ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
静かなカーチェイス
最初から意図したことではない。
ただ、このまま彼を放っておいたら、また置いて行かれるという気がしただけだ。
一人は辛い。
独りは怖い。
およそ一年前、自分は目を背けていただけだった。
約束という建前を利用して、毛布の中に顔を突っ込み、世界の――――現実の音を聞かないようにしていただけなのだ。
だけど今は、違う。
違うったら違う。
一年前の自分は弱かった。それは痛いほど、本当に痛いほど自覚できるし、それを否定しようとも思わない。思わないし、思えない。
だけど、今は違う。
そりゃあ、あの時と同じ状況になって、最善の手を選択できる自信はない。
だが、それでも。
最尤の手を打てる自信はついた。
最善にいかないまでも、最尤の手を。
だからかもしれないし、もしかしたらただまったくの条件反射のようなものだったのかもしれない。
だから、声を上げた。
「あの、ボクもついて行って――――いいですか」
怖くなかったと言えば、さすがに嘘になるかもしれない。
木瀬と名乗ったチンピラ風の金髪男はともかくとして、インテリヤクザという言葉をそのまま体現したような八伎という男は控えめに言っても凄い怖い。うっかり電車とかに乗ったら通報されそうな様相だ。顔に斜め一文字に走っている傷も手伝って、様相から滲み出る圧力を増している。
その二つの三白眼から放射される品定めするような視線に、怯まなかったといっても嘘になる。
それでも――――
それでも――――
懸命に眼に込めた覚悟を、しかし八伎は静かに見返した。
その口はピクリとも動いていないが、紺野木綿季は確かに聞いた。
覚悟はあるのか、と。
「……………………」
「……………………」
数秒に過ぎない、だが永遠とも思えた間隙の後、黒髪の男は静かに口を開いた。
「もしかして………紺野木綿季さん、ですか?」
「はい!」
学校で先生に呼ばれたときのように、大声で答える。せめて覚悟が少しでも伝えられたなら。
あのSAO時代もかくやと言うように、両眼に目一杯の力を込めて、半ば睨むように木綿季は八伎を見る。
だが、それでも男は何の反応も返さない。
伝わっていないのではない。伝わった上で、微動だにしないのだ。
まるで岩のようだ、と紺野木綿季は思った。
押しても引いても、殴ったってビクともしない巨岩。
こんなものを説得する事など、本当に意味のある事なのだろうか。どこかの狂人のように、風車に槍一本で突進するような無意味で馬鹿馬鹿しい行為なのではないのだろうか。
と、そんな事を思考する木綿季に、唐突に巨岩が言葉を放つ。
「…それでは、ご一緒に」
一瞬、自分から言った要望を承認されたと気が付かなかった。
従弟である小日向蓮もまた、了解されるとは思っていなかったのか、車椅子の背もたれ越しの背中が明らかに強張った。
木瀬と名乗った金髪男も目を剥いて喚きだす。
「ちょ、ちょっと八伎さん……!」
黙れ、という言葉はどこまでも端的であった。
「本人にその気があればお連れしろ、と言われている」
二の句がつけなくなった木瀬がパクパクと口を動かした。餌を欲す鯉みたいだ、と木綿季は思ったが言わなかった。
八伎はこちらを見ると、アゴを数ミリだけ縦に振った。
「お連れしましょう」
短いその一言とともに、八伎は真っ黒なリムジンを指差した。
スモークがかった、真っ黒な車窓。
そこから見える、モノクロの景色。
こんなもの、一生見ることはないと思っていた。
小日向蓮は、一つだけゆるゆると息を吐いた。それはエアコンから吐き出される暖気に乗って消えていく。
絶妙に調節された室温は、研ぎ澄まされた頭を悪い方向へ緩くしていく。
こんな事ではいけない、と思い、眉間を強くつまむ。
身体が丸ごと沈みこみそうな革張りのシートに、ばふっと背を預ける。その感触は、リムジンのトランクに折り畳んで納まっている車椅子とは大幅に違い、その成金趣味に舌を巻く。
そんな自分を、隣に座っている従姉、紺野木綿季が怪訝げに見てくるがあえて言いたい。
誰のせいだと思っているのだ。
苛立たしげに息を吐き出すと、呼吸が苦しいとでも勘違いしたのか、「蓮、大丈夫?」と木綿季が心配そうに訊いてきた。鷹揚に頷き返しながら、蓮は窓枠に肘を突いた。
モノクロの世界が、高速に流れていく。
運転する八伎、助手席の木瀬。どちらの顔も、運転してしばらくすると別人のように厳しいものとなった。
ボソボソ、と幾つか言葉を交わし、木瀬の方はサイドミラーを数秒に一回見るようになる。一度だけ蓮も振り返ったが、そこには違和感を放つようなものは特に見受けられなかった。
二度、八伎が携帯を取り出し、どこかへ連絡する。
その口調はお世辞にも柔らかいとは言えず、限界まで張り詰めた絹糸のような緊張感が感じられた。
車内の、張り詰めた沈黙に耐えられなくなったのか、隣の木綿季が口を開いた。
「あの、何かあったんですか?」
「何でもありません」
答えた声は、即答。
しかし、その言葉が嘘だという事はすぐに分かった。おそらく、木綿季も。
だてに《あの世界》で二年間過ごしてはいない。人を信じる事がイコールで死に直結する世界で、疑うという行為は最低限必修単位だ。
隣の木綿季と、目線で会話する。
役回りの決定は、一瞬。
バッ、と後ろを振り向く木綿季と反対に、蓮は前に身を乗り出す。助手席の金髪男が苛立たしげに口を開こうとするが、それを無視してハンドルを持つ八伎に言葉を飛ばす。
「何があったの」
「………………つけられています」
即答が多いこの男にしては珍しい、一瞬の間。
それが現在の状況の逼迫さを如実に表しているようだった。
思わずのほうを振り返るが、彼女は黙って首を振る。怪しげな後続車両はいない。
「気のせい、ってことは?」
これに答えたのは、助手席の木瀬だ。ツンツンと剣山のように突き立った髪を間抜けに揺らしながらこちらを睨みつける。
「それこそありえねぇな。経験が浅い俺ならともかく、八伎さんが間違えることなんてありえない」
自己顕示欲が強そうなこの男にしては、珍しく他人を全面的に後押しする発言である。要警備対象に「経験が浅い」などと暴露する点はさておいて、蓮と木綿季は思わず顔を見合わせた。
「先程から数台ローテーションを回していますが、明らかに動向がおかしい。恐らくプロではなく、素人でしょうね」
冷静に八伎は言うが、蓮としてはこう思わざるを得ない。
なぜ、と。
この車を狙う理由が分からない。
小日向蓮にしても、紺野木綿季にしても、その実態はただの一般市民である。別段実家が裕福という訳でもないし、カタギじゃないような行為もしたことがない。
ならなぜか。
数瞬の沈黙の後、蓮が至った結論に八伎も同じく辿り着いたようで、小さな舌打ちとともアクセルを踏み込んだ。
時代に置いていかれそうになっている堅実なエンジン音とともに、黒塗りのリムジンは加速する。
スーツの懐から、同色の真っ黒な携帯端末を取り出し、かなりの打鍵スピードを披露した後、八伎は耳に当てる。
待つのは一瞬。
相手はすぐに応じたらしい。
「俺だ。後ろの砂利どもを蹴散らせ」
どう取っても物騒にしか聞こえないその文言に、ぎょっと木綿季は身を強張らせた。それに対し、小日向蓮は安心しきったように、上質な背もたれに背を預ける。
「ちょ、ちょっと蓮――――」
「いや、ご心配をおかけしました」
木綿季が堪らず上げようとした声を遮るように、八伎は声を上げた。
ちっとも安心できない。
そんな表情の従姉を安心させるために、蓮は端的に言葉を紡ぐ。
そう、全ては先刻八伎が言った一言に集約されていたのだ。
《素人》
普通、黒塗りのリムジンに載っている人物像を想像する時、どんな人物を思い浮かべるであろうか。
政治家?どこかの企業の社長?もしかしたら石油王?
色々な憶測、予想が現れては消えるであろうが、それらに共通しているのは、主に二つだろう。
すなわち、社会的に重要な地位にいるか、金を持っているか。
そこにどんな人物が乗っているかは関係ない。
リムジンに乗っている、その事実がもうどうしようもなく金持ちと言う肩書きに直結するのである。
そして、それを付け狙う素人の尾行。
二つから導き出される結論は、割と簡単。
誘拐。
そこまで木綿季に説明した時、助手席方面からフン!という鼻息が聞こえてきた。ガキが知ったような口を聞くんじゃねぇ、という事だろうか。
車はスッと脇道に逸れた。
それは何気ない動作であったが、何らかの合図でもあったらしい。百メートルほど向こうに止まっていたグレーの電気自動車が音もなく滑り出し、すれ違う。その窓にはカーテンが引かれていて、内部の様子は完璧にシャットアウトさせられていた。
入念だなぁ、と呆れ半分感心半分ですれ違っていくその車を、蓮は窓枠に頬杖を付きながら見送る。
心の中で合掌するのも忘れない。
リムジンが目的地に着いたのは、念には念を入れて一時間後であった。
「ホントにこれでよかったの~ん?」
怪訝げに言った二十代くらいの女は、白のワンボックスカーに背を預けていた。
一言で言うと、ふざけた女だった。
少しだけ小柄な身体に不相応に出っ張っている胸を覆うのは、『一昔前のスケバンがしていたようなサラシを少しだけオサレにしてみましたよ』的な、淡い紫色のターバンみたいな細長い布一枚。その上に自衛隊でも着るのを躊躇するような、救命胴衣を気持ちだけスマートにしたようなゴツい防弾ジャケットをぞんざいに羽織っていた。
腰にあるのはスカートですらなく、水着のパレオみたいな三角巾っぽいヤツと、その後ろに肌が見えそうで見えない絶妙な不透明度を誇る布が垂れ下がっている。
耳に当てているのは、携帯端末。
しかしただの今通話状態にはなっていない。女子高校生かと突っ込みたくなるほどのジャラジャラとした携帯ストラップ群。その中の一つが小刻みに振動し、『音』を作り出している。
通話の相手は女性。
しかし、その性別を知っている女は、しかし同時に自分と同じようなバケモノであると知っている。
だがその口調に一切の緊張はない。
敬語すらもなかった。
「ご依頼通り追いかけっこしたけどぉ、バレてんじゃないのかにゃ~ん?」
『構わん。黒峰重國が飼っている小鳥達は、どうせチンピラの寄せ集めだ。頭のない能無しどもにそこまでを考える脳細胞はない』
電話の相手に、いつにもなく言葉にトゲがあるのを女は感じた。
苛立っているのか不機嫌なのか。どっちにしろあたしに当たんじゃねぇよ、と思ってしまうが、さすがにそこまで言えるはずもない。
代わりのように女は上空を見上げた。
ワンボックスカーをギリギリ押し込めるほどの狭い路地裏。その上空にある縦長の空は、夕方のオレンジを通り越し、宵闇の青紫に変化しつつある。コートでは我慢する事が少々辛い夜気が辺りにわだかまり始めているのだが、その割には女は寒そうな気配すら漏らさない。
それに、と電話口は言う。
『あのジジイなら今回の行動の意味は理解するだろう』
「《牽制》……ねぇ。意味なんてあるのかにゃ?あたしってば、無駄仕事は嫌いなんだゾ☆」
『あぁ。あのタヌキでも、アレに手を出す事などしないとはしないとは思うが、一応だ』
ふぅ~ん、という分かってるのか分かってないのか伺えない返事の後、答えられないのを承知で女は問う。
「ね~え、史羽っち、単純な興味なんだけどさぁ。ここまであの子に肩入れしなくてもよくないー?いっくら《あのヒト》の弟だからってさー、リスク犯して公式戸籍まで消さなくたって――――」
『さて、な。アイツの考える事なんて、凡人には解からんさ。……いや、アイツの場合《凡才》か。…………っていうかコードすっ飛ばして実名言うなブッ殺すぞ』
ただまぁ、と声は言う。
その声はどことなく、笑っているような気がした。
『アイツがアレを、単なる計画の一部品と思っていないとは推測できるがな』
「…………どっちにしろ、あたしゃ部品ですかいのん?」
『そうならないようにせいぜい努力しろ。犬ども』
はぁ、と。
今度こそため息をつく。
「あんたも同じでしょーが、隊長サマ」
うっかり呼んでしまった、紛争に身を置いていた頃の呼び名は、あえなく無視された。
後書き
なべさん「読者の皆々様お久しぶりです!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「ホントに久しぶりだよこんにゃろー!やっとGGOが始まったかと思ったら二か月もほっぽいてどこ行ってた!」
なべさん「ちょっとギャラリーに」
レン「冷静に言うんじゃねぇよ本業を忘れるな!」
なべさん「まぁまぁそんなポテンシャル上げて怒るなよ」
レン「怒ったほうがいいから怒ってんだよあとポテンシャルって何だ上げるのはテンションだ!!」
なべさん「あ、それよくある間違いだけど、テンションって上げるんじゃなくて本当は張るものなんだって。どっかで言ってた」
レン「取ってつけたようなトリビアを披露するなああああぁぁぁ」
なべさん「はい、不定期不定期で不安だらけですが、今回はこのあたりで。自作キャラ、感想でも送ってきてくださいねー」
――To be continued――
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