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SAO編
たとえばこれが少年漫画なら
午前九時五分。知り合いとの約束にはまだ二十分以上余裕があるが、だーさんと二人でたくさんの獲物を釣り上げて、すっかりほくほく顔の俺は弾んだ気分のまま、待ち合わせである七十四層の転移門広場にやって来ていた。青い光がばあっと晴れて、居ないだろうと思いつつも連れの顔を探すと、別の知り合いがどこか気だるげなオーラを漂わせながら俺を見ていたことに気づく。
「よっ!キリト。そういや、アスナと待ち合わせしてんだっけ?」
「ああ。九時に待ち合わせてんだけど……」
「九時?もう過ぎてんぜ。珍しいな、アスナが遅刻なんて」
「もうちょい眠れたなあ……」
ぶつぶつとぼやきながらメニューを呼び出していじるキリトの隣に立って、ぼうっと朝靄のなかでレモンイエローに染まった街を眺めた。アインクラッドの暦は今《トネリコの月》。日本なら秋にあたるこの季節は爽やかな風が吹き、過ごしやすいものだ。これであたりにイチョウやモミジが枝を広げていたなら、きっと色鮮やかな紅葉で目を楽しませてくれただろう。
「そういや霧と靄と霞って、じつは同じやつのことなんだよな。たしか」
「は?」
「うーんと……これも知り合いの受け売りなんだけどな」
何言ってんだこいつ、と言わんばかりに眠そうな目を向けてきたキリトに苦笑して、辺りに漂う朝靄をのせるように空中に手のひらを差し出した。ふわりと湿った風が吹く。俺たちの髪をいたずらに揺らしたそれは、一瞬、あたりの朝靄を攫っていった。隣のキリトはポチポチとメニューをいじりながら欠伸まじりに流れるそれを見つめている。すげえ……ブラインドタッチだ。別にやりたいとは思わないけど。
「ほんとは変わらずに全部ただの水滴なんだよ。でも季節によって呼び方が違うって、そんだけ。春なら霞、秋なら霧。そんでそれ以外が靄らしい」
「ほう……」
「あれだな。日本のわさび?だっけ?」
「わびさび」
「おお、それそれ!」
「適当だな……」
他愛もない話をキリト続けていると、視界の端に封筒のマークが点滅した。フレンドメッセージが届いたことを示すアイコンだ。システムウィンドウを開いて、新着メッセージのタスクを開くと待ち人から届いていたそれにざっと目を通す。そこに記されていた予想外の言葉に思わず素っ頓狂な声が漏れた。
「……はぁ!?」
「うわぁ!?いきなり大声出すなよ……」
「あ、すまん。いや、待ち合わせしてたやつから突然ドタキャンされ――――」
「きゃあああああああ!よ、避けて―――――っ!」
ぼうっと転移門が青く光ったかと思うと、そこから飛び出てきたのはキリトの待ち人であるかの有名な血盟騎士団副団長様――――まあ要するにアスナだが――――は地上より一メートルほどありそうな場所に現れると、転移門のすぐそばで突っ立っていたキリトを巻き込んで地面に転がった。悲鳴をあげながら二人してぐるぐると転がっていく。取り残された俺はぽかーんだ。
「えーっと……」
「や、や――――――っ!」
俺がどうしたもんかと思案しているうちに、アスナはばっとキリトから距離を置くとぺたんと床に座り込んだ。耳まで真っ赤にした彼女は、なにやら殺気のこもった目でキリトを睨み付けている。
何が起こっているのか理解しかねた俺だったが、彼女の両手が胸の前でかたく交差されていることに気づいて、ぴこんと回路がつながった。頭の上に電球が灯る。
「ああ!ラッキースケ――――」
ひゅん、と一筋の流星が尾を引いた。
小さな小石が俺の耳元を掠めていく音に、思わず言葉を止める。おそらくは昨日俺がラグーラビットを仕留めるときに使ったものと同じ、投剣スキルの《シングルシュート》だろう。アスナの圧倒的敏捷値に後押しされたそれは、肉眼でとらえるのは難しい。街内であるためHPが削られる心配はないとは分かっていても、俺はひくりと頬を引きつらせた。
「ポート君……?」
「何でもないです」
やっばい……また余計なこと言っちった。
しらっと俺は視線を彼女から逸らした。じとっとした視線を首筋に感じながらも頑なに転移門を眺め続けていると、そこが少しずつ輝きはじめる。俺の視線を辿ったアスナはすぐにそれに気づくと、息をのんで立ち上がったキリトの背に隠れた。
「なん……?」
キリトの疑問の声をよそに、転移門が一際眩い光を放つ。転移が完了し、少しずつ光がおさまるとそこに立っていたのはつい昨日、アスナに異常な執着心を見せていた男。クラディールその人だった。
クラディールは血走った瞳であたりを見回し、キリトの後ろに隠れるアスナを見つけるとヒステリックな怒鳴り声をあげた。三白眼の上の眉を盛大に顰めて、アスナの前に立ちはだかるキリトに構わず彼女へと迫っていった。
「ア……アスナ様、勝手なことをされては困ります……!」
「おい」
「さあ、アスナ様、ギルド本部まで戻りましょう」
「嫌よ!今日は活動日じゃないわよ!……だいたい、アンタなんで朝から家の前に張り込んでるのよ!?」
興奮冷めやらぬ様子でアスナが怒鳴り返す。その彼女に追い打ちをかけるようにクラディールは得意げに鼻を鳴らして言い放った。
「ふふ……こんなこともあろうかと、このクラディール一か月ほど前から早朝より監視の任務に就いておりました」
ひくり、アスナの頬が引き攣ったのは俺の見間違いでは無いだろう。現に二人の間に立つキリトも、ぽかんとした間抜け面をさらしている。まあ、それはかく言う俺も決して例外ではない訳で。
「ストーカーじゃん……」
ぼそりとした呟きはしっかり聞こえていたようで、その三白眼が剣呑な光を灯して俺へ向けられる。普段はそこまで好戦的ではない俺だが、自分でも気づかないうちに大分気が立っていたのかもしれない。俺は無意識のうちに、そうそう浮かべない嘲笑をすると「地獄耳」と鼻で笑っていた。
「このっ……調子に乗るなよ……殺人者が」
吐き捨てるようなクラディールのその言葉に、ピクリと肩が震えた。消えることのない過去の記憶が脳裏を掠めて、心臓を早くする。俺は意識的にそれらを見ないように瞼を閉じて、下がりそうになる口角を上げた。
「…………へぇ?調べたのか、俺のこと」
「気狂いの殺人者、血染めのポート」
「有名になったもんだな、俺も」
「貴様のような人間がっ!アスナ様の隣に相応しいはずがない!!」
飄々とした態度を崩さなかった俺が気にくわなかったのか、そう言って俺を睨み付けたクラディールはアスナへと視線を映してわなわなと唇を震わせる。そして眉を吊り上げてつかつかと近づくと無理やりキリトを退けて、力任せに彼女の腕をつかんだ。アスナの細い肩が恐怖に震える。
「アスナ様もいい加減、聞き分けのないことを仰らないでください。さあ、本部に戻りますよ」
「嫌!」
ぐいっと力任せに連れ去られそうになるアスナが抵抗する。それにクラディールがあからさまに苛立ちを募らせたのが分かったが、俺はその場所から動く気は無かった。
「悪いな、お前さんのトコの副団長は、今日は俺の貸切りなんだ」
なぜならヒロインを助けるのはヒーローの仕事だと、相場が決まっているからだ。
後書き
更新が遅くなってしまってすみませんでした。気づけば年もあけてしまいましたね。
皆様あけましておめでとうございます。お待たせして申し訳ありません。
それからひとつお知らせですが、実は私今年(正確には来年度ですが)受験を控えているので、これからはこれまで以上に更新が遅くなると思います。下手すればこれが今年最後の更新なんてことも……gkbr
大学に入ることができればもっと更新に割ける時間も増えるかな、とは思うのですがそのためにも今年は頑張らねば……!と!!はやくシノンちゃん書きたい!(床ドン
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