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Ball Driver

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第二話 品定めの時間

第二話 品定めの時間


(うわぁ、練習着着てる人少なっ!だいたいみんな半袖短パンじゃん。シニアの自主練並みのラフさだ)

南十字学園の野球場に出向いた権城は、その適当っぷりに驚いた。驚いてはいるのだけれど、記憶のどこか片隅にある南十字学園野球部の練習風景も、よく考えればこんなもんだったような気がする。当時は、それが普通だと思っていたから何とも感じなかったけど。




「………!」

グランドの隅に立つ権城の姿に、目を留めた者が居た。桃色の鮮やかな髪、実に子供っぽい顔つき、そしてそこだけ、やたらと妖艶な唇。

「あいつ……!」

そしてこの少女、向こう気はやたらと強そうである。


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※この物語では、男女の体力差を無いものとします。ありえない事ですが、そこはもう何とか前提から何とかして下さい。
スタドラのキャラが野球します。男女関係なくやっちゃいます。
少し本作の設定とズレるのは許して下さい。



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「おい、そこのお前!」

鋭い声で呼び止められ、権城はビクッとした。
この声には聞き覚えがある。
何せ同じ島の子だ。一つ年上なんて、顔馴染みばっかりだ。

目の前にツカツカとやってきて、少女は不機嫌そうな顔で権城の顔を下から覗き込む。
権城は上を向いて視線を逸らした。
不機嫌な顔で迫られているというのに、まぁまぁ相手が可愛いから鼻の下が伸びてしまう。
それはいけないだろう。

「……やーっぱり!権城英忠だ!」
「……はい、お久しぶりです、紅緒ちゃん」
「……おい、先輩に向かってその口の聞き方は何よ?」
「すんません、品田先輩。何せ小学校以来なもので。それに、見た目も小学生のままなので、そのノリでいいのかと」
「ちっさくないわ!アホ!」

この少女の名前は、品田紅緒という。
年は権城の一つ年上。小学生の頃は一緒に遊んだりもした。今日の再開はそれ以来である。

「何々、権城だって?」
「ああー、東に住んでたあいつか」

紅緒の背後から、やたらと筋骨隆々な少年と、ヘアバンをつけたチャラそうな少年が近寄ってくる。

「どうも、お久しぶりです。譲二君……じゃなくて本田先輩、哲也君…じゃなくて合田先輩」

この2人とも、権城は面識がある。いつも紅緒にくっついていた、幼馴染三人衆だ。
3人とも、少し威圧感はあるけども(いや、やっぱり紅緒はない)、年上らしく頼もしい、お兄さんお姉さんだった。権城の記憶には少なくとも、そう残っている。

「おう、野球場に来たという事は、お前野球部に入るのか?」

譲二が尋ねると、権城よりも先に紅緒が答えた。

「そりゃぁーそうよ!だってこいつ、中学の時硬式クラブで日本代表に選ばれてんだよ?」

なぁ?
そう言って、紅緒はにぃと笑って権城を見上げた。

「まぁ、そうですけど」

権城も、にぃと笑って返事をした。




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権城英忠の球歴は、中々に輝かしい。
小学生の頃は、高円宮杯学童軟式野球大会にただ一度出場しただけだったが、中学時代、強豪として知られる武蔵中央シニアに入ってからは覚醒。小学生時代から名を轟かせていた猛者達を差し置いてレギュラーになり、中3の時には3番打者。
ピッチャーも務め、全国大会での活躍が認められ日本代表に選ばれると、そこでも投打に大活躍。
高校は20校からの誘いがあったが、全て蹴って、南十字学園に帰ってきた。
そもそも、最初からそのつもりで、都内のチームに行ったからだ。


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「おい、権城」

紅緒はニタニタしながら、権城を見上げる。

「さっそくさ、お前の実力見せてよ。」
「と、言いますと?」
「勝負しようよ。あたしとさ。」

権城は頷いた。

「いいですよ。やりましょう。早速。ちょうど、ユニフォーム持ってきてるんで。」

譲二と哲也はおぉー、と声を上げた。

「久しぶりに面白いもん見れそうだな!」
「紅緒と、日本代表の坊主との勝負だとよ!」

デカい声で2人が言うので、グランドに居る全員に状況が知れ渡る。練習の最中だっただろうに、内外野がポジションに就き、シート打撃の体勢を作ってくれる。やたらと、察しが良い。

「日本代表だって?」
「へぇ、それは凄いや」
「お手並み拝見」

一気に、品定めするような視線を受ける権城。
しかし、権城に退く気はない。

ドカッ!

地面に鞄を下ろし、ユニフォームを取り出した。



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「たまたま、キャッチャー道具を持ってきてましたので、私が受けて差し上げましょう」

ジャガーはニッコリ笑って、その全身に防具を付ける。ユニフォームは持ってないらしく、体操服の上に付けるのは中々にダサい。しかし、権城としては、こんな唐突な勝負にジャガーまで付き合ってくれるだけでも有難い。同級生相手に投げる方が気を遣わなくていい。

「ジャガーお前、キャッチャーだったっけ?」
「ええ、スガタお坊っちゃまの球をお受けしないといけませんので。お坊っちゃまは今、中等科で野球部に所属してらっしゃるのですよ」
「あぁ、“お務め”の関係もある訳か」

防具フル装備のジャガーと、権城はウォーミングアップを始める。糸を引くようにジャガーのミットに白球が突き刺さる。パァン!と乾いた音がする。

「良いですね。さすが権城さん。」

数十球の立ち投げを終えると、マウンドにジャガーが駆け寄ってくる。サインの確認の為だ。
そして、真近にやってきたジャガーは、権城の顔を見て、首を傾げた。

「どうしました?顔色がよろしくありませんけども。」

権城の顔は緊張に引きつっていた。
あまり質の良くなさそうな汗が顔中に浮かんでいる。

「いや、そりゃ、まぁさすがに……さっきまで中坊の俺が、高校生相手にするんだし。」

権城の視線の先には、小柄な体をしならせるようにして素振りを繰り返す紅緒の姿があった。




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権城が振りかぶる。
均整のとれた体格をスッと伸ばして立ち、上げた足をステップアウトして右腕を振る。
初球はストレート。いきなり130キロの速さを伴って、アウトコースに飛び込んでいった。

小柄な体で左打席に立ち、振り子のように足を上げた紅緒の目が光る。身長に比してやたら長く見える黒のバットが、一瞬にしてミートポイントまで走った。紅緒のしなやかな背筋がぐいーんとしなり、球を捉えた。

キャイーン!!

金属バットの高い音が響いた。


ドンッ!

弾丸ライナーは、右中間のスコアボードに叩きつけられた。


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「…………」

あまりの打球に、目を見開いたままマウンドに硬直する権城。その硬直が解ける前に、打席の紅緒から高い声が響いた。

「なぁーんだ、あっさり終わっちゃったじゃない!あーあ、ファウルにしたりして、もっと遊べば良かったァー!」

屈辱的な言葉をかけられ、ガクッと肩を落とす権城。しかし、俯いたその顔には、少し諦めの入った表情が浮かぶ。

(……ま、こうなる事も予想できてなかった訳じゃないけど……)



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権城が小学校5年生の時、紅緒や譲二、哲也らに誘われて、野球の大会に出場した事があった。
普段は草野球して遊んでいるだけだったが、哲也の思いつきで、本格的な大会に出場してみたのである。それが、権城が唯一小学校時代に経験した大会であるが、この即席チーム「南十字ラメドス」は、なんと東京都準決勝でチームメイトに病欠者が出て棄権するまで、全試合ダブルスコアで勝ち進んだのである。

その時、4番ピッチャーとして打てばホームラン投げれば三振の大立ち回りを見せたのが紅緒だった。普段から、草野球では無双に無双を重ねていたのだが、島から出てもその実力は全く見劣るものではなかった。

(……思えば、俺が島から出て、シニアに入った時も、逆に島よりレベル低くないかって驚いたもんな。いくら島の外でソコソコやれたって、まだ紅緒ちゃんには及ばないって事か……)

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「何だ、結局品田の勝ちか」
「面白くねぇなぁ」

権城の後ろを守っていた野手達が口々に失望感を露わにする。セカンドを守る黄色髪の眼鏡に至っては舌打ちまでしていた。

(……さすが、一年の夏大会でいきなり3本もホームラン打った人は違いますね)

キャッチャーのジャガーは、これまた諦めたような穏やかな表情だった。

(……でも、良かったじゃないですか、権城さん。思ったより、甲子園の夢、遠くないんじゃないですか?)



 
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