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トワノクウ

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トワノクウ
  第二十七夜 あをにあし(一)

 
前書き
 雛 と 時鳥 

 
 その日の夜、くうは梵天の部屋に足を運んだ。どうしても他人と話したくて、梵天なら聞いてくれるかもしれないと思ったから。

 梵天の部屋の戸は開いていた。
 くうはそろりと戸から中を覗き込んだ。

「梵天さん、起きてらっしゃいま……す、か……」

 梵天は露台にいた。高欄にもたれ、月を見上げている。
 着崩した羽織と短い金髪が月明かりに映える艶姿。男なのに、女のくうのほうが見惚れてしまう。

「何だい」
「あっ……すい、ません。ちょっと、お話ししたいことがあって」
「いいよ。入っておいで」
「失礼、します」

 くうは部屋に入り、梵天のいる露台まで行って、梵天の近くに腰を下ろした。

「来た私が言うのもあれですけど、お休みにならなくていいんですか?」
「昼間たっぷり寝たから、眠気が来ないんだ」

 空五倍子が言っていた。眠っている間の梵天は鴇時に逢いに行こうとしている。
 徒労に終わっても、梵天はそれを笑みに隠して微塵も見せない。
 すごいな、とくうは率直に想った。

「で。話っていうのは、今日あの単細胞がやらかした件かな」
「……何でもお見通しなんですね」

 露草がどんな報告を梵天にしたか、くうは知らない。帰ってすぐに自分の部屋に引き篭もってしまったからだ。今から考えると恥ずかしい行いだ。

「私、誰かがあんなにあっさり人を殺すの見たの、初めてでした」

 もちろんゲームの中だけでなら何度も見た。推理ものの殺人事件の死体、ファンタジーものでの国同士の戦争で死ぬ兵士。けれど、現実に見たのは――

「露草が怖くなった?」
「いいえっ。露草さん、色々気遣ってくださってるのに、全然、嫌いになれるわけないです。ただ」

 くうは一拍ためらい、二拍目で口にした。

()()()()()()()()()()()()()()()のかなって、どうしても、思ってしまって……答え、出ないんです」
「だから俺に答を求めに来たと」
「そういうんじゃっ。ちゃんと自分で考えます。ただ、一人でぐるぐるしてると、余計ドツボになっちゃったから」
「俺達は妖だ」

 簡潔無比の、絶対的な理由づけ。

「考えるまでもないよ。これが答だ」
「……くうもいつか人を殺さなければいけないのでしょうか」

 梵天の手がくうの頬を捉える。

「君は混じり者だ。道は好きに選べばいい。犬神のように人側に在って中庸に立つもよし。己をどちらかに定めてどちらかと敵対するもよし」
「混じり者は選んでいいんですか?」
「純粋な人や妖よりはね」

 くうは梵天の手に手を重ね、目を細めた。鳥妖の梵天の体温は高い。

「……何だかお母さんを思い出します。お母さんもよくほっぺた触ってくれたんです」

 梵天は意表を衝かれたようであった。初めて梵天を驚かせた。くうはくすくす笑った。

「分かりました。くう、明日になったら、露草さんと話してきます。きっとそういうものだって分かりましたから」




 くうが出て行ってから、梵天はくうの頬を撫でた自分の手を見下ろした。


 〝お母さんもよくほっぺた触ってくれたんです〟


(君の癖が移ったかな、萌黄)

 かつての帝天。非業の天女。鴇時には「ちとせ」と呼ばれていた女。千歳萌黄を思い出す。今は一児の母、他の男のもの。

(俺も未練がましい上に悪趣味だ)

 今夜は、走狗と呼ばれて、彼女と共に在った日の夢を見そうだ。







「露草さーん、露草さーん」

 次の日の朝。くうは一人、露草を探して森の中をほてほて歩いていた。

 狭間の森の妖はくうに危害を加えない、と事前に梵天から保証されている。天座の客分として周知徹底しておいたから、と。
 おかげで小妖怪に行き会うたびに、「天座の雛」と呼ばれて、時には敬意を込めて挨拶される。くうはそのたびに、あたふたして頭を下げるのだ。

「もうっ、どちらにいらっしゃるんですかねえ」
「ここだよ」

 頭上からの声にぴゃっと飛び上がる。仰げば、木の枝に腰かけて憮然とこちらを見下ろす露草がいた。

「よかったです、お会いできて。お話ししたいことがあったので」

 露草は一拍置いて木から降りて、くうの正面に立った。

「昨日のことだろ。言っとくが今でも俺はあれが最善だったと思ってる。いくらお前に何を言われようがな」

 くうは力なく笑う。鋭い上に機先を制された。

「そうですね……くうもあれ以外には思いつきません」

 頭を下げる。

「だから、ごめんなさい。くうを助けるために危険を冒してくださったのに、怖がったりして」

 頭を上げる。露草は驚いているようだった。
 ここでくうは、露草をさらに驚かせるであろう質問を投下した。

「一つだけ聞かせてください。あの村人さん達が妖だったら、露草さんは殺せましたか?」

 露草は返答に窮した。その所作からくうは全て読み取った。

 ――できたか、否、できはしない。憎むのも殺すのも、()()()()()()()露草はためらわなかったのだ。

「そう、ですよね、分かります」

 くうは神妙に同意した。

「くうが露草さんの立場でも同じように考えて、同じ行動をします。そういうことなんです」
「お前――」
「たくさん傷つけ合って、分かり合えなくて。でも、全然救いがないわけじゃない。露草さんと平八さんが、あんなことになってもまだ繋がってるみたいに、残るものがあるから。たくさん犠牲にしても、全部なくならない限り、がんばってもいいですよね」



 〝たくさんすれ違って、分かり合えなくて、つらいことばかりでも。たったひとつでも、か細くつながった縁が誰かの力になるなら、ただの夢物語だと笑われても、俺はそんな夢を選びたいんだ〟



 あまたの犠牲と引き換えに、尊くか細い縁をわずかばかり残すのだと。
 白い少女は陽だまりに溶けるように笑った。

「お前、馬鹿だろ」
「自覚してます」

(そんなやり方じゃ、切り捨てた大多数から恨まれるだけなのに。現に鴇だって、今様を救うために切り捨てた奴らから恨みを買って、惚れた女を攫われた)

 それでも彼女は師と――六合鴇時と同じ道を往くのだ。

「いいんじゃねえの」
「ふえ?」
「やってみろよ」
「っ――はい!」

 かつてその道を往った鴇時の想いを、露草たちは裏切った。()()()()()、人と妖の間で情が交わせるなど夢物語なのだと。化物道での幾重もの試練を超えてきたにも関わらず。帝天との対決を控えた土壇場で。夜行に踊らされて、露呈した。

 同じ轍は踏まない。鴇時本人はおらずとも、鴇時と志を同じくする彼の教え子がいる。彼女にはあの無様を見せない。

(だからお前も、鴇が辿り着けなかったものを見せてくれ)

 代償行為だと分かっていても、祈らずにはおれなかった。
 そんな殊勝な気分でいた露草の、鼻を、血臭が突いた。




 Continue… 
 

 
後書き
 自分の書く梵天は何でこんなに色っぽいんだ。自分は梵天に何を夢見てるんだ。
 でも梵天は歳が行けば行くほど色っぽくなると思うのですどうしても。

 拙作では梵天はくうの導き役ポジションなので、こういう哲学話にも付き合ってくれます。
 より人と妖の二元論が際立つようにとがんばりましたが、伝わったでしょうか?

 そして後半は知る人ぞ知る赤舌事件のなぞりとなっております。ここでくうが何を選択するかは、原作7巻をお読みでしたら分かると思います。 
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