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トワノクウ

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トワノクウ
  第二十七夜 あをにあし(三)

 
前書き
 還るもの 

 
「それより露草さん、ケガ! 見せてください!」

 言いながらもくうは勝手に露草に覆いかぶさるようにして、脛の傷口に右手の平を当てた。刻印を直接当てたほうがいい気がした。

(治れ、治れ、治れ!)

 ほのかな熱が手の平と傷口の間に生まれる。やった! くうは内心で快哉を上げた。

「――は、いいのかよ」
「はひ?」
「お前だってさっき潤朱に撃たれただろ。俺より先に手前の心配しろよ」
「ああ。別にくうはいいんですよ。ほっといても治りますから」

 便利な体になった。くうの新しい体に白鳳を選んだ梵天に感謝である。

「……さっき、何で庇ったんだ」

 露草はくうの目を見ようとせずに言い捨てた。

「恩があるのはむしろ俺のほうで、お前が俺のために命張る理由なんてねえだろうに」

 吐き捨てるのはどんな気持ちからだろう。悔しさか、義憤か、痛みか。

「篠ノ女空はカラッポで、つまんない、何も持たない子です」

 彼岸にいるのほうの鴇時が言ったことがある。


 ――〝くうちゃんは器用貧乏なんだね〟


 歴史。料理。雑学。女の子らしさ。――父母の真似をして得たものたちは、父母には遠く及ばなくて。
 通信の資格。単位。スキル。――勉強すれば誰でも届くと知ってしまって。
 学校の成績。音楽の技術。――初めて外界で挑んだものたちは、すぐに頭打ちになってしまって。
 知恵。理性。――思いつく長所は、実は中途半端でしかなくて。

 ただ一つでいい、他者より秀でた一つがあれば他が劣っていてもよかった。けれども、くうの鴇時が器用貧乏と称したように、くうはたくさんのことを身につける代わりに、真実の意味で優れたものを持たない。

「だから何もできないんだって、何もしてきませんでした」

 二つの否定がいつもくうを醒ました。


 ――どうせ誰にだってできることだから、私でなくてもいい。
 ――どうせ私にはできないことだから、私がやってもだめだ。


 親切も奉仕もするだけ無駄と諦めていた。

「でもあまつきに来て、梵天さんが必要としてくれて、露草さんのためになることができて」

 誰かのために何かができる自分がいる。〝人助け〟という〝ただ一つ〟をようやく見つけられた。
 それは自信となり、くうを強くした。

「くうはくうでいてもいいんだって、露草さんがまぶたを開いたあの時、許してもらえたような気がしたんです。潤君にも薫ちゃんにも拒絶されたくうの居場所、この人の瞳にあったんだって本気で思ったくらいに」

 これは錯覚だ。薫と潤に拒絶されたトラウマが、アイデンティティを見直すきっかけになった露草への思慕に変換されたのだ。大いに自覚している。
 していてなお、感情をコントロールできないくらいには、まだ立ち直れていない。

「勝手にめんどくさいこと思っててごめんなさい。こんなの露草さんには迷惑でしょうけど」

 くうは手を傷口からどかした。

「おしまいです。どうですか?」

 露草は足を突っ張ったり振ったりして調子を確かめる。

「平気だ」
「よかったです。あ、そうでした! 露草さん」
「今度は何だよっ」
「さっき無理に止めて、落としちゃってすみませんでした」

 ぺこり。頭を下げて上げる。
 露草は道端におかしなものでも見つけたような顔でくうを見ていたが、やがて溜息をついた。

「帰るぞ。掴まれ。今度落としたら置いてくからな」
「は、はい! もうしません!」

 立ち上がった露草は、くうの背と膝裏に腕を回してくうを抱え上げ、大きく跳躍した。

 露草はくうを軽々と抱えたまま、木から木へと飛び移っていく。
 やはり振動は免れず、くうは必然的に露草に強くしがみつく形となった。







 天座の塔に帰り着くなり、空五倍子から熱烈歓迎を受けた。

「白鳳~~~~~!」
「うひゃっ、空五倍子さん!?」

 もふもふの毛並みが視界いっぱいに飛び込んだかと思えば、もふもふはくうにしっかと抱きついた。

 空五倍子の熱烈歓迎で呼吸困難になりかけたところを露草に救助された。空五倍子のほうは「やりすぎ」と梵天に一発殴られていた。

 何故こんなにも心配していたのかを尋ねると。

「森の妖が、おぬしらが坂守神社の手勢と鉢合わせしたと知らせてきたのである。露草が守り刀とやり合ったと聞いて肝が冷えたのである」
「んな心配しなくても俺だってもう、奴らと真っ向からぶつかるほど考えなしじゃねえよ」
「ふーん?」

 梵天は疑わしさを隠さない相槌を打った。

「で、くう、本当のところは?」
「潤君は銃持ってるからやめてくださいと申し上げましたのに、そのまま戦闘にもつれ込みました」
「おまーッ!!」
「ま、お前みたいな直情径行が一戦やらかさないわけないよね」

 ぐぐぐ、と露草は拳を震わせ、頬を紅潮させている。可愛げのあるひとだ、とくうは思った。

(それに、私、嬉しい。私のことで梵天さんも空五倍子さんも、こんなに心配してくださった。こんなに素敵なことってない)

「何だい、にやにやして」
「くう、そんな顔してました?」

 ぺたぺた。くうは自身の顔を触る。自分ではよく分からない。

「分からないならいいさ。――俺は寝直すよ。空五倍子、枕になれ」
「お前まだそれやってんのかよ」
「悪いか? そのためのこいつだ」

 ということは、梵天はまた今日も眠れない夜を過ごすのだ。塔に入っていく梵天たちを見送りながら、くうは思い致す。

(今夜また、梵天さんに会いに行こう。きっと聞いてくれる)







 かくて、月が中天にさしかかる頃、くうは梵天の部屋を(おと)なった。

 梵天は起きていて、今夜も露台から月を見上げていた。先日と異なるのは、傍らに酒器があり、彼が呑んでいることだった。

「すっかり夜遊び癖がついたじゃないか」
「ごめんなさい。また、お話、してもいいですか」

 梵天は薄く笑んで手招きした。くうはぱっと顔を輝かせ、いそいそと梵天の近くまで行って正座した。
「綺麗なお月様」
「残念ながらまだ下弦だけどね。で、今夜は俺に何を聞いてほしいのかな」

 見抜かれていることは予想できたので、くうは弱く苦笑した。

「今日、露草さん、私を庇って潤君と戦ってくださいました。私のせいで、怪我も、しました」

 弾は貫通していて、鳳の権能ですぐに治せたからいいものの。何か一つでも違えば、露草は――梵天の大事な弟は、また深い眠りに陥っていた。

「でも私は、それを何も思わず見てました。まるで露草さんが傷つくのが()()()()()()()()

 梵天の目を見るのが怖かった。怖かったが、くうはまっすぐ梵天を見上げた。

「私、白鳳の力で露草さんを起こしてさしあげてから、露草さんが良くしてくださるの、心のどこかで当たり前のことだって思ってました。助けたんだから見返りがあって当然って、私も思ってたんです」

 もったいない、そんな大層なことはしていないと、口では言いながら、いざ露草に邪険にされたらくうは大いに憤っていただろう。

 本音と建前という、吐き気がするような心の二重作用を身をもって味わって、――分かったことがある。

「でも梵天さんは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 空五倍子に聞いた話では、梵天は不安定だった露草や空五倍子に体を与え安定させたという。彼に返るものが何一つなかったにも関わらず。
 なくて平気だったわけがない。傷ついても受け入れたのだろう。それでいいと納得したのだろう。

 くうにはできない。感謝がない献身、報恩がない助力は、くうにとっては徒労としかとれない。
 だから、助ける相手の心証に関わらず相手を救うのは、勇気であり強さだ。

「尊敬します。嫌われても憎まれても救った、貴方の強さを」

 こんな梵天だから、萌黄も特権を授けたのかもしれない。命を左右するという過ぎたる力を使うに足る精神力が、梵天には備わっている。

(もしあまつきに永住できるんだったら、この人をお手本にしよう。形は違っても、私も命を留める力を授かった。できるならこの人にずっと学びたい)

 家庭教師だった鴇時以来、他人から学びたいと願ったのは梵天が初めてだ。

 まだ先行きは分からないから、この気持ちは大切に胸にしまっておこう。
 そしていつか梵天に打ち明ける日が来た時、彼が萌黄のように笑って受け入れてくれればいい、とくうは思った。



 Continue… 
 

 
後書き
 梵天が銀朱や露草を救ったエピソードを妄想するたびに思っていたことを形にしてみました。
 銀朱からは「最低の気分」と言われ、露草とは長年冷戦状態。それでも彼は「梵天」らしく振舞って、何も返されなかったのに、虚勢張って平気な顔して生きてきたんだなと思うと、本当に梵天に頭が下がる思いです。

 そして、くうはくうで、新しい道を見出しました。
 露草とは本当に絡ませやすいです。ツンデレって便利ですね。 
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