IS〜僕はあなたと天を翔ける〜
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第2話 また、会いにくるよ
束は頬をなにかがつたうのを感じた。
頬に手を当て、その手を見てみるとわずかに湿っていた。
あれ?どうして涙を流しているんだろう。
気づけば身体が震え、座り込んでいた。
──ひとりにはしない
っ⁉︎
──僕はあなたのあなたの同類だ。
だから、もうひとりにはしない。
だからあなたも僕をひとりにしないでくれ。
僕がそばにいる。
だから、僕のそばにいてくれ──
あぁ、そっか。
嬉しかったんだ。
ちーちゃんにも同じようなことは言われたことがある。
──私が一緒にいてやる。
そのときも嬉しかった。
ひとりじゃないって思えたから。
でも、ちーちゃんはいっくんに何かあったら私をひとりにして、いっくんの元にいくだろう。
でも。
でも、弟は、ゆーくんは違う。
私と同じ髪色の瞳には、私と同じ孤独が宿っている。
まだ3歳の幼子がする目ではない。
でも、そんなことは関係がなかった。
確かになぜそんな目をしてるのか知りたいと思う。
でもそれ以上に、嬉しかったのだ。
理解者がいるのだ。
本当の意味での理解者が。
親友のちーちゃんにも理解できない私の。
篠ノ之束の。
理解が。
こんなに嬉しいことはない。
何故だかはわからない。
でも、きっと知っている。
弟は。
篠ノ之結弦は。
孤独を。
家族といても満たされず、自分だけが異物なんじゃないかと思える世界。
ちーちゃん以外、いやちーちゃんからも私と関わるすべての人から化け物扱いされ、私の心を理解してくれない人々。
寂しい。
辛い。
いたい。
認めて。
褒めて。
撫でて。
──助けてよ!
心が声をあげても誰もが私に手を差し伸べず恐れるだけ。
そんな孤独を結弦は知っているのだ。
私ひとりだけ知っていた孤独の辛さ。
でも、もうひとりいた。
それだけで私の世界が広がった気がした。
これまでもなんでもできた束さんだけど、いまなら本当になんでもできる気がする。
人が空を翔けるのだって。
人が宇宙を翔けるのだって。
なんでもできる気がするのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結弦は涙を流した束を慰めたあと寝室からでてリビングに来ていた。
記憶を探るとどうやら今日は結弦の誕生日らしいのだ。
だからといってどうこうするつもりはないが、一応顔だけは出すべきだろうと、リビングに来たのだ。
結弦がリビングに入ると、すでに母親の岬がテーブルに朝食を並べていた。
父親である柳韻と姉である箒はすでに席について朝食をとっていた。
結弦はそれに何も言わず、席につく。
手を合わせて「いただきます」と言おうとしたところで、岬が声をかけた。
「結弦、束はまだ寝てるの?寝てるのだったら起こして来て欲しいんだけど」
結弦は合わせていた手を元に戻し、岬を見た。
灰色の人。
いつもと変わらない人間の色。
やっぱり、束と同じように色づいて見えることはないか。
結弦はほんの少し落胆する。
束の親ならばもしかしてと思っていたがやはりそうそう色づいている人はいないらしい。
父親の柳韻を見ても灰色だった。
あまり期待もせず箒の方に目を向けると、少しだけ見開いた。
束ほどではないにしろ薄っすらと色づいていたのだ。
結弦はそれに笑みを浮かべる。
目覚めたときは何も変わらないと思っていたというのに、もう自分の求めていた色づいた人がふたりも見つかったのだ。
これからの生活は前世とは違う、楽しいといわれる生活になるかもしれない。
そう思うと心が少し動いた気がした。
岬は結弦の笑みを見て固まっていた。
はじめて見せた結弦の笑み。
岬はいままで結弦が表情を帰るのを見たことがなかった。
生まれて来たときも眠っているような無表情で声も上げず生まれ、いままでもその表情を変えなかった人形のような息子。
「姉なら起きている。時期にくるだろう」
結弦の声に柳韻と箒も驚愕の表情で結弦を見る。
結弦が喋った。
ただそれだけのことなのに皆が驚愕する。
だか、それも仕方が無いことだ。
岬も柳韻も結弦の声を聞いたのは片手で数える程度だ。
まして言葉を発したのは初めてのことだ。
そして親がその状態なのに箒がそれよりも聞いているはずがない。
箒は4歳だ。
結弦の声をはじめて聞いたと感じてもおかしくない。
「結弦が喋った!母さん、父さん、結弦が喋ったぞ!」
箒は驚きから解けると大きな声をあげて言った。
「あ、あぁそうだな」
「え、えぇそうね」
ふたりはそう答えるしかなかった。
そのあと慌ててふたりは結弦について話し合う。
箒はその間に次々と言葉をぶつける。
「どうして突然喋り出したんだ!?いや、それよりなぜいままで喋らなかった?私のこと、お姉ちゃんと呼んでみてくれ!そうだ、今日は結弦の誕生日だ。私と遊ぼう!」
「姉のことを聞かれたから声に出しただけだ。なぜ話さなかったのかはきっと意味があったんだろう。ふむ、そうだな。流石にお姉ちゃんとは呼べん。小さき姉と呼ぼう。一緒に遊ぶのは構わない」
「私はお姉ちゃんと呼んでほしい」
「僕には無理だ。でも小さき姉が大きくなったら呼び方は変わるかもしれん」
「そうか!なら早く大きくならないよな!それで、何して遊ぶ?かけっこか?鬼ごっこか?なんでもいいぞ!」
「僕は遊んだことがない。小さき姉が決めてくれ。それと、僕はまだ朝食をとっていない。それまで待ってくれ」
「わかった。私もまだ朝食の途中だったし、食べ終わったら遊ぼう」
その後結弦が朝食を食べ終える頃に束はリビングに入って来て、結弦がなぜ喋り出したのかを柳韻と岬に聞かれた。
束は結弦にされた説明をそのまま話した。
そのとき結弦は箒と一緒に道場で遊んでいた。
束は説明し終えるとさっさと朝食をとって結弦の元に向かい、ふたりの遊びに乱入した。
箒は束の乱入に怒っていたがそれでもはじめて姉と弟と遊ぶことができて嬉しかった。
3人で遊んでいると時が経つのが早く夕暮れ時となり結弦の誕生会をした。
柳韻も岬も束と箒の笑顔と結弦の薄っすらと浮かべた笑みに口元がほころび、楽しい誕生会となった。
この日はじめて篠ノ之家がひとつになったのだ。
いつもどうり結弦は束とベットに入り目をつむるとすぐに眠りについた。
目を開けるとそこは何時ぞやの真っ白な空間。
歩みを進めると人影が見え始める。
前にも見た美しい女性。
女神だ。
女神は笑顔で結弦を迎え入れた。
「3年振りですね結弦さん」
「僕からしたらさっき会ったばかりだがな」
「そうですね。確かにそうです」
女神は笑顔で言う。
「……ありがとう」
結弦がボソッとつぶやく。
「?何がですか?」
「あの世界に転生させてくれただろう。だからありがとう」
結弦が笑みを浮かべる。
「その様子だと気に入っていただけたようですね」
女神は先ほどとは違う我が子を見守るような笑みで結弦をみつめた。
「ああ、僕以外にも似た境遇の少女がいた。はじめて見た。灰色ではない人間を。いまなら女神、あなたも色づいて見える」
結弦ははじめて見たとき女神も灰色に見えていた。
だか、いまみると腰まである長い金色の髪もその大きな金色の瞳も結弦の目にはしっかり色づいて写っていた。
「わ、私も灰色に見えていたんですね……」
それを知った女神は落ち込む。
自分が結弦が今まで会って来た人間と同じ有象無象だったと知って。
まさか、私まで灰色に見えていたなんて……それなのに篠ノ之束は色づいて見えたってことは私より篠ノ之束の方が優れているってこと?
だとしたら嫌だな、と思う。
いままで何人かの人間を転生させて来たけどここまで面白くて気に入る人間はいないだろう。
そして自分の気に入った結弦が自分ではなく他の人物、それも女を同胞ということで無条件に気に入り出している。
たとえ、そうなるよう自分が仕向けたとしても嫌だった。
女神は結弦を転生させてからずっと結弦を天から覗き見守っていた。
我が子を見守る母のように。
そこで見たのは、人形のような結弦。
思わず、本当に人間かと疑ってしまったほどだ。
転生する前の結弦を幼くした容姿で違うところは紅かった瞳が鮮やかな菖蒲色に変わっていたところだけ。
つまり転生前の人間離れした美貌のままだった。
そんな容姿を持つ結弦を人形のように見えてしまえば人間とは思えなかった。
でも、ずっと見守っていてわかったこともあった。
結弦は泣いていた。
涙を見せることはなかったが、常に泣いていた。
自分の隣に立てる人がいないから。
記憶はなくとも、人格がなくとも、魂は覚えている。
ひとりは寂しいと。
たとえ本人に自覚がなくとも。
それに気がついた女神はより一層結弦を見守った。
自分が降臨して隣に立ってやろうかとも思った。
実行はできなかったが。
そして見守るうちに気づいたのだ。
自分が結弦に持った感情の正体を。
だからこそ、余計に悲しくなる。
自分よりも先に結弦に気に入られる束に嫉妬する。
それでも、顔に出すことはない。
女神だから。
世界を管理し見守る女神だから。
ひとりの人間にそれほどまでの感情は抱いてはいけないから。
だからうちにしまう。
悟られないように。
「それにしてもこれほど早く再開するとは思わなかった。また死んだときに会うものだと」
「一応、いつでも私からアプローチすればいつでも会えるのですよ。今回は記憶がしっかり戻ったかどうかの確認とあなたの体についてお話ししておこうと思いまして」
「そうか。記憶は元に戻った。なんら問題ない」
「それは良かったです」
女神は微笑む。
「では、あなたの体についてですが、身体能力は前とかわりはありません。むしろ向上しているかもです」
「それはいまの状態でか?それとも前と同じ年になった時か?」
「いまの状態で、です」
「……そうか」
結弦は頭を抱える。
女神が言っていることが本当なら、これからだいぶ苦労するだろうから。
「次に私はあなたにある能力を2つ授けました」
「待ってくれ。この僕に能力を2つ与えたのか?」
「はい」
「…………そうか」
結弦は頭が痛くなってきた。
霊体であるにもかかわらず。
もともと結弦は何をやっても超人だった。
走れば世界記録を更新し、武術でもわずか数ヶ月で免許皆伝してしまう。圧倒的な心・技・体を備えた超人。
勉学も完全記憶能力があるためなんら問題なく、たとえそれがなくとも束ほどではないにしろ追随する程度には優秀である。
そんな化け物みたいな超人が新たな能力を得るとはつまりますます孤独になるということ。
そんなこと結弦は望んでいなかった。
「あなたが嫌がるのもわかります。これまで以上に孤独になるやもしれないことも。でも、あなたのいま生きる世界は前まで生きてきた世界と似ていても、違う世界です。これから先、必要と成るときがきっと……多分、来ます。だから授けました」
「……わかった。あなたは僕の身を安んじて能力を授けた。ならば、素直に感謝しよう。それで僕に授けた能力とは?」
「一つ目の能力は魔眼。極近未来を読む力をもつギアスと呼ばれる魔眼です」
「極近未来を読む力をもつ魔眼か……。未来が見えるのならば身の危険はだいぶ下がるな。僕の演算と合わせればより強力になる。もう一つは?」
「錬環頸氣功と呼ばれる操体術を。自らに宿る氣と大気中の氣を自在に操ることができます。これにより肉体の強化、五感の強化、索敵能力など、臨機応変に対応ができます」
「氣を操る操体術か。確か仙人が扱う秘術だったか。いずれ扱えるようになるとは思っていたが、もう使えるようになるとは」
「え?いずれ扱えるようになると思っていたんですか?」
「ああ。あのまま生きていたら死ぬ前には会得できてしまいそうだと思っていた」
「……そうですか」
まさか本心でいっていると思っていなかった女神は少し呆れてしまう。
だが、確かに生きているうちにはできてしまいそうだと思えるあたり、本当に才の塊なのだと思える。
その後、能力の説明をして互いのことを語りあった。
それは女神にとっても結弦にとっても楽しい時間だった。
あの結弦が穏やかな表情をしていたのだ。
とても有意義で価値のある時間だったのだろう。
女神は結弦の顔をほんのりと頬を赤く染め見つめていた。
「さて、そろそろ戻るとするよ」
「……そうですか」
どれほどの時間が経ったのだろう。
この真っ白な空間に時間という概念はないが現実では1日は経っただろう。
あっという間に時間が過ぎ、女神は名残惜しくなる。
いままで生きてきた中でもっとも楽しい時間だった。
それだけになおさら結弦との別れが辛く感じた。
「そういえば聞いてなかった。女神、あなたの名前を教えてほしい」
「私の名前ですか?」
「そうだ。親しき者とは名で呼び合うのだろう?」
「っ!」
嬉しい。
結弦が私のことを親しき者と言ってくれた。
女神は結弦への気持ちで胸が熱くなる。
いつの間にか少しだけ砕けた結弦の言葉。
それは結弦が心を許した証だ。
「わ、私の名前は──
アルテミス
狩猟・純潔そして月の女神です」
「そうか。アルテミスか」
結弦は微笑をうかべ女神の名前をつぶやく。
それに女神は熱くなった胸が轟き出す。
「あ……うぅ……」
「それじゃあアルテミス。また、会いに来るよ」
結弦はアルテミスにそう告げると消える。
──また、会いに来るよ
結弦の声が頭の中に響く。
──また、会いに来るよ
胸をある感情が満たす。
また、会いたい。
私が一方的に見守るのではなく、お互いに顔を合わせ、声を交わす。
──また、会いに来るよ
また、会いたい。
今度は手を合わせてみたい。
腕を組んでみたい。
そんな感情がアルテミスの胸を満たす。
アルテミスは顔を赤くしたまま、しばらく動くことはなかった。
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