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乱世の確率事象改変

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繋いだ手は一つ、繋ぎたい手も一つ

 柔らかい日常、というのがこれほど心地いいと感じるのはいつもの事。
 頭に浮かぶ戦の事さえ無ければ、全てを平穏に回せるのに……と、桂花はお茶を飲みながら思った。
 目の前では、もふもふとおいしそうにおやつを食べる雛里。昼間の雛里は愛らしく、抱きしめたくなる衝動にいつも駆られる。とは言っても、夜はその贅沢を独り占めしているのだが。
 欲を言えば、此処に華琳がいれば尚いいのだが、今は遠く離れ、直ぐに会う事など出来ない。
 きっと次の戦の思考を凛々しく積み上げているのだろうなと、悩ましげに主に想いを馳せる彼女は吐息を一つ零した。
 彼女達にとって特殊食器であるフォークがピタリと止まった。雛里はじっと、桂花を見つめる。

「おいしいでしゅ」
「……っ! そう、なら良かったわ」
「桂花さんがほっとけぇきを作れるなんて思いませんでした」
「これ、材料さえあれば結構簡単なのよ? まあ、店長の特殊材料があってこそだけど」
「ふふ、お料理は愛を注ぐとよりおいしくなるんです。だから、ありがとうございます」

 ほにゃ、と笑った雛里に心臓を打ち抜かれた。心配してくれる気持ちは伝わりましたよ、と感謝を返された。

――ああ……なんて可愛いの! やっぱり妹に……ダメ、ダメよ荀文若! 落ち着きなさい。我慢しないと……友達、そう、友達なの。私はこの子の……

 そこまで考えて、桂花はチクリと胸が痛んだ。考えるのは、これから助ける友二人の事。

――夕、明……私はあんた達みたいに人の心を容易く見抜けない。どうしたらこの子の冷たい日々に安らぎを多く齎せる? どうしたら私がこの子に温もりを与えてあげられる? あんた達だったら、どうする?

 問いかけを浮かべては消し、浮かべては消し……確かな答えは見つからない。
 なんでもない日常を経験させてはいても、雛里は孤独に空を舞う鳥のように見えて、安らげる場所を求めて彷徨っているようにも感じていた。
 二人ならどうするかと考えても、彼女達では無いので思い浮かばない。自分の思いつく限りしか……出来ない。

「桂花さん……」

 聡く、雛里は桂花の表情から悲哀を読み取った。せっかくの笑顔も曇り、それがまた、桂花の心を落ち込ませる。

「ち、違う……っ……雛里のせいじゃないの。ちょっと、その……夕と明の事、考えてて……」

 ある意味正しい言葉。考えていたのは雛里に関してであったが、彼女達の事も含まれるが故に。
 ハッとした雛里は……むーっと唇を尖らせた。彼女は重要な事を思い出したのだ。

「……田豊さんと張コウさんの事、もう一度詳しく教えてください。出来れば今日は人となりが分かるお話、桂花さんとの出会いとかがいいです」
「ど、どうしたの急に?」
「これから戦をする相手の詳細を知っておこうかと。洗い直しも必要だと思いますので」

 全部を言ってない、と桂花は思った。思考の仕方、方向性、何を望んでいるか、ある程度話したのにまだ求めるのは少し引っかかりがある。

――それはきっと黒麒麟の為なんでしょ? ほら、また瞳が冷たく凍ってるもの。

 こちらをじーっと見つめる瞳には知性の輝き。しかしながら、普段とは全く違う感情が宿っていた。多分それは、嫉妬。

「……黒麒麟と夕達になんの関係があるの?」

 教えてくれるかは分からなかったが言い当てて問うてみる。雛里は一寸眉を寄せた後に、桂花にとっては一番有り得ない事実を聞かせた。

「田豊さんは、いえ、きっと張コウさんも……彼と真名を交換してましたから」
「はぁ!? あの夕と明が!? 有り得ないわ! 絶対無い! そんなわけ――」
「でもっ! 虎牢関では既に交換してたらしいんです! 洛陽でも彼を引き抜こうとしましたし、田豊さんだけは間違いありません」

 嘘だ。そんなわけない、と繰り返しても事実は変わらない。本来なら真名をすぐに交換するような二人でも無い。
 人心掌握の仕方、挑発、先読みの思考、人の心の機微に聡い所……黒麒麟の情報を並べてみると、ある意味で二人に似てると感じた。
 されども、やはり違う。

 自分達だけが大切で、依存し合ってどうにか生きていた夕と明

 自分以外が大切で、他者との線引きを行い内側だけで崩壊に向かおうとする黒麒麟

 そこが違った。違いを理解した瞬間、納得がいった。

――ああ、そうか。あの二人は似たモノに引きつけられて、自分達に無いモノを無意識的に補おうとしたのか。

 その程度で真名を交換するか、と言われれば否であるが、彼女達は別。既存の価値観では測れない。

「……夕が許してるなら明も交換してるわね。あの子達と黒麒麟は似てる。夕と明は人の心を見抜くし、他人と違うあの子達は同類っていう安心感を得て、無意識の内に自己の変革を望んだに違いないわ」

 やっぱり、というように雛里はまた口を尖らせた。
 不思議だった。情報では夕が雛里と対面したのは一回、それも短い時間。シ水関での作戦会議の時だけ。だというのに何故、ここまで固執して嫉妬の炎を燃やすのか。
 思考を回す桂花に、雛里はこのままでは教えてくれないと思ったのか、意を決したように口を開いた。

「田豊さんは……彼の隣に立てる人です。彼は求められるとあまり拒みません。自己に対しての評価や拘りが薄く、記憶を失っていては尚、染められてしまいます。次の戦で私達の軍に入れるおつもりですから、不可測への対応も考えておきたいんです」

 単純に隣が取られるのが嫌かと思えばそうでは無いらしく、最悪の事態を想定してのこと。
 染められ、内部での毒がより強固になる可能性。華琳は楽しみながらそれを封じようとするのは予測に容易いが、一歩間違えば破滅の危うい橋を渡る事になる。
 それを読み解き、事前に手を打って置くのが軍師である。危うさを理解していて何も手を打たずにいるなど、主の為を想う軍師と言えようか。

「……黒麒麟の隣に、ねぇ。確かに夕の人心掌握は黒麒麟と似た部分があるし、個人に対する思考誘導も上手い。黒麒麟を巻き込んで復讐に走るかもしれない。でも杞憂よ。だって夕は……」

 言葉が止まる。昔の事を話したほうが分かり易いのだと気付いて。
 不安そうな雛里の瞳を見ていると心に浮かぶ暗雲を取り払ってやりたくなった。

「はぁ……分かった」

 ため息を一つ。
 桂花はお茶を一口啜って口を潤した。休憩の時間を使って話す事では無いが、幸い急ぎの案件は無い。雛里が何かが気になって仕事が出来ない、なんて事は有り得なくとも、これを機に自分の心を整理しておくのもいい。
 夜は人の心をかき乱す。感情を心の内より溢れさせる事もあるのだ。だから、日輪に明るく照らされている今の内に、桂花は話しておこうと思った。

「昔話をしてあげる。私とあの子達との出会いを。欲張りなあの子の話を」
「ありがとうございます」

 申し訳なさげな雛里の笑みを受けて桂花は空を見上げた。
 まだ夕暮れには早い。その少女の真名の色が空に広がる前にと、ゆっくりと過去を紡いでいった。





 †





 彼女との出会いは桂花にとっては衝撃的であった。

 自身の才を世に役立てる為にと、知識を高め、思考能力を伸ばしに伸ばしてきた。
 都の私塾であっても自分より上はおらず、この程度か、と肩を落とす事もしばしば。
 荀家という名門の出自である彼女にとって、コネを使えばある程度の所にも士官は出来る。されども、彼女には野心があった。もうすぐ始まると予測に容易い乱世、そこに踏み入る軍師としては当然の野心であった。

『自身の全てを捧げたいと思えるような、自分の才を余すところなく発揮でき、使ってくれる主に仕えたい』

 そうしてじっくりと、彼女は時を待った。若くして周りが誰も追い縋れない彼女は、ただ待っていた。大陸を纏める者達の政策も、黒い話も、幾重にも耳に入れながら。
 そうするうちに、彼女は不満を抱いて行った。何故、この程度で満足しているのか。奴等の首の上に乗っているのは出来の悪い帽子掛けに過ぎない、と。
 驕っていたのかもしれない。否、驕っていたのだろう。自分よりも上は居ないのでは無いか……そんな心も僅かに出てくる程に。
 大陸全土より学びたくて来ている者達ですら追いつけず、上に立つ立場の人間たちは保身と汚職にて私腹を肥やすばかり……言い寄ってくる輩は居ても彼女の眼鏡には敵わず、彼女はついに都を出る事に決めた。
 何処がいい、何処にしよう……悩んだ挙句に、彼女は手堅い一手を取る事にした。

『とりあえず名門と呼ばれている袁家に入ってみよう。三公を輩出している家なのだから、主もある程度は相応であるはずだ。抜ける時に人脈を増やしておくのも悪くない』

 都の私塾を出て、家のコネを使って下級文官として仕える事となった彼女。
 しかし……またも彼女は落胆の冷や水を浴びせ掛けられる事になった。
 袁家は、都となんら変わらない場所であったのだ。唯一の例外は筆頭軍師である且授であったが、下級文官にとって彼女はさすがに雲の上の存在過ぎた。近付くには時間と力、接点が圧倒的に足りないのだ。
 彼女以外は、都の内情をある程度目にしてきた桂花にとって下らないモノ同然。上層部が仕切り、保身と汚職に溢れ、期待していた主でさえバカと言うしかない金ぴか。
 高笑いが廊下に聞こえる度に彼女は苛立ちに支配された。街で金を浪費している姿を見る度に、下らない、と毒づいていた。
 そんな彼女は、麗羽の本質には気付いていなかった。否、見ようともしなかった。幼少期から作られた、麗羽が被るバカの仮面は厚く、誰にもバレる事は無い。それほど巧妙に隠されていたのだ。

 毎日がうんざりの連続である為に、もう此処を出ようか、と考え始めた頃である。
 彼女は夜分に一人の少女に呼び出された。
 昏い色が渦巻く瞳、感情の読めない無表情、自分より背が小さいくせに自己主張のある胸。桂花が密かに敵対心を持っていた少女。
 その少女は、彼女の上司である田豊――夕。筆頭軍師である且授の補佐役をしていたモノ。
 下級文官程度でしかない桂花は話も出来ない。それほど、袁家の人材の幅は広く、何より夕は忙しかった。
 急な呼び出しに驚くはずだが、当然と受け取って彼女はその部屋を訪ねていた。

「……仕事、つまらない?」

 呼び出されて早々の一言がそれであった。寝台の上で寛ぎながら、パタパタと脚を交差させる赤髪の女、張コウ――真名を明がその言葉で動きを止める。
 袁家では黒い噂は絶えない。容易に本心を零す事が躊躇われ、桂花はその少女と合わせていた碧の瞳を下にずらし、言葉を紡ぐ。

「御戯れを――――」
「隠さなくていい。あなたに現在当てている仕事は相応しくないモノばかり。あれ、わざとだから」

 ピタリと、桂花の思考が止まる。

――この女は何を言った? わざわざ相応しくない仕事を与える? どうして? 使えないモノを最大限に利用して、潰れるギリギリまで馬車馬の如く働かせてから捨てるような鬼畜なのに。

 事実、袁家を離れる人間はある程度の線引きに届かなかったモノばかり。使えるか使えないかと、人材を篩に掛けているのが夕であった。
 そんな彼女がわざわざ、桂花には相応しくない仕事を与えているという。まさしく異常な事であった。
 自分の昇進の邪魔をしているのか、と思ったが何処か違った気がした。
 桂花の心には苛立ちが募る。試されている、というのが何より心を燃やした。

――どうせ……あんただって且授様の腰ぎんちゃくのくせに。何よ。孤児だったから、育てて貰った且授様が居たから、あんたはそこに居れるだけじゃない!

 今の地位は親の七光りでしかないはずだ、と。自分だって……と敵対心が勢いを強めた。
 上位関係から滅多な事は言えない。それでも彼女は生来の気性の激しさから、試し返す事を決めた。

「……仕事は完璧にこなしています。そして出来る限り“詰めた”つもりですが、もしやお気づきになられませんでしたか?」

 桂花ほど優秀な者が、ただ手を拱いて淡々と仕事をこなすはずがあろうか。
 彼女は、仕事をこなしながらも幾多の改善案を書簡の淵に滑り込ませ、下級文官の戯言よ、と切り捨てられないで且授の目に留まるのを待っていたのだ。
 気付いているからこそ自分を此処に呼んだのだろう? 気に食わないなら左遷だろうとなんだろうとすればいい……と、彼女は挑発したのだ。
 数瞬、夕は止まる。真っ直ぐに見つめてくる桂花の瞳を覗き込み、小さく満足げに鼻を鳴らし……バカにしたように口の端を吊り上げた。

「この程度で満足して貰っては困る。改善点が幾つもあった。もっと煮詰めてから出せばいいのに、焦り過ぎ」
「なっ……」

 驚愕で目を見開いた桂花は、すっと差し出された書簡に付け足された事案を見て、息が詰まった。
 自分よりも上手く回せる事案になっていた。煮詰めれば考え付く程度の細かい所であったと、自身の不足を思い知らされた。
 それに……と夕は続ける。続けて出された一枚の書簡にある事案は、余分な浪費による甚大な国庫の支出具合について、と書かれていた。麗羽が街で散財している為だと、こっそり忍ばせてもいる。

「本初にお金を浪費させてる意味も分からないの? あなたは心が綺麗過ぎて、人心掌握への認識が甘すぎ」

 絶句。
 畳み掛けるように突き付けられた否定の言葉。何が悪かったのかと考えても出て来ない。目の前の少女は気付いているというのに。
 悔しさにわなわなと震える手はいつの間にか書簡を握りつぶしていた。
 その様子に、寝台の上で胡坐をかいた明はケタケタと笑った。

「ひひっ、あははは! 頑張り屋さんの荀彧ちゃーん。おいたは程々にね♪ これが夕以外の目に留まってたら、骨の髄までしゃぶりつくされてたよ?」

 精神を逆なでする声音にぞわぞわと気持ち悪さが肌の下を這い回る。下級武官如きが自分に話しかけるな、バカにするな! そうして彼女はまた、二人の術中に嵌っていく。

「どういう事よっ!」
「出る杭は打たれるっていうかー、そんな感じ♪ 袁家に骨を埋めたいなら別にいいけどー」

 にやける金色の双眸は心の内を見透かしていた。また言葉を失った桂花に、夕は静かに言葉を重ねて行く。

「迷っている優秀な人を袁家で上に上げるつもりは無い。母に近付きたいからって焦らないでもいい。決断するまで私があなたの欲求を満たしてあげる。下級文官のあなたには内密で上の事案を渡す。それを煮詰めてくれたらいい。上に行くとどうしてもしがらみが出来易いから」

 惹きこまれるような黒の瞳は真実のみを伝えていた。
 知識欲、というモノには抗いようが無い。負けたくない、という気持ちには勝てるはずも無い。使われているという屈辱に耐えればある程度の自由と望みが手に入る。
 だが、いつまでも自分より上な気でいる彼女が気に食わなかった。

「……田豊様の犬になれと?」

 夕の言い分を直接的に表し、噛みつくように睨みつけた。

「犬……性格的にはそれかもしれない、けどあなたは猫にしか見えない……」
「あはっ! 間違いないやー♪ にゃんにゃんって言ってみてよー♪ あはははっ!」

 夕はわざとらしく首を傾げて指を一つ顎に当て、耐えきれない、と明は腹を抱えて笑い出す。
 あからさまな挑発に、桂花は震える拳をさらに握りしめた。

「にゃーにゃー。どう、明? 私も猫になったら、お母さんは楽になるかな?」
「なるにきまってんじゃんか♪ 相変わらず夕はかぁいいなー♪」

 両手を上げて鳴き真似をする夕を見た明はもはや止まらず、抱きついて頭を撫でくり回し始めた。

「む、苦しい」
「ぐへへ、このまま寝台でお姉さんといいことしようぜー♪」
「ふしだらは禁止。したいなら顔良と文醜の部屋にでも行けばいい」
「えー、あいつらは……い、や! あたし、夕とじゃなきゃ気持ちよくなれないもーん」
「……なら私の絶技をおみまいしよう。女神の手という技があるらしい」
「いやん♪ 夕ったら、やっらしー♪」
「自分から誘っておいてそれは無い」

 もはや桂花がいようとも気にせずにきゃいきゃいといちゃつき始める二人。
 目の前で繰り広げられる光景にどうしようも無くなった桂花は、

「い、い……」

 ギリギリと歯軋りと声を漏らしてもう既に爆発寸前。否、もはや限界だった。

「いい加減にしてよ! 私はあんたの犬になんか成り下がらない! 親の七光りで上り詰めたくせに! 見てなさいよ! せいぜい袁家の上に居座ってふんぞり返ってたらいいわ!」

 我慢出来ずに大声で言い放った桂花は、身を翻してその部屋から出ようと歩みを進める。

――こんなとこ自分から願い下げよ!

 明日にでも出て行ってやろうと決めた彼女が扉に手を掛けた所で……首筋にヒヤリと冷たいモノが添えられた。

「あーあ、しっかーく。この程度の挑発に耐えられないなんて、あんたホントに頭いいの? それにね、上位のモノに立てつく為には命を賭けないとダメな腐り落ちた世の中だって、知らないわけ?」

 冷たい、首に当たる刃よりも冷たい声。物音一つ無く動いたという驚愕よりも、命を刈り取る金属よりも、明の声がただ、恐ろしかった。

「直ぐに感情的になるのは軍師失格。物事を早計に判断させ、視界を狭め、主も国も、全てを不幸に落とす。命を秤に乗せる私達が、感情という重しを加えてはダメ」

 機械的で無感情な声音が桂花の耳に突き刺さった。
 まだ自分は彼女の掌の上で踊っているに過ぎないのだ、と思い知らされる。
 悔しさ……吹き飛んでいた。
 怒り……凍りついて冷めてしまった。
 恐怖……まだ、抑えられた。
 冷静にと、冷や水が脳髄に浸透したかのような感覚。研ぎ澄まされていく思考の中で、桂花は先ほどまでのやり取りを瞬時に回し、彼女達と漸く、本当の意味で“相対”した。

「……最初っから危ういモノを予測して、回避させ、叩き潰し、上回るのが軍師。その点で言えば、此処に何も準備をせずに赴いた時点で私の負け。でも、人の命の重さを語るなら、主と国の為に才と人生の全てを賭けてこそ。だからあんたは……軍師、いえ、為政者ですら無く、決め兼ねていた私にすら劣る。勝負の土俵にも立ってないあんたとは違って、私の一人勝ちよ、田豊」

 お綺麗な言葉遣いなど投げ捨てていた。
 刃を向けられてもその声は強く、論理の隙を突いた。
 忠誠心の欠片も無いのは本初と呼び捨てにした事と、自分をわざと昇進させない事で分かった。袁家と民の為に働いているならこんな回りくどい事はせずに、自分を使う為にあらゆる手段を講じたであろう。だから夕が袁家の軍師としても為政者としても足り得ない、と言い切った。
 屁理屈をこねたようなその勝ち宣言の後には、静寂だけが重苦しく圧しかかっていた。
 理不尽だ、と喚こうとも刃は首に掛かっている。桂花が力で抗う前にその細い首は跳ね飛ばされてしまうだろう。しかしながら、彼女は頭脳を使って武力を動かす側だ。

――醜く腕を振り上げる事が智者? 否。生まれてからこれまで培ってきた知識と頭脳、天より与えられた才覚で……智という人間に与えられた最も崇高な力を以って理不尽に抗い、弁舌で己や主に道を示すのが智者だ。

 彼女は自分を曲げない選択を取った。己に対する自信は芯となる。理を以って理不尽に抗う姿は誇り高く美しい。それこそが自分であるのだと信じ抜いた。

――これでいい、権力にも、武力にも、屈してなんかやるもんですかっ! この程度の下らない圧力を口で切り崩せなくて何が軍師よっ!

 そうして桂花はぎゅっと目を瞑る。命を賭けて、自分を押し通す為に。

「……夕、どうすんの?」

 全く鎌を動かさない明が軽く問いかけると、夕は小さく鼻を鳴らす。

「いい、合格。こういう人を待ってた」
「そっか。何回も試してごめんね、荀彧ちゃん」

 飄々と謝る明に先程の冷たさは無く、鎌もすぐに降ろされた。
 どっ、と桂花の身は安堵の汗に濡れる。よくもまあ、袁家の重鎮相手に抗えたモノだ、と。
 自分より大きなモノに、これほど直接的に抗ったのは初めてだった。高揚感が身を包み、安堵と共に湧いてくるのは快感。ギリギリの線のやり取りを通せたというのが堪らなく心地よかった。
 無意識にペタリ、と床に脚を付く。掌を確認すると気持ち悪いほど湿っていた。グシグシと服の裾で拭い、無様な姿など見せてやらないと立ち上がろうとして……抱き起こされた。

「とりあえずー、お近づきの印にっ」
「きゃっ!」

 ぎゅー、と先ほどまで鎌を突き付けていたはずの明に抱きしめられる。何が何やら分からない。そのまま、桂花は寝台まで連れて行かれた。座らせるカタチで降ろされると、

「じゃ、あたしはもう必要ないから、お二人さんでごゆっくりー♪」
「ん、じゃあお願い。頑張ってね、明」
「あはっ、了解致しましたー、あたしのお姫様♪」

 明は軽い言葉と華が咲いたような笑顔を残して部屋から出て行った。
 呆然と見送り思考停止すること幾分。カタリ、と椅子を目の前に持って来られて桂花は漸く夕の方を向いた。

「な、何? 何がしたいのよ、あんた達は」

 当然の疑問であった。
 自分が此処に呼ばれた理由は、犬に成り下がれという事ではないのか。いきなり試したり、貶めたり、また試したり……訳が分からなかった。

「言葉遣い、二人っきりの時だけはそれでいい。此処からは取り引き。あなたは仕えたいと思える主が欲しい。私は母の仕事を楽に出来る人が欲しい。犬になって欲しいのではなく、対等の立場として交渉がしたい。下級文官のような動かしやすい立ち位置のままあなたの力量に合った仕事を“追加”するから、私はあなた好みの主を探して此処を抜けやすいように手を打って置く。そして四日に一度、あなたの知識欲と経験を磨く為に私とお話をしたり勝負し合う。これでどう?」

 願っても無い。桂花には最高の取引きである。
 夕の地位であれば入ってくる情報は自然と桂花よりも多く、下級文官ならば抜けても組織にはあまり問題は無い。しがらみも何も気にせずにやりがいのある仕事も出来る。
 しかし、桂花は間違わなかった。

「……私をずっと縛り付けておく事も出来るじゃない」

 口約束程度を信ずる事は出来ない。二転三転とやり込められているのだ。先程のように力で脅す事も容易い。まだ、夕を信頼するには足りなかった。

「ん、そう言うと思った。じゃあこう返そう。私のお母さんは最近体調がよろしくない。私は大切な人を助けたいだけ。体調が回復するまでの協定のようなモノ。その時にきっと、お母さんはあなたにこう言う」

『好きなように生きて、好きな主の所に仕えなさい。名では無く心に、血では無く能力に、光を求めなさい。そうして標され支配される事で、私達軍師は心満たされる高みへと羽ばたけるのだから』

 ぼそぼそと耳元で囁かれた言葉に目を見開いた。
 親たるモノの愛情。且授は孤児を育てるような人間であった。子供達には望むままに生きて欲しい……その願いが桂花にも向けられる、と言っている。
 ならどうして、且授は袁家に仕えているのか、と聞いても答えは出ている。
 且授は前の主への忠義を果たしているのだ。今もまだ主への忠を守って、腐り始めた袁家を戻そうとしているのだ。
 ああ、ああ……なんと美しい忠義の心。桂花は心底から、その心に憧れを抱いた。自分もそうなりたい、絶対の忠誠を誓う主に仕えたいと願った。
 羨ましい、と思うと同時に、ただ一つ疑問に思う事が出てくる。

「じゃあなんであんたは此処にいるのよ。其処まで想ってる且授様の言を守らないのはどうして?」

 眉根を寄せて問うてみた。
 夕の瞳に昏い光が差した。それは桂花の見た事の無い、純粋ながら濁り切った闇色の輝き。

「……私は欲張りだから」

 ただそれだけ。それ以上は何も言う気がないようで、ふいと目を逸らされた。
 読み取ってやろう、思考を回そう、とする前に一つ指を目の前に立てられ、先手を取られる。

「問題はこの取引きをどうするか。怪しまれるからお母さんと話せはしないけど、あなたが上に上がりたくなったら私が口を聞こう。ただ、あなたの荀家の血が大いに利用されると考えておくべき。私は孤児だから見下されてて、もう上にも上がったからそういうモノがあまり無いけど、きっとあなたは政略の的にされやすい。肥え太った豚に嫁ぐ気があるのなら、止めない」

 ぶるり、と身体が震えた。怖気が背中を這い回った。髪の毛の先までぞわぞわと逆立った気がした。

――気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。絶対に嫌! 男なんて、バカで、汚くて、誇りも無くて、頭の中が性欲にばかり傾いてるじゃない! 自分の身体を使って何かを得る? 女である事を利用される? 有り得ない! 私はこの頭脳でこそ自分を示したいの!

 上が女ばかりでは成り立つわけが無く、男も少数であるが居る。飛び抜けた才ある者はほぼ無しと言っていいのがこの世界の哀しい現実。
 歴史上の偉人が女ばかりであったり、既成概念として有力者には女尊男卑が根付いているこの世界。そのせいもあって幼少期から若干男を見下していた節はあるが、桂花は都で時機を伺っていたから余計にそれが激しい。宦官になれるのは男であって、国を腐敗させたのはその者達だと、儒教の価値観とは別にも判断して、見下していたから。
 さらには大抵、賊に堕ちるのは男。村を襲い、人を殺し、女を犯し、金品を強奪し、食糧を略奪し、害しか生まないのが男の集団となれば、平穏な治世を目指している女の智者の幾人かに偏見が生まれるのも詮無きかな。人が人である限り。
 凝り固まった思考を解すには時間が掛かる。全てがそうでは無い、と言っても、中々消えないモノもある。発達した現代でさえ、様々な偏見は消えていないのだから。

「……そんなに上って危ないの?」
「下から上を目指すから大変な事になる。保身に走る家というのは身の内に芽吹く危険な芽を摘み取るか、苗まで育ったモノを売り渡す。それは普通の事。何より政略結婚は権力者の嗜み、家を大きくする為ならなんでもするのは当たり前。私も上層部の言いつけで可愛がってた部下を何人かその泥沼に突き落としてきた」
「なっ……」
「友好派閥に名家が居ればよくある事。特に相手に男が生まれた場合、血筋の次の後継者をより賢く強くする為。皇族である劉家の一人が二百人余りの後継を作ったのは歴史に新しい。そんな感じ。青田買いというカタチで、若く見込みのある女が幾人も求められる。男はほら、女と違って種をばらまけるから」

 ギリ、と歯を噛みしめた。桂花はこれほど男がうざったいと感じた事は無かった。やはり男になりたいとは欠片も思わない。
 何かに気付いたように、ポン、と手を叩いた夕は、桂花ににやりと笑いかける。

「青田買いというよりは畑買いだった」

 茫然。桂花は彼女の言いたい事を読み取れなかった。そんな桂花の反応に、夕はしゅんと落ち込む。

「……残念。明だったら笑ってくれるのに……」
「え……? 今の笑わそうとしてたの?」
「……明なら『ひひ、それで違う苗植えられたらたらどうすんだろねー、全く別のモノに家を奪われたら本末転倒じゃん、あははー』って笑う」

 明のようにころころと変わる表情も無く、棒読みで綴られるモノマネ。
 数瞬の後、さすがに似て無さすぎて苦笑を零した。

「ふ、ふふっ……確かにあいつなら言いそうだけど、あんたじゃあの喋り方、全く出来てないじゃない」
「む、ならあなたがマネしてみたらいい」
「嫌よ。皮肉と挑発と嫌味しか言わないような奴のマネなんて」
「あんなに簡単にそれに乗ってしまったあなたは、無様」
「なっ! あんたねぇ、それなら私に勝てなかったあんたはもっと無様じゃないっ!」
「勝たせてあげただけ。頭では私が上だと自分でも認めたくせに。必死で言い返すあなたはより無様」
「きぃーっ! ああ言えばこう言う! あんた性格悪すぎよ!」
「性格が悪くないと軍師なんか出来ない。一応、私はあなたを有能な軍師になれると評価しているけど」
「このっ……私の事、遠回しに性格が悪いって言ってるようなものでしょ! それ!」
「……にやり」
「口で言うな口でっ! あーもう! あんたと話してると調子狂っちゃう!」

 次々と被せられて、桂花は自分のペースを乱しに乱された。声を抑えながら怒鳴る、という器用な事をして息を荒げさせていた。
 ふと、そんな些細な言い合いを久しくしていなかった彼女は、自分の変化に気付く。

――なんで私、こいつと子供みたいな言い合いしてるのよ。

 そして、桂花が止まったその隙を見逃す夕では……無い。

「どう? こうやって相手を巻き込んで場の流れを支配するのも楽しいモノ。負けず嫌いの荀文若。私を巻き込んで全てを手に入れたらいい。利用し、利用し合うのが世の常。私に巻き込まれるのなら、あなたはその程度ということ」

 口を開いて言い返しかけた。されども桂花は言葉を全て飲み込んだ。また、彼女に負けたのだ。
 分かっている。これは挑発だ。自分の心に発破をかけて誘導している。斜に構えて跳ね除ける事は出来るが……それでは逃げと同じだった。
 自尊心が強い彼女は負けたくない、という悔しさを抑えようがない。だから桂花は……

「ふん、あんたの全てを私が利用してやるから……見てなさいよ」

 ぶしつけに言い放った。誘いに乗ってやる、あくまで自分が利用する側だ、と反抗を示して。
 目の前でふっと息を付いた夕。桂花はまた、彼女に驚愕させられる事になった。

「ありがと。これであなたと私は友達」

 こんなモノのどこが友達だ、と思ったが……無表情な夕がヒマワリのような笑顔を始めてみせた事で、桂花はそれに見入ってしまった。

――こいつ、こんな顔で笑えるんだ。

 すっと夕は寝台の隣に腰掛けてきた。何故の行動か分からず首を傾げる。

「私のことは夕でいい。一緒に、寝よ? 明がいないから一人で寝るのは寂しい」

 甘えて身体を寄せられ、ほんの少し自分の方が高いから上目使いを向けられる。
 ドクン、と心臓が跳ね上がった。よくよく見れば可愛い美少女。透き通った白い肌、艶やかな黒髪、吸い込まれそうな闇色の瞳。
 桂花は誰かと寝た事などない。いつも一人で夜を過ごしてきた。別に必要ない事であったのだから当然。
 これは罠だ、自分を籠絡しようとしているのだ、先程も女同士で絡もうとしていたではないか……言い聞かせても、うるうると懇願してくる小動物の視線に弾む心は抑えられない。
 友達、というモノがどういった関係なのかは……桂花は知識として知っているだけ。
 その弁舌の達者さから、口の悪さから、高圧的な態度から、彼女と友達になってくれるモノなど、誰一人として居なかった。
 先程の言い合いを思い出せば、腹は立っていたが普段なら取り合おうともしない自分が居たはずだと思い出して、桂花はまた、悔しげに眉を寄せた。
 誰かと言い争えるのは充足感がある。人をやり込めるのは優越感がある。この子と高め合いながら勝てるなら、より大きな快感が得られる。
 欲しい、と思った。利用し合う関係であろうと隣に並んでくれる人が、桂花はただ欲しくなった。彼女の事は実力的に見ても認めているのだから、友達、という関係は吝かでは無かった。

「……桂花よ。か、勘違いしないで。私は寂しくなんて無いんだから! ゆ、ゆ……夕、が頼んでくるから、仕方なく一緒に寝てあげるだけよ!」

 彼女の真名を呼ぶ。気恥ずかしかったが、どこかそれは、心地いい暖かさを心に灯した。
 初めてである。親以外に真名を呼ばれた事の無い彼女が、他人に真名を呼ぶことを許したのは。

「ん、ありがと。桂花は可愛いね」
「ふん……バカ。どうせそうやって私を籠絡するつもりなんでしょ」
「ふふ、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。桂花も軍師志望なら、自分で考えて出した答えを信じるべき」
「……見てなさいよ。絶対に私の方が上だって、思い知らせてやるんだから」

 ぎゅうと抱きつかれた事よりも、真名を呼んで貰えた事が、何よりも心に温かさを増やした。

 口では言い返しながら、これほどに気持ちいいモノなのかと、桂花は初めての友人を得た事で喜びを感じていた。




 †




「――――って感じの出会いだったわ。あの子達とは」
「……」

 思い出話を聞いて思考に潜る雛里の瞳は冷たい。何かを読み解こうとしているのは明らか。自分でもその時の事を思い出して良かったと今なら感じる。
 彼女があの時、どうして自分を取り込もうとしなかったのかが、やっと理解出来た。

「田豊さんは――――」
「待って。私に言わせて。あの子がどうして私を袁家に引き入れようとしなかったか、でしょ? 権力をもってすれば私を守る事も容易く、且授に引き合わせればよりうまく事が運べたはずだもの」

 途中で言葉を区切ると、雛里は私にコクリと頷いた。
 彼女は私の話を聞いただけで夕の考えが分かったのだ。それはまさしく異なこと。でも、この状態になったからこそ読み取れる。
 一番恐ろしいのは……夕だ。心に湧いた恐怖は抑えられない。あの子は最初の言葉の通りに、私を最大限に利用していた。
 慄きそうになる唇をどうにか正常に保った。

「最初っからあの子は袁家を潰すつもりでいたみたいね。私は華琳様との懸け橋で、袁家崩壊後の居場所の確保要因。外部に“よりよい環境を整えさせる”為に私は利用されてた。袁家が滅べば且授も自由になれるから、その為だけにあの子は内部に居続けた。且授を華琳様に仕えさせる状況を作ってたのね」

 主に忠も誓わず、他者を利用し尽して大切な人のみを救いたい。例えそれが、押し付けであろうとも。きっとあの子は且授を逃がす為に自分を犠牲にしただろう。明が内心で、自分をも救い出そうとしている事を知っていながら。相変わらずあの二人は噛み合っているようで噛み合っていない。
 傍から見れば私は掌の上で踊っていた道化に過ぎない。
 でも……あの子はきっと、時を重ねる内に私の事を考えるようになった。だから“あの時”……助けを求めずに逃がしてくれたのだから。

「でもそれならどうして……田豊さんは袁家の再興を望んでいるのでしょうか? もっと裏打ちで被害を増やす事も出来るはずです。わざわざ新兵器まで用いて徐州の侵略に急いたのかも納得し兼ねます」

 且授が病床にいる以上動けないとしても、袁家を強大にする理由にはならない。
 確かあの時、風はなんと言っていたか。黒麒麟が怖いのではないか、とそう言っていたはず。殺したかったのか? でも、それなら夕はもっと非情な手段を用いるはず。徐州の城で雛里と徐晃の策を回避する為に街を犠牲にしなかった理由も分からない。
 ああ、そうだ。分かった。違う。

「……そっか、夕は……黒麒麟に感化されたんだ。自分の主を変えたいと願った。正しく彼女は、主の為の王佐になったのよ」

 彼女の欲張りの質が変わった。その中に、自分も入ったのだ。
 言いようも無い安堵が心に来る。夕は漸く、自分を世界に居れた。自分から幸せになろうとしている。
 結果が私との確かな敵対とは、なんとも哀しい。でも……これで説得がしやすくなった。
 目の前では雛里がぶすっとむくれていた。

「どうしたの?」
「……なんでもありません」

 そんな不足な顔をしてなんでも無いという事は無いでしょうに。

「……いつでもあの人は……人誑しでしゅ」

 呟いた言葉は聞こえなかったけど、可愛らしい嫉妬の炎が瞳に燃えていた。
 夕を変えたのが黒麒麟、というのが心に苛立ちを生む。またあいつか、と思った。

――華琳様にしろ、夕にしろ、雛里にしろ……どこまでも私の周りにするすると干渉してくるなんて……次に会った時は思い知らせてやるんだからっ

 内心で呟くと、涼やかな風が頬を撫でたのを感じた。
 日輪が傾いていた。美しい橙の光が、もうすぐ訪れるだろう。

「そろそろ戻るわよ。今回の事で過去の事をちゃんと話しておいた方がいいって分かった。だから、明日から休憩の時にその話をしましょう」
「え……? 夜にすれば――――」
「ダメ。人は誰しも夜分は感情が表に出やすいから夜に過去の話はしたくない。あなたが判断してくれるとしても、“私が”夕の事をしっかりと読み解きたいのよ」

 言うと、雛里は納得したようでコクリと頷いた。

「さ、行きましょうか」
「はい」

 手を繋ぐ。暖かさが心地いい。こうして誰かと繋がるのは、嫌いじゃない。
 敵には敵の想いがある。戦とは理不尽の押し付け合いだ。
 でも、私達が勝ち抜いて、それが終わって……いつか従えた敵ともこうやって手を繋げるようになるのが……華琳様と私達の目指すモノ。
 だからあなたも、私がこの口で説き伏せてみせるわ、夕。

 奪おうとしてるんだから、奪われる事も覚悟の上よね? 言い訳は聞かないわ。綺麗事なんかも許さない。巻き込んで全てを手に入れろって、そう言ってくれたのはあなたでしょう?

 奪い奪われの乱世。
 理由も想いの願いも祈りも……全てを読み解き、尚、進もう。
 それが私達軍師だ。
 世界を変えたい主の願いを叶える為に、生きる全てを賭けて、理不尽を行使しよう。

 私は覇王の王佐。華琳様の想いを叶えるに足る正統軍師。

 夕……自分達が不都合になる事態を読み取れない、なんて、首に乗っているのが出来の悪い帽子掛けのような甘ったれた軍師なわけ無いわよね。袁を掌握出来るあなたが、そんな無様なわけが無い。

 危機を予測し、気付かせ、回避し、献策する……それが出来ないなんて軍師足り得ない。でもね、一人で全てを操るには限界がある。

 跳ね返してみせてよ。そうしたら……大切になったもう一人の友達と一緒に……あなたを心の底から敗北させてあげるから。

 あなたは一人で主の為に、私は私達で主の為に。

 大人しく、私の隣に、手を繋ぎに来なさい……夕。

 そして明……絶対に夕の側を離れるんじゃないわよ。 
 

 
後書き
読んで頂きありがとうございます。

結局雛里ちゃん出ました。
桂花ちゃんの回想の後のあれこれにしようかと思いましたがこの方がしっくり来たので。
オリキャラ二人と桂花ちゃんの出会いはこんな感じです。
官渡では桂花ちゃんと夕明コンビ、華琳様と麗羽さんの関係がミソになってきます。



ではまた 
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