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意外なフェミニスト

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第一章

                意外なフェミニスト
 東条英機はその厳格で几帳面な性格からとかく恐れられていた、憲兵隊を意のままに出来ることからも余計にそう思われていた。
 それで誰もがだ、東条に会う時は。
 軍服の端から端までチェックして埃一つついていない様にした、そして。
 靴も汚れをチェックする、帽子までも。
 皺まで確かめられる、そのうえで彼の前では直立不動だった。その手にしている権力と厳格な性格から恐れられいた。
 それで事務の女性達もだ、東条の名前を聞くとだった。
 思わず震えあがった、それで口々に言うのだった。
「何もされないわよね」
「ああした立場の人だからね」
「私達だって意のままよね」
「お妾さんになれって言われたらなるしかないわよね」
「私婚約者がいるけれど」
「私も主人がいるけれど」
 そういうこともお構いなしに彼の言うことを聞かねばならないのかとだ、彼女達も東条を心の底から恐れていた。とにかく誰もが東条を恐れた。
 東条は陸軍大将、師団長、参謀総長、陸軍大臣を務めてだった。遂に陛下から大命を仰せつかり首相となった。東条の権限はまさに絶対のものになった。
 その東条を女性達はさらに恐れる様になった、陛下ご自身が首相になれと命じられただけに最早誰も彼の意のままになると思ったからだ、それで。
 誰も東条の前に出ることすら恐れる様になった、だがだった。
 陛下だけはだ、こう周囲の者に言われた。
「東条はよき者だ」
「そうなのですか」
「首相は」
「誰もが東条を恐れている様だが」
 それでもだと仰っられた。
「確かに器の小さいところはあるが」
「それでもですか」
「あの者は私腹を肥やさぬ。清潔だ」
 そうした者だと言われるのだ、東条は。
「そうしたところでの私はないのだ」
「しかし誰もがです」
「女子の事務員達もです」84
 周りの者達はまさかという顔で陛下に応えた。
「誰もが首相を恐れています」
「妾にされるのではと思っている者もいるとか」
「軍の者達だけでなく」
「女子も恐れていますが」
「そうした者なら最初から命じない」
 陛下ははっきりと言われた。
「朕もな」
「では首相はですか」
「女子を妾になぞしない」
「そうしたことはしませぬか」
「全く」
「妾を持っている者は多い」
 当時はそれが当たり前だった、山本五十六にしろそうだったし代議士にも官僚でも軍人でも偉くなると持っていた。それが普通だった。
 陛下もそのことは御存知であられた、だが東条はというのだ。
「東条は一人の妾も持っていない」
「そういえば芸者と遊んだだの」
「そうした話もありません」
「金も自分の懐には入れない」
 そうしたこともしないというのだ。
「あの者はな」
「だからこそですか」
「恐れることはないのですか、女子は」
「そのことはやがてわかる」
 陛下は先を見据えておられた、そのことがお言葉にも出ていた。
「見ていればよい、東条のそうしたところをな」
「そうですか、陛下が仰るのなら」
「それでは」
「うむ、ではな」
 周りの者達の言葉を受けてだ、陛下は確かな声で仰られた。とりあえずは東条がどうするのかを見ることになった。
 東条は確かに絶大な権力を持っていた、だが。
 彼はそれだけではなかった。常に動いていた。
 書類の整理をしてあちこちの官庁に足を運び自ら指示を出すことも多かった。人の話も聞きほぼ不眠不休で働いていた。
 その間自分で出来ることは自分でしていた、他人に仕事を押し付けることはせず怠けることもなかった。
 その彼を見てだ、女子の事務員や電話の担当者達は話した。
「働いてはおられるわね」
「真面目にね」
「確かに持っておられる権力は大きいけれど」
「それでもね」
「偉そうにはしないし」
「あんなに働く総理大臣はじめてじゃないかしら」
 こうした言葉も出てきていた。 
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