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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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七十六 盲目の忍び

 
前書き
イタチさんファンの皆様には、申し訳ないです!原作のイタチさんとは違い、人間味や心理を考えた結果こうなりました。
大変申し訳ありませんが、閲覧後の苦情はお受け致しません。原作のイタチさんが好きな方は閲覧をご遠慮ください。
ご了承のほどよろしくお願い致します!

 

 
『人』は完璧な存在ではない。

どれだけ強くとも、どんなに優れていても、如何に立派であろうとも。
完全無欠には成り得ない。

最初から全てが備わっている人はいない。
生まれた瞬間全部を手にする者はいない。
あらゆる間違いと失敗を重ね、完璧を目指す。それが『人』だ。

長い年月をかけ、様々な過ちを犯し。途中で満足せずに、前へ前へ。
そうして振り返れば、背後に続く永い道のり。己の努力の軌跡。
だがそれでもまだ、完全には程遠い。

満足を覚えてしまったら、未遂のまま終わる。未完成はその実、中途半端な状態を指す。
完璧とは、一概には言えないものなのだから。

いくら他者に評価されようとも、どれほど望まれたとしても。
人間だからこそ弱みがあり、それを補う為の他者がいる。
何事も独りで完璧を求めても、物事は思う通りにはいかぬもの。
だから人は完全な人間となる為に、周囲に協力を仰ぐ。
周りの人の支えがあって、はじめて最上と呼べる道が見える。
その上で、より高みを目指すのだ。
故に、どれほど優秀な身であっても、独りでは理想通りに事は運べない。

たとえ、強い意志を持っていても。
母に特別だと称されても。
弟に完璧だと敬られても。
完全無欠な存在には成り得ない。


忍びである前に、彼もまた『人』なのだから…――――。

















「『写輪眼』持ちの鴉か」

両眼を見開いた鴉が首を傾げる。反して双眸を閉ざしたイタチは片眉を吊り上げた。苦笑雑じりの感嘆の声を零す。
「流石だな。鬼鮫は気づかなかったんだが…」

賞賛の言葉にも全く顔色を変えない。泰然と構えるナルトの様子にイタチは苦笑した。

もはや己自身の力では見る事の叶わぬ瞳。記憶を遡れば、閉ざされた瞼の裏に過去の映像が描かれる。下りた幕にて上映される記憶の一片で、イタチは若き自身と共に在る彼の姿を見た。


初めてナルトと出会い、そして共に過ごした日々。
それはほんの僅かな間だったが、イタチにとっては忘れようにも忘れられぬ強烈な出来事として頭に残っている。
なかでも、自身より遥かに幼き身でありながら彼は大人だった。


姿形こそあどけない。だが無邪気な風貌からは想像もつかぬ強さ。
僅かな点をも見逃さぬ、つぶらな瞳。的を絞った的確な言葉を次々と投げ掛ける桜色の唇。
人の命を一瞬で奪う、ふくふくとした白い手。ふわふわとした金の髪が覆うまろい頭は鋭く聡明で叡智に満ちている。

そして淡々とした口調の中でも鋭利な刃物の如くイタチの胸に突き刺さったその一言は、今でも鮮明な響きを以って耳に残っている。
かつてナルトが告げた忠言をそのままに、イタチは言葉を発した。

「…焦りは禁物。以前、君はそう言ったな」
哀愁を帯びた微笑を浮かべ、粛々と語るイタチ。彼の話を俯き加減で聞いていたナルトは眉を顰めた。
イタチの裏切り行為。その原因に思い当って唇を強く噛み締める。

つい先ほど仮面の男から耳にした話。普段のイタチならば想像出来ぬ行為を起こさせたのは、他でもない自分の責任だとナルトは心を痛めた。


イタチに攻撃された仮面の男は、【天照】で身動きとれぬほどの大火傷を受けた。勿論イタチもただでは済まない。激しい戦闘により彼もまた深手を負っている。

そこで仮面の男は、イタチが『暁』を裏切ったという曲解した事実をペインに伝えたのだ。そうすればペインは『暁』を呼集し、メンバー全員にイタチを殺すよう通達する。手負いのイタチならば、どうにか亡き者に出来るだろう。

その任をナルトはわざと買って出た。他の者にイタチを殺させたくないというのもあるが、それ以上に彼の口から直接物事の発端を聞きたかったのだ。

ナルトが知る限り、うちはイタチは忍びの模範とも言えるほど慎重な男。そんな彼が『暁』の裏切り者として追われる羽目になった心境をナルトは知りたかった。

けれど対峙して解った。何故イタチが裏切ったのか。どうして早まったのか。
自らの『写輪眼』を仕込んだ口寄せ動物の鴉に、あたかも自分の眼があるように幻術を予め掛けている。
その事実を知り得た瞬間、ナルトは悟った。

今に至るまでのイタチの心理を。



あの兄弟の邂逅時以来、内心イタチは歓喜していた。
顔にこそ出さないものの、長い間仲違いだった最愛の弟の理解を得たのだ。浮かれるな、と言うほうが酷だろう。けれどそれが常に張り詰めていたイタチの緊張を緩ませてしまったのである。

犯罪組織『暁』を内部から監視し、仮面の男を見張る。スパイだとバレぬよう細心の注意を払い、虚言ばかり口にしてきた。周りを騙し、相手を欺き、自分をも偽ってきた。

偽り人と化したイタチの手に残ったのは、サスケのみ。
木ノ葉の安寧を望んで汚名を背負い、罪人として生きる道を選んだものの、その根底に在るのは弟の存在。

その一方でサスケとは一生相容れないだろうと彼は諦めの境地にあった。しかしながら思いがけぬナルトの尽力で、長らく不仲だった兄弟は再び仲の良い兄弟へと戻る。その際の心境の変化がイタチの気を緩めてしまったのである。

兄弟仲を修復した事でイタチの心に芽生えたのは淡い期待。
再び弟と仲良く過ごせる日々が訪れるのではないか。
唯一無二の兄弟として共に生きられるのではないか。
甘美な夢は、術の影響から徐々に視力が低下するにつれ、大きく膨らんでゆく。

擦れる視界に仮面の男を捉える。失明する前に、彼の正体を突き止めなければならない。
次第に見えなくなる瞳の奥で生まれる焦り。加えて、弟との和解により揺らいだ心情が拍車を掛ける。
そしてそれは、完全に視力を失った瞬間、やがて弾けた。

以上がイタチを反逆行為に掻き立てた心理である。
一瞬の気の緩みが彼を裏切りへと導いたのだ。


誰が彼を責められようか。
彼はただ、平和を望んだだけだった。
唯一無二の弟を守りたいだけだった。
一族か。里か。誇りか。平和か。
それとも最愛の弟か。
穏健な忍びは平和を望み、優しき兄は弟の生存を願った。

花も折らず実も取らず、などと咎められるだろうか。
二兎を追う者は一兎をも得ず、などと非難できようか。
あらゆる力を尽くし、多大の犠牲を払った彼を。
充分過ぎるほどの代償を払い、身命を捧げた彼を。

ただ彼は―――うちはイタチは『人』だった。

優秀な忍びであると同時に、弟想いの兄。
そして忍びである前に彼は…――――『人』であった。
ただ、それだけだったのだ。





「……焦らせたのは俺か…」

小声にも満たぬ声。ぽつり呟かれたその自虐的な物言いはイタチの顔を険しくさせる。
ナルトの胸中に湧き上がる自責の念をすぐさま察して、彼は静かに頭を振った。

「ナルトくん、俺は君に感謝しているよ」
「………」
「サスケとの和解、決して実現出来ぬと思っていた……ナルトくんがいなければ果たせなかった行いだ」

ナルトは黙っている。陰影に閉ざされた彼の顔は伏せられ、感情を一切読み取らせない。
しかしその顔は、影以上の深い悲しみに彩られているのだろうと、イタチは悟った。

ナルトは己の行いを悔いている。イタチとサスケの仲を取り持つべきではなかったと後悔している。
兄弟の諍いを治めた事こそがイタチの裏切りに起因するとナルト本人がひしひしと感じているからだ。

サスケと和解しなければ、イタチは気を緩めなかった。
そして今回の反逆行為にも繋がらなかっただろう。
しかしだからと言って、とイタチは口許に苦笑を湛えた。

「君が気に病む必要はない。非は俺にある」
「…イタチ、俺は……―――」
気遣うイタチの声を聞いていられず、顔を伏せたままナルトが口を開く。噛み締められた唇から洩れる途切れ途切れの言葉は、気のせいか震えていた。

「…俺はただ、お前とサスケを……見て、いられなかっただけなんだ…」



ナルトはイタチが嫌いだった。
己を見ているようで嫌いだった。
兄と弟。
相手を想うが故に、諍いが絶えぬ関係。
兄と妹。
血を分けていながら、決して交わらぬ間柄。

募る同族嫌悪はナルトを悩ませ、もてあます。
そして決断した。イタチとサスケ――彼らを引き合わせようと。

二人を思いやっての行動に見えるが、結局は自己満足。自分が出来ぬ事をせめてイタチには取り戻してほしいとナルトは願った。
自身には許されぬ、きょうだいの仲を。イタチには……――――。

しかし結局それが仇となった。




「……これがその結果か…」
くっと口角を上げ、自嘲する。

まるで我が事のように顔を曇らせるナルトを、イタチは暫し眺めていた。やがてふっと頬を緩ませ、だしぬけに「…やはり君しかいない…」と呟く。

「ナルトくん。君に頼みがある」

唐突な発言に、ナルトは片眉をついと上げた。怪訝な眼差しに促され、イタチは緩やかに首をめぐらす。
「弟に――サスケにコレを……届けてくれないか」

肩に止まった鴉が主に応じるように、カァと短く鳴いた。その眼窩に埋め込まれた赤い双眸がくるりと動く。
「俺の眼を……『写輪眼』を、」

酷く穏やかな声音でナルトへ告げられた言葉は、やわらかな表情に反して、酷く残酷なものだった。


「俺の…――――形見として」





















「断る」

一蹴。
即座に拒絶したナルトはイタチを見据えた。困ったように微笑む彼を苛立たしげに睨む。
「ふざけたことを言うな。どうしても、というなら自分で渡せ」
「ナルトくん…」

声が鋭くなるにつれ、ナルトの全身から物凄い威圧が湧き起こった。湖の水面が波打ち、ピリピリとした緊張感がイタチに突き刺さる。

ナルトの憤りを直に感じて、イタチは無意識に喉を鳴らした。仮面の男から受けた傷が激しく痛む。普通ならば気を失うところ、イタチはぐっと耐えた。

このまま何もせずとも死ぬのは変わらない。元々病魔に侵された身だ。
それならば、とイタチはナルトを真っ向から見つめた。

この際、ナルトの威光を受けた者は皆身体が竦んで動けなくなるのだが、皮肉にもイタチは傷の痛みによって正気を保っていた。

怯む身体の反面、心だけは決して折れずに。


「君にしか、頼めないんだ」
本気の声音に、ナルトは真剣な眼差しで彼を見遣った。鋭い眼光がイタチの心意を探り、そして理解した。

今この場でイタチが…――――死ぬつもりなのだと。


「やめろ、イタチ」
「俺はもう、何もみえないんだ。だからナルトくん、君が…」
「やめろ」
「弟を、サスケを…」
「よせ…ッ」
整った顔に浮かべられた微笑み。それは頓に美しく、そして儚げだった。




「――――よろしく頼むよ」
刹那、イタチの身を黒炎が包み込んだ。
予め鴉に仕込んでいた写輪眼の発動―――【天照】。






「イタチ………ッ!!」
手を伸ばす。
苛烈な炎が水上を舐め、天高く燃え上がる。黒い火柱。
地獄の業火の如き黒炎は相手を骨まで焼き尽くす。それがたとえ、炎の使い手であっても。


「イタチ……ッ!!」
手を伸ばす。
自らの身体が焼けるのも厭わず。
目の前の人影へ。
じゅうう…と肉の焼ける匂いが鼻につく。
まやかしではない。正真正銘の炎がナルトの腕にまで舌先を伸ばす。
印を結ぼうとするが、それを見越していた鴉が邪魔をする。その上、炎の勢いが激しすぎて水面を覆う水蒸気。
霧の如き白い靄が湖一面を包み込む。足下で水飛沫が飛び散った。


「イタチ…ッ!!」
手を伸ばす。
焼けつく炎。咽返る熱気。
名を呼ばれ、黒炎の中で影が僅かに身じろいだ。
伸ばされた手に一瞬だけ指が触れる。それは既に焼け爛れ、酷い熱を帯びていた。
すぐさま烈火から引き摺り出そうとするが、それより先に引っ込められる、右手の薬指。
チリチリと焼ける艶やかな黒髪。辛うじて保たれる顔。
唇が何かを紡ぐ。
そして…………。




「イタチ―――――――――――――――ッ!!!!」































蒸気が細かい雨となって降り注ぐ。
低く立ち込めた霧の中、彼は立ち竦んでいた。
肩に降り注ぐ霧雨。頬を撫でる水滴が金の露と消えてゆく。
焼け爛れた腕をそのままに、彼は俯いていた。
あちこちで立ち上る黒炎。下火と化し、やがて鎮まる。
頭上で鳴く鴉の声が酷く遠くに聞こえた。


「…………イタチ………」




ナルトの掌に残ったのは――――。

『暁』の証である指輪の朱。そして艶やかな黒髪の一房。



ただ、それだけだった。
 
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