龍が如く‐未来想う者たち‐
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秋山 駿
第一章 崩壊する生活
第三話 謎の男
翌日、秋山は早速動いていた。
大吾の話をもとに足を運んだのは、事件の起こった現場だった。
神室町で今まで大きい建物とされていた場所、ミレニアムタワーの屋上が今回の事件の現場とされている。
煙草をくわえながら、何度も屋上をぐるぐると回り続けていた。
ここで死んだのは、昨日大吾の口から出た田宮隆造。
以前米軍基地拡大案を発表し、世間の注目を集めたがいつの間にかその案は立ち消え田宮の名もテレビで見る事は無くなっていた。
秋山もその当時のニュースは目にしており、顔だけは何度か目にしている。
しかし何故かその田宮が、東城会の手により死んだのだ。
一般人が入らないこの場所で死んだとなるなら、突然襲われて死んだとは言い難い。
ここに連れ去られ、死が訪れた。
「流石に、現場には何の痕跡も残ってないか」
1人そう呟いていると、不意に頬に冷たいモノが当たる。
見上げれば空にはどんよりとした雲が広がっており、そこから降ってきた雨だと気付く。
ここに居ても何も得られる物はないと諦め、事件現場に背を向けた瞬間だった。
「ん?」
この屋上の唯一の出入り口に、誰か居る。
短髪に迷彩のバンダナを巻いた、強面の男の姿。
こちらをじっと見つめ、動こうとしない。
対する秋山も動こうとせず、ただ雨に打たれ続ける。
暫しの沈黙の後、口を開いたのは男の方だった。
「お前、こんな所で何をしてる?」
その言葉と同時に、男はこちらに向けて歩みを進めてくる。
既に湿気ってしまった煙草をその辺に投げ捨て、臆する事なく言葉を放つ。
「俺?ちょっと、煙草を吸いに屋上まで」
「立ち入り禁止の看板、見えなかったか?あぁ?」
眉間に皺を寄せながら、さらに詰め寄られる。
距離が近くなったお陰か、男の胸元に光る何かに気付く事が出来た。
「その代紋、あんた東城会なんだな?」
黒いスーツに、はっきりと目立つ東城会の代紋。
街の人間で知らない者はいないその代紋を、男は誇らしげに掲げる。
まるで玩具を自慢する、小学生の男の子みたいに。
「東城会は、やっぱり神室町では周知の事実なんだな。改めてすげぇと思えるぜ。だが……」
ついに目の前まで詰め寄られ、互いに1歩も引かず睨みをきかせる。
遠くで見てわからなかったが、図体が大きくガタイも良い。
如何にも拳でのし上がってきたかのような姿に、恐怖心が湧き上がり心臓の鼓動が徐々に速くなる。
だがそんな内心と裏腹に、男は軽く鼻で笑うと簡単に秋山に背を向けた。
「お前、只者じゃねぇな?ここまでやってビビらねぇなんて」
「神室町には、アンタみたいなのがうようよいる。そんなものに負ける程度じゃ、この街ではやっていけないよ」
秋山の言葉にに、男は小さく笑う。
振り返らずとも、他人を馬鹿にして嘲笑っている顔が目に浮かぶ。
どう切り抜けるかを考えていた矢先の事。
一瞬、秋山の視界が奪われた。
男はできたばかりの水溜りを蹴り上げ、それが秋山の目に飛び込んできたのだ。
不意を突かれかわす事が出来ず、顔にかかった水を急いで拭う。
「遅い!!」
秋山の視界が戻る頃には、寸前の所まで拳が飛んできていた。
慌てて仰け反りそれをかわすと、その勢いで男の脇腹に得意の足技をお見舞いする。
だが蹴りを食らってもなお表情は、何ひとつ変わらない。
その姿に躊躇する間もなく脇腹に伸びた足を掴まれ、動けなくなった秋山の腹へお返しとばかりに一発殴りかかる。
「ーーーっがぁ……!!」
その拳はあまりにも重く、胃液が逆流する感覚が身体中を這う。
何とか押し留め呑み込むと、今度は痛みが波のように押し寄せてきた。
たった1撃で意識を根こそぎ持っていかれそうになるのを何とか堪えたが、次に同じものを食らえば今度こそ気絶する自信がある。
だ次の攻撃が飛んでくることもなく掴まれていた足が解放され、力無く地面に突っ伏した秋山は顔を僅かに動かす程度にしか動けなかった。
その様子を、男は満足気に見下ろしている。
「やっぱり、ただの堅気じゃなさそうだな。何者だ?」
「……ただの……金貸し、ですよ……」
「へぇ、金貸し。それは悪いことしたな」
再び秋山に背を向けた男が、ケタケタと笑いながら去ろうとする。
だが何かを思い出し、その歩みを止めた。
「あーそうだ。覚えてもらわなくてもいいけど、俺は東城会直系喜瀬組組長、喜瀬晃司。アンタとは、また会えそうな気がする」
喜瀬と名乗ったそのバンダナ男は、そのまま屋上を後にした。
雨足が強い雨に1人打たれながらも動けずにいる秋山は、ポツリと言葉を漏らす。
「東城会、喜瀬組。ははっ、ヤクザ相手に何とかなるなんて思ってた俺が馬鹿だった……」
自虐的に笑みを浮かべるも、しばらくその場で動くことが出来なかった。
ようやく動けるようになった頃にはすっかり雨は止み、雲間から虹が姿を見せていた。
「社長!?」
事務所に帰ってきた秋山を見て、事務作業をしていた花ちゃんが悲鳴をあげた。
全身びしょ濡れで泥まみれの姿に、花ちゃんは慌てて事務所の奥からタオルを引っ張り出してくる。
秋山はふらふらとした足取りでソファーへと向かおうとするも、痛みのあまりその場に座り込んでしまった。
頭にタオルがかけられたかと思えば、少し痛い程しっかり拭きあげられる。
「社長!何があったんですか!?」
「は、花ちゃん。ちょっと痛い」
「ご、ごめんなさい!!ちょっとパニックになっちゃって」
目頭に涙を浮かべた姿に罪悪感を覚え、精一杯の笑顔を見せて何とか安心させようとした。
それと同時に、本気で心配してくれる相手がいることを嬉しく感じる。
「東城会の喜瀬、奴は絶対何かを知ってる。今は奴を追うしかない、か」
「社長?」
「ごめん、花ちゃんはもうこれ以上追わなくて大丈夫。こっから先は危険だし、一旦神室町から離れて……」
そう言いかけた瞬間、頭のタオルが勢いよく押し付けられ、それ以上言葉が続けられなかった。
「何、馬鹿な事言ってるんですか!!私が居なかったら、この会社はどうなるんです!?」
「あー、だから一旦店を閉めて……」
「だったら、秋山さんが守ってください。私は絶対出て行きませんからね!!」
ムキになって話す様子が目の前に見えており、その姿につい安堵の溜め息が漏れる。
こうなると彼女はテコでも動かない、無理にでもそうさせると反撃を食らいかねない。
護身術の腕前は、秋山以上に一流なのだ。
「わかった、だけど危なかったらすぐ神室町から逃げるんだ。わかったね?」
痛みが残る身体を無理矢理動かして立ち上がり、そう告げる。
ようやく笑顔を取り戻した花ちゃんは、タオルをギュッと握りしめ大きく頷く。
東城会の喜瀬晃司、一先ずの目的を見つけ心の中で少しでも調査が進展した事に喜んでいたが、逆にとてつもなく悪い予感もしていた。
雨上がりの神室町は、昨日と変わらず多くの人で賑わっていた。
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