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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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喜ぶべきか、悲しむべきか


 後方勤務本部。
 多数の部署があり、外部との折衝を多くする場所は多くの会議室を備えつけている。
 そのため通常は環境や設備の良い場所が選ばれ、不人気な会議室は埃をかぶっている。

 第25小会議室と名付けられたそこは地下にあって、日差しもあたらない。
 設備もモニターやコンピュータなどは存在せず、あるのは形ばかりの折り畳みの椅子と同様の机だ。
 給湯室からも遠いため、缶コーヒーが並ぶ中で、二人が向かい合っている。
 装備企画課長セレブレッゼ少将とアレス・マクワイルドだ。

 昨日の状況を聞き終わり、セレブレッゼは自慢の髭を撫でた。
 ふむと一言口にして。
「それは危険ではなかったのかね。一つ間違えれば、警官隊に捕まっていたかもしれん」
 攻めるような言葉とは裏腹に、どこか楽しそうな口調。

「御丁寧に既に通報があったようですよ。私が店を出て、すぐに警官隊が来たそうですから。リュナス曹長が教えてくれました」
「それでも危険に飛びこむ価値はあったと」
「というよりも、工作を気にして何もしなければ、それはそれで相手の思うつぼになるでしょう。むしろ――私ならそれを利用します」

「油断ならんな」
 誰がとは言わずに渋い顔でセレブレッゼは呟いた。
 缶コーヒー――微糖のそれを口にして、アレスは小さく笑う。
 外部の企業の工作や接触など、セレブレッゼの立場になれば当然のこと。
 単純に逃げるならば簡単。

 それをいかにあしらい、自分に有益な情報とするかが大切になる。
 もっともそれをわずか二十と少しの若さで、何事もないようにそれを実践するとは空恐ろしい。
「君は情報部の方が向いているかもしれんな」
「私の卒業課程は戦略研究課程なのですが」

「それで前線に、営業にと仕事をこなすのだからこれからも楽はできんな。さて、私の方も収穫があった。今回の改修に先だって、他の部署から苦情や不満の声があがっているが、一つだけ妙な動きをする部署がある」
「妙な動き?」
「整備計画課だ」

 整備計画課とは同盟軍が所持する艦船、車両の整備計画を策定する課だ。
 同盟軍全体の整備計画とは言え、流れ作業のようなものだ。
仕事は整備が必要な艦船の整備計画の策定と整備中の艦船の代わりを送ることであり、複雑な事務や難しい問題はそれほど多くはない。そのため装備企画課に比べれば人数は遥かに少なく、整備計画課長は大佐が務めている。
 後方勤務本部全体を通しても、あまり優遇されておらず、口の悪い者は出来そこないの末路とまで呼ばれているほど。実際に他の部署で問題を起こした者が多い事から、完全なデマとはいえないのだが。

 大幅な計画の前倒しによって、他の部署からの批判は大きい。
 それこそ予算課などは課長自身がセレブレッゼの元に怒鳴りこんできたほどだ。
 もっとも後方勤務においてセレブレッゼに口で勝てるものなどおらず、帰る時には勢いを失い、不満顔を浮かべるのが精一杯であったのだが。

 大きく流れを変えようとしている。
 だからこそ、批判や苦情などは、当然のこと。
 だが。

「まったく、妙な事に――整備計画課だけは沈黙を貫いている」
 呟いた言葉に、アレスは目を開いた。
 そして、呟かれる言葉は実に端的で、簡単な一言。
「馬鹿ですか?」

 + + +

 オブラートに包む事も忘れた言葉に、セレブレッゼは苦笑混じりに笑った。
「権限がないからとこちらも油断していたが。アース社の方もそこまで馬鹿だと思わなかっただろうな」
「今回改修することなれば、一番関係があるでしょうに」
「これからの装甲車の整備計画を一からやり直すくらいにな」

「一貫しているといえば、一貫しているのでしょうが」
 そう無駄な仕事をしないという事においては。
 頭を抱えるアレスから話題を変えるように、セレブレッゼは髭を撫でた。
「この後にアースはどのような手を打ってくると思っていたかね」
「それは。時間稼ぎでしょうね」

 そう呟いてコーヒーを飲む様子に、セレブレッゼは満足そうに頷いた。
 例え四月まで改修計画を伸ばしたところで、普通ならば問題に気付かない。
 中断すれば四月以降に再開させればいいと思うだけで、何も理解しないだろう。
 それが卒業して一年未満の、さらに後方勤務で数カ月しか経験していない若者が理解している。

 そして、それこそがアース社の狙いであり、予算課が飛び込んできた理由だった。
「来年度予算案の決定は来月からですね」
「ああ。そして、同盟軍の予算には装甲車の改修費用も計上している。もし確定すれば、一度は獲得した金を返すことを上は渋るだろうな」
 セレブレッゼは苦笑する。

 予算課としては獲得して、余ればその分の予算を他に回せると思っていたのだろう。
 だが、一度でもアースに金を支払う前例を作ってはならないと跳ねのけた。
「上にとっては金をかけて改修するか、アースに金を出させて改修するか。どちらにしても結果は変わらないですからね。こちらとしてはそれまでにアースに責任を認めさせなければならなかった」

「こちらが急ぐ理由だな。実際にアース社の方はこちらの説得を諦めて、評議会議員に働きかけを強めている。少しでも予算を早く成立させようとしてな」
「アース社も無能ばかりではないか」
「無能ばかりならば、工作機や装甲車のシェアでトップにはならんよ。もっとも――」

「今回は同盟の無能に足をすくわれたようですが」
 苦笑ともとれる皮肉げな笑いを口元にして、アレスは首を振った。
「おそらくはアースは整備計画課に、計画に変更はないから安心して動くなといったのだろう。焦って下手に動かれれば、ぼろが出るかもしれないからな」
「そして、見事に動きませんでしたね」

 呟いたアレスの言葉に、セレブレッゼは笑って良いか迷った。
 アレスの言葉通りに、こちらは味方の無能に助けられた。
 おそらくは本気になったであろうアースは少しでも時間を稼ごうとした。
 昨日の一件も、おそらくはわずかな時間稼ぎを目的とした工作。

 成功すればよし。
 失敗しても、誘いを断ったアレスが少しでも立場を悪くすれば交渉の材料となる。
 結局幾筋も打てる手の一つ。
 本命はセレブレッゼが手に入れた評議員への働きかけだろう。

 だが、それも。
「形だけでも動けばいいものを。味方の無能を喜んでいいか、悲しんでいいのか」
 悲痛な言葉を、缶コーヒーと共に飲みこんで、セレブレッゼは首を振った。
 気持ちはわかると、アレスも同意を浮かべて、缶コーヒーを口にした。

 まさにセレブレッゼの言葉通りの心情に、二人は息を吐いた。
 やがて悩んでいても仕方ないと、アレスが首を振った。
「この件は終わりですね」
「既に整備計画課については、憲兵隊を動かした。当然、その情報をアースは察知しているだろうな」

「繋がりが判明されれば、車両の改修よりも遥かに高い代償を負うでしょうからね。昨日のような遊びではなく、アースは本気できますよ」
「その忠告は私も理解している。だが、それは装備企画課の仕事ではないな。憲兵と、そして陸上部隊の仕事だ」

 ご苦労だったとまとめるように呟いた言葉に、アレスは小さく頷いた。
 セレブレッゼの言葉通り、この件については既にアレスの手を離れている。
 次の会議で時間を稼ごうとし、それをさせないために作った資料は使われる事なく終わるだろう。

 それで終わればいいのだが。

 + + +

 シノブ・ミツイシの昼食はいつも一人だ。
 一人お手製のお弁当を持ってきており、他の者たちと違って食堂に食べに行くことはない。当初は食堂で一緒にと誘われたが、シノブの持っているお弁当を物珍しそうに見られて、いつか一人で食べるようになった。
 今日は疲れた。

 昨日の一件は装備企画課のみならず他部署でも有名になっている。
 体格の良い軍人相手に一歩も引かず、さらには頭まで下げさせる。
 元より後方勤務を馬鹿にする前線の軍人には良い印象があるわけもなく、それに対して頭を下げさせたという事実に、多くが話を聞きたがった。その当事者となったカリーナとレイラは忙しく話を続け、今日の仕事の半分以上はおしゃべりだったような気がする。

 シノブはそこまで話し好きではない事もあって、入れ替わり立ち替わりやってくる人達に辟易したものであるが。
 更には話を聞きたがった人間によって、昼食まで誘われて断るのにも苦労した。
 解放されるまでに時間がかかり、昼食休憩は後二十分しか残っておらず、窓際の席に座ってシノブはいそいそとお弁当を広げた。
 大きなおにぎりと魔法瓶に入った味噌汁だ。

 古くは地球の時代には、当然のように作られていた食事。
 今では米はあるものの、現在では味噌はあまり一般的ではない。
 この味噌も彼女の家が代々伝えてきたものであって、彼女はこの味が大好きだった。
 もっとも現代人の味覚にはあまりあわないようだ。カリーナには頼まれてあげたこともあったが、口に合わなかったらしく渋い顔をされたのは記憶に新しい。

 美味しいのになぁ。
 そう思いながら、味噌汁を器に入れていく。
 心を落ち着かせる香りと共に考えるのは昨日の一件だ。
 正直、シノブは昨日までカプチェランカをよく知らなかった。

 確かに装甲車が敵の手によって乗っ取られ、そのためにアレスが仕事をしているというのは知っている。
 だが、その戦場がどんなところであったのか。
 装甲車が乗っ取られるということがどんな事であるのか。
 想像もつかない別次元の話だ。
 だから、昨日の件の後に自宅で調べて、驚かされた。

 七月に発生したカプチェランカでの防衛戦。
 数十名以上の戦死者を数える激戦であり、おまけに同盟軍は敵の手によって装甲車が十数台ほどしか使えない状況。
 まさしく全滅してもおかしくない戦い。
 しかし、それを見事に防いだ戦いはネット上では奇跡とまでもてはやされていた。

 配属されて一年目で消耗品の管理やお茶くみなど雑用しかしていなかったシノブには理解すらもできない。
 そんな前線で英雄視されながらも、後方に送られて腐ることもなく仕事を進めている。
 凄いなと単純に思う。
 まだ一年も同盟軍にいないが、多くの軍人の中でも別格だろう。
 カリーナやレイラが熱をあげる理由もわかる。

 少なくとも一緒になれば食いっぱぐれはないから。
 もっともシノブにとっては関係のない世界で、アルミホイルから取り出した小振りのおにぎりを手にした。
 はむ。
 一口齧って顔をほころばす。
 中に入れた鮭の塩味がいい感じ。

 上手くできたと満足げにもぐもぐと咀嚼して、味噌汁に手を伸ばした。
 そこに。
「味噌汁?」
 背後から突然かかった声に、シノブは喉を詰まらせた。
「ん、ぐ、ぐ」

「ああ。ごめん」
 謝罪の声を背後にしながら、慌てて味噌汁をすする。
 熱かった。
「あつっ」
 慌てて火傷した唇に、お茶を注ぎこんだ。

 ようやく落ち着いて、背後を見れば、申し訳なさそうな金髪の青年がいる。
 アレス・マクワイルド。
 今まで仕事をしていたのか片手に資料の束を抱えている。
 あまりにみっともないところを見られて、否定の言葉も出てこない。

 顔を赤くして、これは違うと否定のために付きだした手には齧りかけたのおにぎりだ。
 アレスが目を丸くすると同時に、慌てて身体の後ろに戻した。
「その。あの、これは」

「食事中にごめん。ただ珍しかったから」
 申し訳なさそうにさしだされたのは、器に入った味噌汁だ。
「あ。これは味噌汁と言いまして――大豆を発酵させて」
「ああ、うん。味噌汁は知っているよ。ただこの辺りで見かけないから、どこで売っているか聞いていい?」

 頬をかいた様子に、シノブは納得した。 
 確かに古い日本の料理はあまり一般的ではない。
「あの外では売ってないので、これは自家製です」
「ああ、そう……自家製か」

 少し残念そうな様子で、アレスは頭をかいた。
「あ。でも味噌汁を出している店もありますよ。凄く小さいですけど」
「ほんとに?」
 身を乗り出して尋ねられて、シノブは慌てて首を縦に振った。

「ええ。もしよければ案内しましょうか?」
「ぜひ、お願いするよ」
 即答の頷きに、シノブは困惑したように頷いた。

 何でこんなに味噌汁を気にするのだろう。
 
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