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原石とダイア

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第三章


第三章

「けれどよくなったわよね」
「ええ、なったわ」
 やはり本人を前にして話す。
「全然目立たなかったのにね」
「それがね」
「それは言われると」
 正直言って困ってしまった。それを気にして今努力しているからだ。しかしこれは言ってはいけないことも彼はよくわかっていた。
「ちょっと」
「よくなったからいいじゃない」
「そうそう」
 しかし女の子達はまだ言う。
「その調子でもっと格好よくなったらいいじゃない」
「そうそう」
 こんなことを言われた。これに気をよくしてさらに頑張ってみた。すると女の子達から余計に声をかけてもらえるようになった。男友達からもしきりに遊びに誘われる。
「今度の休みカラオケ行こうぜ」
「それどうよ」
「あっ、カラオケ!?」 
 実は流行の歌もチェックして勉強するようになっていたのである。
「じゃあ行く?いい新曲見つけたし」
「おう、じゃあな」
「行こうぜ」
 遊ぶようにもなった。それで世の中や遊び方も知って余計に垢抜けた。外見はもう見違えるばかりでファッションは制服でも女の子の視線を常に受けるようになった。成績も鰻登りでいいこと尽くめだった。女の子達からはさらに声をかけられもてていると言ってもいい状況になった。そのことを家で母親に自慢げに話しもした。
「まずはよかったわね」
「うん」
 以前母に腰掛けられてしまったあのソファーに座っていた。そこから夕食の後の洗い仕事をしている母親に対して言うのだった。
「声はかけてもらえるし」
「周りにいつも女の子がいるのね」
「こんなになるなんて思わなかったよ」
 彼は上機嫌でその母親に言った。
「サワディーだってね」
 ここでかつては彼を空気にしか思っていなかったペルシャ猫が側にやって来た。そして彼の足にその顔を擦り付けるのだった。
「こうして寄ってくれるし」
「いいこと尽くめってわけね」
「うん。けれど」
「けれど?」
「何でかわからないけれど」
 まずこう前置きした。
「ちょっとね。こんな感触っておかしいけれど」
「どうしたのよ」
「時々寂しいなって思ったりするんだ」
 こう母親に話すのだった。首を少し捻りながら。
「ちょっとね」
「寂しい?」
「うん、おかしいよね」
 洗うのあらかた終えて今度は食器を拭いている母親に述べた。
「こんなふうに思うのって。今はいつも周りに誰かいてくれるのに」
「そうでしょうね」
 だが母は彼のその言葉を聞いて当然と返すのだった。
「それもね」
「そうでしょうねって?」
「当然っていうことよ」
 女の子達と同じようにはっきりと言ってきた。
「それも。当然よ」
「当然って?」
「だから。今そういうふうに思って余り前なのよ」
 またしても我が子にはっきりと告げてきた。
「あんたの今の流れだとね」
「どういうこと?」
「ちょっと考えればわかるわよ」
 食器を拭き続けながら述べてきた。
「ちょっとね」
「!?どういうこと?」
「この前話したと思うけれど」
 今度はこう言ってきた。
「ちゃんとね」
「この前話したって」
「答えはそこにあるわ」
 しかし今は答えないのだった。だが意地悪ではなかった。
「そこにね。さて、と」
 ここで食器を全て拭き終えた。
「終わったわ。後は」
「休憩ってこと?」
「紅茶がいい?それともコーヒー?」
「ココアある?」
 彼が頼んだのはどちらでもなかった。第三の選択肢であった。
「ココア。それかホットミルクか」
「ココアならあるわよ」
 返って来た答えは彼にとっていいものだった。
「それね」
「うん、御願い」
 自分の膝に乗ってきたサワディーの相手をしながら応える。
「ココアでね」
「前は白湯ばかりだったのにね」
「こういうのも変わってきたのかな」
 首を少し捻ってから述べた。
「やっぱり。飲むものも」
「そう思うわ。何かが変わったら全部変わっていくものよ」
 母はそのココアを淹れながら彼に述べた。
 
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