愛は勝つ
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第六章
第六章
「一番厳しいのはね。これお父さんが決めたのだけれど」
「うん」
「私と付き合う人はお父さんに勝負して勝った人しか駄目なのよ。これ何時の間にか決まったことだったんだけれどね」
この話は本当だった。噂ではなかった。尚志はそのことをあらためて知ったのであった。
「本当だったんだ」
「そう、本当だったの。噂になっていたのは知っていたわ」
「まさかね」
若菜の言葉に驚きを隠せない。呆然としている。彼女はそんな尚志に対してさらに言葉を続けるのだった。
「あまり言わなかったけれどね。しかも」
「しかも」
「一度付き合ったからには。何があっても別れたら駄目だっていうし」
「それって彼氏にも言うの?」
「そうみたい。私は付き合ったことはないけれど」
「うわ・・・・・・」
言葉も出ない。かなりとんでもない話だった。まるで明治時代にタイムスリップしたような感じを受けてしまった。それが顔にそのまま出ていた。
「大変だね、矢吹さんも」
「お父さんに勝てる人ってそうはいないだろうし」
苦笑いと共にまた述べる。
「このままだと」
「まあさ。そのうちね」
尚志はそんな彼女を慰めるようにして言葉をかける。
「何とかなるかも」
「だといいけれど」
不安を隠せない顔になっていた。本当にこれからのことに困っているようだった。
「お父さんをどうすればいいのかしら」
「それが問題なんだね」
「そういうわけで彼氏募集中なの」
あらためて述べる。
「お父さんに勝てる人をね。何か格闘家でも無理かも知れないけれど」
「まあまあ」
答えも希望も出そうにない言葉だった。その言葉のやり取りの中で尚志も若菜もどうしたらいいかわからなくなってきていた。二人はそうして少しずつ話をしていた。しかしその中で付き合いは少しずつ深くなっていく。それは周囲も二人も予想しない程だった。
「なあ」
真が教室で尚志に声をかけてきた。尚志は彼に顔を向けて応える。
「何?」
「ちょっと場所変えようぜ。ここじゃあれだ」
「何かあるの?」
「あるから変えようって言うんじゃないか」
真は苦笑いを浮かべてこう返した。
「だからだよ。いいか?」
「それじゃあ」
「校舎裏でもな」
そう言って尚志を校舎裏に案内した。そこは人気もなく寂しいところだった。真は彼をそこに案内するとあらためて話をはじめたのであった。
「別に喧嘩とかそんなんじゃねえよ」
まずはこうこう前置きしてきた。
「ただな。ちょっと気になってな」
「何が?」
「矢吹さんのことだよ」
真は彼に顔を向けたうえで若菜のことについて述べてきた。
「御前最近あの人と結構一緒にいること多いよな」
「ああ、図書室でだよね」
何のことか尚志もわかった。それで頷くことができた。
「そうだよ。それ噂になってるぞ」
「噂?」
「そうだよ。御前と彼女ができてるんじゃないかなってな。どうなんだ、そこは」
「別に何も」
尚志は戸惑いを覚えながら彼に答えてきた。
「ないけれど」
「そうなのか?」
「うん」
尚志はまた答えた。彼にとっては寝耳に水の言葉だった。顔も今はじめてとんでもないことを聞いた、そう語っていた。
「本当に何もないよ」
「わかった」
真はそれを聞いてまずは安心したように頷いた。
「ならいい。問題はないな」
「うん。ただね」
「ただ?」
「一緒にいたいって思うね」
尚志の言葉は何気ないものだったがそれでも真にとってはそれで充分気付くことであった。彼はその話を聞いて眉を顰めさせてきた。
「おい、まさかそれって」
「それって?」
「わからないのか。御前やっぱり彼女のことが」
「一緒にいたいっていうのが駄目なの?」
尚志はまだわからない。しかし真はわかっていた。この差はあまりにも大きいがそれすらも尚志にはわからないものであった。
「だって僕達友達だし」
「友達か」
「うん」
何もわからないままこくりと頷く。頷く顔を見てもやはり何もわかってはいない。
「それだけだよ。別にね」
「だったらいい」
彼はそう言い捨てた。
「それでな。ただしな」
そのうえで付け加えてきた。
「友達以上にはなるなよ」
「別にならないよ」
彼の言葉は相変わらずであった。何もわかってないまま答えているしその顔も変わりはしない。
「そんなことは」
「じゃあそうしろ」
真は何もわかっていない彼とは違って真剣な顔で述べてきた。
「いいな、何があっても」
「わかったよ」
何もわからないまままた答える。
「それじゃあ」
「絶対にな」
彼の言葉は尚志に絶対を強いるものだったが尚志はそれもわかってはいなかった。そう、彼は何もわかってはいなかった。何もわからないまま若菜との付き合いを続けていた。これが彼を後戻りさせなくなっていた。
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