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共に立つ。

作者:千帆
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SAO編
  漁師の性

 翌日の朝早くに目覚めた俺は、念のためかけておいた《強制起床アラーム》を切ると、ぐっと伸びをした。窓から見える水面は紺色に染まり、まだ夜の帳が街に降りている。約束の時間は九時半だから、五時間ちょっとは余裕がある。

「よっし」

 これなら満足するまで趣味に打ち込めるだろうと判断した俺は、昨日のうちに買っておいた朝飯をオブジェクト化して、もすもすと頬張った。昨日食べたシチューに比べれば当たり前のように味は劣るが、プレイヤーメイドであるらしいそれは、しっとりとしたパンに挟まれたフィッシュフライが特製ソースによって見事に調和していて、なかなかに美味しかった。

 俺がホームとして居を構えるここ、二十八層の街《ステープクリス》は中世の港町を彷彿とさせるデザインがその特徴だ。多くの船舶オブジェが並ぶ船着き場には木製の桟橋が遠くまでかかり、侵入不可領域に設定されている海の地平線には帆を掲げた船の影が見える。街の空はいつも海鳥が飛んでいて、たまに建物の影で羽を休めるところを見ることができると、懐かしさに癒されることもしばしばだ。いつだって鼻につく潮の匂いと一定のリズムを唄う波の音は、やはり落ち着くもので。

「今日は薄曇りかあ……」

 パンの最後の一片を飲み込んだ俺は、ざっと装備品の確認をして白いレンガ造りの家の扉をあけた。するといつも灰色の天蓋の向こう側に見えるはずの星空は見えなくて、ちょっと下がったテンションを上げるために勢いよくあけた扉を音をたてて閉める。ぐいっとまたひとつ伸びをして、すぐ目の前にある桟橋に歩き出した。見渡す街にはやはり人影は見えなくて、独特の感触を残す桟橋の上にはいくつもの樽や木箱が無造作に積まれている。なんとなく海賊とかの時代をイメージされているような気もした。

「あれ、だーさん?」

「ああ、ポートさん」

 街中からは先の見えない桟橋を突き当りまで歩いていくと、ちいさな背中を丸めて釣糸を垂らす知り合いの姿を認めた。いきなり現れた俺にびっくりしたようで、釣糸が垂らされていた水面が音をたてて揺れた。

「これは驚いた……ずいぶんと早起きなんですね」

 ずいぶんと老齢のプレイヤーであるニシダは、共通の趣味である釣りを通じて知り合ったプレイヤーだ。もともとはSAOの回線関係の管理をしていたそうなのだが、運悪く確認のためにダイブしたために巻き込まれてしまったのだと聞いた。

「俺は毎日ここで一釣りするのが日課なんだよ。だーさんは?ここはじめてだよな?」

「ええ……ここなら圏内で釣りができると聞いたので……ためしに、と思いまして」

「あー……そういえばそんな噂もあったような……」

「え?」

 疑問の声をあげただーさんにちょっと悪いかなと思いつつも、隣に座ってアイテムストレージから釣竿を取り出す。餌をつけた釣糸が沈んでいくのを見ながら、頬を掻いた。

「えっと……街中から繋がってるんで誤解されがちなんだけど、ここって実はフィールドなんだ」

「え、そうなんですか」

「そ。まあつっても、滅多に会わないんだけどな!」

「ちなみにどれくらい……」

「ちょっと厄介なくらい」

「ポートさんでそれなら、私はおとなしく下の階に戻りますわ」

 俺が口の端を持ち上げると、だーさんはからからと笑い声をあげる。

「まあ、俺でよければいつでも付きあうぜ!」

「ポートさんと一緒だとなかなか私のほうに魚が寄って来てくれないんですわ」

「本職だからな!……じいちゃんはまだ認めてくんねぇけど」

 認めたくはないが、その事実をだーさんに聞こえないようにぽつりと呟いたその時、垂らしていた糸がなにかに引っ張られるようにぴくりぴくりと動き始めた。つられて水面もいくつかの波紋をひとつふたつとつくりだす。俺たちは笑いを引っ込めて、その時を待つ。緊張からか、隣から小さく嚥下する音が聞こえた。瞬間、一際大きな力が加わって竿がしなる。今まで感じたことが無いほどのその大きなしなりに、これは大物だと内心喜びが溢れる。しかし逃がしては元も子もないと、すぐに気を引き締めた。

「くっ……」

 まるで地面を引っ張っているんじゃないかと思うほどの重さ。思わず苦悶の声をこぼしてしまった。心配そうな表情を浮かべていただーさんの竿にも別の得物がかかったようで自らの得物に集中し始める。ぐぐぐっと踏ん張るものの、キリトほどの筋力値がない俺は徐々に海の方へと引っ張られていく。遠くで目が覚めたのだろう海鳥が、短く鳴いたのが聞こえた。

「な、めんな……よっ!」

 咄嗟に近くにあった樽を蹴り飛ばして、水面に叩きつける。盛大な水しぶきが上がって、驚きからか、わずかに引っ張られる力が緩んだ。俺がその隙を逃がすわけは無い。

「よいっしょぉおおおっ!」

 筋力値を全開にして体をしならせて竿を引っ張った。折れるんじゃないかと思うほどに竿が湾曲する。隣でだーさんがサバほどの大きさの魚を釣り上げたらしく、喜びの声をあげた。瞬間。

 ――ざっぱああああん!

 大きな水音と飛沫をあげて、そいつが陸に打ち上げられた。ぴしぴしと打ちあがった滴が頬を打つ感覚さえも気にならず、自分が釣り上げたそれを凝視する。つるりとした頭部は、重みからか後ろに垂れさがり、その左右に見えるのは目にあたるのであろう金色のそれ。その下からは八本の足が全方向に向かって伸びていて、くねくねと動いている。ぬらりと粘着質に光を反射しながら濃紺の海に浮かび上がったのは、見覚えのある形。

「タコ……?」

 だーさんが震える声で呟くそれは、真っ青なそいつを形容するにぴったりな名前。怒り狂ったように俺たちを睨み付けるそいつに本当ならば臨戦態勢に入るべきだったのかもしれないが、あまりの驚きに思考が変な方向に曲がった俺は、とりあえず。

「食いたくねえ……」

 見当違いの呟きを、こぼしたのだった。 
 

 
後書き
みじかくてすみません。
場面の区切れとかに記号を入れたり、たくさん空白を空けたりするのが(完全に私の好みなのですが)あまりすきではなくて、今後も細かく切っていくことが多いと思います。その代わりと言ってはなんですが、あまり更新の間が空かないように頑張りたいと思いますのでお許しください……!がんばれ、私の妄想力!

あ、あと今更感はありますが主人公のステータス(筋力値云々)を載せておきたいと思います。あくまで参考程度なので文章中でも記述していくつもりではありますが、分かりにくかったら目を通してくれると良いかもしれません。

《キャラステータス》

基本的に筋力と敏捷のバランス型。若干筋力よりかなー?といったくらい微妙に筋力寄り。
筋力、敏捷ともにキリトやアスナよりも低いが、基本の運動神経がいいので反射神経や瞬発力などで補える。(もちろん、ステータスの範囲内でのみですが)

まだ物語が動いてすらいないこの作品をお気に入り登録して下さった方もいて、驚きと同時に嬉しさを感じます。できる限りの時間を割いて頑張っていきたいと思いますので、なにかご指摘等ありましたらよろしくお願いします。(もちろん感想だけでも、しっぽを振って喜びますよ!) 
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