業は消えて
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第四章
第四章
「いきますか」
「そうして」
言葉を交えていった。それからも彼と住職はいつも話をした。彼はさらに心が落ち着き穏やかなものになっていった。そしてある日のことだった。
住職と二人で道を歩いていた。今は静かに二人並んで歩いているだけだ。そこでふと横にあるものを見たのであった。
「おや」
「どうされました?」
「いえ、ここにですね」
彼は言いながら左手を指差した。そこはかつて彼の豪邸があった場所である。
「昔のわしの家があったのですよ」
「そうだったのですか」
「ありませんね、もう」
「そしてその跡には」
「ええ」
見ればそこにあるのは公園だった。ジャングルジムや滑り台、砂場において多くの子供達が遊んでいる。そしてそれを優しく見守る親達もいる。
「こうして皆が笑顔でいますね」
「これでいいんですよ」
彼は言った。
「これで」
「そうですね。私の家も同じですよ」
住職もここで言うのだった。
「今は家はなくなってその跡には病院が建っています」
「病院がですか」
「市立病院がね。住職になった時にもう寄付したのです」
「それでですか」
「悪事をしてそれで築いたものなぞ業でしかありません」
住職は歩きながら述べる。その遠いものを見ながら。
「そうしたものは何時かは消えてしまいます。ですが」
「ですが?」
「その消えた後に人の役に立つものや笑顔になるものができればいいではないですか」
「確かに」
彼もその考えだった。今はその考えに至っていた。
「その通りですね。本当に」
「どうですか?お家の跡が公園になって」
住職はその彼に対して問うてきたのだった。
「それで」
「いいですね」
彼は穏やかな声で住職の問いに答えた。
「こうして皆が笑顔でいられる場所になって」
「それでいいのですよ」
住職の言葉も実に穏やかなものであった。
「それで」
「そうですね。それでは」
「ええ」
「わしの家に来て下さい」
自分から住職を誘ってきた。
「安いアパートですが宜しいでしょうか」
「ええ、構いません」
住職はにこりと笑って彼に対して言葉を返した。
「それでは是非」
「はい。そこで二人で茶でも飲みながら話しましょう」
「ゆっくりと」
こう穏やかな笑顔で言い合って公園の前を後にする二人だった。その公園の中では遊ぶ子供達と親達が明るく楽しい笑顔でいた。花壇の様々な花達に囲まれながら。
業は消えて 完
2009・9・22
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