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Ball Driver

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第四十三話 主役になる時

第四十三話



「ねぇ!どうしても……過去の記憶が大事なの?」

ドレスのような派手な衣装に身を包み、すっかり劇に入り込んだ様子で自分を見てくる紗理奈。そのセリフの端々が聞こえないくらいに、権城は緊張していた。これは今だけではなく、劇が始まってからずっとである。自分には似合いもしない西洋風の衣装に身を包み、本来自分が操作しているはずだった照明に照らされ(ちなみに凄く暑い)、冷や汗に顔を光らせて権城は演技していた。もはや、自分が何を言ってるのかもよく分からない。

いよいよクライマックス。
紗理奈の手を取り、自分側に引き寄せる。
手汗で少し滑った。自分自身に若干引いた。

紗理奈の背中を抱え、覆いかぶさる。
紗理奈は背中をぐっと逸らす。
目の前に紗理奈の端正な顔が迫る。
その唇に権城は口付けた。

(……ん……目を閉じた部長の顔エロいな)

その瞬間、観客席の方からどっと歓声が湧いて、権城はビビった。



ーーーーーーーーーーーーーーー


(もうやらねー。もう二度とやらねーからな。)

公演終了後も、くそ暑い衣装のままで記念撮影に引っ張り回され、くたくたの状態で権城はロッカールームに帰ってきた。
せっかくの衣装を汗を吸いまくって、すっかり臭くなっている。

「お帰り、権城くん」

紗理奈は権城より一足先にロッカーに戻って来ていた。この公演で演劇部も引退。もう、キャプテンでも部長でも無くなる。

「……マジ疲れましたよ〜。紗理奈さんの気まぐれのせいで〜。」

権城が主役を演じる事に決まったのは、公演の直前だった。毎回、公演の度にいくつかの役を練習し、直前に演技の出来栄えを見て紗理奈が役を決めるというシステムでやってきたのだが、主役候補の中で最も演技がゴミな権城が、何故か今回主役を演じる事に決められてしまった。おかげで、権城は適当に覚えていたセリフや動作を全て洗い直し、自分がやる予定だった照明や音響の操作を代わりの奴に教えるなどの労力を強いられたのであった。くたくたなのもそのせいだ。初体験の舞台に緊張したのもあるが、全然昨晩は寝ていない。

「ははは、そりゃ悪い事をしたな」
「ホントっすよ。何でわざわざ俺なんすか」
「君は入部以来一度も舞台に立っていなかったからねぇ。やはり演じてみないと演劇の良さは分からないよ。その、演劇の楽しさをね、私がまだ居るうちに君に知っておいて欲しかった。」

紗理奈の表情は実に晴れやかだった。
最後の公演、完璧に終わりたいだろうに、そこをあえて権城を主役にしたこの思いやり。ありがたいのかもな、と権城は思った。

「で、感想はどう?」
「えっ……緊張して全然覚えてないっすけど……紗理奈さんのキス顔だけはやたら可愛かったっす」

紗理奈はズッこけた。
そして苦笑した。

「もっとこう……あるだろう……ワクワクしたとかさぁ……よりにもよって私の顔かぁ……」
「仕方がないですよ、実際可愛かったんですから」
「…………ばか」

紗理奈はそっぽを向いたが、その顔には照れたような笑顔があった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「文化祭も終わっちゃいましたし、次はいよいよ秋の大会ですねぇ……」
「そうだなぁ。……今年の文化祭はマジで劇しかやってないけど」

文化祭終了後、校庭で行われるキャンプファイヤーを囲んでの後夜祭にジャガーと権城は来ていた。公演終了後、権城は疲れがどっと吹き出して、後夜祭までずっと部室で寝ていた。ジャガーに起こされて、眠い目を擦りながらやってきたのがこの後夜祭。カップルは火を囲んでダンスなどしていたりするが、権城にそんな体力はなく、ベンチに腰掛けて打ち上がる花火を2人して眺めていた。

「権城さん、思ったより出来てましたよ。まぁ、野球では自信たっぷりなのに、劇ではあんなに初々しいだなんて……クスクス」
「……それ、褒めてねぇだろ」
「褒めてますよ〜。とても可愛かったですからね〜。紗理奈部長に翻弄されてましたし、ウフフ」

ジャガーは楽しそうに笑う。いつも穏やかで大人びているが、この時ばかりは少し無邪気だった。

「……秋の大会かぁ。最近ちょっと文化祭で身が入らなかったから、どうなるだろ」
「しっかり頼みますよ〜キャプテン。甲子園に行くんでしょう?」
「……ま、既にシナリオはあるよ。南十字学園が主役の物語が。」

権城が不敵に笑う。ジャガーはその顔を頼もしく思った。

「あ、権城先輩にジャガー先輩!」
「先輩方も来ていらしたのですか」
「最近ずっと一緒ですよね!良いカップルです!」

拓人、姿、和子が手を振りながらやってくる。権城はいたずらっぽく和子の言葉を否定する。

「何がカップルだよ!……恋女房に決まってるだろう!」
「キャッチャーだけに、ですね」

ジャガーはクスクスと笑った。





 
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