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美味しいオムライス

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第六章


第六章

「しかも」
「しかも?」
「そばの風味も最悪でした」
 しかも味まで悪かったのだ。麺に大切なコシと風味、両方で駄目だったのだ。
「おつゆもまた全く味がなく」
「あんまりですね」
「葱に何故か玉葱まで入れていて」
「鴨そばに玉葱?」
 亜紀はそれを聞いて思わず首を捻った。
「またそれは随分」
「有り得ませんよね」
「普通はないと思います」
 怪訝な顔になって泉水に答える。
「それはあまりにも」
「後味の残るまずさでした」
 こうまで言うのだった。
「全く以って」
「そんなに酷かったのですか」
「あんまりでした」
 酷評は続く。
「私が料理を失敗した時よりも。娘達が一緒にいないのが不幸中の幸いでした」
「そうですね」
 彼のその言葉には本当に率直に頷いた。
「それは確かに」
「あんなもの娘達には食べさせられません。それだけはよかったです」
「ですね。それは」
「あれなら近くにあった吉野家に入った方がずっとよかったです」
 言葉をさらに続ける。少し怒ったような困ったような感じになっているのはその時のことを思い出しているからだろう。いささか感情的になっているのが亜紀にもわかる。
「吉野家は値段の割りには」
「美味しいですよね」
「そうです。馬鹿にはできません」
 わかっている男だった。
「牛丼は御馳走ですよ」
「美味しければ、ですね」
「美味しいものはそれだけ御馳走です」
 正論であった。
「ですから吉野家もまた御馳走です」
「ではこのお店は」
「無論御馳走です」
 ここでも正論を述べる泉水だった。
「そう思われませんか?」
「はい、その通りです」
 亜紀もまた。その言葉に笑顔で頷くのだった。満面の笑顔で。
「美味しければそれで御馳走です」
「そういうことです。それでですね」
「はい」
 ここで泉水は言うのだった。
「宜しければまた別のお店を」
「紹介して頂けるのですね」
「若槻さんさえよければ」
 こう前置きしてきたがはっきりと告げてきた。
「宜しいですか?」
「はい、是非」
 笑顔での返事だった。これで話は決まり亜紀はこれからも色々な店に案内された。それと共に泉水との付き合いは深いものになり彼女は何時しかそれから離れられなくなっていた。しかしそれを自覚することはまだなかった。だがそれも変わろうとしていた。あるきっかけから。
「最近あんた食事だけれど」
「ええ」
 例の同僚と会社のトイレで化粧なおしをしていた時だ。不意に彼女の方から声をかけてきたのだ。
「どうしたの?」
「私達と一緒に食べること減ってるわよね」
「そうね」
 それは当然だった。いつも泉水と食べているからだ。
「そういえば」
「どうしてなの?」
 それを亜紀に問うのだった。
「最近。付き合い悪いってわけじゃないけれど」
「ちょっとね」
 口紅を塗る手をまずは止めて答えた。
「色々と行くところがあって」
「色々?ああ」
 彼女はここで勘を働かせて言った。
「あの人?」
「そう、泉水さんと」
 そのことを正直に答える。それを隠すつもりはなかったしやましいこともなかった。だから普通に答えることができたのだ。彼女にとっては。
「一緒に行ってるの」
「それはまた」
「それはまたって?」
 唇はもう塗り終えて今度はアイシャドーにかかっていた。
「何かあるの?」
「好きになったの?」
 彼女も彼女でまた随分と単刀直入に言ってきた。
「ひょっとして」
「それは」
「それはって?」
「別にそんなつもりはないけれど」
「冗談ポイよ」
 彼女はまた随分と古い表現を亜紀に対して使った。彼女もアイシャドーを塗りながら笑って言うのだった。
「そんなわけないじゃない」
「そんなわけないって」
「あのね。食事よ」
「ええ、食事ね」
 亜紀は彼女の言葉を繰り返す。やはりあまりわかってはいない。
「食事だけれど」
「たかが食事されど食事よ」
 今度の亜紀への言葉はこうであった。
「わかってるの?」
「わかってるのって言われても」
 また化粧をする手を止めて首を傾げる。
「そんなこと言われても」
「わからないってこと?」
「いい人だとは思うわ」
 この言葉が決め手になった。本人は何気なく出した言葉だったが。
「それはね。優しいし丁寧だし」
「何だ、じゃあやっぱり好きじゃない」
「何でそうなるのよ」
 思わず彼女に対して批判する目を向けた。鏡で彼女に対して視線を向けるのだった。
「全然違うじゃない」
「違わないのよ、これは」
 彼女はなおも亜紀に対して言う。全く平気な顔で。
 
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