皇太子ルードヴィヒの肖像
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明かされた秘密
前書き
大変お待たせしました。皇太子ルードヴィヒの肖像、第四話です。
「伯父様は大叔父上の子という噂が流れたことがあるのじゃ、クナップシュタイン」
アルフレット・ブルーノは冷たい汗を浮かべ、何も言えなかった。
「口さがない者どもの噂よ。その頃の伯父様は闊達で、開明的であられたゆえ。無論本気にする者などおらぬ。クロプシュトックなどは噂の出所を探すのに血眼になっておったそうじゃ。しかるべき罰をあたえてやるとな。ところが、ただ一人信じた方がおられた」
「まさか」
「お爺様は元より、伯父様に期待しておられたのじゃ。それがあの頃より、伯父様にご自身もろともこの帝国に溜まった不浄な澱を一掃することをお望みになられた。だが、伯父様はお爺様の期待に応えるだけの力を持ってはおられなかった。それでもご期待にこたえようとされた結果、命を縮めてしまわれた」
一言一句訊き逃すまいとしながら、アルフレット・ブルーノは隠された真実の重さに押しつぶされかけていた。脳裏に蓄えた歴史事実の記録をようやくひもとき、一つの出来事を口の端にのぼせるのに彼はほとんど全ての意志力を動員せねばならなかった。
「それでは、リヒテンラーデ公が聞いたというお言葉は」
「真意よ。お爺様は伯父様の亡魂がグリューネワルト伯爵夫人の弟に乗り移って復讐にやってきた、そう信じられたのじゃ」
アルフレット・ブルーノは半ば無意識のうちに皇帝の己の滅びを望むほどの悔恨に思いをはせようとして、思いとどまった。その行為は、皇帝の望みの生贄とされた亡霊を呼び覚ましてしまう結果を招くかに思われたのだ。
「ベーネミュンデ侯爵夫人、父上、叔父上、叛徒ども、皆砥石であったのよ。お爺様が自分の首を斬る刃を研ぐための。侯爵夫人の思い、お爺様もグリンメルスハウゼンも気付かなんだと思うか。気付いていて、利用したのじゃ。そなたらの主が仕えたローエングラムを、名剣に鍛え上げるために」
「では、獅子の泉の八元帥も」
自分の予感が正しかったことと、判断の正しさに安堵したのも束の間だった。アルフレット・ブルーノを介して現れ損ねた亡霊はエリザベートをこの世に蘇るための糸口とし、そして新たな媒介はよりつく幻を振り払わなかった。アルフレット・ブルーノの脳裏に現れかけた時に規模を数倍して老婦人の脳裏に現れた亡霊は、この世に実体を持って蘇ることこそできなかったが、エリザベートを通じてそれにほとんど等しい存在感を発揮していた。
「名剣を鍛える炉の石炭よ。そなたの主や疾風めを、あの赤毛の腹心をローエングラムと引き離すことも、お爺様にはやろうとおもえばできたのじゃ。いとも簡単に、の。カストロプが叛いた折にでも、の」
アルフレット・ブルーノに恐るべき質量と圧力を感じさせた亡霊すなわち過去の幻影は、エリザベートにはなんら影響を及ぼしてはいないようだった。彼女自身すでに過去に属する存在であったが故かもしれない。
「純白のブリュンヒルトと真紅のシュヴェルトライテ、宮廷にあっても戦陣にあってもさぞ似合いの一対となったであろうな」
のう、フォン・キルヒアイス。
エリザベートが生ける人を目の前にするかのようにそう口にした時、アルフレット・ブルーノは思わず後ろを振り返っていた。誰もいないことを確かめて向き直った空間には、二つの光景が現れていた。常人の視力で見ることが叶うものではない。アルフレット・ブルーノにもロルフにも、見ることなど叶わない。だが、それは確かに存在した。
皇帝の計画された自殺を証言する無数の証言者たちと、皇帝が絶対者としての意志を発揮しもう一人の権臣を作り出した歴史は。そして、もう一つの歴史はそれ自体が巨大な証言者であった。華麗な歴史絵巻はだが、恐怖しか呼び起しはしなかった。
「恐れずともよい。描けなどとは申さぬ」
ルードヴィヒ皇太子の肖像を見つめたままエリザベートが言ったとき、ロルフは安堵のあまり崩れ落ちた。
アルフレット・ブルーノも膝を着いた。
矜持にかけて立っていようとして失敗した結果であった。
後書き
最初に意図してなかった展開に踏み込んどる…。
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