすよりも先に、カトナはその大太刀をもとの位置に戻すと、指でイナリを指し示す。
「…今、安心した、貴方は『自分じゃなくてよかった』って、そう思った」
―図星だった。
イナリが言葉をつまらせ、そして答えることもできずに下を向く。
「貴方は弱いことから目を背けて逃げてる。だから、貴方は誰かを守ろうなんて思わない。弱いからじゃない、貴方が逃げているからだ」
「…私の弟はね、私の所為で両腕を切り落とされたんだ。君が言う強者から、私を守るために立ち上がったんだ」
カトナは目を細めて、思い出す。
傷だらけのナルトの姿をいつでも思い出せる。
両腕を縛られた状態で、彼は放置されていた。ナルトが居なくなってから二日たっていた。見つけるのが遅くなってしまったカトナとサスケが目撃したのは、縛られた腕が黒く変色し、痛みで呻いていたナルトの姿だった。
すぐさま、ナルトを治療しようとしたカトナだったが、しかし、治療は出来なかった。
…縄で固く縛られていた腕は、血が通わなくなり、壊死、してしまっていた。
壊死は基本的にいえば腐っている状態だ。医療忍術はもともとの細胞を刺激し、回復速度を速める効能しかない。カトナの治療もむなしくナルトの腕は治らず、切断された。
ナルトが目指す「忍」としての道を、自分の所為で絶ってしまったことを、カトナは忘れない、忘れられるわけない。
『カトナの所為じゃないってばよ』
そう言って笑った彼が、夜に自分の無くした腕を思い出して、泣いていた日があるのも知っている。
…カトナは結局のところ、ナルトを守れなかった。どんなに守りたくても守れないことがあるのだと、あの日、つきつけられた。
でも、それは弱いから守りきれなかったのではない。カトナがナルトを守る覚悟をしていなかったから、守りきれなかったのだ。
その証拠に弱者であった筈の父と母は、九尾から里を守ってみせた。赤子の二人と自らの命を犠牲にし、里を守ろうとする覚悟があったからこそ、彼等は里を守れた。
…イナリがいう父親だって覚悟がなかったから、ガトーの手から誰も守れなかった。それだけのことだ。
「私の両親はね、強者に立ち向かい、大切な物を守るために死んでいったんだ」
淡々としたその語り方は、真実しか語っていないと、幼い彼にさえ分かるようなそんな語り口で、カトナは言う。
当たり前になってしまった事実を、里を守るために死んでいった二人がいるということを紡ぐ。
「だからこそ、私は、弱者が何も守れないなんて言葉は、許せない」
カトナはそういって、青い鞘をイナリの喉元につきつけると、赤い目を見開かせる。
「次、その口で弱者は強者にかなわないとか言ってみなよ」
そして、カトナのその小さな口から、感情という感情を混ぜ合わせ、籠めた真っ黒な台詞が辺りに響きわたる。
「ぶっ殺すよ」
かたりと、カトナは相変わらずの無表情でそういいきると、ごちそうさまと言って、椅子から立ち上がる。彼女にとっては、それは他愛もない話でしかなかったんだろう。
彼女にとっては結局、その話は意味がない。目の前の彼にむきになってしまったのは、不覚だったが、自分の両親が弱者だったことも、目の前の子供が弱者だったことも、カトナには関係無かった。
…関係あるとすれば、カトナにとって、カトナの親はほんとうにどうしようもない、最低の親だったというだけだ。
…それ以外にはない。
「…ほんと、最低な親だよね」
彼がいったカイザのような『父』が羨ましいなと、彼女はそう、誰も居ない場で呟いた。
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