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クピドの贈り物

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2部分:第二章


第二章

「それで貴方の名前は?」
「クピドっていうんだ」
 彼は名乗った。
「クピドっていうの?」
「うん。ええと」
 まさか本当に神様と言うわけにはいかない。ここは少し嘘をつくことにした。
「羊飼いをやってるんだ」
「羊飼いなの」
「うん、ここの羊はどれもいい羊ばかりだね」
 牧場にいる羊達を見回して言った。見れば羊達はのどかに草を食べたり寝たりしている。穏やかで平和な様子であった。
「そうでしょ。お父さんもお母さんも頑張ってるから」
 プシュケーはにこりと笑って答えてきた。
「だからね」
「いいことだと思うよ。それにしてもこのひなげしは」
「気に入ったのかしら」
「うん」
 にこりと笑ってプシュケーに答えた。
「奇麗で可愛くて。何か見ているだけでね」
「じゃあずっと見ていましょうよ」
 プシュケーはこう声をかけてきた。
「どうかしら、それで」
「うん、君がいいっていうんなら」
 クピドもにこりと笑って返した。二人はそのまま牧場で毎日会ってひなげしを見ていた。クピドにとってひなげしはプシュケーと同じくいつも見てみたいものであった。
 クピドは本当にプシュケーが好きになってきていた。いつも側にいたいと心から思いはじめていた。そんな彼女と話をしてひなげしを見るのがたまらなくなっていたのだった。
「満足しているようね」
「はい」
 地上に降りて様子を窺いに来たアフロディーテーに答える。その顔は実に晴れ渡ったものであった。
「これが恋ですよね」
「そうよ」
 アフロディーテーは彼の言葉ににこりと笑って答えた。その笑みは実に気品があると共に艶やかなものだった。美の女神というだけはあった。
「これが恋なの。見つけたみたいね」
「はい。何かずっといたいです」
「ずっとなのね」
 アフロディーテーはその言葉に微妙な顔を見せてきた。それは何か言わなければならないことを隠そうかどうか迷っている顔であった。
「はい、ずっと」
「その娘はニンフなのかしら人間なのかしら」
「人間ですけれど」
 クピドはこう答えた。
「それが何か」
「そう。それでその娘を本当に好きなのよね」
「はい」
 母の問いにこくりと頷いて答えた。彼は気付いてはいなかった。
 母の言葉の意味も自分が何かも。それを言われ打ちひしがれることもだ。
「けれど。最後までは一緒になれないわよ」
「一緒にって。どういうことなのですか?」
「貴方は神、そして彼女は人間ね」
「はい」
 それはわかる。だがその意味はわかってはいなかった。それを言われたのだ。
「神は永遠に生きる存在。けれど人は」
「じゃあこの世ではプシュケーとはずっと一緒にはいられないんですか!?」
「ええ」
 アフロディーテーはクピドに対して頷いた。
「そうよ」
「そんな、僕はプシュケーとずっと一緒にいたい」
 その気持ちは本当だ。変わることがない。
ずっと。それなのに」
「残念だけれどそれはできないの」
 アフロディーテーは悲しい顔で首を横に振った。
「交わって子供を作ることはできても」
「そんな・・・・・・」
「永遠に一緒にいることはできないの。それが人間としての運命なの」
「人間のですか」
 アフロディーテーは今まで多くの人間と交わってきた。それにより子ももうけている。しかしそれでも人間の命は限りがあることを知っていたのだ。それを知るまでに多くの悲しみも経ている。わかっているからこそのクピドへの言葉だったのだ。
「だから。覚悟はしてね」
「僕はプシュケーと永遠にいられない」
 クピドはその言葉を呟く。呟くがどうにもならない。
「けれどどうしたら」
「それでも愛することはできるわ」
 アフロディーテーは述べてきた。
「それもわかって」
「愛することは」
 このことも教えられた。しかし受け入れるのには多くの葛藤があった。暫くの間どうにもやりきれない気持ちで沈んでいた。何をすればいいのかわからなかった。
 プシュケーと一緒にいる時もそれは同じだった。沈んで一緒にいても俯いてばかりだった。プシュケーが話し掛けてもそれは変わることがなかった。
「どうしたの?」
「うん」
 ぼんやりとした様子でプシュケーに応える。
「ちょっとね」
「ちょっと?」
「いや、あのね」
 その暗い気持ちでプシュケーに顔を向ける。
「僕とずっと一緒にいたいよね」
「ええ」
 プシュケーは何も疑うことなく彼の言葉に答えた。
「そうだけれど」
「うん、僕もそれは同じ」
 クピドは俯いたままプシュケーに言葉に返した。
「けれど」
「私が死ぬまでね」
 だがプシュケーはここでこう言ってきた。
「どちらかがいなくなってもね。その時まで一緒にいたいの」
「一緒に!?」
「そうなの。そしてそれからも心の中でね。一緒に」
 プシュケーの考えはこうであった。生きている限り一緒でそれからもお互いの心の中で一緒にいたいと。そう考えているのだと。それが今クピドにもわかった。
「何時までもね」
「何時までも」
 その言葉を聞いて顔を少し上げた。
「そう、心は何時までも一緒よ」
 また言うのだった。その時ふと太陽の光が目に入った。
 太陽はアポロンのものだ。だが全てを輝かすものである。今彼はそれが目に入ったのであった。まるでそれが運命であるかのように。
「いいわよね、それで」
「う、うん」
 少し戸惑いながら答える。悪息はしなかった。
「それでね」
「よかった。それじゃあ約束して」
 プシュケーはにこりと笑って彼に声をかけてきた。
「いいわよね」
「うん、それでいいよ」
 クピドもにこりと笑って言葉を返す。こうして二人は約束したのだった。何時までも一緒でいようと。この時クピドは言おうと決めた。こうした約束をしたのならもう隠すものがあってはならない、こう思ったのだ。
 
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