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屠殺場

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第五章

「君達がその話を聞いたなら」
「まさかと思いますが」
「そこまでのことが」
「行われている様だ、だからだ」
 それで、というのだ。
「出来る限り彼等を救おう」
「しかし外相」
 ここで外交官の一人が松岡に問うた。
「若しもですが」
「あちらからだな」
「ユダヤ人達を引き渡せと言ったならば」
「突っぱねることだ」
 即座にだ、松岡は答えた。
「その時はな」
「相手がドイツであっても」
「騒然だ」
 それは、というのだ。
「それはな」
「そうですか」
「そうだ、君達は自分を頼って来た者を殺し屋に引き渡すか」
 真剣な目でだ、松岡は外交官達に問うた。問うた外交官だけでなく。
「そのことは」
「いえ、それは」
「到底」
「しかもその殺し屋は猟奇だ」
 相手を惨たらしく殺すことも言うのだった。
「血に餓えた野獣にな」
「それは到底」
「出来ません」
「そこまで私は無情でないつもりです」
「私もです」
「そうだな、だからだ」
 それで、というのだ。
「私もだ」
「若し彼等がユダヤ人達を引き渡せと言って来ても」
「ヒトラー総統がそう言って来たとしても」
「我が国は我が国だ」
 こうも言う松岡だった。
「八紘一宇の政策を出して跳ね返すのだ、私がそうしよう」
「ではビザも発行し」
「ユダヤ人達を救いますか」
「まさかそこまでとは思わなかった」
 苦い顔でだ、松岡はこうも呟いた。
「恐ろしい話だ」
「あの外相、そこまでなのですか」
「詳細を聞きたいか、なら話すが」
 松岡は部下達にこうも言った。
「リトアニアのこともルーマニアのこともな」
「それは」
「聞きたいなら話す、しかしだ」
「覚悟はですか」
「してから聞くことだ。君にその覚悟はあるか」
 松岡のその口調と表情にただならぬものを感じてだ、外交官達はというと。
 一旦沈黙してそれからだ、こう彼に答えた。
「止めておきます」
「どうやら恐ろしい話の様なので」
「ですからこのことは」
「聞かないでおきます」
「その方がいい、我々は知らなくてはならないことが多いが」
 外交官としてだ、外交は情報が命だからだ。
 しかしだ、ことと次第によってはというのだ。
「知らなくてよかった話も多い、ましてやそれが知らなくてはならない話でもなければだ」
「詳細はですか」
「知らない方がいいのですね」
「そういうことだ、恐ろしい話だからな」
 あまりにも、というのだ。
「ではいいな」
「はい、それでは」
「我々はユダヤ人救出に専念します」
「彼等を屠殺場から救いましょう」
「何としても」
 東欧のその地獄からというのだ、こうしてだった。 
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