「冥王来訪」の感想


 
コメント
>小生はそう単純ではないと思っています

雄渾さんが言った通りです。KGB幹部たちは詩を朗読して楽しんでいたフランス貴族というよりもフランス革命時のテクノクラートに近いです。 
作者からの返信
作者からの返信
 
 ロシアはその起源を頼れば、タタールの軛(くびき)以前より、間諜による情報工作を重視する傾向にありました。
理由は東ローマ帝国(今日のトルコ)、イスラム諸王朝からの圧迫を受けていたからです。
 軍事力が脆弱だったキエフ・ルーシは、生き残るためにペルシャや東ローマへの間諜を繰り返している内に、自然とこの方面に関して能力が付いた面があります。
あとはタタールの軛で、蒙古の、騎馬民族の諜報活動のノウハウを吸収したのも大きいでしょう。

 諜報人材の高官への採用は、少なくともピョートル一世の時代には始まっており、19世紀のアレクサンドル1世の時代には諜報工作員から首相格になった人物もいるほどでした。
 ソ連の場合は、政権成立時より諜報員の育成と確保に力を入れており、創成期には旧体制派の人間や貴族なども人員として受け入れました。
ある程度人材が育ったのを見て、スターリンは人員の一新を図るべく、大粛清をエジョフに命じました。
これにより、軍や官僚を中心に20台から30代の人材に官僚機構が一新され、ソ連の頭脳部はリフレッシュされた面があります。
ここで入れ替わった人材は後のフルシチョフ、ブレジネフ、アンドロポフ、チェルネンコの時代まで、ソ連をリードする人材になりました。
 ただ、そういった人材は、ゴルバチョフのグラスノスチまで再度の人員入れ替えが起こらなかったので、ソ連は長い老人の時代と言われる停滞期に入ることになりました。