少年少女の戦極時代Ⅱ
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禁断の果実編
第90話 Complex
「斬月」となった光実は容赦なく、生身の紘汰にソニックアローで斬りつけてくる。
命が懸かっている。それでも紘汰は変身できず、ただ攻撃を避けるしかできなかった。
(ミッチ、ずっと俺のこと、こんなに憎んで、恨んでたのか?)
何撃目かのソニックアローの一撃で、紘汰は地面に転がった。
「斬月」がソニックアローを番える。さすがにそんなものを食らえば、死ぬ。
ついに紘汰の手はオレンジの錠前に伸び――
「やめろ! 光実!」
紘汰の前に飛び出し、両者の壁となったのは、呉島貴虎だった。
『兄さん…!? 戻って来てたのか…』
「斬月」が弓を下ろした。
ふと倒れた紘汰の背に添えられた小さな手。ふり返る。ヘキサがいた。
「貴虎……何がどうなってるんだ! 『兄さん』って、あんた、光実と……!」
「光実、なぜ葛葉を襲ったりする。それも俺のアームズで。お前はそんなことする男じゃなか」
『うるさい!!』
光実は肩が上下するほど息を荒げながら、変身を解いた。
「僕が何でこうなったかって? じゃあ他にどうすりゃよかったんだよ。大切なものを守るために、僕が一人で戦うハメになったのは、兄さん、あんたがいなくなったからだろ!」
光実は貴虎に詰め寄る。その表情はまぎれもない憤怒。積年の恨みをぶつける者の、それ。
「もうユグドラシルなんてないんだ。あんたは役立たずになった。だったら碧沙連れて大人しく引っ込んでろよ。今でもまだ戦ってる僕の邪魔するなよッ!!」
紘汰も、貴虎も、どう答えていいか分からなかった。あの、温厚で優しい光実に、これほど暗く熱い面があったなど。
「葛葉ッ!」
思案を断ち切ったのは戒斗の声。そして、その戒斗は翠のオーバーロード、レデュエと戦っていた。
といっても、生身では一方的にやられるだけで、戒斗はすぐ地面に転がされた。紘汰は慌てて倒れた戒斗に駆け寄った。
「レデュエ!! 何をしに来た」
『君にはまだ利用価値がある。こんなところで壊れてもらっちゃ困るんだよ』
レデュエは大きくジャンプし、翠の霧を紘汰たちにまき散らした。
霧が晴れたそこには、レデュエも、光実の姿もなかった。
「これでもう分かっただろ!!」
戒斗が傷を押さえながら叫んだ。
「あいつはもう、オーバーロードの仲間だ!! ――俺たちの敵だ」
「光実、なぜ……」
呆然とする紘汰にも貴虎にも、誰も応えうる者はいなかった。
ユグドラシル・タワーに戻った光実は、オフィスで一人になってようやく気を抜いた。
夜景を見下ろしながら(といっても人のいなくなった沢芽市からネオンの輝きは消えたが)、思案にふける。
(よかった。これで何とかバレずにすんだ。いくらか演出過剰だった気もするけど、レデュエ相手ならあのくらいはしないと。碧沙にはバレてそうだけど、兄さんは。きっと傷ついたろうな。僕は優等生でイイコの弟だって信じきってただろうから)
――“信じていた者に裏切られる驚きの顔。本当に滑稽でね”――
昼間のレデュエの言葉が不意に蘇った。
光実は髪を振り乱す勢いで頭を振った。
(ちがう。滑稽なんかじゃ、面白くなんかなかった。確かに僕を押さえつけてた兄さんだったけど、あれで気持ち良かったなんて、そんなの)
――“もっと痛快なのは、オモチャが壊れる瞬間だ”――
(確かに兄さんを鬱陶しいと思った時だってあったけど、壊れろなんて、死んじゃえなんて、そんなこと考えてなんかない!)
いつかの出会いを思い返す。――ジロー。機械でも人間の心を持っていた彼。彼は自分の良心が不完全だからこそ、善き者で在ろうとしていた。
機械でさえそんなふうに生きられるのだ。生身の人間の自分が誘惑に屈してどうする。
(負けるな。僕は僕の戦いをするために、“こっち側”にいるんだから。全部達成するまで、自分に負けるな。呉島光実)
光実は自分で自分を抱き締めた。この腕が兄か妹のものであればいいのに、という甘えに、蓋をして。
後書き
はい、やっぱりレデュエを信用させるための演技でしたー。
紘汰を傷つける自分になりたくなくて自決しようとしたように、貴虎を傷つける自分になりたくない。その想いは確かに我が家版光実の中にあるんです。
貴虎への鬱陶しさも反抗期もあるでしょう。根本的に貴虎の教育の仕方がよくなかった部分もあるでしょう。
それでも、光実にとって、貴虎は「兄」で「家族」なのです。
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