機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第三章 メズーン・メックス
第二節 決意 第二話 (通算第47話)
レドリックの執務室はティターンズ専用のものとしては最も小さな部屋であった。バスクはレドリックに特別室を宛がうつもりだったが、彼は辞退した。レドリックは事前に知り得た情報から、連邦宇宙軍に潜在するティターンズへの反感を少しでも排除したいと考えていたからだ。
赴任先が〈コンペイトウ〉や〈ルナツー〉両鎮守府のどちらかならば懸念はないが、ここはサイド7――いやノア自治区である。スペースノイド中心の元コロニー駐留軍と一○○○万人のスペースノイドが生活している。ティターンズがいままでのやり方をしていていい訳がない。過去は変えられずとも未来は変えられると信じていた。
「メズーン・メゾット入ります!」
インターホンが鳴り、メズーンの声がした。副官に通すように伝え、別室に下がるように指示する。
メズーンが如何に友人であっても、軍の中では少佐と中尉である。公私混同は慎まなければならない。
「楽にしてくれ、メズーン。掛けないか?」
メズーンがいいのか?という顔をする。いきなり砕けた口調だったからだろう。レドリックは頷いて、テーブルにコーヒーを出した。
「急ぎ直接知らせなきゃならないことがあってな…」
レドリックの表情は険しい。いつにない歯切れの悪さだった。
「どうした?お前らしくもない…」
じっとレドリックの眼を覗き込む。戸惑い、焦り、迷い――凡そレドリックらしくない感情が綯い交ぜになった混沌が滲んでいる。
「……ファ・ユイリィに反政府活動の嫌疑が掛かった」
「何ぃ?!」
メズーンは机に思いきり拳を叩きつけた。力に抗いかねた机の足が歪み、二つのコーヒーカップが絨毯に白い破片と焦げ茶色の花を咲かせた。
ユイリィをメズーンは良く知っている。ユイリィはメズーンを知らないかもしれないが、学年は違ってもジュニアスクール、ハイスクールと同じである。オリエントな顔立ちで、何かと有名であり、隠れファンも多かった。メズーンも学生時代、淡い恋心を抱いた時期があった。
「落ち着け、嫌疑だけだ」
レドリックがメズーンの肩を掴んで耳打ちする。二度肩を軽く叩き、メズーンをソファーに座らせた。メズーンは先を促す様に、じっとレドリックを見ている。
「先日、図書館でファ・ユイリィが書いたレポートに問題があると判定されたんだ」
レドリックが任務で〈グリーンノア〉を離れる前のことである。反政府思想のおそれありと、ワイヤード上にばら蒔かれたチェックプログラムがユイリィのレポートを拾ったのだ。検閲官でもあったレドリックはこれを無害と認定し、ユイリィに警告を匿名で送っておいた。だが、レドリックが任務から戻るとユイリィの名が嫌疑者リストに挙がっていた。慌てたレドリックは嫌疑者リストからユイリィを削除しようとしたが、既に上官の承認が下りてしまっており、どうにもならなかった。
「で?俺は何をすればいい?」
メズーンは察しが早かった。レドリックが自分に話す前に何かしらの手を打っていない筈がないと信じているのだ。だが、レドリックはメズーンを巻き込んでいいのか、まだ迷っていた。
「策はある。だが、そうすれば今度はお前が追われる身になる。家族の安全も保証できない」
「……エゥーゴか」
「気づいていたのか……」
「薄々な。勘づいているのは俺ぐらいさ。お前の上官なんぞ、連邦軍の取り込みが楽になるぐらいに思ってるよ」
レドリックはスパイではない。歴としたティターンズのライトスタッフである。だが、ティターンズを内部から変革するには時間が掛かる上に、バスクの暴走に対してジャミトフの手綱が弛い――というよりも黙認している風である。となれば、外の力を使うしかなかった。エゥーゴとの接触を思案している時、恩師であるスタンレー教授に再会した――正確には、スタンレーがレドリックと再会できるように仕組んだ。スタンレーは融和主義者であり、エレズムの一派であるがエゥーゴと無縁であるとレドリックは考えていた。しかし、スタンレーは、サイド7の反地球連邦政府グループの幹部であり、エゥーゴの協力者であった。
「エゥーゴにガンダムを強奪させたい」
「正気かっ?!」
己の大声で我に返ったメズーンは小さい声で聞き直した。
「そんなことが可能なのか?」
「綿密な計画ではないから、失敗の可能性もある。計画を話せば、親友といえども後戻りさせる訳にはいかなくなる」
親しげな眼差しが冷徹な軍人のものに変わっていた。メズーンにもレドリックにも、悛巡がない訳ではない。メズーンは両親には申し訳ないが、ここで引き下がって、ユイリィを見殺しにすれば、自分で自分を赦せなくなり、上を向いて生きていくことができなくなるのではないか――そう感じた。レドリックは友を無駄死にさせるかも知れないことに躊躇いがある。
「騒ぎを起こす間にファを助けられるか?」
「運良くブライト中佐のシャトルが繋留されたままだ。彼処へ避難させる予定だ。お前の家族は俺が迎えにいく」
メズーンは頭を振った。両親は恐らくサイド7を離れたがらないからだ。この作戦は分秒を争う事態になりかねない。で、あればできるだけシンプルに動いた方がいい。
「エゥーゴが動けば、バスクは追撃を掛けるな?」
「虎の子の《ガンダム》を奪われて放置するなら、奴に未来はないさ」
抜け目ないバスクならば、これを口実にエゥーゴ派の弾圧を始めるだろう。それこそがレドリックの狙いだ。
「メズーン、お前には《ガンダム》を動かしてもらいたい」
レドリックはメズーンの覚悟を見定めるかのように、真剣な眼差しを向けた。
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