Element Magic Trinity
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動き出す語り部
倒れるのは、“磨羯宮”シェヴル。
彼女に背を向け銀色の刀を構えたまま停止するクロスは命刀・月夜見ノ尊を別空間へと戻す。
「……ぐふっ!」
それと同時に、クロスは大きく咳き込む。
がくりと膝をつき四つん這いになり、床にポタポタと血が落ちる。
その血は全てクロスの口から咳と共に飛び散ったモノだ。
口元を抑える右手が、血で赤く染まる。
(マズイ…今だけで、5年分の寿命を……失った、か…)
魔力が無くても取り出せる。足りない魔力を所有者の寿命で補う。
それが命刀と呼ばれる由縁だ。
痛みが全身に走り、指一本動かせなくなり、血の気が失せ、限界まで目が見開かれ、冷や汗が滲み、体が震える。呼吸が荒くなり、全身が冷え始め、血と汗が床に落ちる。
(倒れる訳にはいかない…けど、体が……言う事を…聞かな…)
意識が遠のく。視界が狭くなり、暗くなる。
全身の力が抜け、四つん這い状態を保っている事も出来なくなり、そして―――――
「全く…姉の事を大事にするのは悪くないですが、己の事も大事にしてくださいよ」
ぽすり、と。
受け止められる感覚に、クロスは閉じかけていた目を開いた。
冷えた体にじんわりと体温が滲み、その心地よさを痛感しつつ、クロスは顔を上げる。
視界に映ったのは、黒髪。
「ライ…アー……?」
異国めいた服装に、腰まで届く1本に結わえた長い黒髪。
少し長めの前髪から覗くキリッとした黒い瞳は真っ直ぐにクロスを見据え、槍を背負い、どこか呆れたような困ったような微笑みを浮かべている。
「何故、お前がここに…」
「俺は主に7年も仕えてるんです。近かろうが遠かろうが、主の異変にくらい気づきますよ」
クス、と小さく笑いを零す。
自分も傷を負いながらもクロスを支えるライアーは、ふぅ、と短い息を吐いた。
「とりあえず休んでください、主。その状態じゃ、何も出来ませんから」
「にゃろっ!」
小さく声を上げ、スバルは絡みつく蔦を力づくで引き裂いた。
エウリアレーを連射タイプに変形、銃口に淡い赤の光が灯り、炎の弾丸が勢いよく連射される。
対する“巨蟹宮”クラッベは、カラフルな透明菓子の盾で防ぎ、“人馬宮”フレシュは植物を操り、弾丸を弾く。
「焼き菓子の円盤!」
「危ねーなオイ!だったら……これでどうだっ!」
掌サイズのクッキーが、凄まじいスピードで回転しながらスバルに向かう。
身体を仰け反らせ、顔面すれすれを通り抜けたクッキーに対して悪態をつきながら、スバルはエウリアレーを変換させる。
「オラアアアアッ!」
気合の声と共に投げられたのは、ブーメラン。
銃形態からブーメラン形態になったエウリアレーは、いとも簡単にクッキーを砕く。
魔法とはいえ、割れやすいのに変わりはないようだ。
クラッベの笑みが僅かに引き攣る。
「え、それって射撃系武器専門じゃないの?」
「は?いつ誰がそんな事言ったよ。オレの武器魔法は遠距離専門。ブーメランだって、投げりゃ遠距離攻撃モンだろ」
戻ってきたブーメランを一瞬にして銃形態に変えてから、「まあ銃が1番扱いやすいけどな」と笑う。
が、その笑みは直ぐに消え、スバルは地を蹴った。
つい先ほどまでスバルが立っていた場所から、赤黒い花が咲く。
「!」
よく見るとその花弁は紫に似た色合いの膜を纏っていた。
少し触れた雑草が一瞬にして腐り枯れた所を見るに、毒か何かの一種なのだろう。
とりあえず触らなくて良かった、と安堵の息を零す―――――暇もなく、フレシュが飛ぶ。
「雷花!」
「ライトニングショット!」
黄色い花弁。
バチバチと音を立てる雷を纏った花弁が視界に入った瞬間、スバルは反射的に体勢を変え銃を向けた。
雷の魔力を込めた銃弾と花弁がぶつかり合い、相殺する。
驚いたように目を見開くフレシュに、スバルはニヤリと笑う。
「オイオイどうした、接収使い。んな事で驚いてるようじゃオレの相手は出来ねえぞ?」
「……気づいていたの?私が接収を使う、と」
「さっきと格好が違う。この戦い中に着替える時間なんざねえだろ。となれば換装系か変身系に限られる。で、接収って言ったのは当てずっぽう」
にひ、と笑うスバルに、フレシュは短く息を吐く。
確かに彼女は先ほどまで青薔薇で構成されたような恰好だった。今は、スカート部分が桃色の花弁で作られたワンピース。
顔と同じくらいのサイズの花が、まるで帽子のように頭に飾られていた。
「そう……貴方の読み通り。私の魔法は接収・植物の魂。触れた植物の力を得て、我が物にする魔法」
「ふーん、まあどうでもいいや。お前がオレの敵で、オレがお前の敵なのに変わりはねーし」
言葉通り、心底興味なさそうに肩を竦める。
片目を閉じ、くるくるとエウリアレーを片手で回すスバルは、「ああ」と思い出したように呟いた。
「そういや言い忘れてた」
「は?」
「何が?」
「何の手も打たず敵と話す気はねえんだ、オレ」
意味の解らない言葉に、クラッベもフレシュも首を傾げる。
それを視界に入れ口角を上げたスバルは、エウリアレーを左手で持ってから右の指を鳴らした。
パチン、という、小さいながらにヤケに響くその音が耳に飛び込んできたと同時に、周囲に沢山の魔法陣が展開した。
ざっと数えただけでも10はある。
「オレは遠距離攻撃特化の武器魔法“だけ”を使う、なんて一言も言ってねえだろ?」
「これは……」
「あれ?気づいてなかった?武器魔法は武器の形状を変えるだけの魔法。エウリアレーから魔法弾ぶっ放すには、銃弾魔法も必要なんだぜ」
黒髪まじりの銀髪が揺れる。
白地にオレンジのラインが入ったジャージを纏うスバルは、腕を捲り直し、薙ぎ払うように右腕を振るった。
「レグルスレイ・フルバースト!」
光を束ねて放つ最終銃弾魔法、レグルスレイ。
1度に多くの魔法陣を展開させる事で単発用の魔法弾を増やし、同じタイミングで一斉に放つ。
1発でもかなりの威力を誇る魔法弾が10を超える数一斉に放たれたらどうなるか……考えるまでもなかった。
「……ふぅ、少し手こずったな」
煙が辺りを覆い、2人が倒れているか否かは確認出来ない。
が、あれほどの魔法を喰らって立っていられる程、あの2人は頑丈に見えなかった。
しかもある意味では不意打ちとも呼べるであろう一撃。
「さてと、そろそろ現場指揮に戻るとするか」
呟いて、「またあの機械相手かよ…」とうんざりしたように溜息をつく。
見飽きたデバイス・アームズを思い浮かべ背を向け、何気なく1歩踏み出し―――――
「貫樹」
「と、棒菓子の槍!」
少女達の声が聞こえた。
声に全ての意識を持って行かれ、まさかという思いと共にスバルは振り返る。
「が、はっ……!?」
視界に鋭い枝と鋭いポッキーが映った、瞬間。
何かが身体に突き刺さるような、そんな感じがした。
目線を下に落とすと――――――横腹に突き刺さる枝と、左足に突き刺さるポッキー。
目を見開き、声が零れ、口から血を吐く。
「あっれー?もしかしてアタシ達が“あの程度”の魔法弾で倒れるとでも思ってたのかな?見当外れもいいトコだね。アタシ達はギルドマスター直属部隊…だよ?」
「防ごうと思えば問題なく防げる」
「う…く……」
がくり、と膝をつく。
ふわりと枝とポッキーが消える。
横腹の傷を抑えながら、スバルは2人を睨みつけた。
「テ…メエ……等…」
「大変だね君達も。デバイス・アームズ達の相手にアタシ達や災厄の道化の相手。それでティア嬢まで助けなきゃいけなくて、ついでに君は現場指揮担当。凄いね!責任じゅうだーい!」
キャハハハ、と笑うクラッベ。
その笑い声に不快感を覚えたように表情を歪めながら、スバルは立ち上がる。
が、すぐにぐらりと傾き、再び膝をついた。
「な…」
「ゴメンね~♪アタシの攻撃が足貫いたみたい。痛くて立ち上がれないかな?」
可愛らしく首を傾げてみせる。
その行動を含め、目の前に立つ少女2人の全てを一瞬にして嫌いになった(元々好いてはいなかったが)スバルが、腰に装備するエウリアレーに手を掛ける―――――前に。
「させない」
「!」
ぎゅるん、と。
どこから伸びてきたのか、蔦がスバルの両手首を絡め取った。
続けて足首も掴み、フレシュは呟く。
「クラッベ、あとはお願い」
「はいは~い、任せちゃってよ!」
おどけて敬礼したクラッベは、ボウルの中を泡立て器でしゃかしゃかとかき混ぜた。
ボウルの中に魔法陣が展開し、泡立て器に光が灯る。
ピッ、と泡立て器をスバルに向けたクラッベは、明るい無邪気な声で告げた。
「小球型菓子の密室!」
その声に応えるように、魔法陣が輝く。
刹那、ピンク色のマカロンが上と下、両方からスバルへと向かってくる。
必死にもがくが―――――遅い。
「はい、終了っ!あとは毒の霧発射で死ぬのを待つだけっ」
クラッベの明るい声が響く。
毒の霧が充満し始めるマカロンの中に、スバルは閉じ込められてしまったのだった。
拳同士の戦い。
片方は時に炎を、時に電撃を纏い。
片方は魔法籠手を装備していた。
「なかなかにしぶとい。先ほどの言葉は訂正しよう。お前は十分強い、肉弾戦を得意とする強者だ」
「称賛を否定したくはありませんが、僕は強者じゃありません。妖精の尻尾には、僕より肉弾戦を得意とする人だって大勢いる」
薄く微笑む“金牛宮”キャトルに対し、アランは少し冷めたような口調で返す。
傷ついた右拳を撫でながら、アランは睨むようにキャトルを見た。
(魔力量も戦歴も、彼女の方が遥かに上だ。相手は威力や攻撃法を自由に変更出来るけど、僕には属性変更しかない……あまり長期戦にはしたくないかな)
化猫の宿にいた頃は、密かに最強だと言われる時もあった。
が、それは周りが幻だった事やウェンディが戦闘系魔法を使えなかった事、ココロがあまり戦いたがらなかった事など、いろいろあっての最強。
だから、アラン本人は自分が強いとは思わない。ウェンディとココロの方が強いんじゃないかとさえ思う。
「だが……お前の真骨頂は肉弾戦ではない。そうだろう?アラン・フィジックス」
名を呼ばれ、顔を上げる。
そこには、変わらず薄く微笑むキャトル。
が―――――その笑みが笑みと呼ぶべきモノではない事に、アランは気づいていた。
「一体何の話ですか?僕は肉弾戦専門の魔導士です。まさか、スバルさんみたいに遠距離専門だろう、とか言いませんよね。だとしたら、とんでもなく的外れな……」
「ああ、お前は遠距離攻撃は得意ではないだろうな……ただし、苦手でもない」
呆れたような笑みを浮かべるアランの言葉を遮り、キャトルが呟く。
アランの言葉が止まり、笑みが消え、感情を失ってしまったかのかと疑いたくなるほどの無表情で、尋ねる。
「……何が言いたいんですか?」
「お前が得意なのは肉弾戦でも近距離戦でも遠距離戦でもない……“魔力の扱い”」
アランは何も言わない。
キャトルもそれ以上は言わない。
しばらく2人の間に沈黙が流れ―――――先に口を開いたのは、アランだった。
「話にならないな。魔導士なら魔力を扱えて当然でしょう?」
「誤魔化すつもりか?」
「いいえ?誤魔化す事なんて僕にはありませんから」
肩を竦め首を横に振るアラン。
それに対し、キャトルは更に言う。
「それは間違いだな。お前には確実に1つ、周りに誤魔化している事がある」
「ありませんよ、そんな事。ギルドの皆さん、ウェンディとココロにまで隠してる事なんて」
「そうか……飽くまでもしらばっくれる気なのだな。なら、私が言ってやろう」
その言葉に。
アランの表情が、固まった。
頬を一筋の汗が流れ、視線が小さく彷徨い、やがて溜息をつく。
「……どこで知ったんですか?」
「闇ギルドには闇ギルドの情報網がある。お前の力を欲し、返り討ちにあった者達の事も当然知っているさ」
「別に返り討ちになんてしてないんですけどね…理不尽に怒られて殺されかけたら、身を守ろうとするのは人間として当たり前だと思いますが」
笑うように言葉を紡ぐキャトルに、アランは呆れたように首を横に振った。
小さく首を傾げて微笑み、キャトルは告げる。
「魔法格闘術なんていう存在しない魔法の相手は飽きた。お前の本当の魔法を使え、アラン・フィジックス!」
意識が朦朧とする。
保とうとしても瞼が降り、慌てて開き、また降りる。
ズキズキと横腹と左足の傷が痛み、白いジャージを赤く染め上げていく。
(くそ…毒か……もっとマシな死に方ねーのかよ畜生……)
腕も足も動かない。
エウリアレーに手を伸ばす事も、当然出来ない。
銃弾魔法を使えばどうにかなるだろうが、周りの状況を確認出来ない今、下手をすれば自分も危うい事にスバルは気づいていた。
(悪ィ、クロス…オレ……もう…ダメみたいだ)
瞼が降りる。
がくり、と力なく俯く。
―――――――――そして。
「諦めるな!この大馬鹿者が!」
声が、響いた。
苛立ちを込めたアルトの声に、意識が覚醒する。
その声が誰のモノか、スバルは迷う事無く判断した。
同時にマカロンが割れ、巻き付く蔦が斬り裂かれる。
「え!?」
「誰が……!」
クラッベとフレシュの驚く声が聞こえる。
タン、と着地したスバルは、少し遅れて自分の前に降り立った少女に目を向ける。
「全く…私がいなければ諦めない事すら出来ないのか。呆れて物も言えんぞ」
はぁ、と溜息が聞こえる。
その言い方にむっときたスバルは、苛立ちを顔に浮かべた。
「別にお前がいなくたって十分戦えるっての!妖精戦闘狂なめんなよ!」
「私が助けなければ死んでいたのはどこの誰だったかな」
「ぐっ……」
御尤もな返しに言葉を詰まらせる。
何か言い返そうと考えるが、言葉のレパートリーが少なめのスバルに言い返せそうな言葉はなかった。
頭の中を必死に漁っていると、少女はクスッと笑い声を零す。
「何の問題もないだろう?お前が危機なら私が助ける……」
「……お前が危機ならオレが助ける、だったよな」
黒いコートにふんわりとした白いスカート。シャツも胸元にフリルが飾られ、足元はサイハイブーツ。
肘より少し上の長さで下ろしてある藤紫の髪が風に靡く。
少女は横顔を、スバルに向けた。
「ここからが本番だ。行くぞスバル」
ふ、と笑みを湛えるその少女の言葉に、スバルの顔にも自然と笑みが浮かんでいた。
自信で構成された笑み。心底嬉しそうで楽しそうな、明るい表情。
「わーってる!ぶっ放すぞヒルダ!」
―――――――――クロスがこの2人を塔の外に残した理由。
それは、この2人の息が誰よりも合っているから。
そんな2人が共闘した時、チーム“オントス・オン”で最強の力が生まれる。
“巨蟹宮”、“人馬宮”、“双魚宮”がそれぞれ戦っている。
となれば当然、この男も戦う訳であり。
「傲慢」
災厄の道化のマスターにして大罪人―――――ジョーカーは、周りの音に掻き消されてしまいそうな小さな声で呟く。
その声に反応してジョーカーの背中から光の翼が生え、キラリと金色の光が瞬いた。
光を目視した瞬間、無数の羽が矢のように連射される。
「妖精機銃レブラホーン!」
スバルとヒルダに変わって現場の指揮を取る“雷神衆”の1人、エバーグリーンは右腕を薙ぎ払うように振るう。
その軌跡から針が生まれ、無数の羽を打ち落としていく。
「バリオンフォーメーション!」
「怠惰」
ビックスローが操る5体のトームマンが五角形を作る。
その中央から、凄まじいまでの砲撃が放たれた。
それに対しジョーカーは右手を向け、音の波動を放ちバリオンフォーメーションを無効化する。
「チッ」
「憤怒」
「がああああああああっ!」
「ビックスロー!」
攻撃を無効化された事に舌打ちするビックスロー。
ジョーカーは更に右手を向け、短く呟く。
手から魔力の球体が放たれ、ビックスローの近くでドオオオオンッ!と派手な音を立てて爆発した。
「このっ……妖精爆弾グレムリン!」
「怠惰――――――嫉妬」
エバーグリーンの爆発系魔法を無効化し、呟く。
すると、ジョーカーの姿が揺らぎ――――――――ラクサスへと、姿を変えた。
雷神衆3人の目が見開かれる。
「ラクサス……!?いや違う、変身魔法の一種か!?」
「彼の事は少し前に見ていてね。君達相手ならこの姿が1番有効だろう?」
ラクサスの姿、ラクサスの声。
ここにティアがいれば間違いなくキレていたであろうが、雷神衆は別。
―――――――否、怒る事には変わりないのだが。
「貴様が…貴様如きが、ラクサスの姿に変身などするなああああああっ!」
サーベルを鞘から抜きながら、フリードが駆け出す。
長い前髪に隠れた右目が露わになり、一筋の光もない目がジョーカーを捉える。
「闇の文字……」
「……鳴り響くは招雷の轟き」
痛み、と叫ぶ寸前だった。
フリードの耳に、聞き覚えのある言葉が入り込む。
思わず動きが止まり、目を見開く。
「天より落ちて灰燼と化せ」
「それは……まさか!」
「!フリード避けろ!」
その詠唱で発動する魔法を、彼等は知っていた。
だからこそフリードは動けず、だからこそビックスローは叫んだ。
その魔法の威力がどれほどかを、知っていたからこそ。
「レイジングボルト」
「ああああああああっ!」
平べったい声だった。
感情を押し殺している訳ではなく、元々感情なんてモノを持ち合わせていないような、そんな感じ。
ドサ、とフリードは倒れ込む。
「フリード!……っ妖精斧レッドキャップ!」
「嫉妬解除。怠惰……憤怒」
「きゃあああああああっ!」
「エバ!」
妖精斧レッドキャップを無効化し、魔力の球体を生み出す。
球体は容赦なく爆発し、エバーグリーンは一瞬にしてボロボロになる。
「ウソだろ…あの雷神衆がこうもあっさり」
「こんな事ってあるのかよ…」
「あの人……物凄く強い」
ジェットとドロイが驚いたように呟き、レビィがゴクリと唾を呑み込む。
スバルとヒルダ、ココロは彼と共に現れた3人の少女の相手をしているし、レビィ達だって無数に現れるデバイス・アームズを次から次へと壊している。
雷神衆だって魔力をかなり消費している為最初から不利なのは解っていた事でもあるが―――――これ程とは。
「この程度か、退屈すぎる。何故僕の部下達が敗れていくのか、理解に苦しむな」
眉を小さく上げ、ジョーカーは呟く。
左右で色の違う目を、僅かに細める。
「さて……そろそろ消そうか。そうだな、まずはこの中で1番邪魔な……」
欲しいモノの中からたった1つを選ぶように、ジョーカーは右人差し指で辺りを指す。
その動きに合わせて目線が揺れ、デバイス・アームズを破壊する者やジョーカーを睨む者を映していく。
そして―――――指が、止まった。
「治癒魔法を使う、君にしようか」
「え?」
その先にいるのは、藍色の髪の少女。
負傷者に治癒魔法をかけ、支援魔法をかけ、時に天空の滅竜魔法でデバイス・アームズを破壊していた―――――ウェンディ。
「ウェンディ!」
「させないっ!立体文字・ICE!」
シャルルが叫び、レビィが魔法を発動させる。
文字の形をした氷が、ジョーカー目掛けて放たれた。
それを視界に捉えたジョーカーは、短く告げる。
「怠惰…傲慢」
「っきゃあああああああ!」
「レビィ!」
「このっ…!」
立体文字を無効化し、光の羽を容赦なく放つ。
レビィの悲鳴を聞いたジェットとドロイが振り返り、ほぼ同時に駆け出した。
先にジョーカーに近づいたのは、神速を扱うジェット。
「隼天翔!」
ジェットが超高速飛び蹴りを放つ。
が、ジョーカーは表情1つ変えずに口を開いた。
「迂闊に近づかない方が身の為だよ?」
「!」
「傲慢」
「があああああああっ!」
「ジェット!」
至近距離からの、無数の光の羽。
回避する間も防御する間もなく、ジェットは一撃でボロボロになる。
同様に駆け出していたドロイは、肩から下げた容器から種をまく。
「秘種!ナックルプラント・アッパー!」
植物によって急速に成長した、先端が拳のようになっている植物。
その拳はジョーカーにアッパーをかますべく彼を狙う。
植物をヒラリ、またヒラリと避けながら、ジョーカーは右手を顔の前で振る。
「嫉妬――――――立体文字・TORNADO」
「っつああああ!」
記憶している他人に変身する嫉妬でレビィに変身したジョーカーは、何とか文字に見える荒れ狂う風を投げつける。
風邪は植物をいとも容易く切り刻み、ドロイを襲った。
「シャドウ・ギアまで……」
「何なんだ!?アイツは…」
デバイス・アームズの相手をするマカオとワカバが呟く。
その声が聞こえていたのかいないのか、ジョーカーは僅かに口角を上げた。
オッドアイがウェンディを見つめ、ウェンディはびくっと体を震わせる。
「怖がる事は無い。一撃で終わらせてあげるさ」
右手に、魔力の球体が生まれる。
その威力を身をもって知っているビックスローとエバーグリーンは目を見開いた。
「――――――憤怒」
小さい呟きが、やけに響く。
魔力の球体がジョーカーの手を離れ、真っ直ぐウェンディへと向かう。
「やめてえ――――――――――っ!」
「ウェンディ――――――――っ!」
レビィとシャルルの叫びが、全てを掻き消すように響く。
ジョーカーの顔に、口角を上げただけの、目は全く笑っていない笑みが浮かんだ。
ウェンディの顔が恐怖に染まり、目が見開かれ―――――――
「風神オーディンに命じる。“その名の語源の通り、問答無用で敵を吹き飛ばせ”!」
強い風が、吹いた。
戦う魔導士達の髪を強く揺らし、デバイス・アームズを容赦なく吹き飛ばし、憤怒さえも空の彼方へと消し去る。
周りが呆然と―――――ジョーカーでさえも呆然と目を見開くなか、声が響いた。
「何だ何だ、揃いも揃ってボロボロの布きれみたいになりやがって」
この状況に似つかわしくない、軽い調子のテノール。
白いマントを靡かせる青年が纏うのは、評議院の制服。
本来ならお堅いイメージを与える服装だが、この青年が着ると何故かそうは見えない。
親しみやすいというか、ルーズというか……緩い印象を与える。
「そこの青髪嬢ちゃんも無事みたいだし、これが妖精の尻尾の戦いなら、オレが参戦する理由は特にねーんだけど」
揺れる髪の色は、深海を思わせる深い青。
同じ色の瞳が少し日に焼けた肌に映え、口元には楽しそうな笑み。
―――――――が、実際のところ、今の彼の中に楽しさなんてない。
あるのは、絶対的な怒りだけ。
「こんな馬鹿げた事してんの、お祖母様なんだって?ティアの事散々恥だの何だの言ってるくせに、自分がやってる事が1番恥じゃねーか――――――ま、同じカトレーンとしては恥ずかしいだけだな」
軽い調子の声が、ゆっくりと鋭くなる。
口元の笑みが消え、代わりに怒りが表れる。
青い瞳が、獲物を見つけた猛獣のような鋭さを帯びた。
「さて、こっからは事情聴取だ。黙秘権は無し。嘘言ったら一撃ぶちかます」
ピタリ、と足を止める。
傷ついた雷神衆やシャドウ・ギアより前に。
ジョーカーと真正面から対峙し、青年は告げる。
「ティアは―――――――オレの可愛い妹は、どこにいる?」
青年の名はクロノヴァイス=T=カトレーン。
ティアとクロスの異母兄弟であり、評議院の第一強行検束部隊の隊長でもあり。
元最強候補ラクサスの好敵手だった、元妖精の尻尾の魔導士――――――。
後書き
こんにちは、緋色の空です。
ついに動き出すクロノ!実はコイツの魔法が1番好きだったりする。
そしてスバルとヒルダ、あとココロもいるし、アランもいてナツとアルカもいて……。
……(遠い目)。
で、でも着実に最終決戦に近づいてる!
感想・批評、お待ちしてます。
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