つぶやき

joker@k
 
フェアリーテイル~竜の騎士現る~
 この世界に来た切っ掛けは何だったのかはわからない。神のきまぐれか、悪魔のいたずらか。ただ一つ分かっていることはこの世界には魔法というモノが存在しているということだ。魔法、この言葉を聞いて浮かび上がってきた感情は歓喜、そして不安。前者は自分もその魔法が使えるのかもしれないというもの。後者は魔法というものが存在していることによって出てくる危険性。異形な怪物や危険な魔法使いの存在もいるのかもしれないという不安。だが、幸いにも自分には自衛するための力があるということも知っている。いや、知っていた。


――竜の騎士


 それが俺の今の正体だ。ダイの大冒険という漫画に出てくる存在で人間の神・竜の神・魔族の神が生み出した、人の心・竜の力・魔族の魔力を併せ持った究極の戦士という設定だったと思う。そして有難いのが竜の紋章という特殊能力だ。これがあればドラゴニックオーラと呼ばれる竜闘気が使える。これを身にまとうことによって攻防が飛躍的に上昇する。何より今の俺の中で一番有難いのはやはり【闘いの遺伝子】だろう。


 そう、今目の前に、前世界では見たこともないような化け物が威嚇しても頭の中は混乱しているが恐怖で身が竦むなんてことは起きていない。竜の紋章の中に宿っている数千年にわたって代々受け継がれてきた闘いの経験値が俺をそうさせている。平和な日本育ちの俺には最初から難易度が高い相手でも素体のスペックと竜の紋章とこの遺伝子があれば何て事はない相手に成り下がる。


 そして己が手にある剣は神が作りし神剣。竜の騎士の正統なる武器。真魔剛竜剣が握られている。これだけの条件がそろっていれば瞬時に相手を切り殺すことなど造作もない。ないと思う。ないはずだ。ない……よな?いや、実際自分がこういった闘いを人生で一度も経験したことがないんだ。しかも何故か身長が縮んでるし。

「GRAAAAAYYYYYYYYYYY」

「うわっ」

 俺の悩み事なんぞ知ったことではないとばかりに敵は咆哮を上げながら目の前にまで迫ってきていた。凶悪な研ぎ澄まされた野獣の牙で俺を襲う。あまりの迫力に頭の中は真っ白だ。しかしそれとは相反するように体は自然と動いていた。身の丈ほどの真剣を横一文字に振り抜いた。


――己が額に刻まれた竜の紋章を輝かせて


 呆然とした頭を何とか再起動させ、現状を何とか把握しようと試みる。高鳴る鼓動が煩く感じながらも先程までの敵を見ると横真っ二つに胴体が切り裂かれていた。自分の手には何の感触もなかったのに……。切ったという感触すらも残らないほどの切れ味。自分に襲い掛かってきたとはいえ殺してしまったという恐怖と罪悪感。

 しかし同時に俺の体は平然としていた。死体を見て吐きたいぐらい気持ち悪いと思う。だけど己の体は吐くという行為をしようとはしなかった。心と体が違いすぎる。正直怖い。これはどげんかせんといかん!……こんな冗談を言える内はまだ俺の心は大丈夫か。


 空を仰ぎ見れば、雪がしんしんと降ってくる。俺の混乱した頭を冷まし、今までの記憶を整理するにはちょうど良いかもしれない。俺は気がつけば白銀に覆われた森の中にいた。そしていきなり獣との戦闘。頭の中には何故か俺の知らない知識が植えられていた。そして獣を撃退。今に至る。

 やれやれ、もうわけわからないよ。意味不明。理解不能ってわけだ。今は血が飛び散った獣から離れるために闇雲に森の中を歩いている。その場から離れたのは何かの本に血の匂いで別の獣が寄ってくるだとか何とか聞いたことがあるためだ。


 歩き始めて少しすると小さな湖が見えてきた。勿論こんな寒さだ。一面凍りついている。そっと覗いてみると自分の姿が映った。……これが俺?どうやら二十年間共に生きてきた顔とはおさらばのようだ。髪をオールバックに逆立てたまだ幼い顔つきながらも端整な顔立ち。そして今更ながら本当に今更だが、自分の服装に驚いた。鎧だろうか。一見するとコスプレのようにも感じるが、よく見てみると実践で使いそうなきちんとした作りになっているためあまりコスプレには見えない。というよりこの服装と顔の面影からして俺はこいつを、いや自分を見た事がある。



―――竜騎将バラン


 彼が若返れば恐らく今の俺のような顔つきになるだろう。何より服装がバランと同一の物だ……と思う。バランとはダイの大冒険の主人公の父親だ。最後はバーン様に火葬か土葬で迷われたあげく、火葬されたキャラだがカッコイイ男でもあった。俺も好きなキャラだった。

 ふぅ……何かもう疲れたよ。主に俺の軟弱な精神が。どこか落ち着く場所はないだろうか。と言っても、まずはこの森から脱出しどこか街に出ないことには始まらないんだが。

「ねぇ」

 しかしどうするか。都会っ子の俺はこんな大自然の中にある森の抜け方なんか分かるはずもない。本来の俺の身体だったらすでに悲鳴をあげているだろう。

「ねぇってば!」

 かといって森で生活できるほどサバイバル知識は持ち合わせていない。しかもこの雪の中だ。丈夫な身体とはいえ、軟弱な俺の心が先に死ぬ。クリームシチューが食べたい。

「私を無視するなぁぁあああ!」

「うおぉっ!!」

 ビックリした。本気でビックリした。驚きすぎて鼻水が垂れるどころか湖まで飛んでいってしまった。おしっこがチビらなかったのは闘いの遺伝子のおかげだろうか。こんなところまでフォローしてくれるとはさすがだ。俺は驚かせた原因の方を見てみると、まだ俺と同じくらいの年齢であろう五、六歳ぐらいの黒髪の女の子がそこにいた。

「やっと気がついてくれた。せっかく親切で声を掛けてあげたのに」

「お、おう。悪いな。ぼーっとしてた」

「ふーん。こんな所で何してるの?ここら辺は魔物が出て危ないよ?」

「これには谷底より深~い訳があるんだが、一言で済ますとしたら」

「したら?」

「迷子になった」 

「…………」

 あまりの静寂に降り積もる雪の音すら聞えてきた。何だ?これは俺が悪いのか?いいや俺は悪くない。びた一文悪くない!しかし美幼女の呆れ顔が俺の心を蝕んでいく。

「ま、まぁいいや。行くところないんだったら私が今住んでる所に来る?」

「マジで?うっはっほーい!お世話になりやーすっ!」

「ふふっ……じゃあまた迷子にならないようにちゃんと着いて来てね。あぁ、そうだった自己紹介まだだったね。私の名前はウルティア。よろしくね」

「ウルティアちゃんね。よろしく!」

 うんうん、良い名前だ。特にティアってのが良いよね。可愛らしい名前だ。しかしここじゃあ俺の名前浮きまくりになっちゃうな。どうするか。せっかく異世界に来て顔も変わっちゃったんだし思い切って名前も変えちゃうか。戸籍もねぇーしな!ハハッワロス……ワロス……

「あなたの名前は?」

「へっ?俺?……あぁっと、そうだな、うん。えぇっい!俺の名前はバラン。巷では竜騎将バランと恐れられているのだっ!」

「はいはい。自称してるだけでしょ?……でもバランの着てる鎧と剣は竜をモチーフにデザインされてるわね。今は無理でも将来そう呼ばれるといいわね」

 年下の女の子に一度ならず二度も呆れられてしまった。しかも最終的に慰めの言葉でフォローもされた。あれ?俺の方が年上だよな?あれれぇ?


 こうして俺とウルティアの世にも奇妙な共同生活が始まるのでした。しかしそれは序章でしかなく、この数年後、友情恋愛冒険活劇が繰り広げられようとは俺の平凡な脳みそじゃ予想もつかないのでした。
 めでたし、めでたし。