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遊戯王GX-音速の機械戦士-

作者:蓮夜
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―絶望の手がかり―

 竜騎士を破った俺たちを迎えたヒロイックの戦士たちは、地下に作られたその秘密基地のような場所に案内してきた。リリィが操縦していた《漆黒の闘竜》が、ヒロイックの戦士たちに先導されて地下へと潜っていく。いかにもといった様子の地下の秘密基地を見渡しながら、俺はリリィと共にヒロイックの戦士たちと対面した。

「ありがとう……ございます」

「うむ、良く無事に帰って来た……」

 やはりこの戦士たちの仲間だったらしいリリィが、ヒロイックの戦士たちのリーダーのような立場の人間と話していた。救世主などいった不適切な言葉も聞こえたものの、どうやら俺たちの道程のことを話しているらしい。そしてその話が一段落すると、リリィと話をしていたヒロイックのリーダーが俺の方へと歩いてきた。

「遊矢くん。まずはリリィをここまで連れてきてありがとう。私はこの反乱軍のリーダー、スパルタス」

 大きな赤い盾と剣を背中に背負ったスパルタスと名乗った戦士が、俺に対してリリィへの礼とともに握手を申し込んでくる。戦士たちのリーダーらしくない気さくな性格らしく、その手も握手を返しただけで鍛えられていると分かる。

「そして私の部下。ハルベルト、サウザント・ブレード、カンテラ――」

 ……嬉々としてスパルタスは、背後にいる部下たちを順々に紹介していくが、部下たちは一様に面白くなさそうな表情を俺に向けていた。……それも当然だ、いきなり現れた人間が、救世主が云々などと紹介されれば。スパルタスはそんな部下の様子に気づかずに、俺の肩をポンポンと叩きながら、この反乱軍へ歓迎するようなポーズを取る。

「ようこそ、我が覇王への反乱軍へ! 疲れていることだろう、ハルベルト、部屋に案内してやってくれ!」

 沈黙を保ったままの俺を緊張しているとでも思ったのか、スパルタスは大げさに声を張り上げながら、部下のハルベルトへと何やら命じていた。そしてもう一度俺の方に向くと、しっかりと肩を掴んでニッコリと笑った。

「その部屋にはカードが用意してある。存分に使って、デッキを強化してくれたまえ!」

 ハッハッハ……とその場に笑いを残して、スパルタスは他の部下やリリィを引き連れて通路を歩いていく。そこに残されたのは俺と、案内を任されていたハルベルトと呼ばれた戦士たちだった。

「……こっちだ」

 ハルベルトは口数少なく俺を促すと、スパルタスたちが向かって行った廊下とは、また違った方向へと歩き始めていく。地下の暗い道を進んで行く中で、ハルベルトは俺に語りかけた。

「分かっちゃいると思うが、あんたは歓迎なんぞされちゃいない。せいぜい、戦力が一人増えたかもしんねぇ……ってぐらいだ」

「分かってるさ。むしろ、救世主だとか言う方がどうかしてる」

 偶然、異世界から現れた人間が救世主となる――そんなヒロイック・ストーリーはどこにでもあるし、そんな話を信じなくてはならないほど、この異世界の住人は切羽詰まっている。……この異世界に無理やり飛ばされてきた当人である俺からすれば、そんな話は正直、迷惑なだけでしかない。もちろん、命を二度も救ってくれたリリィには感謝しているし、明日香を見つける為にはここに身を寄せるほか無い。

「だろうなぁ。だがまあここに来たからには、せいぜい協力してもらうぜ」

「ああ、最初からそのつもりだ」

 俺のその返答に満足する答えを得たたのか、ハルベルトは先程よりかは和らいだ口調で同情の意を示した。この反乱軍たちが俺を救世主として利用するならば、俺は明日香を見つける為にこの反乱軍を利用させてもらう。険悪とは言わないまでも、ピリピリとした空気が通路を包んでいたが、あまり時間が経たない内に辿り着いたドアの前でハルベルトは立ち止まった。

「この部屋だ。さっきリーダーが言った通り、ここで保管してあるカードを使いながら、しばらく休んでてくれ」

 そう案内するだけ案内すると、ハルベルトは仕事は果たしたとばかりに通路を逆走していく。その後ろ姿を見てしばし、ひとまず案内された部屋へ入るべく目の前のドアを開けた。

「…………」

 地下に無理やり作った部屋ということか、部屋から俺を歓迎したのはまず砂埃だった。その埃に顔をしかめた先にあったものは、1ヶ月間ほど掃除していないかのような、砂埃に埋もれた部屋とカードたちだった。

「これは……酷いな」

 百歩譲っても、客人を案内する部屋ではない。近くにある砂埃に埋もれたカードを抜き取ると……いや、抜き取ろうとしたカードは少し重く、十枚ほどの束であった。さてどのようなカードなのか、と思ってチェックしようとすると、ドアからノックする音が響いた。

 ハルベルトが戻って来たかスパルタスあたりが呼びに来たか、と拾ったカードをポケットに仕舞っておくと、ノックされたドアの方に近づいた。

「は――――ッ!?」

 ――ドアを開けた俺の前に飛び込んで来た物は、銀色に鈍く輝く刃。銀色の光が迫り来るのを見て、俺は反射的に腕に装着されているデュエルディスクを突き出し、銀色の刃とデュエルディスクが金属音とともにぶつかり合った。

「……チッ!?」

 銀色の剣を持って切りかかってきた闖入者は、舌打ちをしながら事態を飲み込めていない俺に対し、そのまま腹に蹴りを叩き込んだ。肺から空気が全て吐き出されるような感触を味わいながら、俺は悲鳴をあげる間もなく、砂埃だらけのカードの束に向かって吹き飛ばされた。

「……っつぅ……!」

 砂埃とカードの束を空中に巻き上げながら、俺はゴロゴロと回りながらドアから現れたモノを見た。ソレは入ってきたドアを閉め、キキキ、と嫌らしい音を鳴きながら、俺のデュエルディスクと鍔迫り合いを演じた剣を鞘に仕舞った。

「カンテラ……だったか? お前」

 そこにいたのは、先程スパルタスが部下として紹介した戦士の部下の一人の、ヒロイックの戦士であるカンテラ――モンスターとしては、《H・C カンテラ》という名前だったか。

「要するに邪魔なのさ。覇王への反攻作戦が始まろ~って時に、アンタみたいな奴が来ちゃ、本当はどうあれ救世主になっちまうからなぁ……」

 キキキ、とまたもや耳障りな鳴き声が俺の耳に響く。そんな今さらどんな物語にも通じないような、陳腐な理由で殺されてたまるかと立ち上がる。対してカンテラも、その腕に装着していたデュエルディスクを展開する。

「キキキ……さっきのデュエルを見てりゃ、テメェのデッキは酷いもんだった。まだ改造する暇もねぇはずだよなぁ……」

 まだこちらがデュエルディスクを展開する暇もなく、カンテラはキキキと耳障りな音をたてながら、自身のデュエルディスクから五枚のカードを引いていく。このままでは、カンテラが召喚したモンスターに良いようにやられてしまうと、こちらも対抗しようとした時……俺の行動が止められた。カンテラが行った、ある一つのことにより。

「俺は《融合》を発動! 《エトワール・サイバー》と《ブレード・スケーター》を融合し――《サイバー・ブレイダー》を融合召喚!」

 ……俺の前に現れたのは銀幕の女王。その見知ったモンスターの姿に、俺は言葉を失うとともに驚愕する。《サイバー・ブレイダー》――もはや説明不要の彼女のカードに。

「……そのカードを……ッ!」

「キキ?」

「……そのカードを、どこで手に入れたあッ!?」

 このボロボロの部屋が崩れ去るかのような俺の咆哮に、空中に飛び上がっていた砂埃とカードが再び舞い上がっていき、カンテラの不愉快な鳴き声が消える。だが、カンテラはすぐにその余裕を取り戻すと、キキキと口角を上げた。

「キキキ、デュエルで勝ったら教えてやろうじゃねぇか……」

「……そうかい……」

 カンテラを力の限り睨みつけながら、俺もデュエルディスクを展開する。カンテラは俺の目つきに蹴落とされたのか、無意識に一歩その場から下がったものの、そのデュエルディスクに入った俺のデッキのことを思い出したのか、キキキ、と鳴いて踏みとどまった。

「な、ならオレはこれでターンエンドよ! 早くカードを引きなぁ!」

 カンテラの煽ってくる言葉を無視すると、俺は気づかないうちに万力のような力を込めていた拳を開くと、その手をカードが舞い上がっている上空にかかげた。すると、無意識に自らの血にまみれていた手に、空中に舞い上がっていたカードたちが集まっていく。見ている暇もなく、舞い上がっていたカードたちはみるみるうちに40枚のカードの束……いや、俺というデュエリストとともに戦う『デッキ』となっていく――!

「キ、キキ……?」

 目の前で起きたその理解しがたい光景に、カンテラの不快な鳴き声のリズムが乱れる。それはともかくとして俺は、これまで俺を助けてくれていたリリィのデッキを、デュエルディスクから引き抜くと大切に胸ポケットに入れた。

 ありがとう……と感謝の意を示しながら、その俺の手に収まったデッキをデュエルディスクに差し込み、こちらもデュエルの準備が完了する。

「……待たせたな。さて、やろうか……!」

「キッ……おおう、来やがれ!」

 カンテラの一瞬聞こえた怯えるような声をバックに、俺は後攻でのカードの一枚ドローを含めて六枚のカードをドローすることで、変則的ながらそのデュエルは開始された。奴のフィールドに融合召喚された《サイバー・ブレイダー》を見ながら、俺は慣れた手つきでその手札の中から一枚のモンスターを手に取った。

 この異世界に来て、始めて見つけた明日香への糸口。狭くて小さいかも知れないけれど、その道を進んで行けば、必ず明日香に辿り着くことが出来るはずだ。その狭くて小さい糸口を進む為に、俺とともに歩いてくれる、どんな世界だろうと最も信頼出来るモンスターたち。


 ――その名は――

「来い、《マックス・ウォリアー》!」

 ――《機械戦士》――!


 戦陣を斬るのは三つ叉の槍を持った機械戦士。マックス・ウォリアーがフィールドに舞い降り、サイバー・ブレイダーへ向けて、槍を向けて攻撃する体勢を取った。

「おま……デッキが違うじゃねぇか! 話が違う!」

「……マックス・ウォリアーでサイバー・ブレイダーに攻撃! スイフト・ラッシュ!」

 喚き出すカンテラを無視しながら、マックス・ウォリアーは俺が出した攻撃命令を忠実に実行し、その三つ叉の槍でサイバー・ブレイダーへと乱れ突きを炸裂させる。マックス・ウォリアーは攻撃する際にその攻撃力を400ポイント上昇させ、サイバー・ブレイダーに攻撃力を上回る。……が、もちろん、サイバー・ブレイダーは破壊されない。

カンテラLP4000→3900

「さ、サイバー・ブレイダー第一の――」

「メイン2、手札から《ワンショット・ブースター》を特殊召喚!」

 カンテラの《サイバー・ブレイダー》の効果の発動宣言を遮りながら、さらに俺は《ワンショット・ブースター》を特殊召喚する。《サイバー・ブレイダー》第一の効果により、マックス・ウォリアーの攻撃では破壊できないくらい想定済みだ。

「なに!? だがこれで、サイバー・ブレイダーの第二の効果が発動だぁ! なんと攻撃力が――」

「《ワンショット・ブースター》はモンスターが召喚されたターン、特殊召喚が出来る。さらにこのカードをリリースすることで、戦闘で破壊されなかったモンスターを破壊する! 蹴散らせ、ワンショット・ブースター!」

「――なにぃ!?」

 《サイバー・ブレイダー》は《ワンショット・ブースター》が特殊召喚されたことにより、その効果で攻撃力を倍の4200ポイントにまで上昇させるものの、ワンショット・ブースターが放ったミサイルに直撃。そのままその効果を活かすことなく、破壊されて墓地へ送られることとなった。

「……降参するなら今の内だぞ、カンテラ。カードを一枚伏せ、ターンエンド!」

「……や、やってやんよぉ! オレのターン、ドロー!」

 自慢げに出した《サイバー・ブレイダー》を一ターンで破壊されたことと、俺の鬼気迫る勢いにカンテラは怖じ気づいたものの、その気持ちに負けじとデッキからカードを引く。上手く理由を言うことは出来ないが、カンテラが使っているデッキが明日香のデッキであると、俺はそう確信を持っていた。……始めて得た手がかりを、否定したくないだけかも知れないが。

「キキキ……オレは《再融合》を発動! 800ポイントのライフを払い、オレは墓地から《サイバー・ブレイダー》を特殊召喚する!」

カンテラLP3900→3100

 融合モンスター専用の《早すぎた埋葬》こと《再融合》。800ポイントのライフを払い、墓地から再び銀幕の女王が特殊召喚される。しかしその動きに、普段の美しさを感じることは出来なかった。

「バトル! サイバー・ブレイダーで、マックス・ウォリアーを攻撃!」

「リバースカード、オープン! 《くず鉄のかかし》!」

 《マックス・ウォリアー》の攻撃力は1800と、サイバー・ブレイダーなら戦闘破壊出来ると見たカンテラの宣言により、サイバー・ブレイダーの蹴りがマックス・ウォリアーに迫り来る。だがそれは、マックス・ウォリアーの前に現れたくず鉄で作られたかかしに振るわれた。

「《くず鉄のかかし》は相手の攻撃を無効にし、そのままもう一度セットされる」

 サイバー・ブレイダーの一蹴りによって破壊された《くず鉄のかかし》だったが、その簡素な作り故に再利用も容易い。《くず鉄のかかし》は修復されると、再び俺のフィールドにセットされる。

「ぐぬ……カードを二枚伏せ、ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!」

 俺のフィールドには《マックス・ウォリアー》にリバースカードが二枚――うち一枚は《くず鉄のかかし》――があり、カンテラのフィールドには《再融合》によってその命を繋いでいる《サイバー・ブレイダー》。そしてついさっきセットされたリバースカードが、こちらと同じく二枚。

 《マックス・ウォリアー》の効果を使いながら攻撃すれば、《サイバー・ブレイダー》の攻撃力を上回るものの、今の《サイバー・ブレイダー》は戦闘破壊をすることは出来ない。ならば、やはり狙うのは《サイバー・ブレイダー》ではない方か。

「俺は《ドリル・シンクロン》を召喚!」

 そして召喚されたのは、シンクロンシリーズの一枚であるチューナー《ドリル・シンクロン》。頭についた三つのドリルが高速で回転しつつ、マックス・ウォリアーの横に並び立った。合計レベルは7、狙うはもちろんシンクロ召喚。

「レベル4の《マックス・ウォリアー》と、レベル3の《ドリル・シンクロン》をチューニング!」

 《ドリル・シンクロン》の高速回転をしていたドリルが限界を迎えると、その身体が緑色の輪となってマックス・ウォリアーを包み込む。その間に俺は、先程拾ってポケットに入っていたカード達を、デュエルディスクのエクストラデッキへと投入する。

 《機械戦士》たちが何故この異世界にいるか、そして何故この反乱軍のカード倉庫にあるかは分からない。御都合主義とも取れるが、俺は《機械戦士》たちが俺を助けに来てくれたのだと……そう、信じている。

「集いし願いが新たに輝く星となる。光さす道となれ! シンクロ召喚! 現れろ、《パワー・ツール・ドラゴン》!」

 そしてフィールドに降り立つ鋼を身に纏いし竜。その咆哮がフィールドを震撼させ、機械の奥から竜の瞳が俺のことを覗いていた。早く効果を使え、と急かすようにして。

「……パワー・ツール・ドラゴンの効果を発動! パワー・サーチ!」

 デッキから装備魔法カードを三枚裏側表示で選び出し、相手が選んだカードを手札に加えるサーチ効果。三つのカードがカンテラの前に表示され、奴が選んだカードを手札に加えると、俺はそのまま《パワー・ツール・ドラゴン》に装備した。

「装備魔法《サイクロン・ウィング》を装備し、バトル!」

 《パワー・ツール・ドラゴン》の鎧に包まれた翼に、二対の機械の翼が装備される。その翼には、風を引き起こすファンが装備されていたが、パワー・ツール・ドラゴンの攻撃力は変わらない。元々パワー・ツール・ドラゴンの攻撃力は、今から攻撃するサイバー・ブレイダーよりも上だが。

「サイバー・ブレイダーは第一の効果で、戦闘では破壊されないって言ってるだろうが!」

 ――そんなことはお前に言われなくても、お前以上に良く分かっている。そう宣言したくなったが、すんでのところで抑え込むと、代わりに装備魔法《サイクロン・ウィング》の効果の発動を宣言した。

「サイクロン・ウィングは装備モンスターが攻撃する時、相手の魔法・罠カードを一枚破壊する! 俺が破壊するのは《再融合》!」

 融合モンスター専用の《早すぎた埋葬》とは言ったもので、《再融合》はそのデメリットすらも忠実に受け継いでいる。この魔法カードが破壊された場合、その蘇生した装備モンスターも破壊される、というデメリットを。そして《再融合》のデメリットに忠実に従い、《サイバー・ブレイダー》は《パワー・ツール・ドラゴン》と戦うまでもなく、破壊されることとなった。

「キキキ……!?」

「巻き戻しが起こることにより、もう一度攻撃宣言をさせてもらう。……パワー・ツール・ドラゴンでダイレクトアタック! クラフティ・ブレイク!」

 戦闘もせずに破壊された《サイバー・ブレイダー》に鳴き声の調子が崩れるカンテラだったが、さらにパワー・ツール・ドラゴンが自らに向かってきたことに驚愕する。バトルをする前にサイバー・ブレイダーがフィールドから消えたことにより、パワー・ツール・ドラゴンの攻撃の巻き戻しが起きて、カンテラの無防備なところに一撃を喰らわせた。

「ひゃぁぁ!」

カンテラLP3100→800

 カンテラのフィールドに伏せられた二枚のリバースカードは、その身を守るカードではなかったらしく、カンテラは情けない悲鳴をあげて《パワー・ツール・ドラゴン》の一撃を直撃する。半分以上のライフポイントを減らされ、ライフポイントは僅か800ポイントまで落ち込んでいた。

「これで俺はターンエンド……!」

「お……オレのターン、ドロー!」

 目に見えて冷や汗をかくカンテラだったが、それでも尚デッキからカードを引いた。こうなれば後には引けないということか、パワー・ツール・ドラゴンに守られながらも、俺は油断なくカンテラの動作を見た。敗北したらどこかに消えてしまう、というこの世界ならば尚更、油断することは出来やしない。

「オレは伏せてあった《融合準備》を発動! デッキから《サイバー・ブレイダー》の融合素材を手札に加え、墓地から《融合》の魔法カードを手札に加える!」

 カンテラの発動したリバースカードだったが、あたかも融合用の《儀式の準備》といったリバースカード《融合準備》といった罠カードを始めて見た。明日香のデッキに俺の知らないギミックとカードが入っていたか、カンテラが異世界のカードを使って改造したか……どちらかは分からないが、今デュエルをしている相手は明日香ではない、という事実を改めて実感する。

「さらに手札からフィールド魔法《祝福の教会―リチューアル・チャーチ》を発動!」

 フィールド魔法の発動によって、俺とカンテラがいる場所が小汚い倉庫から結婚式が行われるような、厳かな雰囲気をした白い教会へと変化していく。リチューアルという名前の通り、その効果は儀式のサポートカード。

「祝福の教会の効果を発動。手札の魔法カードを墓地に送り、デッキから儀式魔法を手札に加えることが出来る。オレは《高等儀式術》を加えるぜ、キキキ……!」

 デッキが回りだして嬉しいのか、カンテラが少し余裕余裕を取り戻したのか、キキキと喉から鳴き声を漏らした。そして、その融合から儀式に繋げるコンボは――明日香は《融合準備》ではなく、《融合回収》を使っていたが――明日香が良く使用していたコンボであり、カンテラのデッキが明日香のデッキだという確信を強める。

「《高等儀式術》を発動! デッキから通常モンスターを墓地に送り――」

「おい。お前、明日香って奴を……知ってるか?」

 こちらに《高等儀式術》を止める手段はない。《高等儀式術》によって儀式モンスターが降臨する前に、俺はカンテラに声を震わせながらも聞いた。明日香の手がかりを知るチャンス、だと思いながらも、心のどこかではカンテラが、『そんな奴は知らない』と言ってくれることを願っていたかも知れない。

「明日香ぁ? ……キキキ、このデッキの前の持ち主は、そんな名前だったかねぇ……」

 ――かくしてカンテラから語られたことは、明日香の手がかりとなるに相応しい情報ではあった。だが、なら何故カンテラがその明日香のデッキを持っているのか。その新しい謎とともに、俺の頭に最悪の光景が去来する。

「んでそんなこと聞くかは知らねぇが、キキキ……そんなことを考えてるヒマはねぇ! 《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》を儀式召喚!」

 そして儀式によって降臨する、《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》。八つの腕にそれぞれの刃を持ち、こちらの《パワー・ツール・ドラゴン》のことを睥睨する。そんな最強のサイバー・エンジェルの登場に、明日香に起きている《最悪の状況》のことをどうにか頭から放り出すと、サイバー・エンジェル-荼吉尼-の効果の発動に備えた。

「サイバー・エンジェル-荼吉尼-は特殊召喚された時、相手はモンスターを一枚選んで破壊する! キキキ……お前のフィールドには一体しかいないがね……」

 必然的に破壊されるのは《パワー・ツール・ドラゴン》。《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》の八つの刃がパワー・ツール・ドラゴンに迫ったが、その攻撃をパワー・ツール・ドラゴンは、自身の翼に装備された《サイクロン・ウィング》を犠牲にすることで、その破壊を免れる。

「《パワー・ツール・ドラゴン》は装備魔法を破壊することで、自身の破壊を免れる。イクイップ・アーマード!」

「キキキ……なら直接破壊するまでだぁ! サイバー・エンジェル-荼吉尼-でパワー・ツール・ドラゴンに攻撃!」

 効果破壊を防ぐことは出来たものの、サイバー・エンジェル-荼吉尼-の八つの刃による攻撃はまだまだ続いている。さらに連撃をたたき込もうとする最強のサイバー・エンジェルの前に、くず鉄で作り出されたかかしが立ちはだかった。

「《くず鉄のかかし》を発動! その攻撃を無効に……」

 最強のサイバー・エンジェルを前に、その程度の防壁は通用しない。発動した《くず鉄のかかし》は、サイバー・エンジェル-荼吉尼-の前に切り裂かれてしまう。

「キキキ……伏せてあった《トラップ・ジャマー》を発動! 相手の罠カードを無効にする!」

 その種はカウンター罠《トラップ・ジャマー》。バトルフェイズ中に発動した罠カードの効果を無効にするカードだ。カンテラが伏せていた二枚のサポートカードの支援もあり、パワー・ツール・ドラゴンはサイバー・エンジェル-荼吉尼-に破壊された。

遊矢LP4000→3600

 サイバー・エンジェル-荼吉尼-の刃の衝撃が襲うが、せいぜい400ポイント程度。気にすることではない。首尾良くこちらのエースカードを破壊した、カンテラの表情に笑みが浮かんでいくが、こちらにも発動するリバースカードが残っている。

「同じくリバースカード《奇跡の残照》を発動! 破壊された《パワー・ツール・ドラゴン》を特殊召喚する!」

 祝福の教会に降り注ぐ光とともに、パワー・ツール・ドラゴンが鋼の咆哮を伴って復活する。簡単に復活したパワー・ツール・ドラゴンに、その表情から笑みが消えたカンテラだったが、もはやバトルフェイズに出来ることはなかった。

「……カードを一枚伏せ、ターンエンド……」

「俺のターン、ドロー!」

 両者ともに、伏せられた二枚のリバースカードを消費した先のターンは、言うなれば痛み分けだっただろうか。カンテラには《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》と、一枚のリバースカードがある。そのライフポイントは僅か800ポイントと、このターンで追撃を仕掛けたいところだったが、生憎と俺の手札にモンスターカードはなかった。

「再びパワー・ツール・ドラゴンの効果を発動! パワー・サーチ!」

 発動されるパワー・ツール・ドラゴンの効果により選ばれたのは、《団結の力》・《デーモンの斧》・《魔界の足枷》。そのいずれも《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》を破壊できたが、カンテラによって選ばれた装備魔法は、この状況では最もカンテラへのダメージが低い《団結の力》だった。

「パワー・ツール・ドラゴンに、《団結の力》を装備する!」

 手札に加えられた《団結の力》を装備する。いくら選ばれた三枚の装備魔法の中で、一番ダメージが低いとは言っても、それでも《パワー・ツール・ドラゴン》の攻撃力は3100。サイバー・エンジェル-荼吉尼-の攻撃力の2700を超え、充分に戦闘破壊が可能な数値へと跳ね上がった。尚更モンスターカードが手札になかったことが悔やまれるが、明日香のことを聞くためにも、カンテラのライフポイントを0にしてはならない……

「バトル! パワー・ツール・ドラゴンで、サイバー・エンジェル-荼吉尼-を攻撃! クラフティ・ブレイク!」

「うわぁぁ!」

カンテラLP800→400

 パワー・ツール・ドラゴンは難なくサイバー・エンジェル-荼吉尼-を破壊すると、その余波で受けたダメージによって、カンテラの残りライフポイントは400ポイント。奇しくも俺が先程、気にする程でもない僅かなダメージ、と称した数値と同じだった。

 そろそろ降参をしろ、と呼びかけようとしたものの、腐っても反乱軍に所属している戦士ということか、カンテラにはまだ降参する様子はない。相変わらずキキキ、と耳障りな鳴き声を響かせながら、その伏せられたリバースカードを発動した。

「キキキ……こっちもだ! 《奇跡の残照》を発動! 蘇れぇ、《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》!」

 俺のフィールドに《パワー・ツール・ドラゴン》が復活した時と同じように、《奇跡の残照》によって《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》が光とともに特殊召喚された。あの罠カードは、明日香のデッキにも入っていることは知っている。

 だが。

「それはお前が使って良いカードじゃない……!」

 あの《奇跡の残照》は、明日香の《サイバー・ブレイダー》とトレードしたカード。俺の《サイバー・ブレイダー》も明日香の《奇跡の残照》も、持ち主を変えて共に戦って来た。それを使うカンテラに対し、腕に血がにじむ程に握り締めながら睨みつける。だが、そんな感傷に浸る時間はなく《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》が特殊召喚されたために、その効果を発動する。

「さっき言った通り……キキキ……《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》は特殊召喚された時、相手はモンスターを破壊する!」

「……こっちもさっき言った通り、だ。《団結の力》を破壊し、パワー・ツール・ドラゴンの破壊を無効にする! イクイップ・アーマード!」

 特殊召喚したことで効果を発動し、《パワー・ツール・ドラゴン》を切り裂いた《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》だったが、《団結の力》を墓地に送ることで《パワー・ツール・ドラゴン》は破壊を免れる。しかし《団結の力》を墓地に送ってしまったことにより、その攻撃力は2300と、《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》の攻撃力を下回ってしまう。

 これでは次のターンで《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》に破壊されるのみ――と、カンテラは計算通りだと思って笑っていることだろう。

「メイン2、俺は《アームズ・ホール》を発動! デッキからカードを一枚墓地に送り、墓地から《団結の力》を手札に加えて、再び《パワー・ツール・ドラゴン》に装備し、カードを一枚伏せてターンを終了する」

 そのターンでの通常召喚を封じることにより、装備魔法を手札に加えることの出来る通常魔法。俺の手札にモンスターはいないので、惜しみなく発動することが出来るが……ならば、バトルフェイズをする前に発動すれば、このターンでこのデュエルの決着をつけていられた。それでもこの《アームズ・ホール》を発動しなかったのは、明日香について手がかりを聞き出すために、カンテラのライフポイントを0にすることは出来なかっただけのこと。

 あえて一ターン見逃された、ということはカンテラにも分かったようで、こちらに対して憎らしい表情を取っていた。

「……オレのターン……ドロー……!」

 見逃されたことに怒り心頭といった様子だったが、それはカンテラだけでなくこちらも同じこと。これでサレンダーをする気がないなら、まだまだ痛みつける必要があるらしい……!

「《貪欲な壷》を発動! 墓地の五枚のモンスターを戻すことにより、二枚ドローぉ! ……さーらーにー《サイバー・プチ・エンジェル》を召喚!」

 汎用ドローカードにより二枚ドローし、良いカードを引いたのか相変わらず笑いながら召喚されたのは、サイバー・エンジェルたちのサポートモンスター。その効果によって、手札に《機械天使の儀式》がカンテラの手札に加えられる。

「そして《機械天使の儀式》を発動! 《サイバー・プチ・エンジェル》と《エトワール・サイバー》をリリースし、《サイバー・エンジェル―弁天―》を儀式召喚!」

 フィールドの《サイバー・プチ・エンジェル》と、《融合準備》によって手札に加えられていた《エトワール・サイバー》を素材にし、降臨するのは扇を武器にした、明日香の儀式モンスターのフェイバリットと言える、《サイバー・エンジェル―弁天―》。

 しかしその攻撃力は1800と、《パワー・ツール・ドラゴン》には遠く及ばないにもかかわらず、攻撃表示にての召喚に警戒する。儀式モンスターの攻撃力を1500ポイント上げる、《リチュアル・ウェポン》だろうか。

「キキキ……確か、このモンスターは明日香とかいう女の大切なモンスターだったよなぁ……返してやるよぉ! 魔法カード《強制転移》!」

「……何だと!?」

 明日香のデッキにはもちろん入っていなかった、コントロール奪取系の魔法カード《強制転移》。カンテラのフィールドの《サイバー・エンジェル―弁天―》と、俺のフィールドの《パワー・ツール・ドラゴン》のコントローラーが入れ替わった。

 よって俺のフィールドには、明日香の《サイバー・エンジェル―弁天―》とリバースカードが一枚。カンテラのフィールドには、《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》と、《団結の力》によって攻撃力が3900となった《パワー・ツール・ドラゴン》……!

「キキキ……バトル! サイバー・エンジェル-荼吉尼-でサイバー・エンジェル―弁天―に攻撃!」

 カンテラの魔法カード《強制転移》によって演出される、サイバー・エンジェルたちの同士討ち。最強のサイバー・エンジェルの名は伊達ではなく、荼吉尼は容易く弁天を切り裂いた。……そのサイバー・エンジェルの表情が、どちらも悲しげだった事は見間違いではあるまい。

「…………!」

遊矢LP3600→2500

「同士討ちってのはいつ見ても最高だぜ……キキキ……自分のモンスターでやられる様を見るのは、もっと最高だがな! パワー・ツール・ドラゴンでダイレクトアタック!」

 コントロールを奪われた《パワー・ツール・ドラゴン》が、がら空きになった俺のフィールドに向かって攻撃を放つ。カンテラの不愉快な笑い声をバックにしながら、俺の前に砂埃まみれになっていた大量のカードたちが立ちはだかり、パワー・ツール・ドラゴンの一撃を食い止めた。

「伏せていた《ガード・ブロック》を発動。戦闘ダメージを0にし、一枚ドロー!」

「チッ……まあ良い、ターンエ、ン、ド、だ」

 大量のカードから一枚が俺の手札へと加えられ、《パワー・ツール・ドラゴン》はカンテラのフィールドへと舞い戻っていく。《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》と《パワー・ツール・ドラゴン》が並び立つ光景に、俺は闘志を漲らせながらカードをドローする。

「俺は《レスキュー・ウォリアー》を召喚し、攻撃する!」

 ドローしたカードをすぐさま召喚するとともに、消防士のような格好をした機械戦士《レスキュー・ウォリアー》が召喚され、その背中に背負ったポンプで攻撃する。目標はもちろん、《パワー・ツール・ドラゴン》。

「キキキ……迎撃だ、パワー・ツール・ドラゴン!」

 攻撃力が3900となった《パワー・ツール・ドラゴン》に、何の装備魔法も装備していない下級の機械戦士では勝ち目はない。《レスキュー・ウォリアー》もその例には漏れず、あっさりと《パワー・ツール・ドラゴン》に破壊されてしまう。

 ……だが、《レスキュー・ウォリアー》の仕事はここからだ。レスキュー・ウォリアーが放ったポンプからの水流が、パワー・ツール・ドラゴンを絡めて捕らえていく。

「キキキ……!?」

「レスキュー・ウォリアーの二つの効果を発動! 俺への戦闘ダメージを0にし、コントロールを奪取されたモンスターを元々の持ち主へと奪い返す。帰ってこい、《パワー・ツール・ドラゴン》!」

 絡みついた水流が《パワー・ツール・ドラゴン》を引き戻し、俺のフィールドへと舞い戻って来る。《レスキュー・ウォリアー》は破壊されてしまったが、その思いは《パワー・ツール・ドラゴン》へと引き継がれていく。

「……なぁっ……!」

「そして、まだ俺のバトルフェイズは終了していない……!」

 俺のフィールドには奪い返した、《団結の力》によって攻撃力が3100に上昇した《パワー・ツール・ドラゴン》。そしてカンテラのフィールドには、攻撃力が2700の《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》のみであり、そのライフポイントは僅か400ポイント。ちょうど《パワー・ツール・ドラゴン》の一撃で、カンテラのライフポイントは消える。……ライフポイントだけでなく、その存在すらも。

「話してもらおうか……明日香のことを……!」

 俺のその問いとともに、《パワー・ツール・ドラゴン》が《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》に向かっていく。後はその腕を振り下ろすだけで、最強のサイバー・エンジェルごとカンテラの命は尽きる。

「さあ、話せ! 死にたくなければ!」

「ヒィッ……」

 カンテラは悲鳴をあげながら、フィールドに展開している祝福の協会の壁際まで下がっていき、そのまま尻餅をついてしまう。俺の殺気を孕んだ脅しに対して、そのままコクコクとカンテラは頷いた。

「まずは、そのデッキをどこで手に入れた……?」

「ひ、拾ったんだよ……止めろぉ!」

 明らかな嘘をつくカンテラに対して、俺は《パワー・ツール・ドラゴン》の腕を少しだけ《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》に振り下ろした。カンテラからすぐさま制止する声が出され、《パワー・ツール・ドラゴン》はその動きを止める。前の持ち主の名前と好きなモンスターまで把握しているにもかかわらず、何も知らずにただ拾ったという訳がない。

「拾ったってのは本当だ……明日香とかいう奴と誰かがデュエルしてた後に、そう、拾ったんだよ! ……ヒッ!」

「……あ?」

 カンテラがそう答えるとともに、もう一度《パワー・ツール・ドラゴン》がその一撃を振り下ろそうとする。そのカンテラの口振りでは、明日香が誰かとデュエルして敗北し、そのデッキをカンテラが受け継いだように聞こえた……そしてこの世界で敗北したということは、即ち明日香は……?

「嘘をつくなよ……つくなぁッ!」

 近くにあった祝福の協会の机に、思いっきり腕を叩きつける。俺のその動きに連動するように、パワー・ツール・ドラゴンが動き始めた。

「嘘じゃねぇよぉ! だ、だから止めてくれ……!」

 もはやカンテラの言う言葉など聞こえない。《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》に対して、《パワー・ツール・ドラゴン》の一撃が躊躇いなく喰らわせる――ところで、俺のリリィから借りたデュエルディスクから、警告を知らせる音声が鳴り響いた。

「なに……?」

 デュエルディスクが示していたのは、今の俺のフェイズ。《パワー・ツール・ドラゴン》が攻撃しようとしていたバトルフェイズではなく、全てのターンの終わりとなっているエンドフェイズとなっていた。当然エンドフェイズに攻撃出来るはずもなく、《パワー・ツール・ドラゴン》は《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》への攻撃を中断し、俺の元へと帰還した。

「キキキ……一分間何も行動しなかったプレイヤーはターンを放棄したと見なされる……オレのターン、ドロー!」

 ……これは異世界のデュエル。俺たちが知っているデュエルとは違う、そのことは承知していた筈なのに。そのルールによって俺のターンは終了し、カンテラのターンへと移行する。尻餅をついていたカンテラは壁を背にして起き上がり、俺から逃げるようにしながらカードをドローした。

「速攻魔法《神秘の中華鍋》を発動し、《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》を墓地に送り、ライフを攻撃力分だけ回復する。……さらに墓地のモンスターを除外し、手札のこのモンスターを特殊召喚する!」

 《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》が墓地に送られるとともに、カンテラの背後から巨大な石盤とそのモンスターの影が浮かび上がって来る。明日香のデッキに似つかわしくない、悪魔のようなモンスターの姿が。

「墓地の闇属性・悪魔族モンスター三体と、光属性・天使族モンスターを除外することで、キキキ……現れろぉ、《天魔神 ノーレラス》!」

 四体のモンスターがカンテラの背後の石盤に吸収されると、耐えきれなくなったかのように破壊され、封印が解けたかのように悪魔が石盤から姿を見せた。サイバー・エンジェルたちとは程遠く、石盤に吸収されていった悪魔と天使を継ぎ接ぎにしたような、そんなモンスターだった。

 あの《カオス》モンスターと似たような召喚条件を持った、《天魔神》というシリーズカードの中の一枚かつ、最も強力なモンスターである《天魔神 ノーレラス》。墓地の闇属性・悪魔族モンスター三体と、光属性・天使族一体を除外する、という厳しい召喚条件を備えていて、明日香のデッキに元々入っていたカードではない。墓地に悪魔族を送っていたのは、《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》を《高等儀式術》で儀式召喚した時しかない。

 明日香のデッキを改造したことに対して憤っていると、最強の天魔神。ノーレラスの効果が起動しようとしていた。

「キキキ……《天魔神 ノーレラス》の効果を発動! 1000ポイントのライフを払い、フィールドのカードとお互いの手札を全て墓地に送る! セメタリー・オブ・インパクト!」

カンテラLP3100→2100

 今、この世界を構成している祝福の教会にヒビが入っていく。それと同時に《パワー・ツール・ドラゴン》の耐性効果すらも意に介さず、世界全てを破壊し尽くそうとしている、《天魔神 ノーレラス》本体ですらも。ピシィ、と一際強大な音が響き、ノーレラスの手によって全てが抹消された。

「さらにオレは一枚ドロー! ……キキキ……今引いた《死者蘇生》を――!?」

 《神秘の中華鍋》でライフポイントを回復し、《天魔神 ノーレラス》の効果のライフコストを確保して、フィールドのカードに手札を全て墓地に送る。そして一枚ドローしたカードでの追撃、とカンテラが行おうとした時――フィールドに二対の旋風が巻き起こった。

「……墓地に送られた二枚の《リミッター・ブレイク》の効果――デッキから、《スピード・ウォリアー》を特殊召喚する!」

『トアアアッ!』

 マイフェイバリットカードが二体、俺のフィールドに旋風とともに並び立つ。カンテラは、予想外のタイミングで特殊召喚された《スピード・ウォリアー》のことを驚いたようだったが、所詮は下級モンスターだと判断したのか、キキキ……と笑いながら行動を続行する。

「ハッ……《死者蘇生》を発動! 墓地から《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》を特殊召喚!」

 再び特殊召喚される《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》。特殊召喚されたことによって何回目かの効果が発動し、《スピード・ウォリアー》のうち一体が破壊された。

「バトル! その下級モンスターを破壊しろ!」

「くっ……!」

遊矢LP2500→900

 《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》の八つの刃が、二体の《スピード・ウォリアー》をいとも容易く破壊し、俺のライフポイントを大きく削る。俺の手札は0枚にフィールドには何も無しと、完全にカンテラと俺の形成は逆転していた。

「キキキ……オレはこれでターンエンド。すぐにその明日香って女のところに送ってやるよ!」


「俺のターン、ドロー……!」

 カンテラの言葉を無視するとともに、勢い良くデッキからカードをドローする。このデュエルで活かす機会は無かったものの、《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》には貫通効果があり、壁モンスターを守備表示で出して耐え抜くという手段は通用しない。ならば今引いたこのドローカードが、このデュエルにおけるラストドロー……!

 そして引いたカードは――俺の知らないカードだった。

「このカードは……?」

 知らないカードではあったが、そのカードの持ち主に心当たりはあった。何故ならば、そのカードに記された《ヒーロー》という文字。俺の知っているヒーロー使いで、この異世界に来る直前にデュエルした者は、一名だけしかいない。

 ――遊城十代。どうして彼のカードがこのデッキに紛れているかは分からないが、俺はそのカードをデュエルディスクにセットした。

「俺は《潜入!スパイ・ヒーロー》を発動! デッキからカードを二枚ランダムに墓地に送り、相手の墓地の魔法カードを手札に加える! 俺が手札に加えるのは、《死者蘇生》!」

「オレの墓地のカードを!?」

 カンテラのデュエルディスクから、《死者蘇生》のカードが俺に向かって飛んできたのをキャッチすると、そのままその《死者蘇生》をデュエルディスクにセットした。言わずと知れた万能蘇生カード、《死者蘇生》によって蘇らせるモンスターカードは――

「《死者蘇生》によって、お前の墓地の《サイバー・エンジェル―弁天―》を特殊召喚する! ……返してもらうぞ、明日香のフェイバリット!」

 ――《サイバー・エンジェル―弁天―》。二対の扇を持ったサイバー・エンジェル、明日香のフェイバリットカードだったモンスターを選択し、カンテラの元から彼女を解放する。《サイバー・エンジェル―弁天―》は一瞬だけこちらを振り向いたが、すぐにその扇をまだカンテラのフィールドにいる《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》に向けた。

「キキキ……そんなザコモンスター蘇生しようがなぁ……!」

「俺は墓地の二枚のカードを発動! 《ADチェンジャー》! 《スキル・サクセサー》!」

 《天魔神 ノーレラス》や《潜入!スパイ・ヒーロー》の効果で《リミッター・ブレイク》たちと同様に、墓地に送られていた二枚のカード、《ADチェンジャー》と《スキル・サクセサー》。その二枚のカードによって、《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》の表示形式は変更され、《サイバー・エンジェル―弁天―》の攻撃力は2600となる。《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》の守備力は2400と、《スキル・サクセサー》の補助を受けた《サイバー・エンジェル―弁天―》なら、戦闘破壊することが可能な数値。

 ……そして《サイバー・エンジェル―弁天―》は、破壊したモンスターの守備力分のダメージを与える効果がある……

「なあっ……!?」

 そして《天魔神 ノーレラス》の効果もあって、その弁天の一撃を防げることは出来ない。カンテラもそれを理解したようで、先程と同様にこちらから背を向けて逃げ出した。それがただのポーズであり、またも一分間という時間を稼ぐためだということは分かる。

 だが、俺にはカンテラに攻撃することは出来なかった。これでトドメを刺してしまえば、明日香の手がかりは消えてしまい、この反乱軍にもいることが出来なくなってしまうだろう。とりあえず《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》を戦闘破壊し、守備力分のダメージを与える効果は発動せずに、とりあえずデュエルを進める。

「《サイバー・エンジェル―弁天―》で、《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》に攻撃! エンジェリック・ターン! ――――っ!?」

 そう考えて《サイバー・エンジェル―弁天―》に攻撃を命じた瞬間に、部屋にデュエル外の音が鳴り響いた。控えめに部屋のドアをノックする音がした数秒後、部屋のドアが静かに開いた。

「あの……何だか、物音がした、ので……」


 ――それから起きた出来事は一瞬だった。

「キキッ……!」

 控えめなノックとともに部屋に入ってきたのは、このデュエルの音に反応して、見に来てくれたリリィ。そして、彼女に目ざとく反応したカンテラは、人質にでもしようとでも思ったのか、ドアを開けたリリィの方に向かっていく。何が起きているのか分かっていないリリィに、カンテラから逃げるようなことは出来ず、反応が追いついていなかった。

 《スキル・サクセサー》と《ADチェンジャー》の支援を受けた、《サイバー・エンジェル―弁天―》は首尾良く《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》を戦闘破壊したものの、守備表示のためにカンテラにダメージはない。破壊された《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》のことには目もくれず、カンテラはリリィの元へ向かっていく。


 ――そのリリィとカンテラの様子は俺の脳内に、明日香がデュエルゾンビのモンスターに、直接攻撃を受ける光景がフラッシュバックする――

「……させるかぁぁぁぁぁ!」

 今度こそ明日香をやらせはしない――という俺の叫び声に呼応するように、《サイバー・エンジェル―弁天―》が動き出していく。リリィに向かって、腰に差していた剣を振りかざしたカンテラの背後に、サイバー・エンジェル―弁天が降り立つと――

「ギッ」

 ――カンテラの身体を横薙に切り裂くとともに、その効果で《サイバー・エンジェル-荼吉尼-》の守備力分のダメージを受け、そのライフポイントを0にし……カンテラはこの世界から消えることとなった。

「キキ、キキキ、キキキキキキキキキキキキ……」

 最期の瞬間まで、狂ったようにその耳障りな笑い声を響かせながら、カンテラのデュエルディスクから逃げ出すように、明日香のデッキからカードがバラバラと抜け落ちていく。デュエルの終了とともに《サイバー・エンジェル―弁天―》と両断されたカンテラの姿が消えていき、奇しくもデュエルの開始時と同じように、明日香のデッキが舞い上がっていく。

 ……そして、舞い上がったカードの向こうにいる彼女は……

「…………」

 ……明日香では、ない。 
 

 
後書き
何とも後味の悪い復帰戦である…… 
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