軽い男 堅い女
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第一章
第一章
軽い男 堅い女
「ねえ洋子君」
「うっさいわね」
今日も学校の夕暮れの校庭で一組の男女の声が聴こえてきていた。
「デートしようよ、折角一緒になったんだし」
「折角じゃないでしょ」
その少女川口洋子は目の前にいる自分よりもやや背の高い男に忌々しそうに言った。見れば男は黒い詰襟の制服で洋子は上が白、下は青の可愛らしい制服を着ている。かってのセーラー服でもブレザーでもなく左で完全に止めた何処かウィーン国立歌劇場のボーイの制服を思わせるものであった。スカートの丈は今時の女子高生らしく短い。それを着こなす洋子は黒く長いロングヘアにぱっちりとした黒い目に小さく赤い唇を持つ美しい少女であった。背はあまり高くはないが手足は長く胸も大きい。この学校の女子の中ではとりわけ可愛いと評判であったのだ。
彼女は今二年生でバレーボール部に所属している。次期部長という声もあがっている。優しく面倒見のいい性格で誰からも好かれている。そして彼女自身誰に対しても優しかった。ただ一人の例外を除いては。
「大体いっつもいっつも私につきまとって。少しはどっか別の場所に行ったら」
「そうは言っても」
その男稲富友一はそれを聞いて困ったような顔をした。見ればほっそりとして和風の整った顔をしている。だが落ち着いた感じはない。何処か軽薄な雰囲気の漂う男であった。
それもその筈この男はこの学校ではかなり有名なプレイボーイであったのだ。可愛い女の子と見れば誰彼構わず声をかける。ふられてもすぐに別の女の子に声をかける。こうして学校では有名人になっていたのだ。当然いい意味ではなかった。そのせいかその黒くて綺麗な髪と和風の涼しげな顔立ちでも女の子に評判はよくなかった。黙って動かなければいいのに、とさえ陰口を叩かれていたのだ。
「俺君が帰るところを見たからさ」
「たまただだっていうの!?」
「うん」
友一はそう答えて頷いた。
「たまたまだよ、本当に」
「ふうん」
だが洋子はそれを聞いてそのぱっちりとした目を細くさせた。するとやけに幼く、それでいて大人びた不思議な顔に見えた。
「じゃあ体育館でずっとバレー部の練習見ていたの誰かな」
「誰なんだろうね」
彼はそう言ってすっとぼけた。
「それは男なの女なの?」
「男を」
洋子は言った。
「それもかなりスケベでしつっこい男ね。全く腹が立つわ」
「それは悪い奴だな」
友一はそれを聞いた憤慨した顔を作った。作ったのである。
「洋子君につきまとうだなんて。とんでもない奴だ」
「ところでさ」
「何?」
「バレー部の練習の時の服装知ってる?」
「勿論さ」
彼は満面に笑みを浮かべて頷いた。
「ジャージだろ」
「そう。それで試合の時は?」
「青い上着に半ズボン。何か寂しいよね」
「どうして寂しいの?」
「ブルマーじゃないからさ。折角洋子君の綺麗な両脚を見たいのに」
「いい加減にしなさいっ」
そう言ったところで洋子はその手に持つ鞄を振った。
「白々しい。最近いっつも体育館にいてバレー部をのぞいてるわよね」
「あいたたたたたたたた・・・・・・」
頭を思いきり叩かれた友一はその頭を抱えて呻いていた。
「本っ当に。ちょっとは人の迷惑を考えなさいよ」
「あれ、照れてるの?」
「・・・・・・何でそうなるのよ」
洋子はその言葉を聞いて顔を顰めさせた。顰めるとその目が微かに歪んだ。
「だってさ、洋子君顔が赤いんだもん」
「えっ!?」
そう言われて本当に顔が赤くなった。
「それがどうしたっていうのよ」
その赤くなった顔のまま友一に文句を言う。
「私はね、元々顔が赤いのよ。それがどうしたっていうのよ」
「ほら、嘘ついて」
「嘘って」
「洋子君いつもは顔が赤くないよ。何なら証拠見せようか?」
「証拠って」
「ほら」
彼はここで懐から何かを取り出して洋子に見せた。それは彼女の数枚の写真であった。制服を着たものやバレー部の練習の時のジャージ姿、私服で遊んでいる時のものもある。
「な、何であんたがこんなの持ってるのよ」
洋子は自分のその写真を見てその顔をさらに赤くさせた。
「だって洋子君可愛いんだもん」
友一は答えにならない答えを返した。
「ついつい写真でも見たくて。何ならあげようか」
「勿論よ」
洋子はそう言って友一からその写真を奪い取った。
「全く。油断も隙もないんだから」
「隙は見つけるものだな」
「どういうこと?」
「洋子君のことはいつも僕が見ているから。だから隙だってわかるのさ」
「馬っ鹿馬鹿しい」
たまりかねてそう言った。
「今度こんなことしたらストーカーで訴えるからね」
「それは本望だね」
やはりくじけはしない。
「洋子君に認めてもらったんだから。いつも側にいるって」
「・・・・・・ふん」
「じゃあ一緒に帰る?」
「私は嫌よ」
プイ、と顔を背けてそう言った。
「あんたみたいな軽薄な男、大嫌いよ」
「そんなに嫌い?」
「ええ」
露骨に嫌悪感を露わにして言った。
「口も聞きたくないわ。だからもう話をしない」
「けれど僕の話は聞いてくれるね」
「ふん」
顔を背けたまま口も聞こうとしない。だがそれでも友一は口を開いた。
「それじゃあ話を聞いてね。あのね」
洋子は口を聞かない。それでも友一は何だかんだと話をしながら洋子の後をついていった。そして二人は学校を後にしたのであった。
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