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Ball Driver

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第二十一話 既視感

第二十一話



「今日で2人でのグランド整備も終わりですね」
「あぁ、1年が入ってくるからな」

ジャガーと権城は2人で、グランドにレーキをかけていた。もうこの作業も一年間続いた。最初はとてもやってられず、中等科の姿達の手を借りないと終わらない時もあったが、今ではすっかり慣れてしまった。慣れてしまったと思ったら、もうこの作業からもお役御免である。早かったような気がした。この一年間が。

「これで、少しは楽にならぁ。朝早起きしなくても良いし、朝っぱらから汗かかなくても良いし」
「でも、寂しいですね……」
「はぁ?寂しい訳があるかよ、整備なんてダルいだろうが」

ジャガーはレーキを動かす手を止め、権城を振り返ってにっこりと微笑んだ。

「でもこうして、権城さんと2人で苦労を分かち合う事が無くなると思うと、私としては寂しいです」
「…………」

実に良い笑顔を向けてくるジャガーに、権城は一瞬固まって、そして背を向けた。

「バカな事言うなよ。早く終わらせるぞ。」
「もう。素直じゃないんですから。」

2人が一年かけて耕してきたグランドの土は、かなりキメが細かく、柔らかくなっていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



「野球部にお世話になります、新道姿です。よろしくお願いします。」

入学式後、グランドに表れた新入生達。
姿の自己紹介では、大きな拍手が沸き起こった。この南十字島の支配者の息子にして、その実力も相当なものらしい。単純に容姿からして、オーラが違う。特に地元民、紅緒や譲二や哲也が、年上ながら早くも姿に一目置いている風なのが面白い。

「どーーもーー!楊茉莉乃でーーす!センター守ったりしてるんですけどぉー、期待してもらって構いませんよォ、アタシ優秀ですんでェ!」
「……は?」

権城は度肝を抜かれた。
茉莉乃とは去年に一度話した事があったが、当時は穏やかで物腰も柔らかい少女だった。
それが、今はこの通りやたらとテンションが高く挑戦的である。赤い長髪も、顔つきも殆ど変わっていないのに、態度だけが大きく変わった。一体どうした事だろうか。

「これが楊茉莉乃ね」
「投の新道姿、打の楊茉莉乃とは聞いているが……」
「聞いてた通りの自信家だな」

紅緒や譲二、哲也がそれを見て納得してるのを見る限り、どうやら彼らの茉莉乃のイメージはこんなもんらしい。権城としては、さっぱり訳が分からなかった。

「権城!」
「はい?」
「あんた、ちょっと茉莉乃を試してあげなさいよ。いきなりあたしじゃ、1年には可哀想でしょ?」

紅緒が言うと、何も言わずとも他の面々が守備に就こうとする。権城も去年、初めてグランドに来た時にされた事。新入生の品定め、先輩達との勝負だ。

「マジかよ」

少し戸惑う権城とは対照に、試される側の茉莉乃本人、そしてそれを見守る新入生達は実に平然としていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー



「思い出しますね〜!1年前、入学早々品田先輩にあのスコアボードにまで届く特大ホームランを打たれた事!」
「それ今言うか?結構気にしてんだけど」

防具を付けたジャガーがニコニコしながらマウンドまで駆け寄ってくる。まさに1年前、紅緒とやった勝負の再現だが、今は試される側から、試す側になった、ただそれだけが異なっている。
権城としては、去年打たれたホームランが脳裏を過り、同じような目に遭った場合、先輩として臨む今回の方が明らかにダサいという事にも考えが及ぶ。相手はピカピカの一年生なのだから。

「キャッチャー、紗理奈キャプテンじゃないんだな。」
「キャプテンは、今回は脇で客観的に見ていたいそうですよ。それに、権城さんはいつもブルペンを暖めていますので、ブルペン捕手の私との方が普段通りで良いだろうとも」
「しれっと傷つく事言うなよ。確かに俺、2番手ピッチャーだけどさぁ……」

楽しそうにニコニコしているジャガーとは対照的に、権城は顔をしかめて、いつも自分が守っているセンターに代わりに入っている紅緒を睨んだ。そんなに1年が気になるなら、あんた自身が試せよ……

「で、楊茉莉乃はどんなバッターなんだ?」
「走攻守、欠点の無い好選手です。中等科でも、1年からレギュラーでした。手強いと思いますよ。」
「いや、もっと具体的に」
「具体的に聞いたら、対戦する気が更に失せると思いますけど、聞きますか?」
「……遠慮しときます」

不吉な予感ばかりが膨らんでいくが、しかしやれと言われた以上やらない訳にもいくまい。
権城はジャガーを捕手のポジションに帰して、マウンドに立った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さぁ、いらっしゃい日本代表!」
(あ、まだ覚えてる奴居たんだ俺が日本代表だったって事)

右打席に構えた茉莉乃に、権城は相対する。
茉莉乃はスラッとした体つきで背筋を伸ばして構え、それでいて腰が据わっていた。
良い構えである。

(初球から出し惜しみなんてしてられねぇな!)

権城は初球から決め球に使っている高速スライダーを投じる。権城は紅緒ほどの球速も球威も無いが、制球は良く、また球は遅い訳でもない。
際どいコースに120キロ台のスライダーが決まる。茉莉乃は微動だにしなかった。

「ストライク!」

球審を買って出ている紗理奈の手が上がり、権城は一息ついた。茉莉乃は全く表情を変えない。

(ストライク一つ貰ったぞ。最低、長打さえ避けられれば俺としては“あんなのたまたまだ”って言い訳ができる。俺のスライダーはそうそう長打にはなんねぇだろう。)

権城はスライダーを続けた。
同じようなアウトコースに、ピタリと決まる。
茉莉乃は微動だにしない。
ツーストライクとなる。

(おっしゃ!)

あっさり追い込んで幸先の良い権城が心の中で呟くのと同時に、茉莉乃がわざとらしい大きなため息をついた。

「あ〜あ、つまんなぁい。外の変化球投げときゃ抑えられるなんて、なぁんてショボい想像力かしらぁ?」
「あ?」

権城もここまで言われると、ムカつかずには居れない。茉莉乃のお望み通り、ストレートを投げ込む。

(……ビビれ、この!)

しかし、ストレートを決め球に使う訳ではない。そこでストレート勝負すると相手の思うつぼ。むしろ勝負は外のスライダー。一球、挑発を受けて立つ形でストレートをインコースの、頭の高さに見舞う。舐めるな!のメッセージだ。勿論、危険な投球である。

バシッ!
「ボール」

ヘルメットを掠めそうな際どい球。
しかし、茉莉乃は全くのけぞらなかった。
気に入らなさそうに鼻を鳴らし、権城を睨みつけた。

(へーえ。避けなかったな。根性据わってやがんな。)

茉莉乃の視線をそっくりそのままお返しするように睨みつけて、権城はジャガーからボールを受け取る。

(でも今の一球で外の意識が薄れただろう。俺の球速は130前半だが、それでも当たりゃ痛いからな。ビーンボール平気で投げる俺に対して踏み込んではこれんだろ。)

権城は振りかぶる。狙いをつけるのはアウトコース。ギリギリのスライダー。

(さっき煽ったのも実は……外のスライダーが打てないからなんじゃないのか!?)

権城の指先から放たれたボールは、その目論見通りにアウトコースギリギリへ。鋭く曲がり、茉莉乃からは逃げていく。






カァーーーーン!
「え」

権城は打球を振り返った。
レフトに弾丸ライナーが飛び、そのままフェンスの向こうまで消えていった。ホームランである。

「やぁりぃ〜〜!アタシの勝ちねェ!」

喝采を上げながら茉莉乃はダイヤモンドを一周する。権城は落胆よりむしろ、驚愕していた。

(外のスライダーだぞぉ!?一体全体どうやってあんなに完璧に引っ張れるんだよ!?)

センターのポジションでは紅緒がホッと一息ついていた。

(良かったー権城にやらせといて。流石にこいつ抑えるのは、あたしでも骨が折れたわねー。ま、あの球を引っ張りにかかる辺り、バッターとしてはあたしよりも強引で隙はあるけど)


(その強引さがまた、良いかもしれない。ビーンボールの後迷いなく踏み込んだ。そういう思い切り、怖いもの無さこそ、フレッシャーズの特権だから)

球審を務めていた紗理奈は、ウンウンと頷く。また楽しみなルーキーが出てきたものだ。
これは南十字学園の野球部に旋風が起きるかもしれない。

(2年連続の被弾、おめでとうございます。またこれで、権城さんの夢自体には、近づいたんじゃないですか?)

ジャガーは、マウンド上でもはや苦笑いするしかない権城に、にっこりと微笑んだ。







 
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