イデアの魔王
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第十話:御剣
天才と狂人は紙一重、と言うのは千年以上も昔から人々の間で口にされて来た噂話の類だが、それは3013年現在、イデア魔術が社会に対して大きな影響力を持つ世界において必ずしも根拠のないエセ科学やの俗信の類と言うわけではない。
今から100年近くも前に、現在の文部魔導省に当たる機関で作成された『イデア』と『エイドス』についての研究レポート内には、下記のような一文が記されていた。
『心的な像、感覚や概念を五感を通して認められないときに、それを作り出す能力に優れる者ほどイデアに対する適正は高くなり、より多様なエイドスへの干渉、認識を可能とする』
と、そうやって物事を複雑に、より他人にわかりにくく説明したがるのは学者の常だが、要は『思考の幅が広く、想像力に富む人間ほどイデア魔術に対する適正は高くなる』と言うだけの事だ。 事実として高名な魔術師には元作家や音楽家、芸術家と言ったものが多く、日本魔国などかつて漫画家であった若者が魔王に就任した事もあったくらいだった。
……しかしそうして「想像力のある、人とは違った思考を持てる人間」ほど魔術に対して高い適性を持つと言う事が多くに知れ渡るにつれ、魔術師、一般人問わず人々の間に妙な噂が流れ始めた。
「人とは違った思考を持つものほど高い魔術適性を持つと言うなら、狂人や精神異常者と呼ばれる者たちはイデア魔術に対して高いポテンシャルを発揮できると言う事になるのではないだろうか?」
いかにも素人的な、短絡極まりない理論。
それは本来なら放っておけばいつの間にか沈静する噂話のようなものでしかないはずであったが……幸か不幸か、結果から言ってしまえば、そんな素人丸出しの理論はイデア論上において決して間違ってはいなかったのだ。
そしてそんな研究結果は、世界中のあちこちで「狂人信仰」とも言える悪習を生み出す事となる。
イデア魔術はおろか、それ以前の科学技術ですらろくに存在しなかった時代には、そう言った狂人や精神に異常をきたしたものを神の代行者や悪魔の化身だとして特別視するする事例があったとされるが、まさにそれと同じようなものがこの現代において再び誕生したと言ってもいい。
無論そのような思考を持つ人間はほとんどの国、場所においてはまともな連中だとは認識されないし、一部の国家ではそのような狂人信仰を法的に禁止している所まである。 しかしそれでも一部のカルト的思考を持つ人間の間ではそんな狂人信仰が未だに根強く根付いているのだ。
そして日本魔国、御剣家などはまさにその象徴とも言える存在だった。
頭のおかしな曾祖父に、頭のおかしな曾祖母。
頭のおかしな祖父に、頭のおかしな祖母。
頭のおかしな父親に、頭のおかしな母親。
2866年の日本魔国設立初期から、三代に渡って続いた狂人の家系。 しかしそこに生まれた四代目は至ってまともで、常識的な女の子だった。 整った容姿に加えいつも明るく礼儀正しく、近所の人々からの評判も上々な女の子は、しかし家庭においては非才な落ちこぼれとして扱われ続けて来たのだ。
そして彼女にとって運の悪い事に、御剣の家はそんな常識人の存在を決して許さなかったし、更に言えば非才故に家を追われるようなものを『御剣』から排出するなどと言う事はもっての他だった。
少女が10歳になった時だ、両親は彼女を強制的に自宅へと監禁し、『改造』を施し始めた。
とは言ってもそれは体の一部を機械に挿げ替えるだとか、非合法的な薬物を投与すると言ったものではない。 少女の両親は彼女を狂人《てんさい》に作り替えるために、たった10歳の少女に対して『御剣家の常識』を徹底的に教え込み、また時には彼女の精神を不安定な状態に定着させる為と銘打って虐待まがいの行為を繰り返した。
『狂人』である彼女の両親は、それが娘のためになる事だと信じて疑わなかった。
◆
延々とそのような日々を繰り返し、何と5年。
5年ぶりに外の世界へ解き放たれた少女。
その整った容姿は5年前よりも更に美しく、しかしその心は両親の思惑通りに『御剣』のそれへと……否、それどころか両親の期待以上、歴代『御剣』の中でも最も破綻したそれへと変わり果てていた。
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