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屠殺場

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第四章

「その彼等より遥かにです」
「ユダヤ人を襲い」
「そうしてです」
 虐殺、それを行っているというのだ。
「ユダヤ人達を襲いそして次々に撲殺し手足を切り離し」
「それは本当ですか!?」 
 杉原もだ、外交官の話を聞いて驚いて自分の席から立ち上がりだ。
 そのうえでだ、蒼白になった顔で彼に問うたのだった。
「彼等はそこまで残虐なことをしているのですか」
「はい、街は血が池となっています」
「ドイツ軍が来れば迫害が行われると思っていましたが」
「彼等以上にです」
「残虐なことをしているのですか」
「私は見ていませんが」
 それでもというのだ。
「その首を蹴り合って楽しんでもいる様です」
「血に酔っていますね」
「明らかに」
「そうですか、それでは」
 ここで杉原は領事館の外を見た、そこにはそのユダヤ人達が集まってだ。必死に助けてくれと訴えていた。
 その彼等を見てだ、杉原は決断した。
「まずは外務省に電報を打ち」
「すぐにですね」
「ことの詳細を知らせ」
 そのユダヤ人虐殺の有様をだ。
「そしてです」
「許可を得てもらい」
「そのうえで」
「ビザを書きます、その用意をしましょう」
「わかりました、それでは」
 杉原と外交官はすぐに外務省に電報を送った、その虐殺の有様も伝えた。その電報を聞いてだった。
 当時陸軍中将だった樋口季一郎がだ、こう部下に言った。
「若し杉原君がビザを書いたならな」
「それからですね」
「ユダヤ人達を迎え入れよう」
「そうして彼等を救うのですね」
「今の東欧は屠殺場になっている様だ」
 彼もまたこの単語を出した。
「屠殺場に彼等を置いてはいけない」
「だからこそ、ですか」
「我々はユダヤ人を保護する」
 こうまで言うのだった。
「断じてな、リトアニアの暴徒達にもドイツ軍にもだ」
「渡しませんね」
「あれこれ理由をつけてでも引き渡すな」
 決して、というのだ。
「それでも言ってくれば私が出る」
「それでは」
 受け入れ準備は陸軍もした、そして当の外務省でもだ。
 外相である松岡洋右がだ、杉原からの話を聞いて言った。
「答えは出ているのだな」
「では」
「杉原君のビザの発行は当然のことだ」
 それをよしとしたのだ。
「いいな、私が認める」
「そうされますか」
「東欧のことは聞いている、各国のことはな」
 外相としてだ、当然ルーマニアのことも。
「このことは看過出来ない」
「ではリトアニアの彼等を」
「迎え入れるべきだ、首相にもお話する」
「それでは」
 こうしてだった、松岡もよしとした。しかも。
 彼もだ、外務省の者達に言ったのだった。
「君達は牛や豚の様に殺されたいか」
「牛や豚の様にですか」
「家畜の様に」
「そうだ、屠殺場でな」
 彼はルーマニアの話を聞いてこう言ったのである。
「殺されたいか」
「まさか、その様な非道が」
「東欧では行われているのですか」
「ことの詳細はあまりにも酷い」
 だから松岡も言わなかった、言えなかったと言っていい。 
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